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にどめの春

荒唐無稽のはずなのに?

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 ハイドナー氏はしばらくポカンとしていたが数回瞬きをすると顔をしかめた。からかった訳じゃないんだけど。まぁ、驚くのを承知で、むしろ期待して話した私としてはからかったようなものだと言われてもぐうの音も出ないのではありますが。


 「人払いなどして何を言うかと思ったら。貴女はまだ18ではありませんか!」

 「えぇ、わたくしはね。でもどうやら魂が前の生を覚えていたらしいんです。結婚して子どもを育て、苦労して苦労してやっと手を離れるまでになったんですもの、もう今更一から繰り返したいとは到底思えなくても当然でしょう?ですから結婚願望が無いと言うのは若い娘の気まぐれではありません。ね、ね。とんでもない理由なんです。信じて下さらなくて当然ですけれど、偽りない本心なのでどうにもならないですから」


 さあ驚愕してごらんなさい、と得意満面でハイドナー氏に向かったのだ……が……。ハイドナー氏の反応は期待とかなり違っていて、実は今、逆に私が戸惑っている。何故って……ハイドナー氏が大真面目に首を捻って思案顔をしているのだ。


 「それは貴女が生まれ変わりだと、そう仰っているのですよね?」

 「ええ、そうです。ついでに世界まで違いました。どこにも存在していない国で暮らしていたんです」


 ほら、びっくりでしょう?何言ってるんだ、この不思議ちゃんは?ってそう思うわよ……ねぇ……?


 えぇ!?……もしかして、そうでもないの?


 「あぁ、そういう事は十年に一度くらいあるようですよ。たまに耳にします。思い出す年齢にばらつきはあるようで、生まれた時からの人もいればある日突然思い出したり。過去の記憶を頼りに商売を始める人もいるようです」

 「え、そうなのっ!?」


 やだ、私が驚いてどうする!!十年に一度なら千年に一人のアイドルなんて桁違いじゃない!異世界転生って結構ありふれてるって事ですか?それともこの世界ってば特に際立って転生し易い、とか?

 うーん、これでも一応人知れず悩んだりもしたのに、あの苦悩は何だったのよ。


 「……と、とにかくですね、適材適所だったと考えて下されば良いのだわ。自分さえ諦めて我慢してしまえば周りは救われるんだって、わたくしに記憶があるからこそ客観的に考えられたし冷静に判断できました。わたくしはそれで満たされるのです。たまたまそういうわたくしがいたからこそ他の誰かが泣かずにすんだのでしょう?」


 私が普通の17歳の女の子だったら泣きわめいて抵抗したかも知れない。それは何もしてやれないと不甲斐ない思いをしていた父を苦しめるだけだ。でも私は普通じゃなかったから、あっさり諦めて受け入れられた。だから誰も不幸にせずにいられたのだ。


 それでもハイドナー氏は不満げに私を見下ろしている。


 「貴女を振り回したわたしに言えた事ではありませんが……ピピル様はもっと自分を大切にするべきではありませんか?記憶を持っているとしてもここにいる貴女はピピル様なのです。自分を犠牲にして誰かを救うばかりではなく、ご自分の幸せを求めたって良いはずだ」

 「粗末にしていいとは思っていません。実の両親にも申し訳ないですもの。それに我が子の幸せを願う気持ちは痛いほどわかります。でもね、わたくしはこうなった事が不満ではありましたが不幸だと思ってはいないんです。飼い殺しにされているわたくしがそう言うんですからそれで良いでしょう?貴方が気にされる必要なんてないわ」

 「そうですが……」


 だがハイドナー氏はまだ不満気だ。


 「自分が諦めることで誰かを助けられる、それならわたくしは幸せです。そもそもどうやらわたくしは恋愛感情というものを持たずに生まれ変わって来たらしくて、きっと今生で誰かを好きになる事なんて無いのです。だからどうぞお気になさらなくて結構ですから。さぁ、このお話はもうおしまい。ハイドナー様、わかりましたか?」


 私は淡々と事務的な説明をした。実際はほとんど息継ぎもせずに一気にまくし立てた。これ、男の人から反論する意欲を奪うのに効果的だものね。


 突然セシル坊やがズルズルと傾いたのでよいしょと抱え直す。小さいながら熟睡する5歳児はやっぱりずっしり重いのだ。それでも寝ぼけながら首にぎゅっとしがみつくセシル坊やが可愛くて、私はその柔らかな金色の髪にぺたんと頬を押し当てる。それをじっと見ていたハイドナー氏の顔を見上げると、穏やかに眦を下げた目の奥で緑色の瞳が柔らかく光っていた。

 ほらね、私の狙い通りでしょ?


 「殿下ともわたしとも、目を合わせて下さるようになったんですね」


 私はコクリと頷いた。顔も見たくないと思ったあの気持ちはいつの間にか消えてしまったから。今はもっと知りたいと思っている。殿下やハイドナー氏が胸の内に何を秘めているのかを。


 「そのせいで、嫌がらせができなくなりましたけれど」

 「嫌がらせですか?」

 「殿下ね、目を合わせると怒るんです。だから時々わざとやっていました。でももう慣れてしまったから効果は無いですね」


 ハイドナー氏がククッと咽を鳴らして笑うと王子がもじもじと動き出した。私達は顔を見合わせて微笑み合うと南の離宮へと急いだのだった。



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