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彼への想い(瑠璃葉視点)
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季節は移ろい、秋になる。
私は変わらず大学生活を満喫していた。
ある程度一人暮らしにも慣れ、自炊も満足行く程度のものを作れるようになってきた。
でも、やっぱり一人で家事をするというのは大変で、私は自分の母親や世間の母親がいかに凄いのかをしみじみと実感していた。
そろそろ大学の演習課題を終わらせなくてはならない。
図書館で印刷した資料をしっかりと分析し、納得行く成果を出さなくては。
私は自室のパソコンの前に座り、ワードを立ち上げ文章を入力していく。
資料は既に読み終えたところだ。内容を咀嚼し、私が立上げたテーマに沿って研究内容を書いていく。
今回のテーマは「外国語の小説を読む場合、その翻訳された内容が原典との同一性を保っており、原典を読んだのと同じ様に作品の価値を判断できるのか」というものだ。
結構難しいテーマではあるが、作品としての同一性は保たれていると私は仮定して話を進めていった。
ミラン・クンデラの著書の引用などを取り入れ、研究を仕上げていく。
五千字程度まで書いた所で、私は一時休憩することにした。時計を見ると、午後七時。そろそろ夕飯にしてもいいだろう。
夕飯はチャーハンにした。結構手軽に作れる割に美味しいので、スパゲッティーと同じ程度に重宝している。
それだけでは足りないので、即席の味噌汁も用意して、私の今夜の食事は出来上がった。
テレビを見ながら、私はそれを口に運ぶ。美味しいことは美味しいのだが、母の作った料理には敵わない。
真一さんも、たぶんご飯を食べている頃だ。
彼も一人暮らしをするのだろうか。どこか紹介できるほど物件の情報には詳しくない。
この辺りで開いているアパートやマンションってあったっけ……。
「あっ……」
思いついたことがあった。単純すぎて、すぐに頭に浮かばなかった。
彼が私の部屋に住めばいいのではないか。同棲だ。彼と一緒に暮らすのが、手っ取り早い気がする。
家賃も負担しあえるし、同居しているのなら授業が終わればいつでも会える。
それに……彼といつでもセックスできるかなと、ちょっと最低なことを考えた。
今度真一さんに訊いてみよう。大学に合格して東京に来るのなら、私と一緒に暮らしませんか、と。
彼があくまでも一人で生活したいというのなら、勿論彼の意思を尊重する。
これは単なる私のわがまま。
彼を独占したいなという、安っぽい感情。幼いなと自分でも思う。
コーヒーを淹れ、寝室に戻ってノートパソコンを立ち上げる。演習課題の続きだ。
ワードを立ち上げ、私は文章を入力していく。
書き上げるだけは書き上げておこう。
***
「終わったぁ」
二時間後、私は背筋を伸ばしつつ達成感に満ちた声を上げる。
とりあえず、形にはなった。文章の校正はまだ行っていないが、とりあえず明日教授に確認してもらう分は書けた。
コーヒーは二杯ほど飲んでいた。
よく歯を磨いておかないとな。
私は草稿をUSBに保存して、鞄の中に仕舞う。とりあえず、今日は自由だ。
何をしよう。コーヒーのカフェインで、結構頭はすっきりとしていた。
「……ジョギング兼散歩にでも行ってみようかな……」
少し身体を動かしたい気分だった。ツタヤで音楽のCDを見て来るのもいいかもしれない。
防犯意識は持つ必要があるが、夜の東京を歩くのもいいものなのだ。
私は部屋を出ると鍵を閉め、渋谷の街に繰り出した。
小走りで住宅街を駆ける。夏のうだる暑さはなりを潜めたとはいえ、まだ少し生温かい。
身体を動かしているうちに、軽く汗をかいてくる。全身の筋肉を使う。その感覚がたまらなく心地いい。
こうしてジョギングをするのは東京に来てからもそれなりにやっていた。
しっかりと体型を維持しなければ、みっともない女だと真一さんに思われてしまう。
私自身が運動が好きなのも勿論あったが、彼に愛してもらえるように。抱いてもらえるように。こんな風に肉体を動かしているのだ。
やがて歩行者が多い辺りにまでやってくる。この場所で走っていては、周囲に迷惑が掛かるので自重する。
人ごみの中を歩く。やがて、渋谷駅の近く、テレビでもよく見る、巨大な交差点にまでやってくる。
初めてこの場所に来た時は、えらく感動したものだ。
信号が青になったことを確認すると、私は人ごみに揉まれながら白線の上を歩く。
夜景の眩さ。人々の活気。故郷とは違った魅力がある街に、私は魅了されていた。
***
ツタヤに入り、CDショップまでエスカレーターで登る。
平日の夜ではあるが、結構人は多い。私は何かいい曲がないかを、ぼんやりと探していた。
特に決まった音楽が欲しいという訳ではない。散歩の途中、何となく立ち寄ったというだけだった。
「あれっ、瑠璃葉じゃん」
私の名前が唐突に聞こえ、思わずその方向を見る。
大学の同期、このこの街で暮らし始めてから出会った友達、『江川紅羽えがわくれは』の姿があった。ツタヤの制服に身を包み、幾つかのCDを持って私の方を見ている。
「紅羽、こんなところで会うなんて。バイト?」
「うん。バイト。この店で働いてるんだ」
彼女とは授業が始まって一週間ほど経った頃に出会った。講義の時、たまたま隣に座ったことが切っ掛けで、付き合い始めた女の子だ。
ショートヘアの黒髪に、整った顔。そして私なんかとよりももっと胸もお尻も大きい、男を引き寄せる豊満な肉体を持っていた。
「瑠璃葉、CD探しに来たの?」
「うん、まあ、お目当ての物があるってわけじゃないんだけどね」
「ねえ。私そろそろ上がる時間なんだ。よかったらスタバ行かない?」
「いいねっ。走ってて喉、渇いちゃってたんだ」
彼女の仕事が終わるまで、私は店内で待つ事にした。
しばらくすると、私服姿の彼女が私の元にやってくる。
「おまたせおまたせっ。じゃ、行こうか」
「うん」
大学生だと自由に時間を使える。高校生の頃までは門限があったが、こんな風に結構遅くまで外で遊んでいても咎める者は特にいない。
スタバは混んでいたが、何とか座れる席を見つけてそこに腰掛ける。
注文した品は、私たち二人ともフラペチーノだ。私はマンゴー、紅羽は抹茶味だった。
「美味しいね」
「うん、バイト代のいい使い道だね」
半分程度まで飲んだところで、紅羽が話題を持ちかけてくる。
「ねえ、瑠璃葉。気になることあるんだけど、いいかな」
「? いいよ?」
「瑠璃葉って、彼氏とかいる? 瑠璃葉の容姿だと、凄くモテるんじゃない?」
「そんなことないよっ。……まあ、彼氏はいるけど」
紅羽は好奇の目線で私を見る。乙女だ。
「大学の子? もしかして、社会人とか」
「ううん。高校生。今、三年生なんだ。遠距離恋愛してるの。凄くいい子なんだよっ。私の方が年上だけど、彼は優しいし、包み込まれるような感じで」
「年下のしかも高校生に手を出すなんて、瑠璃葉は犯罪者だなぁ~。性別逆だったらロリコンってからかわれそう」
冗談めかして紅羽は笑う。一歳年下程度なら、「ロリコン」はないだろうとは思うが、ジョークなのは分かっているので突っ込まない。
「紅羽こそ、彼氏いるの? 居そうな雰囲気あるけど」
「文学部の先輩と付き合ってる。三年生なんだ。瑠璃葉と会えない日なんかに、たまに学食一緒に食べたりショッピングに出かけてる」
彼女も歳の差恋愛してるじゃないか。しかも、私と真一さんよりも差が大きい。
「お前の方が犯罪者じゃないか」とからかってもらいたがっているのだろう。さっきの前振りは、自虐なのだ。
「瑠璃葉はその人と、どんなことしてる? 遠距離恋愛ってことは自由度は少ないけど、服選んだり、カフェに寄ったりするとか」
「まあ、そんなこともしたかな」
「その人とはどれくらいの付き合い? 結構最近なの? 私は当然、大学に来てから今の彼とは知り合ったけど」
「一年くらい……かな。私が東京に来る前に知り合ったんだ。たまたま行ったプールで、偶然出会ったの」
「瑠璃葉の方が恋愛に関しては先輩なんだ。今度色々教えてよ」
「たいしたことは教えられないと思うけど……」
何を教えればいいんだろう。殆ど彼とはセックスばかりしていた気がする。
前戯の仕方や感度を損なわないゴムの種類でも言えばいいのだろうか。……私、今最低なこと考えてる。
紅羽は少し目を逸らし、飲み掛けのフラペチーノの容器に目を向ける。
ちょっとだけ頬が、赤く染まっていた。
「私、そろそろ今の彼を誘惑したいなぁ……とか考えてるんだ。クリスマスも近いし。瑠璃葉『先輩』は、その人とそう言うこと、経験あるの?」
彼女は東北にあるお嬢様学校に通っていた。
恋愛経験は、かつての私と同じように特になかったらしい。
東北美人というのだろうか。こんなに恵まれた容姿をしているのに意外と思ったが、私も真一さんと出会う前は同じだったな。
私自身は、自分ではあまり美人だという自覚は無いけど。
「……あるよ」
「どんな感じだった? 痛い? 怖い?」
「初めては痛かった。彼も、我慢できていないらしかった。でも、私と彼の身体の相性はよくて、段々慣れていったかな。怖くはなかったと思う」
「なるほどねぇ。最終的にはどうするかは私が決めるけど、なんか瑠璃葉に言われて安心した気がする。さっきよりも誘惑してみたいって気分にはなってきた。でも、彼結構奥手なんだよなぁ」
「まあ、本番じゃなくても、手を繋いだり、お互い抱きしめあったりしているだけでも良いと思う」
私はどうなんだろう。出会って二回目でいきなり身体を重ねてしまった。初めは好奇心だった。
今になって思えばもう少し段階を踏んでおけばよかったのかなとは思うが、やってしまった。
なぜ彼に身体を許すつもりになったのだろう。
好奇心と、男性経験の無い羞恥なのは確かだ。フェラした時、彼のペニスに魅力を感じたのもある。
だけど。
彼の優しさも、感じ取っていたのを思い出す。
この人なら大丈夫。この人になら、はじめてを捧げてもいい。そう直感したのだ。
その予感は当たりだった。彼は私のことを本当に大切に考えてくれていた。私を導として、尊敬していると暗に告げてもくれた。
「……ねえ瑠璃葉。大学生の恋愛だと、将来……結婚、とかも視野に入るよね。瑠璃葉はどう思う」
「私は……」
私は、彼と結婚したい。というか、約束してしまった。子供を作ろうとまで言ってしまった。
そうなんだよな。もう、そんなことも視野に入ってくるのか。
彼とはやっていける気がする。性生活だけでなく、二人で持ちつ持たれつで上手く生きていける気がする。
「……私は、彼と結婚したいなぁと思ってるよ。尽くしてあげたい。生活が安定したら、赤ちゃんも欲しいなと思ってる」
「いいねぇ、瑠璃葉。若くて。夢は大きく持たないとね」
紅羽も若いでしょ。
「ま、瑠璃葉も頑張りな。大学結婚もたまに聞くけど、身の丈にあってるかはちゃんと考えておいたほうがいいよ。金銭面とか大変そうだし。お互い社会人になってからでも、遅くないから」
「うん。あんまり早まったことはしないと思う」
高校生の頃に妊娠を本気で考えたし、実際に中出しまで許してしまったけど、ある程度大人になって、まだ私には早いとは反省していた。
もう少し、新しい命には待っていてもらおう。私に誰かの人生を始めさせる権利が来るまで。
***
紅羽とはその後、スタバの出入り口で解散した。
明日の授業に差支えがあるといけないということで、この辺りで別れようという話になったのだ。
私は夜道を歩き、家まで帰り着く。
「ただいまぁ……」
一人暮らしなのだから当然だが、返事は無かった。
電気を点け、闇を掃う。
お風呂に入って今日は寝よう。
私は小さな脱衣所で服を脱ぐ。脱いだ服は丁寧に折りたたみ、プラスチック製の籠の中に入れておいた。
浴室に入り、私は熱いシャワーを浴びる。肌を流れる湯が気持ちいい。
「……」
胸を洗っているうちに、私は紅羽の身体を思い出した。
彼女のおっぱい、大きかったな。男の人は皆あんな感じのものが好きなのかな。
私も胸には少し自信があるが、巨乳というほどではない。
彼は私の胸も愛してくれているのだろうか。ぷよぷよと、持ち上げるようにして胸を触る。
私の中で官能が僅かに芽生えた。
木苺を思わせる乳首に、指の腹を当てて摩ってみる。変な感覚。
捏ねるように揉んでみる。私の手の中で、その柔らかい肉は柔軟に形を変えていく。
好奇心が湧いて、少し乳首を吸ってみる。口につくのはギリギリで、少し首が痛くなるが、舌の先でその淫靡な突起を舐める。
赤ちゃんみたい。
私も妊娠したら、おっぱい出るようになるのかな。
赤ちゃんよりも先に、彼に飲んでもらいたい。吸い付いてくる彼の頭を、優しく撫でてあげたい。
牛にするように、根元から乳首まで指に軽く力をこめて絞ってみる。
当たり前だけど、母乳なんて出なかった。
将来、彼に出せるようにしてもらいたい。
私に甘えて欲しい。でも、私も彼に甘えたいな。
可愛い後輩の、可愛い年下の彼氏に。
それで、お腹の中の子供の経過を一緒に楽しんで、出産したら一緒に育てて。
きっと大変だろうけど、でも楽しいだろう。
早く彼に会いたいな。その時が来るといいな。
シャワーを浴びながら、私はそう思った。
私は変わらず大学生活を満喫していた。
ある程度一人暮らしにも慣れ、自炊も満足行く程度のものを作れるようになってきた。
でも、やっぱり一人で家事をするというのは大変で、私は自分の母親や世間の母親がいかに凄いのかをしみじみと実感していた。
そろそろ大学の演習課題を終わらせなくてはならない。
図書館で印刷した資料をしっかりと分析し、納得行く成果を出さなくては。
私は自室のパソコンの前に座り、ワードを立ち上げ文章を入力していく。
資料は既に読み終えたところだ。内容を咀嚼し、私が立上げたテーマに沿って研究内容を書いていく。
今回のテーマは「外国語の小説を読む場合、その翻訳された内容が原典との同一性を保っており、原典を読んだのと同じ様に作品の価値を判断できるのか」というものだ。
結構難しいテーマではあるが、作品としての同一性は保たれていると私は仮定して話を進めていった。
ミラン・クンデラの著書の引用などを取り入れ、研究を仕上げていく。
五千字程度まで書いた所で、私は一時休憩することにした。時計を見ると、午後七時。そろそろ夕飯にしてもいいだろう。
夕飯はチャーハンにした。結構手軽に作れる割に美味しいので、スパゲッティーと同じ程度に重宝している。
それだけでは足りないので、即席の味噌汁も用意して、私の今夜の食事は出来上がった。
テレビを見ながら、私はそれを口に運ぶ。美味しいことは美味しいのだが、母の作った料理には敵わない。
真一さんも、たぶんご飯を食べている頃だ。
彼も一人暮らしをするのだろうか。どこか紹介できるほど物件の情報には詳しくない。
この辺りで開いているアパートやマンションってあったっけ……。
「あっ……」
思いついたことがあった。単純すぎて、すぐに頭に浮かばなかった。
彼が私の部屋に住めばいいのではないか。同棲だ。彼と一緒に暮らすのが、手っ取り早い気がする。
家賃も負担しあえるし、同居しているのなら授業が終わればいつでも会える。
それに……彼といつでもセックスできるかなと、ちょっと最低なことを考えた。
今度真一さんに訊いてみよう。大学に合格して東京に来るのなら、私と一緒に暮らしませんか、と。
彼があくまでも一人で生活したいというのなら、勿論彼の意思を尊重する。
これは単なる私のわがまま。
彼を独占したいなという、安っぽい感情。幼いなと自分でも思う。
コーヒーを淹れ、寝室に戻ってノートパソコンを立ち上げる。演習課題の続きだ。
ワードを立ち上げ、私は文章を入力していく。
書き上げるだけは書き上げておこう。
***
「終わったぁ」
二時間後、私は背筋を伸ばしつつ達成感に満ちた声を上げる。
とりあえず、形にはなった。文章の校正はまだ行っていないが、とりあえず明日教授に確認してもらう分は書けた。
コーヒーは二杯ほど飲んでいた。
よく歯を磨いておかないとな。
私は草稿をUSBに保存して、鞄の中に仕舞う。とりあえず、今日は自由だ。
何をしよう。コーヒーのカフェインで、結構頭はすっきりとしていた。
「……ジョギング兼散歩にでも行ってみようかな……」
少し身体を動かしたい気分だった。ツタヤで音楽のCDを見て来るのもいいかもしれない。
防犯意識は持つ必要があるが、夜の東京を歩くのもいいものなのだ。
私は部屋を出ると鍵を閉め、渋谷の街に繰り出した。
小走りで住宅街を駆ける。夏のうだる暑さはなりを潜めたとはいえ、まだ少し生温かい。
身体を動かしているうちに、軽く汗をかいてくる。全身の筋肉を使う。その感覚がたまらなく心地いい。
こうしてジョギングをするのは東京に来てからもそれなりにやっていた。
しっかりと体型を維持しなければ、みっともない女だと真一さんに思われてしまう。
私自身が運動が好きなのも勿論あったが、彼に愛してもらえるように。抱いてもらえるように。こんな風に肉体を動かしているのだ。
やがて歩行者が多い辺りにまでやってくる。この場所で走っていては、周囲に迷惑が掛かるので自重する。
人ごみの中を歩く。やがて、渋谷駅の近く、テレビでもよく見る、巨大な交差点にまでやってくる。
初めてこの場所に来た時は、えらく感動したものだ。
信号が青になったことを確認すると、私は人ごみに揉まれながら白線の上を歩く。
夜景の眩さ。人々の活気。故郷とは違った魅力がある街に、私は魅了されていた。
***
ツタヤに入り、CDショップまでエスカレーターで登る。
平日の夜ではあるが、結構人は多い。私は何かいい曲がないかを、ぼんやりと探していた。
特に決まった音楽が欲しいという訳ではない。散歩の途中、何となく立ち寄ったというだけだった。
「あれっ、瑠璃葉じゃん」
私の名前が唐突に聞こえ、思わずその方向を見る。
大学の同期、このこの街で暮らし始めてから出会った友達、『江川紅羽えがわくれは』の姿があった。ツタヤの制服に身を包み、幾つかのCDを持って私の方を見ている。
「紅羽、こんなところで会うなんて。バイト?」
「うん。バイト。この店で働いてるんだ」
彼女とは授業が始まって一週間ほど経った頃に出会った。講義の時、たまたま隣に座ったことが切っ掛けで、付き合い始めた女の子だ。
ショートヘアの黒髪に、整った顔。そして私なんかとよりももっと胸もお尻も大きい、男を引き寄せる豊満な肉体を持っていた。
「瑠璃葉、CD探しに来たの?」
「うん、まあ、お目当ての物があるってわけじゃないんだけどね」
「ねえ。私そろそろ上がる時間なんだ。よかったらスタバ行かない?」
「いいねっ。走ってて喉、渇いちゃってたんだ」
彼女の仕事が終わるまで、私は店内で待つ事にした。
しばらくすると、私服姿の彼女が私の元にやってくる。
「おまたせおまたせっ。じゃ、行こうか」
「うん」
大学生だと自由に時間を使える。高校生の頃までは門限があったが、こんな風に結構遅くまで外で遊んでいても咎める者は特にいない。
スタバは混んでいたが、何とか座れる席を見つけてそこに腰掛ける。
注文した品は、私たち二人ともフラペチーノだ。私はマンゴー、紅羽は抹茶味だった。
「美味しいね」
「うん、バイト代のいい使い道だね」
半分程度まで飲んだところで、紅羽が話題を持ちかけてくる。
「ねえ、瑠璃葉。気になることあるんだけど、いいかな」
「? いいよ?」
「瑠璃葉って、彼氏とかいる? 瑠璃葉の容姿だと、凄くモテるんじゃない?」
「そんなことないよっ。……まあ、彼氏はいるけど」
紅羽は好奇の目線で私を見る。乙女だ。
「大学の子? もしかして、社会人とか」
「ううん。高校生。今、三年生なんだ。遠距離恋愛してるの。凄くいい子なんだよっ。私の方が年上だけど、彼は優しいし、包み込まれるような感じで」
「年下のしかも高校生に手を出すなんて、瑠璃葉は犯罪者だなぁ~。性別逆だったらロリコンってからかわれそう」
冗談めかして紅羽は笑う。一歳年下程度なら、「ロリコン」はないだろうとは思うが、ジョークなのは分かっているので突っ込まない。
「紅羽こそ、彼氏いるの? 居そうな雰囲気あるけど」
「文学部の先輩と付き合ってる。三年生なんだ。瑠璃葉と会えない日なんかに、たまに学食一緒に食べたりショッピングに出かけてる」
彼女も歳の差恋愛してるじゃないか。しかも、私と真一さんよりも差が大きい。
「お前の方が犯罪者じゃないか」とからかってもらいたがっているのだろう。さっきの前振りは、自虐なのだ。
「瑠璃葉はその人と、どんなことしてる? 遠距離恋愛ってことは自由度は少ないけど、服選んだり、カフェに寄ったりするとか」
「まあ、そんなこともしたかな」
「その人とはどれくらいの付き合い? 結構最近なの? 私は当然、大学に来てから今の彼とは知り合ったけど」
「一年くらい……かな。私が東京に来る前に知り合ったんだ。たまたま行ったプールで、偶然出会ったの」
「瑠璃葉の方が恋愛に関しては先輩なんだ。今度色々教えてよ」
「たいしたことは教えられないと思うけど……」
何を教えればいいんだろう。殆ど彼とはセックスばかりしていた気がする。
前戯の仕方や感度を損なわないゴムの種類でも言えばいいのだろうか。……私、今最低なこと考えてる。
紅羽は少し目を逸らし、飲み掛けのフラペチーノの容器に目を向ける。
ちょっとだけ頬が、赤く染まっていた。
「私、そろそろ今の彼を誘惑したいなぁ……とか考えてるんだ。クリスマスも近いし。瑠璃葉『先輩』は、その人とそう言うこと、経験あるの?」
彼女は東北にあるお嬢様学校に通っていた。
恋愛経験は、かつての私と同じように特になかったらしい。
東北美人というのだろうか。こんなに恵まれた容姿をしているのに意外と思ったが、私も真一さんと出会う前は同じだったな。
私自身は、自分ではあまり美人だという自覚は無いけど。
「……あるよ」
「どんな感じだった? 痛い? 怖い?」
「初めては痛かった。彼も、我慢できていないらしかった。でも、私と彼の身体の相性はよくて、段々慣れていったかな。怖くはなかったと思う」
「なるほどねぇ。最終的にはどうするかは私が決めるけど、なんか瑠璃葉に言われて安心した気がする。さっきよりも誘惑してみたいって気分にはなってきた。でも、彼結構奥手なんだよなぁ」
「まあ、本番じゃなくても、手を繋いだり、お互い抱きしめあったりしているだけでも良いと思う」
私はどうなんだろう。出会って二回目でいきなり身体を重ねてしまった。初めは好奇心だった。
今になって思えばもう少し段階を踏んでおけばよかったのかなとは思うが、やってしまった。
なぜ彼に身体を許すつもりになったのだろう。
好奇心と、男性経験の無い羞恥なのは確かだ。フェラした時、彼のペニスに魅力を感じたのもある。
だけど。
彼の優しさも、感じ取っていたのを思い出す。
この人なら大丈夫。この人になら、はじめてを捧げてもいい。そう直感したのだ。
その予感は当たりだった。彼は私のことを本当に大切に考えてくれていた。私を導として、尊敬していると暗に告げてもくれた。
「……ねえ瑠璃葉。大学生の恋愛だと、将来……結婚、とかも視野に入るよね。瑠璃葉はどう思う」
「私は……」
私は、彼と結婚したい。というか、約束してしまった。子供を作ろうとまで言ってしまった。
そうなんだよな。もう、そんなことも視野に入ってくるのか。
彼とはやっていける気がする。性生活だけでなく、二人で持ちつ持たれつで上手く生きていける気がする。
「……私は、彼と結婚したいなぁと思ってるよ。尽くしてあげたい。生活が安定したら、赤ちゃんも欲しいなと思ってる」
「いいねぇ、瑠璃葉。若くて。夢は大きく持たないとね」
紅羽も若いでしょ。
「ま、瑠璃葉も頑張りな。大学結婚もたまに聞くけど、身の丈にあってるかはちゃんと考えておいたほうがいいよ。金銭面とか大変そうだし。お互い社会人になってからでも、遅くないから」
「うん。あんまり早まったことはしないと思う」
高校生の頃に妊娠を本気で考えたし、実際に中出しまで許してしまったけど、ある程度大人になって、まだ私には早いとは反省していた。
もう少し、新しい命には待っていてもらおう。私に誰かの人生を始めさせる権利が来るまで。
***
紅羽とはその後、スタバの出入り口で解散した。
明日の授業に差支えがあるといけないということで、この辺りで別れようという話になったのだ。
私は夜道を歩き、家まで帰り着く。
「ただいまぁ……」
一人暮らしなのだから当然だが、返事は無かった。
電気を点け、闇を掃う。
お風呂に入って今日は寝よう。
私は小さな脱衣所で服を脱ぐ。脱いだ服は丁寧に折りたたみ、プラスチック製の籠の中に入れておいた。
浴室に入り、私は熱いシャワーを浴びる。肌を流れる湯が気持ちいい。
「……」
胸を洗っているうちに、私は紅羽の身体を思い出した。
彼女のおっぱい、大きかったな。男の人は皆あんな感じのものが好きなのかな。
私も胸には少し自信があるが、巨乳というほどではない。
彼は私の胸も愛してくれているのだろうか。ぷよぷよと、持ち上げるようにして胸を触る。
私の中で官能が僅かに芽生えた。
木苺を思わせる乳首に、指の腹を当てて摩ってみる。変な感覚。
捏ねるように揉んでみる。私の手の中で、その柔らかい肉は柔軟に形を変えていく。
好奇心が湧いて、少し乳首を吸ってみる。口につくのはギリギリで、少し首が痛くなるが、舌の先でその淫靡な突起を舐める。
赤ちゃんみたい。
私も妊娠したら、おっぱい出るようになるのかな。
赤ちゃんよりも先に、彼に飲んでもらいたい。吸い付いてくる彼の頭を、優しく撫でてあげたい。
牛にするように、根元から乳首まで指に軽く力をこめて絞ってみる。
当たり前だけど、母乳なんて出なかった。
将来、彼に出せるようにしてもらいたい。
私に甘えて欲しい。でも、私も彼に甘えたいな。
可愛い後輩の、可愛い年下の彼氏に。
それで、お腹の中の子供の経過を一緒に楽しんで、出産したら一緒に育てて。
きっと大変だろうけど、でも楽しいだろう。
早く彼に会いたいな。その時が来るといいな。
シャワーを浴びながら、私はそう思った。
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