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一年経った夏のプールで
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なぜ僕は彼女と交流することとなったのだろう。
あの夏のプール。彼女の方から近づいてきて、僕に鍵を探して欲しいと願った時、そこから彼女との馴れ合いは始まった。
どうして彼女の失くし物を共に探そうとしたのかは、今になってはよくわからない。
心細そうな彼女に憐憫を感じたのか。水に濡れた彼女の色香に惚れたのか。
下心があったことは覚えている。
「この美しい少女と何か関わりを持っておきたい」というような。そんな安っぽい感情が切っ掛けだった。
彼女が鍵を失くさなかったら。彼女が僕に話しかけなかったら。僕がそれを断っていたら。
恐らく、僕と彼女は特別な接点など無かっただろう。
世界のどこかで、すれ違うままになっていた。
僕と彼女の運命が交錯することなど無く、違う未来を辿っていたはずだ。
彼女に辛い思いをさせたこともあった。危うく妊娠させかけるところだったこともあった。
そんな二人の未来を、関係を灰塵にしかけて破滅の道を歩み掛けた。
正直僕らは、性的に堕落している面もある。精神的な繋がりは求め合っているが、健全とは言えない交流がその関係の多くを占めていた。
でも……僕らが出会ってからのあの葛藤も、逡巡も、選択も、どれにも後悔はしていない。出会わなかったほうがよかったのではないかとは思っていない。
彼女の綺麗な身体を、零れるような笑みを見る時、絹糸よりも滑らかな髪に触れる時、そんな悩みは霧散する。
彼女と言葉を交わし、その優しさを向けられる時、僕の煩いは塵と消える。
あの人を、愛しているから。
互いが互いを求め合っている。不器用でも、それがたとえ不健全であっても、一歩間違えれば破滅する手段だったとしても。
その深い触れ合いが、無刺激だった僕の人生に彩を与えてくれたから。僕は彼女を大切にしたいと思う。いつまでも。生まれ変わっても。
牧本瑠璃葉という女性の肉体も、精神も、余すこと無く愛していた。
***
「市営プール、ですか」
瑠璃葉さんのどこか嬉しげな声が、スマホの向こう側から聞こえて来る。
通話でその提案をしたのは僕の側だった。
そろそろ一年経つわけだから、あのプールに行ってみよう、と。
連日の暑さで火照った身体を涼めたいとも思っていたし、彼女の水着姿をもう一度見たいという下心もあった。
時は午前。気温は三十六度。水で身体を清めるにはいい日和だ。
「ええ、瑠璃葉さんの泳ぎも久しぶりに見たいですし、思い出の場所なんで。……駄目、ですか?」
「そんなことないです! 私も水の中で身体を動かしたいと思っていた頃なんです。今からですか?」
「はい。午後からだともっと熱くなりそうだし、今の内に行きましょう」
「いいですよっ、早速水着出してこないと」
そんな会話の後、通話が終わる。
スマホをポケットに仕舞い、あらかじめ用意していた、水着やタオル等の入った鞄を手に取って、僕は夏の日差しの下へと出て行った。
市営プールの外壁の、真っ白なコンクリートが、強い日差しを受けて輝いていた。
最後に来たのは、あの告白の冬だった。
あの時は流石に人は居なかったが、夏本番の今は大勢の利用者が詰め掛けている。
瑠璃葉さんとのはじまりの場所。
彼女とこの場所で出会ったのも一年前かと思いつつ、建物の中に入る。
「あっ、真一さん!」
瑠璃葉さんは施設の受付の前にいた。
僕の方が先に家を出たと思うのだが、家からの距離の問題で彼女の方が先に到着するのだ。
水着を用意する時間もあっただろうに、ちょっと早すぎる気もするが。
「お待たせしました。瑠璃葉さん。今日は絶好のプール日和ですね」
「はいっ。いっぱい泳いじゃいましょう!」
僕らは受付で利用証を受け取ると、更衣室に向かう。
「一緒に着替えましょうか?」と彼女が冗談なのか本気なのかわからないことを言ってくる。
流石に異性の更衣室を利用するわけにはいかないので丁重にお断りした。
着替え終わり、ゴムバンドのついた鍵をしっかりと腕に嵌める。
去年の瑠璃葉さんのように、失くすなんてことになりかねない。
そのお陰で、彼女と僕は縁が出来たわけだけど。
プールサイドに出てくると、丁度彼女も着替え終わったようで、後ろから現れる。
「じゃーん。どうです。私の水着姿。……まあ、去年も見ましたよね」
彼女の水着姿。相変わらずその余分な肉の付いていない、引き締まった肉体が美しい。
そのたおやかな身体に黒い競泳水着がピッチリと締め付けられていて、スリムなボディーのラインが浮き彫りになっている。
スリットの部分は、左右の腿の付け根に位置する鼠蹊部がはみ出ていて、そこから少しずれた位置にある、女の子の大切な部分の存在を連想させられた。
正直な所、裸よりも興奮させられる。
頬が染まるのを隠すように、僕は彼女を褒めていた。
「結構人、居ますね。当然か」
水の中にも外にも、結構利用者が多くいた。
家族連れらしき人たちもいたし、友達と来たらしい小学生も男女問わずいる。
しかし結構このプールは敷地が広い。五十メートルプールが二つと二十五メートルプールが一つ。水代が大変な気もする。
早速僕らは五十メートルプールに入ることにした。思いっきり身体を動かしたいと彼女が言うのだ。
「私、一年泳いでいないから、身体が覚えているか心配です」
「瑠璃葉さんなら今でもイルカのように泳げるんじゃないですか?」
僕らは二人して水に浸かる。
「行ってみますね」と彼女は言うと、プールの壁を蹴って足で水を掻き始めた。
十秒程度その様子を見ているだけで、彼女の腕が鈍っていないことをひしひしと思い知らされた。
彼女の流線型の肢体は水の中を滑るかのように進んでいく。
伸ばした足を滑らかに動かしながら、魚のような速やかさで水中を泳ぐ。
飛沫も立てず、無駄な音も無い。
時々呼吸のために顔を水中から出す。彼女は波と同化しているかのように、見事な遊泳を見せてくれた。
その泳ぎに見惚れているうちに、瑠璃葉さんは僕のところまで戻ってきた。
「ふうっ……やっぱり水の中は気持ちいいなぁ、どうでしたか? 変じゃなかったです? 私の泳ぎ」
「全然。瑠璃葉さん、水泳部じゃないですよね? 去年も見たけど、相変わらずお見事でした」
「本当ですか? ありがとうございます」
「しかし凄いなぁ。スイミングスクールに通っていたりしてたんですか?」
「実は、中学生の頃に一年だけ。……部活動と両立しきれなくなって、辞めちゃったんですけど」
そんなに昔に一年やった程度でこの身のこなしは本当に凄い。
彼女は勉強も運動も万能だ。それを鼻にかけて自慢することも皆無で、そんな謙虚さも僕を惚れさせる彼女の魅力の一つだった。
「真一さんも、泳いでみましょうよっ! 水の中を動くと、本当に気持ちいいですよっ」
「泳ぎますけど……笑わないでくださいね。下手なんで」
僕はそう言うと、深呼吸をして壁を蹴る。
すぐに失速し、手足を使って水を必死に掻く羽目になった。
バシャバシャと大きな音を立てて泳ぐが、消費している体力に反してあまり進んでいない気がする。
すぐに疲れて足を水底に付ける。それを蹴っては泳ぎ、蹴っては泳ぎを繰り返し、随分と時間がかかって彼女の元に帰って来た。
正直、恥ずかしい。彼女はそういう性格ではないのは知っているが、心の中で嗤われているような被害妄想が少し胸を突く。
「すみません。下手で……」
「頑張ってるのは凄く伝わってきますよっ! 上手い下手じゃなくて、楽しむのが大切なんです。義務じゃないんですから、辛い……と思ったら、途中で休んでも良いんですからね?」
彼女の目は輝いていた。お世辞や皮肉などではなく、本気で言っているのが伝わってくる。
体育会系のマッチョの精神論を振りかざすわけでもなく、「自分のペースでやればいい」と教えてくれる。
その優しさが、僕の心に強く染み入る。
「さっ、もっと泳ぎましょうかっ! 今日は本当に絶好のプール日和ですねっ」
***
僕らは五時間程度、プールで泳ぎ続けた。途中で休憩を何度か挟んだ分も含めると、六時間だろうか。
時刻は五時。
正直な所、結構僕は疲れている。それは彼女も同じようで、そろそろ帰ることにした。
「気持ちよかったですねっ。楽しくて、こんな時間になっちゃった」
プールサイドに二人して上がり、僕に向かって微笑みかけながらそう言う。
健康的な汗を流し、何となく扇情的になった彼女。
水気を含んだ髪と水着はしっとりとして艶やかで、夕刻の和らいだ日差しの中で匂いたつような色気を放っている。
そんな彼女の姿を視界に捉えた僕の頬が熱くなる。
局部は隠しているのに、裸体なんかよりも遥かに艶かしい。
「帰りましょうか。瑠璃葉さん」
「ええ。そうしましょうか」
疲れたが、清々しい健康的な感覚。全身の筋肉をいっぺんに使ったので、身体が重く感じる。
今夜はぐっすり眠れそうだ。
僕らは別々に別れて更衣室で服に着替える。
合流し、施設から出て来た僕たちは背筋を伸ばして笑いあった。
「久しぶりに思いっきり身体を動かしたから疲れましたぁ……真一さんはどうです?」
「僕もクタクタです……でも、帰ったら勉強しないと」
「身体を壊さない程度にしてくださいね? それで時間をロスしたら元も子もないんで」
「ええ……気をつけます」
何か妙な感覚。何かが変だ。何時もと違う。
不思議な感じが背中に貼りついている。
何なのか思い出せそうだけど、思い出せない。
ぼんやりと考えているうちに、駐輪所まで来る。
「じゃあ、今日はこれで。真一さん、夏バテには気をつけてくださいねっ」
「瑠璃葉さんこそ」
僕らは市営プールの敷地から出ると、お互い正反対の方角へと進む。
楽しかったな。そう思いながら、自転車を漕いだ。
違和感の正体に気がついたのは、赤信号に止められ、横断歩道の手前で信号が切り替わるのを待っていた時のことだった。
「……今日、セックスしなかったな」
彼女は誘惑してこなかった。あんなに扇情的な格好をしていたのに、水着セックスに持ち込んでこなかった。
利用者が多いからか、ゴムを忘れてしまったからなのか。
後で訊いてみようかとも思ったが、「今日は何でセックスしてこなかったんですか」と言うのは流石に恥ずかしい。
「まあ、そういう日もあるよな」
今日は疲れている。彼女も同じなのだろう。
そう考えているうちに、信号が青に変わる。
僕は地面を蹴った。
***
午後八時。
夕飯を食べ終わった僕は、自室で勉強をしていた。
正直ぐったりとして眠くなってきていたが、一日でも休みたくないので学習はする。
実はというと、先日模試の結果が届いていた。
第一志望、『杜國院大学』の結果は、B判定。
正直、ちょっとだけ「やった」と思った。
前回がDだったので、とりあえずは合格圏内に近づけたと言える。
でも、まだ十分じゃない。瑠璃葉さんは最終的にはA判定に持ち込んだと聞いていた。
僕も最低でもそこまでは頑張る必要がある。
今からでも間に合うのかは分からないが、がむしゃらにでもやるしかない。
今やっているのは、英語だった。かなり初歩的な単語ばかりが記載された単語帳。
中学二年程度の物だ。
志望校に受かるには、基礎もしっかりとやらなければいけない。
この夏、僕はかなり昔に学んだ範囲も学習していた。
中学生の教科書も押入れから探し出し、頭に叩き込む。
意外と忘れている部分もあって、それを穴埋めする。
果ては小学校五年の頃の教科書も引っ張り出してきた。ちょっと遡りすぎかなとは思ったが、念には念を入れておかなければいけない。
少し懐かしさも覚えながら、合格への道しるべを固めていた。
と、スマホのバイブが鳴る。
画面を見ると、瑠璃葉さんだった。ラインの通知だ。
「真一さん、今日はお疲れ様でした! 筋肉痛にならないように、しっかり身体を解してから寝てくださいね!」
労わりの言葉だ。優しいなと思いつつ、僕は返信する。
「ありがとうございます。そうすることにします。しかし、暑かったですね。結構陽に焼けました。肌が赤い」
僕らはそんな返事を返す。
幸せだ。
「ところで真一さん。何か忘れてること、ありますか?」
……思い出したことならあります。
何となく、彼女が何を言いたいのか分かってしまう。
「セックス……ですか? ちょっと変わってるなとは思いましたけど」
「今日の真一さん、凄く疲れてそうだから、止めておいたんです。私も結構体力使ってましたし」
なるほど。彼女は思いやりができる女の子だ。
たぶん彼女は溜まっているはずだ。でも、我慢したのだろう。
続けてメッセージが飛んでくる。
「でも……不完全燃焼じゃありません? 私はそうです」
「何か、あるんですか?」
「これ、見て下さい」
通知と共に一枚の画像が送られてくる。
読み込み中の表示が終わると、それがはっきりと画面に表示される。
「っ……」
それは、水着姿の瑠璃葉さんだった。
スマホを持っているのだろう。右手の先は画面から切れており、反対側の左手はこちらに向かってVサインを作っている。
水着と言っても、昼のプールで着ていたものではない。
ビキニタイプ。白くて、日光を弾きそうな純白の色をしている。
ただ、普通の面積をしていなかった。かなり小さな、申し訳程度の布部分が、乳首と局部を隠している。
少し強めに泳げばすぐにずれてしまうのではないか。そもそも角度によっては陰部が見えてしまうのではないか。そう危機感を覚えるほどの小さな面積だった。
というか、陰毛は微かにはみ出ている。
マイクロビキニだ。男共を挑発する破廉恥な衣装の写真を、彼女は送りつけてきていた。
「どうです? ちょっと興奮しました?」
「え、ええ。まあ……どこで買ったんですか」
「秋葉原にエッチなお店があって、勇気を出して入ってみたんです。これはそこにありました。真一さん、喜んでくれるかなぁ~って思って買っちゃいました」
「流石に市営プールでは着なかったんですね」
「この前のギリギリのサイズの浴衣で反省しました。まあ、びっくりさせるために着てみてもよかったんですけどね」
僕の頭が沸騰するから、そうでなくてよかった。
というか、風俗的にプールからつまみ出される気しかしない。
もう一度、彼女から送られてきたその画像を見る。
競泳水着の形の日焼けの跡に、真っ白なマイクロビキニが、ほとんど「乗る」ようにして身に付けられている。
ヘソも、乳房も、丸見えだ。前からでも彼女の大き目の尻が見える。細い紐で結ばれた部分は、見た目的には結構緩そうで、今にも解けないかヒヤヒヤとさせられる。
流石に恥ずかしいのか、彼女は日焼けした頬でも何となく分かるくらいに赤面している。
でもその表情はどこか悩ましく、どこでこんな表情を覚えてきたんだろうという気分にさせられた。
「今も着てるんですか?」
「今はもう脱いじゃいました。結構涼しかったんですけど、流石に親に見つかったらまずいんで」
「ですよね」
東京から持ってきたのだろう。僕に愉しんでもらうために。
「引いちゃいましたか……?」
彼女自身も結構勇気を出してきたのだろう。画像という、残る形で送ってくるということは。
以前にもエロ写メを送ってきたことはあるけど、今回のもその画像に匹敵する官能を感じさせてくる。
「……まあ、後で使わせてもらいます」
「私に会えない間は、それにお世話になってください。じゃあ、勉強を邪魔しちゃいけないので、これで」
「ええ。ありがとうございました」
会話が終わった。
改めて画像を見る。それを保存しておき、僕は勉強に戻った。
……あまり集中できそうにないが。
あの夏のプール。彼女の方から近づいてきて、僕に鍵を探して欲しいと願った時、そこから彼女との馴れ合いは始まった。
どうして彼女の失くし物を共に探そうとしたのかは、今になってはよくわからない。
心細そうな彼女に憐憫を感じたのか。水に濡れた彼女の色香に惚れたのか。
下心があったことは覚えている。
「この美しい少女と何か関わりを持っておきたい」というような。そんな安っぽい感情が切っ掛けだった。
彼女が鍵を失くさなかったら。彼女が僕に話しかけなかったら。僕がそれを断っていたら。
恐らく、僕と彼女は特別な接点など無かっただろう。
世界のどこかで、すれ違うままになっていた。
僕と彼女の運命が交錯することなど無く、違う未来を辿っていたはずだ。
彼女に辛い思いをさせたこともあった。危うく妊娠させかけるところだったこともあった。
そんな二人の未来を、関係を灰塵にしかけて破滅の道を歩み掛けた。
正直僕らは、性的に堕落している面もある。精神的な繋がりは求め合っているが、健全とは言えない交流がその関係の多くを占めていた。
でも……僕らが出会ってからのあの葛藤も、逡巡も、選択も、どれにも後悔はしていない。出会わなかったほうがよかったのではないかとは思っていない。
彼女の綺麗な身体を、零れるような笑みを見る時、絹糸よりも滑らかな髪に触れる時、そんな悩みは霧散する。
彼女と言葉を交わし、その優しさを向けられる時、僕の煩いは塵と消える。
あの人を、愛しているから。
互いが互いを求め合っている。不器用でも、それがたとえ不健全であっても、一歩間違えれば破滅する手段だったとしても。
その深い触れ合いが、無刺激だった僕の人生に彩を与えてくれたから。僕は彼女を大切にしたいと思う。いつまでも。生まれ変わっても。
牧本瑠璃葉という女性の肉体も、精神も、余すこと無く愛していた。
***
「市営プール、ですか」
瑠璃葉さんのどこか嬉しげな声が、スマホの向こう側から聞こえて来る。
通話でその提案をしたのは僕の側だった。
そろそろ一年経つわけだから、あのプールに行ってみよう、と。
連日の暑さで火照った身体を涼めたいとも思っていたし、彼女の水着姿をもう一度見たいという下心もあった。
時は午前。気温は三十六度。水で身体を清めるにはいい日和だ。
「ええ、瑠璃葉さんの泳ぎも久しぶりに見たいですし、思い出の場所なんで。……駄目、ですか?」
「そんなことないです! 私も水の中で身体を動かしたいと思っていた頃なんです。今からですか?」
「はい。午後からだともっと熱くなりそうだし、今の内に行きましょう」
「いいですよっ、早速水着出してこないと」
そんな会話の後、通話が終わる。
スマホをポケットに仕舞い、あらかじめ用意していた、水着やタオル等の入った鞄を手に取って、僕は夏の日差しの下へと出て行った。
市営プールの外壁の、真っ白なコンクリートが、強い日差しを受けて輝いていた。
最後に来たのは、あの告白の冬だった。
あの時は流石に人は居なかったが、夏本番の今は大勢の利用者が詰め掛けている。
瑠璃葉さんとのはじまりの場所。
彼女とこの場所で出会ったのも一年前かと思いつつ、建物の中に入る。
「あっ、真一さん!」
瑠璃葉さんは施設の受付の前にいた。
僕の方が先に家を出たと思うのだが、家からの距離の問題で彼女の方が先に到着するのだ。
水着を用意する時間もあっただろうに、ちょっと早すぎる気もするが。
「お待たせしました。瑠璃葉さん。今日は絶好のプール日和ですね」
「はいっ。いっぱい泳いじゃいましょう!」
僕らは受付で利用証を受け取ると、更衣室に向かう。
「一緒に着替えましょうか?」と彼女が冗談なのか本気なのかわからないことを言ってくる。
流石に異性の更衣室を利用するわけにはいかないので丁重にお断りした。
着替え終わり、ゴムバンドのついた鍵をしっかりと腕に嵌める。
去年の瑠璃葉さんのように、失くすなんてことになりかねない。
そのお陰で、彼女と僕は縁が出来たわけだけど。
プールサイドに出てくると、丁度彼女も着替え終わったようで、後ろから現れる。
「じゃーん。どうです。私の水着姿。……まあ、去年も見ましたよね」
彼女の水着姿。相変わらずその余分な肉の付いていない、引き締まった肉体が美しい。
そのたおやかな身体に黒い競泳水着がピッチリと締め付けられていて、スリムなボディーのラインが浮き彫りになっている。
スリットの部分は、左右の腿の付け根に位置する鼠蹊部がはみ出ていて、そこから少しずれた位置にある、女の子の大切な部分の存在を連想させられた。
正直な所、裸よりも興奮させられる。
頬が染まるのを隠すように、僕は彼女を褒めていた。
「結構人、居ますね。当然か」
水の中にも外にも、結構利用者が多くいた。
家族連れらしき人たちもいたし、友達と来たらしい小学生も男女問わずいる。
しかし結構このプールは敷地が広い。五十メートルプールが二つと二十五メートルプールが一つ。水代が大変な気もする。
早速僕らは五十メートルプールに入ることにした。思いっきり身体を動かしたいと彼女が言うのだ。
「私、一年泳いでいないから、身体が覚えているか心配です」
「瑠璃葉さんなら今でもイルカのように泳げるんじゃないですか?」
僕らは二人して水に浸かる。
「行ってみますね」と彼女は言うと、プールの壁を蹴って足で水を掻き始めた。
十秒程度その様子を見ているだけで、彼女の腕が鈍っていないことをひしひしと思い知らされた。
彼女の流線型の肢体は水の中を滑るかのように進んでいく。
伸ばした足を滑らかに動かしながら、魚のような速やかさで水中を泳ぐ。
飛沫も立てず、無駄な音も無い。
時々呼吸のために顔を水中から出す。彼女は波と同化しているかのように、見事な遊泳を見せてくれた。
その泳ぎに見惚れているうちに、瑠璃葉さんは僕のところまで戻ってきた。
「ふうっ……やっぱり水の中は気持ちいいなぁ、どうでしたか? 変じゃなかったです? 私の泳ぎ」
「全然。瑠璃葉さん、水泳部じゃないですよね? 去年も見たけど、相変わらずお見事でした」
「本当ですか? ありがとうございます」
「しかし凄いなぁ。スイミングスクールに通っていたりしてたんですか?」
「実は、中学生の頃に一年だけ。……部活動と両立しきれなくなって、辞めちゃったんですけど」
そんなに昔に一年やった程度でこの身のこなしは本当に凄い。
彼女は勉強も運動も万能だ。それを鼻にかけて自慢することも皆無で、そんな謙虚さも僕を惚れさせる彼女の魅力の一つだった。
「真一さんも、泳いでみましょうよっ! 水の中を動くと、本当に気持ちいいですよっ」
「泳ぎますけど……笑わないでくださいね。下手なんで」
僕はそう言うと、深呼吸をして壁を蹴る。
すぐに失速し、手足を使って水を必死に掻く羽目になった。
バシャバシャと大きな音を立てて泳ぐが、消費している体力に反してあまり進んでいない気がする。
すぐに疲れて足を水底に付ける。それを蹴っては泳ぎ、蹴っては泳ぎを繰り返し、随分と時間がかかって彼女の元に帰って来た。
正直、恥ずかしい。彼女はそういう性格ではないのは知っているが、心の中で嗤われているような被害妄想が少し胸を突く。
「すみません。下手で……」
「頑張ってるのは凄く伝わってきますよっ! 上手い下手じゃなくて、楽しむのが大切なんです。義務じゃないんですから、辛い……と思ったら、途中で休んでも良いんですからね?」
彼女の目は輝いていた。お世辞や皮肉などではなく、本気で言っているのが伝わってくる。
体育会系のマッチョの精神論を振りかざすわけでもなく、「自分のペースでやればいい」と教えてくれる。
その優しさが、僕の心に強く染み入る。
「さっ、もっと泳ぎましょうかっ! 今日は本当に絶好のプール日和ですねっ」
***
僕らは五時間程度、プールで泳ぎ続けた。途中で休憩を何度か挟んだ分も含めると、六時間だろうか。
時刻は五時。
正直な所、結構僕は疲れている。それは彼女も同じようで、そろそろ帰ることにした。
「気持ちよかったですねっ。楽しくて、こんな時間になっちゃった」
プールサイドに二人して上がり、僕に向かって微笑みかけながらそう言う。
健康的な汗を流し、何となく扇情的になった彼女。
水気を含んだ髪と水着はしっとりとして艶やかで、夕刻の和らいだ日差しの中で匂いたつような色気を放っている。
そんな彼女の姿を視界に捉えた僕の頬が熱くなる。
局部は隠しているのに、裸体なんかよりも遥かに艶かしい。
「帰りましょうか。瑠璃葉さん」
「ええ。そうしましょうか」
疲れたが、清々しい健康的な感覚。全身の筋肉をいっぺんに使ったので、身体が重く感じる。
今夜はぐっすり眠れそうだ。
僕らは別々に別れて更衣室で服に着替える。
合流し、施設から出て来た僕たちは背筋を伸ばして笑いあった。
「久しぶりに思いっきり身体を動かしたから疲れましたぁ……真一さんはどうです?」
「僕もクタクタです……でも、帰ったら勉強しないと」
「身体を壊さない程度にしてくださいね? それで時間をロスしたら元も子もないんで」
「ええ……気をつけます」
何か妙な感覚。何かが変だ。何時もと違う。
不思議な感じが背中に貼りついている。
何なのか思い出せそうだけど、思い出せない。
ぼんやりと考えているうちに、駐輪所まで来る。
「じゃあ、今日はこれで。真一さん、夏バテには気をつけてくださいねっ」
「瑠璃葉さんこそ」
僕らは市営プールの敷地から出ると、お互い正反対の方角へと進む。
楽しかったな。そう思いながら、自転車を漕いだ。
違和感の正体に気がついたのは、赤信号に止められ、横断歩道の手前で信号が切り替わるのを待っていた時のことだった。
「……今日、セックスしなかったな」
彼女は誘惑してこなかった。あんなに扇情的な格好をしていたのに、水着セックスに持ち込んでこなかった。
利用者が多いからか、ゴムを忘れてしまったからなのか。
後で訊いてみようかとも思ったが、「今日は何でセックスしてこなかったんですか」と言うのは流石に恥ずかしい。
「まあ、そういう日もあるよな」
今日は疲れている。彼女も同じなのだろう。
そう考えているうちに、信号が青に変わる。
僕は地面を蹴った。
***
午後八時。
夕飯を食べ終わった僕は、自室で勉強をしていた。
正直ぐったりとして眠くなってきていたが、一日でも休みたくないので学習はする。
実はというと、先日模試の結果が届いていた。
第一志望、『杜國院大学』の結果は、B判定。
正直、ちょっとだけ「やった」と思った。
前回がDだったので、とりあえずは合格圏内に近づけたと言える。
でも、まだ十分じゃない。瑠璃葉さんは最終的にはA判定に持ち込んだと聞いていた。
僕も最低でもそこまでは頑張る必要がある。
今からでも間に合うのかは分からないが、がむしゃらにでもやるしかない。
今やっているのは、英語だった。かなり初歩的な単語ばかりが記載された単語帳。
中学二年程度の物だ。
志望校に受かるには、基礎もしっかりとやらなければいけない。
この夏、僕はかなり昔に学んだ範囲も学習していた。
中学生の教科書も押入れから探し出し、頭に叩き込む。
意外と忘れている部分もあって、それを穴埋めする。
果ては小学校五年の頃の教科書も引っ張り出してきた。ちょっと遡りすぎかなとは思ったが、念には念を入れておかなければいけない。
少し懐かしさも覚えながら、合格への道しるべを固めていた。
と、スマホのバイブが鳴る。
画面を見ると、瑠璃葉さんだった。ラインの通知だ。
「真一さん、今日はお疲れ様でした! 筋肉痛にならないように、しっかり身体を解してから寝てくださいね!」
労わりの言葉だ。優しいなと思いつつ、僕は返信する。
「ありがとうございます。そうすることにします。しかし、暑かったですね。結構陽に焼けました。肌が赤い」
僕らはそんな返事を返す。
幸せだ。
「ところで真一さん。何か忘れてること、ありますか?」
……思い出したことならあります。
何となく、彼女が何を言いたいのか分かってしまう。
「セックス……ですか? ちょっと変わってるなとは思いましたけど」
「今日の真一さん、凄く疲れてそうだから、止めておいたんです。私も結構体力使ってましたし」
なるほど。彼女は思いやりができる女の子だ。
たぶん彼女は溜まっているはずだ。でも、我慢したのだろう。
続けてメッセージが飛んでくる。
「でも……不完全燃焼じゃありません? 私はそうです」
「何か、あるんですか?」
「これ、見て下さい」
通知と共に一枚の画像が送られてくる。
読み込み中の表示が終わると、それがはっきりと画面に表示される。
「っ……」
それは、水着姿の瑠璃葉さんだった。
スマホを持っているのだろう。右手の先は画面から切れており、反対側の左手はこちらに向かってVサインを作っている。
水着と言っても、昼のプールで着ていたものではない。
ビキニタイプ。白くて、日光を弾きそうな純白の色をしている。
ただ、普通の面積をしていなかった。かなり小さな、申し訳程度の布部分が、乳首と局部を隠している。
少し強めに泳げばすぐにずれてしまうのではないか。そもそも角度によっては陰部が見えてしまうのではないか。そう危機感を覚えるほどの小さな面積だった。
というか、陰毛は微かにはみ出ている。
マイクロビキニだ。男共を挑発する破廉恥な衣装の写真を、彼女は送りつけてきていた。
「どうです? ちょっと興奮しました?」
「え、ええ。まあ……どこで買ったんですか」
「秋葉原にエッチなお店があって、勇気を出して入ってみたんです。これはそこにありました。真一さん、喜んでくれるかなぁ~って思って買っちゃいました」
「流石に市営プールでは着なかったんですね」
「この前のギリギリのサイズの浴衣で反省しました。まあ、びっくりさせるために着てみてもよかったんですけどね」
僕の頭が沸騰するから、そうでなくてよかった。
というか、風俗的にプールからつまみ出される気しかしない。
もう一度、彼女から送られてきたその画像を見る。
競泳水着の形の日焼けの跡に、真っ白なマイクロビキニが、ほとんど「乗る」ようにして身に付けられている。
ヘソも、乳房も、丸見えだ。前からでも彼女の大き目の尻が見える。細い紐で結ばれた部分は、見た目的には結構緩そうで、今にも解けないかヒヤヒヤとさせられる。
流石に恥ずかしいのか、彼女は日焼けした頬でも何となく分かるくらいに赤面している。
でもその表情はどこか悩ましく、どこでこんな表情を覚えてきたんだろうという気分にさせられた。
「今も着てるんですか?」
「今はもう脱いじゃいました。結構涼しかったんですけど、流石に親に見つかったらまずいんで」
「ですよね」
東京から持ってきたのだろう。僕に愉しんでもらうために。
「引いちゃいましたか……?」
彼女自身も結構勇気を出してきたのだろう。画像という、残る形で送ってくるということは。
以前にもエロ写メを送ってきたことはあるけど、今回のもその画像に匹敵する官能を感じさせてくる。
「……まあ、後で使わせてもらいます」
「私に会えない間は、それにお世話になってください。じゃあ、勉強を邪魔しちゃいけないので、これで」
「ええ。ありがとうございました」
会話が終わった。
改めて画像を見る。それを保存しておき、僕は勉強に戻った。
……あまり集中できそうにないが。
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