私とエッチしませんか?

徒花

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牧本瑠璃葉の選択(瑠璃葉視点)

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 受験まで残り一ヶ月も無い。というこの時期。
 最後のダメ押しを掛けなくてはいけない。そんな時期。
 そんな私は故郷の町を離れ、長野県のとある山の中にいた。
 受験直前の詰め込み合宿。私の高校が希望者に対して行ったそれに、私は参加していた。
 山間部にある古風なホテル。私の高校が貸切にしてもらったその場所で……その逃げ場のない場所で追い込みを掛けるのだ。

「瑠璃葉ぁ、聞いてる?」
「ん……何?」

 何回目の授業が終わり、中々広い食堂で皆で夕食を食べているとき、私の隣の席に座っている親友、『蔵衛麻里くらえまり』が声を掛けてきていた。
 彼女は高校一年生の頃からの親友で、学校では一緒に昼食を食べたり、時々一緒に帰ったりしていた友達だ。

「このステーキ、美味しいね。柔らかくて」
「うん。幾らでも食べられそう」

 他愛もない話をする。彼女と一緒にいられるのも、もう残り僅かだ。
 麻里は合格すれば、京都にある私立大学に通うことになる。私の志望する大学も有名だが、そちらも名の知れた学び舎だった。
 大学か。
 半年ほど前に、卒業生の講習会が開かれてその様子を三年生全員で聴かされたことがある。
 のほほんとしていてはやっていけないのだと恐怖心を煽ってくる内容で、正直気が滅入った。

「瑠璃葉、私たち確かこの後食事終わったら部屋に戻って、九十分掛けることの三回授業した後自由時間なんだっけ。その間にお風呂の順番待つ……だったかな」
「そうだね。まだ初日だけど、気合入れていかないと」

 自由時間、とは言ってもこの合宿で遊ぶ人間はいないだろう。実質、自習する時間だ。

「自分の意思で参加したとはいえ、自分の町に解放されるのは明後日の夕方かぁ」
「麻里なら大丈夫だよ。死ぬわけじゃないし」

 結構この合宿のスケジュールはハードだ。
 午前十時にこのホテルにチェックインして、自分の班の部屋に荷物を置いたと思ったらすぐに授業。
 そこからみっちりと九十分の授業が十分休憩でいくつもあり、九時間ほど経過して夕食になったのが現在だ。
 明日は朝八時から授業。最終日には確認テストが実施されるから、しっかり学習を頭に叩き込んでおかなければならない。
 食事が終わった。
 私たちは一時自分の部屋に戻り、勉強道具を持ってから学習室に向かう。
 そこでしっかり九十分を三セット。かなり濃い内容の勉強をさせられた。
 終わったのは十時だった。

「疲れたぁ……」

 麻里が自分の肩を解すようにぐるぐると回しながら、そう言う。
 彼女の父親はそれなりに名の知れた企業の社長で、その娘の彼女はお嬢様ということになるのだが、あまりそう感じさせない軽さを持っていた。
 テーブルマナーを見るに、かなり育ちがいいのは確かだったが。

「自分たちの部屋に戻らなきゃね。何時間ぶりだろ。麻里、私と同じ部屋だよね」
「そうね。お風呂の順番来たら、すぐ行かなきゃ」

 私たちは自分の部屋へと戻る。かなり清潔に洗濯された、純白のシーツの被せられたベッドが、利用する人数の分だけ置かれている。
 麻里は部屋に入るなりベッドに飛び込む。相当お疲れのようだ。
 勉強道具を自分のスーツケースに仕舞っていると、彼女が声を掛けてきた。

「ねえ瑠璃葉……こっち来て。こっちこっち」

 見ると彼女が、ベッドの上で四つん這いになって、ネコのように私にくいくいと手で私を誘っている。
 なんだろうと思いつつ、麻里の方に向かう。
 ベッドに乗ってと言われたので、そのようにする。
 私たちはあぐらをかいて、ベッドに二人して座った。

「この機会に訊いておきたいんだけど……大丈夫?」
「? ……いいよ」

 何のことだろうと思いつつ、私は許諾する。

「文化祭の時、瑠璃葉が結構親しそうにしていた男の子、いるでしょ? あの子とはどうなったのかなぁ、なんて」

 彼女も文化祭の時、メイドをやっていた。
 私と同じシフトで、荻野さんと私の会話も見ている。結構あの後何回か、どんな関係なのかを問いただそうとしてきた。
 中学の時のクラスメイト……という話で納得させたのだが、やっぱり彼氏に見えるらしかった。
 彼女は彼との近況を知りたいらしい。

「私、男性経験無いから想像するしかないんだけど、やっぱり一緒に食事とか行ったりするの?」

 どこまで話すべきなのか少し悩んだが、ある程度までは彼との馴れ合いを話してもいいだろうと思い、口を開く。

「……食事には行ったよ。お気に入りの喫茶店を紹介したこともあるし、映画も見たことがあるし……」
「やっぱり彼氏だ」
「ち、違うって」

 彼女が好奇の目で私を見ている。

「エッチなことはした? 男の子って狼なイメージあるけど、やっぱり誘われたりするの?」
「う、ううん。したことないよ。本当に友達程度の関係だし」
「ホントかなぁ。なんか瑠璃葉、少し前から色っぽく、大人びてる気がするんだよね。『恋をすると女は美しくなる』ってよく言うけど、それなのかな」

 そうなのかな。
 頬に思わず手を当てる。
 でも、彼に誘われているってのは違う。むしろ私の方が彼を誘惑している。彼を見ると、そんな気分になってしまう。

「瑠璃葉、変な色気あるんだよね。二日前はクリスマスイブだけど、もしかしてアレ、やっちゃったりした? ホテル行ったり」

 鋭いな。私は密かにそう思う。
 麻里は時々妙な洞察力を見せる時がある。

「まあ、冗談だけど。……でも、もし本番するって時はちゃんと避妊するんだよ? 大学行くどころじゃなくなっちゃうし」
「だ、だからやってないしやらないってばっ」

 嘘なのは自分がよく知っている。
 何度も身体を重ねあわせた。イブの時には中出しすら許してしまった。
 あの時の精液は、私の子宮の中にまだ溜まっているのだろう。
 私は彼に、「安全日」だと言って中に出して貰った。本当はどうなのかと言うと……。

「E班、入浴の時間ですよ。浴場が開いたので入ってください」

 私たちのいる部屋の扉が突然開かれ、女性教諭がそう告げる。

「あっ。はい!」

 お風呂の時間だ。麻里の方を見ると、若干気だるげな表情をしている。
 まあ、脱いだり髪を乾かすのが面倒だからか。
 私たちはタオルと着替えを持つと、部屋を出た。

***

 脱衣所で服を脱ぎ、丁寧に折りたたむ。

「……こうして見ると瑠璃葉……凄くスタイルいいね」
「麻里こそ、羨ましい体格してる」

 彼女の体形は私に似ていた。
 括れのある腰周りに、しなやかな身体つき。胸は若干私より小さいだろうか。
 でも、そんなやや控えめな幼さを残すものが好きな男性もいるのだろう。
 陰部に生える陰毛は、綺麗に形を整えられている。自宅のお風呂で剃ったのだろうか。その陰毛は、微かに金色がかっていた。
 彼女の祖母がロシア人で、彼女にもその血が流れている。髪の毛は日本人的な黒色だが、下の毛はその遠い血統が反映されているようだった。

「ちょっと瑠璃葉、変な目で見てない? もし瑠璃葉が男の子だったら通報だよ?」
「ごめんごめん。早速お風呂、入ろっか」

 冗談めかしたやり取りの後、私たちは浴場に入る。

「うわっ。広いなぁ」

 かなりのスペースだった。既に何人かの生徒が入浴したり、シャワーで身体を洗ったりしている。
 先日行ったラブホテルのお風呂も結構大きかった気がするが、それとは比較にならない。
 私たちはまず身体を洗うため、シャワーを浴びることにした。
 プラスチック製の椅子に腰掛け、設置された鏡の前に向き合う。
 湯を身体にかけるため、何となく自分の身体、その下半身を見た。

「……っ」

 私の両腿の付け根の辺り。私の性器。そこから白い液体が、僅かに漏れ出ていた。
 あのデートの時に彼に出された精液だと、瞬時に理解する。

「瑠璃葉ぁ? どうしたの、固まっちゃって」
「な、なんでもないよっ」

 彼女からは腿で死角となって、女子風呂には似つかないその淫靡な液体は見えない。
 私は身体を洗い流すようにして、好きな人の体液を湯に流す。
 あのイブの後、一応中を洗ったんだけどな。
 子宮に流れ込んだ物が、重力に負けて流れてきたのだろう。
 私たちは身体を洗い終えると、熱い湯に身体を沈めた。

「気持ちいい~! 入る前は面倒だと思ってたけど、お風呂っていざ入っちゃうと最高だね。身体に染み渡る」
「うん。疲れが溶け落ちていくみたい」
 手でお湯を掛けながら、うっとりとした心地に浸る。
 麻里は折りたたんだタオルを頭に乗せていた。おじさんみたい。
 露天風呂ではないけど、壁の一面は全面ガラス張りとなっていて、そこから深い山の夜景が見渡せる。

「いいね。幸せ」
「うん。私もだよ」

 私たちは勉強のことを忘れて、暫し入浴を楽しんだ。

***

 風呂から上がり、自由時間となる。けど、実質それは学習時間だ。
 この時間に、今日習ったことの復習をしなくてはならない。

「一階のロビーでやらない? 皆、そこでやるみたいだし」
「うん。私も麻里と勉強したい」

 私たちはその場所に行く。皆私たちと同じく、パジャマ姿だった。
 適当な席に座り、今日使ったノートを広げる。
 英単語の暗記からやろうかな。
 私たちは、早速勉強に取り掛かることにした。

 二時間が経った。
 夜一時。そろそろ寝ないと二日目の勉強に支障が出そうだった。

「瑠璃葉、部屋に戻ってもう寝る?」
「うん。そうする。かなり疲れたしね」
「じゃ、戻りますか」
「……トイレ、行ってもいいかな。麻里はさっき行ったよね」
「うん。ここで待ってるから、行っちゃっていいよ」

 麻里は机の上に広げた勉強道具を纏め始める。
 私はそれを背に、手ごろなトイレに向かった。

 トイレに入った私は、実際に用をたす。暖房が掛かっているとはいえ、冬の夜の長野で二時間もトイレに行かなければ、流石に溜まる。

「ふうっ……」

 股をトイレットペーパーで拭き終わった。でも、個室からは出ない。私は便座に座ったまま、ポケットからとある物を取り出した。

「……」

 薄いアルミのような板に埋め込まれた透明なプラスチックの突起。
 PTP包装、というらしい。
 病院などで処方される、薬の入った入れ物の様な物。と言えば分かるだろうか。
 その中に、白い錠剤が入っている。

「飲んじゃって、いいのかな」

 風邪薬などではなかった。
 その包装の裏側に、その薬の内容が書かれている。
「アフターピル」
 緊急避妊用の薬が、私の手の中にあった。

***

 私がその薬を手に入れたのは、イブのデートの翌日だった。
 産婦人科に行って、避妊に失敗したのだと告げると、結構高かったが処方してもらえた。
「これからは絶対に気をつけてくださいね」と強く言われてしまったが。
 でも、私はその薬をすぐには飲まなかった。
 彼の子供を孕んでみたらどうなるのか、幼い好奇心が胸を刺したから。
 安全日と言ったのは、本当だった。
 イブは丁度生理の終わった直後のことで、私の身体は排卵を終えたばかりだった。
 でも、安全日なんて実質存在しないなんてことは私にも分かっている。
 妊娠するときは妊娠する。それが私のような健康体の生娘ならなお更だ。
 身体がいつでも妊娠出来る状態なのだ。
 彼のような、同じく健康な若い男子の精子だって、完全には死に絶えず、身体の中で何日も生存する可能性が高い。
 きっとこのままだと、私は孕む。そんな不思議な確信が、心の中にあった。
 だからこそ、このアフターピルを処方してもらった。
 将来のことを考えたら、今すぐにでもこのピルを飲んで避妊するべきなのだろう。
 彼の、自分の未来を護るため、私の中に芽生えそうになる新たな命を無かったことにする必要がある。

「でも、それでいいのかな……」

 彼の赤ちゃんが欲しい。お腹を痛めて産んでみたい。彼と私の血で繋がった存在を撫でてみたい。
 既に、その準備は出来ているのだ。
 彼の遺伝子を私の子宮は携えている。放っておけば、たぶん私は妊娠する。
 アフターピルは膣内射精から七十二時間以内に飲まなければいけない。明日になったら、飲む時間が無い。
 授業の予定でみっちりだから。
 今決めなくてはいけない。私の人生を。彼の人生を。新しい命の運命を。

「君は、産まれて来たい……?」

 まだ見ぬ我が子……になりかけている、私の胎内に収まっているその遺伝子に呼びかける。
 女の子がいいな。私に似ているといいな。
 ピルは確実に避妊できるわけではない。成功率は八十パーセントで、二十パーセントは失敗する。
 あまり時間をかけ過ぎれば、避妊しきれないかもしれない。
 でも、もしかしたら、飲まなくても妊娠しないかもしれない。
 比較的、安全な日にセックスしたから。
 何の根拠も無い。薄っぺらい。
 迷ってしまっている。
 もしも今手に持っているこの薬を、すぐ下にあるトイレに落として水で流してしまったら。
 強制的にその賭けに出ることとなる。
 もう、引き返せなくなる。

「……」

 堕胎する気はなかった。もしもデキてしまったら、親や教師に怒鳴られても、大学へ行けなくなったとしても、私はこの子を産む。
 彼と私の愛の結晶を、育む。
 そろそろ決めなくてはいけない。飲むか、飲まないか。
 麻里が心配する頃だ。

「……私は……」

 私は、どうしたい。私は、何がしたい。私は、何を見たい。私は、彼をどうしたい。

 ……そして、私は結論を出した。

***

「終わったぁ~! やったねっ、瑠璃葉っ」

 ホテルから出るなり、麻里ははにかみながら私にそう話しかける。
 三日間に及ぶ勉強合宿は幕を閉じ、私たち参加者はこれからバスに乗って自分たちの町に帰るところだった。

「うん。疲れたけど、凄く頭がよくなった気がする」
「瑠璃葉テンション低いなぁ~! 達成感感じないっ?」

 私は頷き、にこりと笑う。
 随分勉強したものだが、彼女の言うとおり「やり遂げた」という感情が心の中の全てだった。

「ほらほらっ、早くバス乗ろっ。長野って寒かったね。雪降ってるよ」

 昨夜降った雪が、世界を白く染めていた。
 木々も道路も、白銀に覆われている。
 荷物をバス下部の荷物置き場に預けると、私たちは乗り込む。指定されていた座席に私たちは並んで座る。私は窓際だ。

「瑠璃葉。受験、頑張ろうね」
「麻里こそ、応援してるよ」

 バスが動き出す。私たちが三日間いたホテルが、少しづつ遠ざかっていく。

「……さよなら」

 決定的な、自分の運命を決める選択をした建物に、私はそう呟く。
 ポケットの中を探ると、薄くて手を切りそうな、アルミ製の物が指に当たった。
 薬の入っている部分を、指の腹でそっと触る。
 その感触は、自分の選択肢の形をしていた。
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