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「白金総合病院 精神科病棟で愉快な仲間たちと出会ったわよ」

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 「おはようございます。起きて下さい。朝食の時間です。」と井上若菜看護婦長の爽やかな声が鳴り響いた。井上は齋藤 彗神子を起こそうと肩に手を当て揺さぶった。窓にカーテンは無く朝の穏やかな日の光が彗神子の顔面にも降り注いでいたが、彗神子は深い眠りの中だった。井上は、昨夜と同じ手順で壁からテーブルを取り出すと、手際よく、その上に朝食を並べた。部屋の中には、炊き立てのご飯とみそ汁の香りと焼き魚の匂いが広がり彗神子の鼻を刺激した。

んがぁ。むにゃむにゃ・・・。ずぅ~。と深く息を吸い込む音が聞こえ、彗神子がパチリと目を開けた。
「ふぅ~。もぉ~朝なの。早いわね・・・。まだ、眠いわよ。ふぁ~。」と彗神子は大きなあくびと共に布団の中で背伸びをした。そして、がばっ、と上半身を起き上がり「みそ汁ね。随分と長いこと飲んでいなかったわ。朝食には勝てないわね。」と立ち上がり、「ちっちゃい。このちっちゃさ、おままごとだわ~」と呟きながら小さな椅子に腰かけ朝食を食べ始めた。

その様子を見ていた井上は「今日は、この後、他の患者さんたちと一緒に廊下で軽く体操をして頂きます。廊下に備え付けのテレビがあります。そこに映し出される映像に合わせて動いて下さい。運動は7時半から20分程度です。それから、午前中の予定は今のところ未定ですが、午後から警察の方がお話があるようです。お昼前に一度、前田先生が様子を見に来られると言っていました。質問はございますか?」と言った。

「今、何時なの」彗神子が訊いた。

「6時半です。」井上が答えた。

「6時半~。やだぁ~。早過ぎよ~。仕事じゃないんだし~。もぉ~ごはん食べたら、また寝ても良いかしら。」

「7時半まではフリーなのでお好きに過ごして下さい。ただし、その間に洗面と身支度は終わらせて下さい。それから、信仰をお持ちなら神への祈りもこの時間の間にお願いします。」

「信仰? 私は無神論者だから関係ない。悪いけど、その体操が始まる5分前に起こしに来てくれない。もう一度寝るわ。」と話している間に、既に食事を終えた彗神子は椅子から立ち上がり再び布団の上にゴロンと横たわった。そして、「じゃ、よろしく」と言い眠り始めてしまった。
井上は彗神子が眠ている姿を横目で見ながら、食事の後片づけを始めた。大きななりして、子供ね。いったいどんな夢を見ているんだか、と井上は彗神子を見て思った。そのころ、彗神子は遠い昔の記憶のような懐かしい夢の中に居た。


 ガチャガチャと食器と食器が重なり合う音がする。水道からか、水が流れている音も聞こえる。彗神子はうっすらと目を開けて辺りを見た。目の前には土間が広がり、一段下がったその土間の壁面に台所があった。それは知った風景だった。高田の祖母の家だ。そして、流し台に向かいこちらに背を向け洗い物をしている人物が居た。その後ろ向きの姿は母のようでもあったが、母が洗い物をするはずがない。では、誰なのか・・・祖母はとっくに他界してこの世には居ない。彗神子は起き上がって誰なのか確かめようとするが、体が動かない。彗神子の気配に気付いたのか、彗神子に背を向けて洗い物をしていた、その人物が、彗神子の方に振り返った。それは、亡くなっているはずの母方の祖母、世来子(よきこ)だった。彗神子はこれは夢だと思いながらも祖母に話しかけた。「ばぁーちゃん、なんで、生きているの。死んでいるはずだよね。」

「彗神子、起きたのかい。ばぁーちゃんはね、死なないよ。今日は、彗神子に話があって来たのさ。まぁ、その前に、お茶でも飲みなさい。」と祖母の世来子(よきこ)は濃い緑茶を彗神子の前に差し出した。

彗神子は出されたお茶を一気に飲み干すと「話って何? 大事な事?」と聞き返した。

「彗神子も、もう十三歳になった。そろそろ、本当のことを知っていても良い年ごろだ。本当なら、お前の母親の世末子(よみこ)がお前に話すことだが、あの子がきちんとお前に話をしてやっているとは思えない。だから、私が話に来た。よくよく、聞きなさい。」

「ばぁーちゃん、私は十三歳じゃないよ、もー五十三歳だよ。そんなに子供じゃないからね。」

「彗神子、お前の本当の年齢は十三歳だ。これは、私たちの数えで十三と言う意味だ。この地球時間でのお前の誕生は五十三年前だったが、私たち一族の繰り返される魂の年齢でお前は十三歳なのだよ。お前の細胞はこの世に何度も誕生しているが魂は一億三千年前に、この地球に降りて来た。そして、我らが一族が守って来た肉体に何度も宿っている。世の中の名だたる武将は全てお前のことを指している。そして、世に悪名高き恐ろしい女人も全てお前のことなのだよ。」

「あら、やだ、その話は、母に訊いているわよ。悪名高き女人については知らないけど、私が知っているのは有名どころで弁慶とか天狗とか・・・。田村麻呂とも言っていたわね。何だか、その辺は納得できたけど、母ったら、毘沙門天だった時代もあるって・・・。これって神様級よね。それにアメノミナカヌシだったとかも言っていたし、母の妄想、わらっちゃ~う。母の究極の妄想話で言えば、この私が、カム、ヤマト、イワレ、ビコ、スメラ、ミコトとか呼ばれていた時代もあるって。もー最高、笑えるーー。ばぁーちゃんまでおんなじこと言って笑わせないでよね。だいたい、そういうこと言う人って、頭、おかしすぎでしょ。」

「猿の肉体に記憶を残すのは至難の業だ。お前が覚えていないのも無理はない。しかし、よくよく覚えておきなさい。お前には、これから大きな試練が待っている。それは、この地球を守て行くという役割を果たさないといけないということだ。地上の者どもは振るいに掛けられる。かつて幾度となく訪れた試練と同じように・・・。そして、新たなる大地を創設するときにお前の力が必要となる。お前の意識体でこの地を覆い守るのだ。この世の陰と陽のバランスを図れるのはお前以外に居ない。エンヤラヤー、エンヤラヤー(我こそは、神を誉め讃えまつらん、我こそは神を誉め讃えまつらん)」と祖母の世来子(よみこ)はそういうと夢の中から消えた。

「むにゃ、むにゃ、むにゃ、私は誰だ、私は誰なのだ・・・。エヘイ、アシェル、エヘイ・・・。エヘイ、アシェル、エヘイ(我は在りて在る者なり)。ふんがぁ。ずぅ~。ずぅ~。ずぅ~。」彗神子は大きないびきをかきながら、不思議な呪文のような寝言を言った。


「齋藤さん、齋藤 彗神子さん、起きて下さい。体操の時間です。」と彗神子を揺さぶる井上若菜看護婦長の声がした。「う~ん。う~ん、ふぅ~。もぉ~そんな時間~」と彗神子は心地よく揺さぶられながら夢の中から現実世界に戻って来た。「そうです。起きて下さい。歯を磨いてませんね。口が臭いですよ。」と井上が言うと、彗神子はわざと「はぁ~。」と井上に息を吹きかけながら薄目を開けて井上を見た。

「もぉ!ふざけないで下さい。」の井上は軽く彗神子の肩を叩いた。

「わかったわよ、起きるわよ。歯も磨く」と彗神子は言い、口を大きく開けた。

「なんですか、歯ブラシを口に入れろってことですか。まったく、齋藤さんはいくつになったんですか」と井上が訊くと「13歳ですって、今、言われたばかりだけど。(前田先生が母のことなんて聞くから、夢にばぁーちゃん、出て来たのかな・・・)」と彗神子。

「今?・・・」と不思議そうな顔をすると「13歳は一人で歯を磨けますよ。」と井上は言い、洗面台に置いてあった歯ブラシに歯磨き粉を付け彗神子の口の中に歯ブラシを突っ込んだ。彗神子は手を使わずに舌で歯ブラシを器用に動かし歯を磨いた。

「もぐもぐ、ずごいでじょ、で、もづかわないで歯みがいてんのぉよ。あたじのじた、ただものじゃないのよ・・・」と口に歯ブラシを入れたまま話した。彗神子の口からは歯磨き粉の交じった泡まみれのよだれがだらだらとこぼれた。

井上は精神科の病棟に長年勤務している為、このように赤ちゃん返りで退行現象を起こす行動をする人の対応は慣れていた。しかし、井上には分っていた。この彗神子は退行しているわけではなかった。退行しているように見せかけているだけだと。井上の脳裏にあることが過った。彗神子は高知能者だ。もしかしたら、何かしらの事件の容疑者を想定していて、精神疾患を装おうとしているのかもしれない。前田先生に、このことを報告しないといけないと・・・。

「あーすっきりした。はぁー。お口くさくないでしょ。さぁ、次はダンスね。私、ダンスは得意よ。
なんてったって、竹の子仕込み、キノコの子は、元・気・な・子、あっ、竹の子だった。私は竹の子派よ。はい、ニョキニョキ」と意味不明なことを口走りながら彗神子は入り口の前に立ち、ドアが開くのを待った。部屋のドアが開かれると、外には二人の警官が待機していた。彗神子は廊下に出た。廊下に出ると廊下の壁に絵を描いている男が居た。彗神子はその姿を見ると「あの人、何しているの。楽しそう」と井上看護婦長に訊いた。井上は、壁に絵を描いている男を見つけると、「金子さん、駄目じゃないですか、また、こんなところにいたずら書きして、さぁ、そのペンを返してください」と言い男の手からペンを取り上げた。すると男は暴れだした。それを監視カメラのモニター越しに見ていた警備員と看護師達が集まって来て男を取り押さえ、どこかに連れて行ってしまった。

「あの人、大丈夫なの・・・。どうして、絵を描いていたのかしら」と彗神子は呟いた。そこに現れた掃除要員が、ちょうど彗神子の呟きを聞き、「毎回、ああなんですよ。部屋の中では描かないんですけどね、部屋の外の廊下に出ると壁にドアの絵を描くんです。なんでも、自分が描く絵は現実になるとかで、『外に繋がる扉を描いて置かないといけない、それをしないと奴が出て来れない。それが自分の使命だ。』て言うんですよ。止めさせようとすると、『お前の体がバラバラになる絵を描くぞっ』て脅すんですよ。本当に、毎回、絵を消すために掃除させられる者の身にもなって欲しいですよ」と言いながら、壁の落書きを消し始めた。「出入りできるようにドアを描くって、ドラえもんの見過ぎじゃない。」と彗神子が言うとちょうどその時、管内放送が鳴った。

「おはようございます。朝の体操の時間です。皆さん、廊下に出て準備をして下さい。」館内放送のアナウンスが流れた。

既にテレビのモニターには、ランニングに短パンを穿いた体操のお兄さんが映し出されていた。モニターの中から、タッタタタッタタタタタッタタタタタッタタタタタッタ。タップを踏むような音に合わせて軽快な曲が流れはじめると同時に、モニターの中のお兄さんが掛け声をあげた。

「はーい。みなさ~ん。おはよーございまーす。今日も、一日、元気に行ってみよー。はい、はい、はい。右手を上げて、はい。左右にふりふりふり、はい。左手上げてー。はい。左右にふりふりふり。両手万歳、はい。左右にふりふりふり。はい。右足、膝を上げて、いち、にい、さん、左足、膝を上げて、いち、にい、さん、はい。そこで、足踏み、いち、にい、さん、それでは、今日も行くわよー、バレトン体操~。大きな筋肉を動かすわよー。たっぷり汗かいてね。足はこぶし一つ分開けて、スクワットから行くわ~。右の足を上げて、レッグリフト、両膝まげて前後真ん中に腰を落としてね~。ふぅー。八回、前後、真ん中にしっかり鼻骨を落とすの。そうー。ナイス。重心低くね。反対も、左足前、レッグリフト、ワン、脇を閉めて肘を後ろ。ワン、トゥ、スリ、前後真ん中に腰をしっかり下ろしてね。自分のペースで良くてよ。後、四つ、後、二回、スクワット二回入れるわよ。はい、ニーベント、足を少し開いて~、前の膝を曲げて・・・」モニターから流れ出る音と画像は止まることなく続いた。

「ちょっと、あんたたち、一緒にやりなさいよ。あたしだけ、こんなの、拷問よ。それに、これ、ダンスじゃないじゃない。筋トレよ。スクワット嫌~い。あぁーもぉー。ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~。」彗神子はもんくを言いながらも映像に合わせて一緒に動いた。二人の警官たちは入り口の脇に二人並んで立ち、静止した状態で遠目にそれを見ていた。

そして、二十分の過酷な体操の時間は終わった。

「ぜぇ~。ぜぇ~ふぅ~。熱い・・・。シャワー浴びたいわ。」全身汗だくになった彗神子は傍にいた警官に言った。警官達も全身汗まみれでびしょびしょの彗神子を見て風呂に入る必要があると判断した。そして、井上若菜看護婦長を呼んだ。井上はびしょ濡れの彗神子を見て何事かと思った。朝の体操に本気を出して挑む人は居ない。それなのに、彗神子は本気で体操をした。変な人・・。と井上は思った。でも、このままにはしておけない。「齋藤さん、お風呂に行きましょう。」と言い、彗神子をつれて四階の一番奥にあるシャワー室に連れて行った。もちろん、警官二人と一緒に・・・。

シャワー室に着くと「外で警察の方が待機していますけど、入浴は一人でしてください。私は、着替えを取りに行ってきます。」と言い、井上はシャワー室を出て行ってしまった。シャワー室の外には警官二人が待機している。彗神子はシャワー室のドアが閉まると服を脱ごうとした。と、その時、シャワー室の中にある二つの浴室の一つ、奥の浴室から頭にタオルを巻きパジャマを着た女が出て来た。女は彗神子が着替えようとしていることに気が付くと、彗神子の姿に驚くでもなく「着替えは中でするのよ」と言った。
彗神子は初めて自分を見るはずなのに驚いた表情を見せない、この女に少し驚いた。そして「そーなの。教えてくれて、ありがと。」と返事した。女は「新人?」と訊いた。彗神子は(新人ってどーいう意味かしら、私はここには長居はしないわよ・・・)と思いながら「まぁ、そんなところね」と返事した。

女は「ふぅ~ん。あたしは、もー五年。出入りを繰り返しているからトータルすれば十年はいる。」と少し先輩風を吹かすように言った。彗神子は何を思ったのか少しからかってやろうと思い「十年って、すごいじゃない。やるわね。」と答えた。その言葉が気に入ったのか、女は「あなたは、何したの。」と訊いた。

「何もしていないわよ。何もしていないけど、頭おかしいんじゃないかって思われているみたい。だから、検査したの。結果は今日、この後に聞く予定よ」

「ふぅ~。何もしていないの。私と一緒ね。私も調べ物はしていたけど、何もしていないのに、ここに連れて来られたの。」

「あら、そーなの。調べものしていただけで、ここに連れて来られるなんて、ただ事じゃないわね。何を調べていたの。やばいこと調べていたんじゃないの?」と彗神子。

「やばいことなのかな・・・。何か裏があるかもしれないってことね。ちょっと、話を聞いてくれる。あなたが、どう思うか知りたい。」

「いいわよ。でも、外で警官が待っているし、そんなにのんびり入浴していられないのよ。掻い摘んで話してくれるとありがたいわ」と彗神子。

「警官? 増々、私に似たような状況ね。」と女は言い、薄笑いを浮かべ話始めた。

「わかった。あのね。私、本を読むのが好きで、色々な本を読むんだけど、その読む本の中に、まるで自分の事を書いているような本を見つけたの。でも、初めの頃は、書かれている内容は全て私の出来事と同じっていうことではなかったし、例えているものの名前も違っていたりはしていたから、自分の身に起きた出来事は、よくある話なんだな、くらいにしか思っていなかったの。その作家の本はとても共感できる内容のものが多かったから、その作家が書く本が好きになって良く買うようになって・・・。だけどさ、どの本も書かれている内容が私の身に起きた出来事や体験したことと同じで、何だか気持ちが悪くなってきたのよ。だって、私しか知りえない内容や情報がそこには書かれているんだもの。それで、何だか変だなって思うようになったの。それで、気持ちが悪くなって読むのを止めたのね。それから数年して、本屋でその作家の作品が新刊で出ているのを見つけたのよ。なんとなく好奇心もあって、再び手に取って読んだら、また、その本の内容が、本を読まなかった空白の期間に起きた出来事と同じ内容なのよ。作家が本を書いた時期と私の身の上に起きた出来事の時期が同じで、増々、変だって思ったの。家の中で話した会話とかもそのまま引用されていたりしたから、盗聴されているんじゃないかって思って盗聴器を探したりしたけど、見つからず、でも、作家名は実名じゃなかったし、顔写真は載っていなかったから、もしかしたら、この作家さんは自分の周りにいる誰かなんじゃないかと思うようになって探すことにしたのね。それで、ネットや色々な手段を利用してその作家の家と思われる場所を探し出したの。それから、ほぼ、毎日、見張ったわ。一か月くらい見張り続けて、その間に分かったことは、一日に数回、編集者と思われる感じの人が、複数人その家に出入りしていることが分かって、食料品と思われるものを持って入ったりして、身の回りの用事をしている人の出入りはあったけど、本人と思える人は一度も家から出る姿を見たことがなくて、何だか変だなって思ったのよ。次の作品が出る前に事実を確認したくて、作家の顔だけでも見ようと思い、家の敷地内に入って窓から家の中の様子を伺っていたら、通報されて警察に捕まったの。それで、私が思う事実を話したら、ここに送られてきたの。この話を聞いて、あなたならどう思う?」

「そうね。何だかわかる気がするわ。私も自分の体験と同じことが書かれている本に出合ったことがあるもの。私と思われる人物の名前はアッシャーといって違っていたけど、本に出て来る登場人物の名前は、知り合いの名前と一字違いだったりするだけで酷似していたりしたわ。でも、その本はとても古い本で作家も既に亡くなっていたから、探したりはしなかったけど。読んだ時は、ぞっとしたわね。」と彗神子。

「本当! あなたも経験があるのね。でも、あなたの場合は進行形で書かれたものではないのね・・・。」

「はっきり断定は出来ないけど、その作家が書いたものはゴーストライター達が書いたなのかもね。つまり、作家名が社名みたいなもので、共同で話を書いているとか。それで複数人が出来入りしている・・・。共同で作品を書いていたとしたら、情報を集める人も居るはずだから、あなたに繋がる人が居ないと否定は出来ないわね。あなたが調べたいと思うのも無理は無いわ。」と彗神子。

「そーなのよ。でも、誰も本当のことを教えてくれないの。出版社もグルになっているのよ。そして、私はストーカー扱いされて、病んでいるってことになったの。」

「早く、疑いが晴れると良いわね。きっと、同じように被害にあう人も出るはずだから、そういう人たちが集まったら被害者の会でも作って戦うといいわ」と彗神子。

「ありがとう。初めてよ。そんなこと言ってくれる人。あぁ~。今日は気分がいいわぁ~。お腹空いてきちゃった。もーそろそろ、行くわね。話を聞いてくれてありがとう。また、何かあったら、お話したいわ。あなたの名前はなんて言うの」

「彗神子よ。彗星に神子と書いて、彗星の星を取った彗神子と書いて、エミコと読むのよ。」と答えた。

「へぇー、カッコいい名前ね。私は田山 周佳(たやま ちか)。田んぼの田に山の山。それから地球を一周の周(しゅう)に、にんべんに土二つの佳(けい)をかと呼んでちか。田山周佳(たやま ちか)よ。じゃあ、またね。」と女は言い、シャワー室から出て行った。


彗神子は田山周佳の後姿を見送ると「いろんなひとがいるわね・・・」と呟き、服を脱ぎシャワーを浴び始めた。「あぁ~。なんて気持ち良いのかしら。風も心地よいわ~」言いながら、ふと、シャワー室の窓に目が留まった。そして、窓が開いていることに気付いた。「外の空気っていいわね。これが俗にいうシャバの香りってやつかしら」と窓からは入ってくる心地よい風を感じながらシャワーを浴びた続けた。

そこに突然、「タオルと着替えを出して置きます。」と外から井上の声がした。

「は~い」と彗神子は返事した。彗神子はシャワーを浴びながら、さっき見た祖母の夢を思い出していた。(ばぁーちゃんが夢に出て来るなんて、珍しいわ。それに、母みたいな奇知外なことを言って。やぁーねぇ~。もしかしたら、母に何かあったのかしら・・・。そういえば、十年以上会っていないものね。今頃、何してるんだか・・・。う~ん。きっと、どっかの教祖をたぶらかして、教会に上がり込んでいるに違いないわ。でもって、詐欺まがいのことして信者からお金を集めて、好き勝手なことしているのよ。あぁーやだやだ。考えるの止めよ。関わりたくないもの。でも~、六十六歳までに結婚相手なんて見つかるかしら・・・。今の仕事していたら、まず無理よね。出会うイケメンは鮫か鯨か海豚くらいだもの。今回、出航は無理そうだし、これを機に、たまには陸の上で働こうかしら・・・。)彗神子は考えながら風が流れて来る窓に再び目をやった。(あれ、鉄格子が無いじゃない。)と窓から顔を出して外を見た。

病院敷地の外には住宅地とマンションらしき建物が並び、その奥にはお寺があり、周辺にはお墓が見えた。そして、道を挟んだ向かいには広い駐車場が見え、その奥に建物が並んでいるた。その敷地の入り口には「ホームセンター・ホーリー・ホーリー白金店」の大きな看板が立っていた。それを見た彗神子は(あら、ホームセンターがあるのね。ふぅ~ん。しばらく、ホームセンターで働くのも悪くは無いわね。沢山の人と出会いそうだし。いろんなものあって楽しそう・・・)と思った。

シャワーを終えると彗神子は素早く着替えた。頭にタオルを巻き、部屋から出ようとした時、シャワー室の開いている窓に一羽の鳥が止まった。それも珍しい青い鳥だった。よく見ると、セキセイインコがそこには止まっていた。「あら、どこかの家から逃げて来たのね。だめじゃない、ピーちゃん、あんた、慣れていないことすると、カラスにやられるか鷲の餌になっちゃうわよ~もぉ」と彗神子は青いインコを捕まえようと窓に手を伸ばした。するとインコは寸前のところで彗神子の手を交わした。しかし、どこかに飛んで消えるでもなく、再び、窓の所に現れた。「どういうことかしら・・・。私に何か御用でもあるのね。」と呟き(今日は私とお話ししたい人が多いみたいね)と思った。「お話を聞いてあげようじゃない。」と言うと、再び手を伸ばし捕まえようとした。しかし、なかなか捕まらない。窓には鉄格子はなく、窓の外はベランダのような作りになっている。シャワー室の隣は、田山 周佳が使っていた別の浴室があり、そこから、そのベランダへ出入りできるようになっていた。彗神子は試しにと思い、隣の浴室に行き、ベランダに出る専用のドアを開けてみた。すると、なんということか、ドアには鍵がかかっていない。彗神子は簡単にベランダに出れた。インコは彗神子に自分の後を追いかけさせているようだった。インコは隣の部屋の窓の縁に止まった。彗神子が手を伸ばせば簡単に届く距離だ。「ちょっと、待ちなさいよ」と言いながら、彗神子はベランダに身を乗り出しインコを捕まえようと手を伸ばした。彗神子の指先がインコに触れたとたん、インコはすり抜けるように再び飛び立った。インコをつかみ損ねた彗神子はバランスを崩した。そして、声を上げる間もなく真っ逆さまにベランダから下に滑り落ちた。

なんということか、彗神子は、四階のベランダから真っ逆さまに下に滑り落ちたのだ。しかし、彗神子の体はベランダ下にあった木にあたり、葉が生い茂った木の枝がクッションとなり跳ね返り、建物の脇の小屋の真上に落ちた。その小屋は掃除用具を入れて置くスペースと普段はあまり利用しない庭木の道具が置かれている部屋の二部屋に分かれていた。彗神子は小屋の屋根の骨組みで一番高い中心を横に走る棟木に引っ掛かり止まった。小屋に空いた大きな穴と棟木に引っ掛かった彗神子の上には、樹の上に落ちた衝撃で折れた木の枝がかぶさっりすっぽりと覆い隠した。そして、彗神子は小屋の屋根を頭で突き破った時の衝撃で棟木にぶら下がったまま気を失ってしまった。彗神子が小屋に落ちた音は、かなりの衝撃音だったが、ちょうど、その時、大きなトラックが病院の前を通り他の車と接触事故を起こしそうになった。そして、トラックは大きなクラクションを鳴らした。クラクションの音と、彗神子が落ちた時の衝撃の音が重なり、誰も彗神子が小屋に落ちた音には気付かなかった。


シャワー室の前では井上が彗神子を待っていた。彗神子が中々出てこないので、どうしたのかと思い、井上は彗神子に声を掛けた。「齋藤さん、そろそろシャワーは終わりにして頂いてもよろしいでしょうか。まだ、時間がかかりますか?」井上は訊いた。しかし、返事が無い。そして、シャワーの流れる音もしない。少し不安になった井上は、そっとシャワー室を覗いてみた。すると、そこに居るはずの彗神子の姿が見えない。井上は慌てて、後ろで待機している警官に、「齋藤さんは部屋を出ましたか」と尋ねた。

二人の警官は「いや、誰も出てきていません。」と言い、二人とも慌ててシャワー室に飛び込んだ。そして彗神子の姿が見えないのを確認すると隣の浴槽がある浴室へ行き、ベランダに出るドアが開いているのを見つけベランダに飛び出した。ここから飛び降りて生きて帰るのは無理だ。しかし、逃げたとしたらここからしか考えられない。二人の警官はあたりを見回した。壁をよじ登ろうと思えば、登れるかもしれないと警官たちは思った。警官の一人がどこかに携帯で連絡をした。もう一人は、浴室から出て非常階段を使い一気に一階に駆け下りた。浴室に残り電話をしていた警官は、「伊藤警部補ですか、白金総合病院精神科から齋藤 彗神子が逃げました。シャワー室のベランダから壁伝いに屋上へ登ってそこから逃げた可能性があります。一人は一階に降りて捜索中ですが、至急、人をよこして下さい。」と言った。
井上も前田医師に伝えようと前田の携帯を鳴らした。前田は朝の出勤時間で病院の駐車場に着いたばかりだった。

「前田先生、井上です。今、どちらにいらっしゃいますか! 大変なことになりました。齋藤 彗神子さんがシャワー室からいなくなりました。」と井上は電話に出た前田に告げた。
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