アガダ 齋藤さんのこと

高橋松園

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「世未子の創造神話 一」

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「あぁあぁっっっっ

らぁーーーらぁーーーあぁぁぁあぁぁーーー

あぁあぁっっっっ
らぁーーーらぁーーーあぁぁぁあぁぁーーー

んぅーーん んぅーーん んぅーーん

うぅーーん うぅーーん うぅーーん」

と録音されたテープの音声が聞こえ始めた。

次に、黒井先生の父親で、旧中条病院、元精神科医師の黒井武雄(くろい たけお)氏と思われる男の声で

「貴方は、誰ですか。」と聞こえると、すぐに、

「ふぅーーー。しゅーーーぅーーー。らぁーーまぁーーー。しゅーーーぅ・・・私のことか・・・私に訊いているのか・・・」と返事があり、しばらく間があき「猿か・・・猿だな・・・猿人(さるびと)だな。」と声がした。

再び、精神科医の黒井武雄氏と思われる声で、「貴方が誰か、名前を教えてください。」と聞こえると、

「そうか、猿人か、ならば、お前たちがわかる言語で話さねばならぬな・・・」と言い、続けて「お前たちが使っている、名や文字を用いた言葉は、猿人らが地球を牛耳るようになってから出来た。我々にはそのようなものは不要であった。猿人はのろまで、頭が悪く、すべてに置いて能力は劣り、同じものを心で共有することや記憶を留めて置くこともできなかった。」ふぅ~と鼻から息が抜けるような音が聞こえ、深く息を吸い込む鼻音がすると、「それゆえ、共通の言葉が必要になった。そして、名が生まれ、文字が出来き、書き記録するようになった・・・お前たち、猿人は、離れた者同士の意思の疎通もできない、まったく、不出来な生き物だった。我々一族は、お前たち猿人が必要とするものは何一つ必要とはしなかった。記録は永遠に記憶の中に保存され、会話は霊能力と波動によっておこなわれていた・・・この女の肉体も猿人の血が混じっておるゆえ、私の思考を全て理解することは容易ではない。よって、私が誰なのか、ということを猿人であるお前に説明するのに、この女の肉体を通じて、どこまで表現できるものか・・・まあ、よい・・・ためしてみることにしよう。」と言うと、しばらく沈黙が続いた。辺りにはテープの回転音とカセットデッキのモーター音が静かに鳴っていた。そして、突如、会話が始まった。

「お前たちの言葉を借りて言うならば、私は、この女の魂だ。宇宙の創造主の使命を果させるために、この肉体に宿り、この女の体に流れる血と肉を操るものである・・・さて、私を呼び出して、一体、何を知りたいと言うのだ。この女の魂である私について知りたいのか、この女について知りたいのか、どうなのだ。」

すると、旧中条病院の元精神科医、黒井武雄氏と思われる男の声で「宇宙の創造主様には名前はあるのでしょうか。それから、魂である貴方の名前を教えて下さい。貴方は何者でどこから来たのか、何が使命で、肉体であるこの女性、齋藤世末子さんに何をさせるつもりでいるのか、どうして、世末子さんの肉体を選んだのかを知りたいのです。教えて頂けますか。」と訊ねた。

それからしばらくの間、沈黙が続いた。
全てのものが静止してしまったと感じられるくらいの長い沈黙の後、再び声がした。

「宇宙の創造主にも魂にも名は無い・・・それは、唯一、無二のものであり、名前が必要ないからだ。この世で名を必要とするのは猿人(さるびと)だけだ。魂が名を名乗ることがあれば、それは猿人が付けた名であり、宇宙の創造主や魂の相知らぬことである。名は肉体に宿る。猿人が衣を着て、自らを神と名乗ったようにな・・・」と言い黙った。一時、間があき「さて、私が何者で、どこから来たか、私の使命と、そして、この女を選んだ理由を、お前は知りたいのだな。知りたいと言うならば、話してやろう。しかし、それには、お前の知らないこの世のあらましを話して聞かせねばならない。少し長い話になるが、お前に、その話を聞く覚悟はあるのか・・・」と続いた。すると、再び黒井武雄氏の声で「是非、お聞かせください。」と聞こえて、齋藤世末子の肉体を通じて語る齋藤世未子の魂の話が始まった。




「それは、宇宙の創造主がこの世に美しいものを創造したことから始まった話だ。
宇宙の創造主は果てしなく続く真っ黒な空間を来る日も、来る日も、眺めて過ごしていた。それは、それは、とてつもなく長い時間だった。宇宙の創造主は暗闇を眺めながら、この世に何が必要かと思いを巡らしていた。そして、この暗闇が美しいもので満たされることが必要であると思った。しかし、どうしたら美しいものを生み出せるか、すぐには思いつかなかった。宇宙の創造主は、来る日も、来る日も宇宙をゴロゴロしながら思案した。そんな時、寝返りを打つと同時に屁が漏れた。漏れた屁は、爆風と共に色彩を放つ糞の宝玉と尿である精水を撒き散らしながら宇宙に広がって行った。この時、宇宙の創造主は自らの中に美しいものが埋もれていることを知った。これが、宇宙の始まりである。

宇宙創造主は放屁をし、龍の魂が宿った爆風と共に精霊の種を宿した美しい色彩を放つ多くの宝玉と精水を暗闇に放った。生まれたものは、すべて、二つの相反するものとそれらに相対する光と影が一塊の中にまとまって生まれ、後に四つの塊りに分かれ、その後、反発と交わりを見せながら広がって行った。宇宙の創造主の崇高な目的から生まれた龍の魂が宿った爆風から時の白龍(はくりゅう)との黒龍(こくりゅう)が生まれ、時と共に光が放たれ黄金龍(おうごんりゅう)となり炎を生んだ。そして、生まれた炎は赤く燃え、赤龍(せきりゅう)となり、炎は時と共に広がりながら冷え精水となり、青龍(せいりゅう)が生まれた。赤龍と青龍の交わりにより風が生まれ、風は時に運ばれ紫龍(しりゅう)になり、光の黄金龍と炎の赤龍の交わりは橙色の光を放ち、朱雀(すじゃく)となって飛んだ。次々と光は交わりあい、新たな色彩が生まれた。美しい色彩を放つ光は精水の青龍を包み込み、交わり、とけあった。光に包まれた青龍の鱗から色とりどりの魚の精霊が生まれ、青龍と共に宇宙の四方八方に進んだ。こうして、宇宙にはありとあらゆる時間と光と影と色と精霊が生まれた。

紫龍の風は時の白龍と交わり甲高く美しい音を放ち朱雀と交わり鳥の精霊が生まれた。紫龍の風と時の黒龍が交わると重く低い安定した音が宇宙に鳴り響いた。そして、二つの音は重なり合い美しい和音が生まれ広がった。色と交じり合った音は色彩豊かな多くの鳥の精霊達を生み、宇宙を飛びながら声を上げて歌った。こうして、いくつもの音階が生まれ、宇宙誕生の喜びの音楽になった。宝玉たちは美しい色彩の光と共に鳥たちの歌声に包まれ宇宙に広がって行った。

色とりどりの宝玉は星々となり、宇宙に散らばりながら自ら座を決めていった。その中の一つの星に赤龍が絡みつき、星を包み込んだ。そして、その星は真っ赤な火の玉となり、太陽になった。太陽は自ら炎と光を放ち宇宙の音楽に合わせて踊り始めた。

しかし、自らの場所を決められない小さな星々もいた。そして、砕けた小さな星々はぶつかり合い、小競り合いを始め喧嘩した。ぶつかり合いと小競り合いは激しさを増した。それは、不快で騒々しいものだった。いつまでも争いを止めない星々を見ていた創造主は、罰として生涯離れられないように星々を一つにまとめ団子にした。これは、宇宙の創造主の一度目の裁きであった。

団子になった星屑は、抱き合いながら殴り合いを繰り返した。小競り合いと殴り合いから生まれた火の精霊は寄り集まり炎となった。炎は激しさを増し、天へと噴き上がった。そして、天に上った炎は渦を巻き、真っ赤な炎の魂となり、星屑の愚かな争いから生まれた魂を宿した赤い蛇の悪霊となった。熱さで真っ赤になった団子星は、赤い蛇の悪霊の炎の渦の中で、ぶつかり合い、きしめき、叫び声を上げた。それは、まるで赤子が泣き叫ぶようだった。

激しい音は重なり合い、熱風になびかれ轟音になり、鉄を切り裂くように鳴り響いた。轟音は、とてつもなく長い間、団子星に響きわたり、叫び声のように流れ続けた。そして、赤い蛇の悪霊は地上を覆い暴れまわった。団子になった星屑の欲望から、次々と蛇の悪霊が生まれた。赤い蛇の悪霊が屑の団子星を覆い、回り続けてるのを見た宇宙の創造主は、赤い蛇を黙らせようと思った。そして、宇宙に散らばった宝玉の星々を鷲掴みにし次から次へと赤い蛇めがけて投げつけた。

宇宙の創造主が掴んだ、一つ目の星はもさもさしてドロリとしているがスポンジの固まりのような星だった、団子星にぶつかると団子星を包み込むように広がり、団子星に張り付き、沈んだ。二つ目の星は透明な膜で出来たゼリーのような星を投げつけた。星はぐちゃりと団子星にぶつかり崩れて方々へ飛び散った。三個目の星も、透明なゼリーで出来ていたが光を放つ星だった。この星は、団子星にぶつかるとやはり崩れて方々へ飛び散った。四つ目の星は平たい形をしており、星の表面が渦巻いていたが、団子星にぶつけるとやはり粉々になり方々に飛び散った。五つ目の星は透明なゼリー状の星の中にいくつもの透明なゼリー状の星が重なっている不思議な形をしていたが、宇宙の創造主は手に取ると躊躇わず団子星に投げつけた。こうして次から次へと宇宙に散らばっている宝玉の星々を団子星にいる赤い蛇めがけて投げつけた。しかし、投げた宝玉の星は赤い蛇には当たらず砕けて団子星に張り付いた。宇宙の創造主は、十一個目の星を団子星に投げつけた後、これでは赤い蛇を退治することはできないと思った。そして、赤い蛇の悪霊を餌で釣って捕まえようと考えた。宇宙に散らばった精霊が宿る星の中から、緑色の翡翠で出来た大きな亀星を見つけ、黄金龍の光の糸の先に結び付け、団子星に垂らした。光の糸の先に付いた大亀星を見た赤い蛇の悪霊は、すぐに、大亀星に食らいついた。勢いよく団子星を動き回っていた赤い蛇の悪霊はとても腹を空かせていたので、餌で釣るのは簡単だった。宇宙の創造主は釣り上げた赤い蛇の悪霊を天高く放り投げ、勢いよく団子星に叩き付けた。赤い蛇の悪霊は、鞭のように大きくしなり、団子星を叩いた。すると、赤い蛇は見る見るうちに団子星にのめり込み、沈み始めた。

赤い蛇の悪霊の口にくわえられた、翡翠で出来た大亀星は団子星に叩き付けられ、張り付き大きなコブになった。砕けた部分は方々に散らばり、瘡蓋の大地にも突き刺さった。突き刺さった翡翠の大亀島の破片は小さなイボのように瘡蓋の大地から顔をのぞかせた。団子星は赤い蛇の悪霊の鞭で打たれ、翡翠の大亀星をぶつけられた痛みでオイオイと大声で泣いた。そして、憎しみと悲しみの涙の雨を降らせた。憎しみと悲しみで出来た涙の雨は延々と団子星に降り注いだ。団子星には涙の雨で海が出来た。海からは大きなコブと数々の小さなイボだけが飛び出ていたが、やがて、大きなコブと小さなイボは島になった。島の上には涙の雨で道が出来き、それは川になり、憎しみと悲しみの魂を宿す青い蛇の悪霊になった。島を流れる青い蛇川は、次々と海へと流れ込み、憎しみと悲しみの渦巻く青い蛇の悪霊が宿る海になった。

団子星にのめり込んだ赤い蛇の悪霊は深く深く団子星の中に潜り込んで姿を隠した。赤い蛇の悪霊が潜り込んだ後には切り傷のような大きな溝が出来た。溝の割れ目からは赤い蛇の悪霊が放つ炎が噴き出していたが、赤い蛇の悪霊が深く地中に沈み込んで行くと、徐々に炎は静まって行った。地中に潜った赤い蛇が放つ悪霊の炎で地上は暖められ、乾き、溝から噴き出す噴煙で風が起き地上に流れた。赤い蛇の悪霊が潜った地上に、青い蛇の悪霊が宿る海が覆い地上を冷やした。そして、冷たい風が流れた。冷たい風が流れ始めると、冷えた風は白い蛇の悪霊となり、ヒューヒューと笛が鳴るような音を立て暴れまわった。まるで、泣きながら眠ってしまった子供の寝息のようだった。白い蛇の悪霊になった冷たい風は涙の海で更に冷やされ、固まり、氷となって地上に降り注いだ。白い蛇の悪霊は渦を巻き青い蛇の悪霊の宿る海を泳ぎ回った。宇宙の創造主は白い蛇の悪霊を捕まえると二つに裂いた。白い蛇の悪霊を手にしたまま、団子星を押さえると、白い蛇の悪霊を団子星の両端に貼り付け、凍らせ、その地に留めた。そして、白い蛇の悪霊が動いて暴れまわらないように白い蛇の悪霊の尻尾を氷の島に結び付けた。

団子星に出来た涙の海は青い蛇の悪霊が宿った悲しみの青い色を放っていたが、腹の中では、沈んだ赤い蛇の悪霊が蠢き、欲望と怒りに満ちた赤い炎を噴き散らしていた。そして、時折、怒りの炎と泥を地上に噴射した。殴り合いと小競り合いで出来た傷は、涙の海に沈んだものもあったが、多くは瘡蓋となり島になった。大きく盛り上がった瘡蓋の一部は鼻となり山となった。山となった鼻の穴から噴き出す鼻息は黒煙となって風を生み、団子星に宿った悪霊の種を方々へ運んだ。悪霊の種が宿った大地から吐き出す吐息は黒煙になり、熱風に乗って塊りとなり流れた。そして、欲望の悪霊が宿った黒い蛇と悪霊となり空高く飛んだ。黒い蛇の悪霊は風に乗り空を舞いながら、団子星を覆い始めた。瘡蓋で出来た大地は怒りと欲望で覆われていた。そこから芽吹いた生きものは毒の吐息を吐き、悪臭を放った。放たれた悪臭は風にのり、空を舞い、天に上り、毒の魂を宿す緑の蛇の悪霊となった。そして、瘡蓋で出来た大地には、宇宙の創造主により投げつけられた星々に宿っていた精霊たちと蛇の悪霊の交わりから、多くのものが生まれた。それは、想像を絶するような醜くさで、野蛮で恐ろしい巨大な生きものだった。その生きものたちはお互いを食い荒らし始めた。

しかし、宇宙の創造主が落とした翡翠の大亀星で出来た島は違っていた。この島に宿る精霊は怒りや憎しみ欲望などなく、美しいものを創り出したいという創造主の意図を純粋に受け継いでいた。そんな精霊の種が一気に芽吹き始め、次々に美しい花々や植物を生み出した。そして、島は花々で覆いつくされ、美しい香りを放つ緑玉の吐息を吐き始めた。この島では清らかで純潔な精霊達が作り出した多くの美しい生きものが生まれた。宇宙から降り注がれた魚の精霊は水に潜り先にひそんでいたものに宿り、美しい色とりどりの魚を生んだ。色彩豊かな鳥の精霊はこの地で生まれた美しい魚に宿り、鳥の形となり、色とりどりの鳥になり、美しい声でさえずりながら空を飛んだ。美しい色彩豊かな生命が更に広がった。それは、お前たちの想像を遥かに超える美しいものたちだった。翡翠の大亀島に緑玉の吐息がかかり美の絶頂に想われた。それを見ていた創造主はこの島で美しいものを育てることにした。その為に、この団子星の瘡蓋の大地から生まれた恐ろしい生き物を絶滅させる必要があった。そうしなければ、たとえ美しい生きものを創り出しても、恐ろしい生きものたちの餌になるだけだった。宇宙の創造主は瘡蓋の上で暴れまわる醜いものたちに向かい、宇宙の星々を次々と投げつけた。そして、それは、瘡蓋の上で生きる恐ろしい生きものを死に追いやったが、海へ逃げ身をひそめ生き残るものもいた。

宇宙の創造主は、瘡蓋の上で生きる恐ろしい生きものを殺し静まり返った団子星に、宇宙の創造主が大切に育てた獣の精霊を贈り飼うことにした。そして、九隻の岩船に乗った獣の精霊を宿したものを贈った。その九隻の岩船に乗った獣の精霊は、翡翠の大亀島に降り立った。それは、後に、猿人の世になり、鼠、牛、虎、兎、馬、羊、猿、犬、猪、と呼ばれるものたちの祖先だった。九隻の岩船に乗って来た獣の精霊は翡翠の大亀島に降り立ち、交わり始め、先に生まれていた魚や鳥とも交わり、海を渡り、空を飛び、団子星の汚れた瘡蓋の大地を動き回るようになった。この交わりはあらゆる種類の生きものを生んだ。宇宙の創造主はしばらくの間は、この獣たちが生きる美しい団子島を見て楽しんだ。

 宇宙の創造主は出来上がった団子星の大地に、美しいものを想像し創り出すことができる人魂を送ることにした。人魂は宇宙の創造主が噴き出す息から生まれた。人魂の出入り口は、宇宙の創造主の口と繋がっている必要があった。その為に、美しい宝玉の眠る大地の上に人魂の出入り口を創った。宇宙の創造主は大きな岩壁に人魂が通過できる噴き出し口と吸い込み口を創りその門番に鳥を置いた。

宇宙の創造主は次から次へと人魂を団子星に出来た大地に送った。宇宙より送られた人魂は、この翡翠の大亀島で生まれた美しいものたちと交わり始めた。翡翠の大亀島で生まれた美しい生きものの中には、人魂を宿せるものと宿せないものが現れた。宿せるものは、猿人の世の言葉で言うならば、虫人や花人、樹人、鼠人や猫人、魚人、鰐人、鳥人と言われるものから猿人など様々だった。全ての中間種も存在した。お前たちからすれば、妖精や妖怪と言われる種族たちのことだ。」



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