アガダ 齋藤さんのこと

高橋松園

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「サカサ谷怪奇事件」

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 ドアをノックする音と「失礼します」という声と共に伊藤警部補が部屋に入って来た。伊藤は入室するなり「今朝は、早くからありがとうございました。」と丁寧に言葉を付け加え一礼した。前田医師は、「どうぞ、椅子におかけになって下さい。」と医務室の中央に用意されたソファーに座るように声を掛け「何か飲みますか。お茶かコーヒー、紅茶もありますよ。」と言った。「いやぁ~。恐縮です。こちらから無理にお願いをして診察して頂くのです。どうぞ、お構いなく。」と伊藤は答えると「丁度、コーヒーでも飲みたいと思っていましてね。一人で飲むのも味気ない。どうぞ、お付き合いください」と前田は言い、入り口脇に備えられていた小さな流し台の上にある棚から紙コップと自分の専用カップ、インスタントコーヒーを取り出しコーヒーの蓋を開けながら「小さなスプーン、二杯入れますけど、良いですか。少し濃いかもしれません。お砂糖とミルクも入れますか?」と訊いた。

「はい。濃い方が好きなので、スプーン二杯でお願いします。砂糖とミルクは要らないです。ブラック派です。」と伊藤が答えた。前田医師がカップにお湯を注ぐ音と共に、少し濃い目のコーヒーの香りが部屋中に広がった。「この香り、落ち着くんですよね。まぁ、インスタントですけどね。インスタントにはインスタントの良さがあると言いますか、僕はこの香りが好きなんです。」とほくそ笑みながら前田は言った。コーヒーをソファーに腰を下ろしている伊藤の目の前のテーブルに置くと、前田も自分のカップを手に持ち、伊藤の向い側に腰を下ろした。

「さてと、お話をお聞きましょうか。時間も無いですしね。」と前田から話始めた。

「はい。では、今回の事件について知る限りお話させて頂きます。疑問に思うことがありましたら、話の途中でも割り込んで聞いて下さい。多少話が脱線しても、後に、回すと忘れるものですから。」と伊藤警部補が言うと「そうですね・・・。職業柄と言いますか、テープに取らせて頂いて良いですか、ノートを取りながらだと話に集中できなくなるもので・・・」と前田医師。

伊藤警部補は「はい。良いですよ。ちょっと複雑な話なのでその方が良いかもしれません。ただし、くれぐれも守秘義務は守って下さい。外部に漏れることが無いようにお願いします。」と手帳を取り出しながら言った。

「十分に気をつけます。医者として恥じるようなことはしませんから、安心してください。」と前田は言い、手慣れた手つきで事前に用意していた小さなカセットを手にすっぽりと納まるサイズのオリンパスのレコーダーにはめ込み録音スイッチを入れた。そして、「どうぞ。お話下さい。」と言った。

 伊藤警部補は手元に持った手帳を開くと「では、話します。まず初めに、今回の事件の容疑者の齋藤 彗神子に関して知る限りを話します。前回話した内容と重複することもありますが、一通り、話させて下さい。容疑者、齋藤 彗神子(さいとう えみこ)は千九百六十六年年六月六日に新潟県魚沼市六日町で生まれ、現在53歳です。すでに他界していますが齋藤 道三郎(さいとう みちさぶろう)氏の長女として生まれました。この性別についてですが、戸籍上は生まれながらにして女性ですが、DNAの鑑定結果では違う回答になっています。見識での鑑定がまだな為、血液検査によるDNA鑑定の結果のみで話を進めさせて頂きますが、染色体が69XYY型という珍しい型で部分胞状奇胎子として齋藤 彗神子は生まれました。染色体は男子であったのですが真性半陰陽でXXを持つ細胞とXYを持つ細胞が同じ個体で混在している状態で生まれたということです。XXY型というのもありますが、齋藤 彗神子の場合は、その中でもかなり稀な配列で、Y染色体が過剰なスーパー男性XYY型症候群など呼ばれているタイプになります。特徴は高身長になるとのことです。私も専門家ではないので聞いたままをお話ししますが、前田先生の方が詳しいのではないかと思いますので、何か間違いがあったら言ってくださいね。では、続けます。それで、部分胞状奇胎子は肉体的には男性と女性の生殖器、精巣と卵巣を両方持って生まれるそうです。齋藤 彗神子の場合、女性として出生届が出されたのは、生まれた時にペニスがとても小さく陰部に隠れて見えない状態で、外形的には女性の生殖器に見えたため性別は女性として届られたのではないかということです。それから、齋藤 彗神子のY染色体ですが、血液型はRH-B型でYAP遺伝子D1a2aと言うことだそうです。これはかなり珍しい血液型であり遺伝子だと言っていました。これで、一つ、謎が解けたわけです。それから、薬物検査も今朝、話しましたが白でした。毛髪検査からも全く薬物は検出されず、薬物使用の経験はないであろうということでした。まぁ、だからと言って、密売人の可能性は消えていないですがね。密売人は自分では薬の使用はしないといいます。それから、事件の内容を改めて話すと、昨日の朝、午前四時頃、万代橋で奇声を上げていたところを警察官に午前四時四十四分に取り押さえられ、その後、警察車両への立てこもり事件を起こしたことが今回の逮捕に繋がったと話しましたが、その他に疑いのある事件の話に移ります。」と言い、伊藤警部補は数枚の写真をテーブルの上に並べた。そして続きを話した。

「この写真は、この事件が起こった時の現場の写真です。二千十八年十月二十三日の朝に起きた出来事です。西頚城郡の明星山の西壁の下を流れる支流の沢にサカサ谷と呼ばれている谷があります。これは、そこで発見された遺体の写真です。ご覧の通り、この写真の遺体は逆様になって大地に胸元まで突き刺さっています。そして、恐ろしいことに、眉間からまっすぐ股まで切り込みが入り、後ろ首から背中を通り尻の裂け目まで切割かれ、脳と脊髄が抜き取られています。切り裂かれた股はY字を保つように30度の角度で広げられ、明星山に向かい平行に立っています。血液の流出状況から見ても現場で事は起きたと思われます。血液から、アマゾン北西部で使用されている幻覚剤のアヤワスカの成分が検出されています。キントラノオ科のつる植物バニステリオプシス・カーピという植物から作るそうです。」

「その植物のことは知っています。ブラジルやペルーの薬物依存更生施設ではアヤスカワを使用して治療していると聞いています。ケチュア語で「魂のつる」や「死者のロープ」と呼ばれています。自我の喪失を引き起こし無意識と向き合うことを促す幻覚剤であると聞いています。もちろん、日本での使用は許可されていませんし、一般的には流通していないはずです。でも、植物は麻薬原料植物の指定をされていない為、栽培している人もいるかもしれませんね。あっ。すみません、割り込んでしまって・・・話を続けて下さい。」と前田。

「いえいえ、良いのです。どんどん、話に、割って入って来て下さい。で、このアヤスカワの成分が発見されたことから、死亡前の数週間以内にアヤスカワをどこで体内に摂取したのかアヤワスカの成分から調べたかったのですが、血液の流出が激しすぎて、鑑識が遺体を調べた時には、その辺の痕跡を調べられない状態だったということでした。遺体の周りにはストーンサークルのように石が置かれているのですが、遺体を挟み、明星山に向かって左側には右回りに中心から円を描くように十二個の石が置かれ、右側には左回りに同じく中心から十二個の石が置かれています。そして、背中側には三つの円が重なり合っている図に見えるように小石が置かれています。これらの図から何か宗教的な儀式を思わせるのですが、この辺にある新興宗教や地元に古くから伝わるものではないようで、どこかから持ち込まれた宗教の儀式のようですが誰もわからず、手掛かりを見つけられないでいます。」と伊藤。

「アヤスカワを使用する宗教団体はブラジルのサント・ダイミやアマゾン周辺の先住民族のシャーマンやキリスト教と統合したアニミズム的な宗教団体が使用していると聞いたことがあります。日本は以前よりブラジルからの移住者も増えましたが、私が知る限り、まだ、精神医学会にアヤスカワと関係がある患者の報告されていませんし、それに関わりのある宗教団体の活動の話も聞いたことはないですね。」と前田。

「そうですか・・・。それから、この遺体は女性で年齢は六十歳以上であるとのことです。遺体の両足首には大きな手形が残されており、この遺体を谷に掘った穴に逆様にして埋めたのだろうと推測されますが、手の大きさと、逆様にして持ち上げ埋めた高さから考えて、その大きな手を持った人物の身長は最低でも二百二十センチ以上あるというのが鑑識が出した結論です。無論、我々は大男の仕業だと思ったわけです。お分かり頂けましたか、齋藤 彗神子に容疑がかかったわけを・・・。この事件は、本来ならば管轄が違うので我々、新潟港署が首を挟むことではないのですが、偶然なのか、今朝、話した上田 直人さんの失踪事件と重なりまして、捜査を途中までは一緒にしていたのです。上田さんは記憶を無くした状態で戻ってきました。その為、彼からは何も聞き取りは出来ず、この事件に関係があるのかないのかは不明ですが、上田さんが戻って来たので、我々はこの事件から手を引いて、後は糸魚川警察署が引き続き捜査をしているわけです。しかし、糸魚川警察も手掛かりが掴めず、暗礁に乗り上げていたのです。そこへ、今回、齋藤 彗神子の出現で、もしかしたら・・・ということに。話は、まだ、続きます。遺体の足首に残っていた手形からは指紋は発見されなかったのですが、ここから数キロ離れた山の中に小川が流れて居まして、その川付近で微量ですが遺体の血痕と手をついた跡が残っている石を発見したのです。多分、血が付いた手を手袋事洗い、その後、手袋を外した時に石に手をついたのでしょう。指紋は右手の親指と中指、薬指でした。もしも、警察犬が、小さな血痕を見つけなければ、見つけられないものでした。そして、その指紋と石に付着した皮脂から採ったDNAの結果から不可思議なことが分かったのです。」と伊藤警部補は前田医師に何か言って欲しいように前田を見た。

前田医師は伊藤警部補の話を静かに黙って聞いていたが、伊藤の何か言って欲しそうな顔ぶりを見て「川の傍にあった血痕は齋藤 世末子さんのものだったのですね。それで、その指紋の持ち主は、娘の彗神子さんのものだったということですか?」と前田は言った。

「まだ、本人には伝えていませんが、亡くなっていた方は齋藤 彗神子と九十九%親子関係であるという判定が出ています。その為、母親の世末子の可能性が大です。しかし、石に付着していた指紋は彗神子の指紋とは別人のものでした。殺人現場、もしくは、何らかの儀式に参加した人数が複数で、逆様にして大地に遺体を突き刺した人間とは別の人間の指紋が石に付いた可能性もありますが、指の指紋の大きさと手の間隔などから、手の大きさが割り出され、やはり身長は二百二十センチ以上ある人物であると鑑識は言っています。そして、この不思議な指紋についていた皮脂から鑑定したDNAはこの遺体の人物と九十九%親子関係であるという結果が出たのです。それから、指紋の持ち主と齋藤 彗神子のDNAは一致しており同一という判定が出ています。」伊藤警部補は何か言って欲しそうに前田を見た。

「要するに、犯人と齋藤 彗神子さんは兄弟である、それも一卵性双生児の可能性があると言うことですね。そして、遺体はこの兄弟の母親で、殺害した、もしくは殺害に関与したのは彗神子さんの片割れの方だと言うことなのですね。」と前田。

「その可能性が浮上してきたということです。ただ、齋藤 彗神子の出生時の記録に双子と言うのはありませんし、届け出もされていません。こんなに大きな高身長の人物を国内でどこかに隠して育てることは不可能だと思います。この指紋の持ち主を探し出さないとこのことを立証することは出来ないのです。」と伊藤。

「事件当日前後に糸魚川周辺やこの明星山周辺でこの巨大な人物の目撃情報は無いのですか?」と前田。

「それが、不思議なことに無いのです。ただ、警察犬での捜索で分かったことなのですが、追跡している途中、川の傍で忽然と痕跡が消えているのです。辺りにヘリなどの止まった形跡も無いので考えられることと言えば川をカヌー等で下り海に出て船で逃げたかもしれません。調べはついていません。」

「そうですか・・・。それから、齋藤 彗神子さんの出生時の事を聞かせて下さい。六日町のどこの病院で生まれたのですか」

「それが、調べによると病院ではなく、産婆が自宅で取り上げたということでした。その産婆は世末子の母親で当時、上越高田に住んでいました。名前は尾崎世来子(おさき よきこ)と言います。既に死亡しています。このことは、世末子が中越の中条病院の精神科に通院していた時に話した記録の中からわかったことです。当時の主治医、黒井 武雄さんの息子で上越大学の黒井 誠教授が持っていた父親の遺品のノートに記録されていました。今朝、他にも見せる資料があると話していたノートの事です。」と伊藤。

「そのノートを見せて頂くことは出来ますか?」

「もちろん、それから、肉声が入ったテープも預かっています。」と言い、伊藤は数冊のノートとテープを鞄から取り出すとテーブルの上に乗せ「私も、昨日、受け取ったばかりで、ほとんど目を通していません。テープは一通り聞いたのですが、何を語っているのか、正直わかりません。物語を話しているような内容なのです。今、一緒に、テープを聞きませんか。」と言った。前田は「そうですね。」と言い、壁についた棚の下の扉を開けるとカセットデッキを取り出し、デッキの差し込みコードを自分の机のライト脇にある電気の差し込み口に差し込んだ。そして、カセットテープをケースから取り出しデッキにセットした。前田がスイッチを押そうとした時、「あっ、ちょっと、待って下さい。この新たに加わったノートとテープの内容を聞く前に、私が先に渡した守平さんのノートと藤原太郎さんの手帳の件について聞いても良いですか。目は通されましたか? その内容、どう思いましたか・・・」と伊藤が言った。

「そうですね。先にお預かりしたノートと手帳と、今まで、聞いた話の中で、いくつか引っ掛かることがあります。それを先にお聞きしても宜しいですか」と前田は訊いた。「もちろん、何なりと」と伊藤は言った。「失踪届が出された、上田 直人さんは、確かフォッサマグナに旧友と行かれたとのことでしたが、明星山には登られたのですか?、それから、その付近に行かれたりしたのでしょうか。」と前田。

「本人の記憶が無いので、本人からの証言は取れていないのですが、近くにある高波の池のほとりにあるキャンプ場に、友人三人と十月二十二日に宿泊している確認は取れています。売店でも目撃者も居るので間違いないでしょう。キャンプは朝早く引き払って、その後の足取りは同行していたドイツ人とロシア人の友人から聞いた話だと、二十三日の早朝、キャンプを後にして、小滝地区の公民館まで車で向かい、その後、ロッククライミングはしなかったそうですが、甘露の水経由で明星山に登り、山頂で少し調べものをして、下山し、車で糸魚川駅に向かい、彼らは糸魚川駅で上田直人さんとは別れたと言っています。ドイツ人は、その後、新幹線で大阪に行き、数日大阪に滞在して、国に帰ったとのことでした。もう一人のロシア人は、現在、佐渡沖のエネルギー資源開発事業に関わっていて、佐渡に戻ったとの事です。糸魚川駅には二十三日の夕方四時には着いていたようで、ドイツ人は夕方五時代の大阪行きの新幹線に乗っています。また、もう一人のロシア人は、ほぼ同時刻に新潟行きの汽車に乗っています。これは裏が取れています。糸魚川駅の前にある防犯カメラに上田さんが二人の友人と別れる画像が録画されていました。しかし、その後、車に乗った上田さんが何処に向かったのかは足取りは取れていません。」と伊藤が言った。

「そうですか。二十三日の早朝に、キャンプを後にして明星山に登った道筋は、遺体が発見されたサカサ谷を通る経路ですか? その外国籍の二人は何か目撃しなかったのでしょうか。それから、新潟に戻ったロシア人は上田さんの車に乗って新潟に行かなかったということから、上田さんは新潟方面でないどこかに行ったということですね。どこに行くとか、一緒に居た二人の知人に話さなかったのでしょうか・・・。私に預けた手帳に関してですが、この小滝村で民宿を営んでいる佐藤守さんと上田さんを含む外国人三人は面識はあるのでしょうか、キャンプ場に泊まったということは佐藤さんの民宿には泊まっていないと思うのですが、この手帳を手に入れた経緯が知りたいのです。」と前田。

「事件があったサカサ谷はこの三人が山に登った反対側にある谷で、ヒスイ峡から登る登山道沿いにあります。二人の外国人は事件に関係するものは何も目撃していないようです。それから、二人とも上田さんの行き先は聞かなかったそうです。用事があるとだけ言っていたと・・・。手帳を手に入れた経緯は、周辺を調査している時に佐藤さんの民宿を訪ねたことがきっかけですが、佐藤守さんは上田さんを含む三人とは面識はないようです。過去帳は五年分しか留めておかない為、五年より前に、宿泊したことがあるかどうかは不明とのことでした。年間、多くの人が宿泊するので、よほど何かがあった人以外は繋がりも無く、記憶も曖昧だと言っていましたね。」と伊藤。

「なるほど。それから、今回の事件とはかかわりは無いと思いますが、藤原太郎さんが亡くなった経緯についても知りたいのです。明星山から滑脱して亡くなったということは分かりましたが、一緒にどなたかと山に登ったのでしょうか・・・。」と前田。

「日記には政府のお役人と一緒に居たような書き方ですが、その件は、調べようがないのです。特別な何かがあったのか、政府側の特別調査員が取り調べる方向で動いたようで、警察に記録が無いのです。藤原さんの一件が本当にあったのかなかったのかは、誰も知らないのです。当時、小滝村に住んでいた人は既に亡くなっており、また、明星山の滑脱事故は、以前から良くあることで、話題にすることも少なく、名前を出して話題にすることは無かったようです。大学側に問い合わせても、当時の事を知る人が居ないのです。藤原さんはご家族も居ないので、状況を分る人は誰も居ないですね。ただ、民宿の現在の主の佐藤守さんは祖父の守平さんから藤原太郎という地質学者が明星山から滑脱して死んだ、これはその人の手帳だ、と聞かされ手帳を手渡されたとの事です。」と伊藤。

「そうなんですか・・・。伊藤警部補はなぜ、藤原さんの手帳も私に見せたのですか・・・」と前田。

「それは、一見、関りが何もないような二つの事件ですが、何かそこにはあるような気がするのです。刑事の感のようなものです。何も無ければ、それはそれでいいのです。二つのノートを見て、私の話を聞き何か気が付かれましたか?」と伊藤。

「そうですね。軽率なことは言えませんが、佐藤守平さんの話とサカサ谷であった事件は宗教的な儀式の線で間違いないと思うのです。サカサまに穴に埋められていたという状況は、ダンテの神曲に出て来るシモンの徒という話に似ています。シモンはイエスの十二人の弟子の一人です。もちろん、何かしらの別の意図で儀式を偽造した可能性もありますが・・・。アダム創造神話では十月二十三日と言う日は、全ての物が創られた始まりの日です。正確には十月二十三日午前九時ということのようですが、危険な新興宗教が再生と復活を願い集団自殺をしたりする事例は世界的にもあります。魂が神と結びつく日にちであり時間であるということなのかもしれません。それから、このような危険な教義をする宗教の信者の最終目的は、自らを生贄し神となることです。愛する者に殺されることで殺した相手に自責の念を抱かせ、永遠に支配をするというカルト宗教に多い考え方で、精神疾患の一種でもあります。この場所を選んだ理由は、名前にあるのかもしれません。明星山とは別名ルシファー山とも言えます。ルシファーとは明けの明星を指すラテン語で光をもたらす者という悪魔や隋天使の名前でキリスト教ではサタンと同一視されています。そういう意味では、この明星山という山は悪魔的なものを崇拝する新興宗教の聖地なのかもしれません。Y時に広げられた足というのは、そこを日の光が通過するように計算されて立てられているのでは無いでしょうか。12個の石が左右に渦巻き状に並べられているのも、宇宙信仰にある模様です。また、古くインドで生まれた宗教に共通して、仏塔の周りを回る作法から生まれ、右回りとは浄、左回りは不浄を意味し、陰陽を表現しているとも言われます。後ろの三つの輪というのもシード・オブ・ライフと言って神聖幾何学模様の事を意味しているのでしょう。光が創造されたと言われる創造の七日間を表すシンボルの一部だと思いますね。これらの事から言えることは、この遺体の持ち主は、自らが信じる宗教の最終教義を実践したか、誰かに意図的に殺害されたかのどちらかなのでしょう。しかし、アヤワスカの使用状況からみても本人の意思で執り行われたように思います。アヤワスカは、服用すると強烈な嘔吐と共に幻覚作用を起こします。その為、服用する為には食事制限をする必要があり、シャーマンは何年も食事制限を守っています。一般的に、幻覚作用を楽しむような薬物とは違います。自分自ら飲んだ可能性が高く、飲む目的は現場の状況から見てこの遺体がシャーマンだからなのでしょう。国内では、過去にこのような形で遺体が発見されたことが無いので、この遺体の主が自ら生み出した宗教の可能性もあります。

それから、内臓が抜き取られているという事件の状況からみて、守平さんの話に出て来る河童の話が気になります。もしかしたら、河童の話として以前からあった儀式の可能性も捨てきれませんし、河童の話をナラティブ、つまり自分の物語にしているように思います。」と前田が言った。

「ほぉ~明星山にはそんな意味があったのですね。かっぱ、河童の話は日本全国にありますからね。自分の物語にしているという少しイカレタ人もいるかもしれないですね。それに、シャーマンですか・・・こういうことは、専門家でないとわからないことですね。糸魚川警察からこの件に関して情報が一切、入ってこないので、これ以上、調べようがなかったのです。」と伊藤。

「このような儀式の場合、愛する者に殺される、殺させるという行為をします。つまり、この遺体の女性が自分を殺させたのは、自分が最も愛するもの、つまり自分の子供を選んだと言えます。普通では考えられないことですが、異常心理の場合起こりうることです。」と前田。

「親殺しや子殺しは良く聞く話ですが、そんなことを我が子にさせるなんて、それは、想像も出来ないほど怖い話ですね。それから、藤原さんのメモはどう思いましたか」と伊藤。

「藤原さんのメモは地質学者の個人的なメモですね。明星山がキーワードですが、今のところ、上田さんの失踪事件ともサカサ谷の怪奇事件とも繋がりが見えてきません。ただ、強いて言うなら、サカサ谷で起こった事件が儀式だとすれば、明星山は聖地であり、守るべき場所です。過去の地震歴から原子炉がこの地や糸魚川に来ることは無かったと思いますが、仮にそんな話が、当時出ていたとしたら、聖地を守ろうとして何かがあってもおかしくはないかもしれません。藤原さんの書いたメモの文面からは意図的に地震が起こる場所に原子炉を持ってくるように計画しているのではなかと疑っている文面も見られます。自爆できるように地球の裂け目に原発を置くのではないかと読み取れます。そうなると、この地を守っている儀式を執り行う者達からすれば、大変なことになります。」と前田。

話をしていると、ドアをノックする音がした。前田は「どうぞ、入って下さい」と声を掛けた。
すると、ドアが開き、看護師の霧島が顔を覗かせた。「井上婦長からで、本日、受け入れをした齋藤 彗神子さんの検査が一通り、終わったので一旦、病室にお連れしますと伝えて欲しいと言われました。婦長は齋藤さんを連れて四階に行きました」と言った。前田は時計を見た。もうじき、時計の針は十八時になろうとしていた。「時間も遅いですし、先に、夕食を済ませてもらって下さい。夕食後に、齋藤さんには会うことにします。」と言った。霧島はそれを聞くと一礼してドアを閉めた。

「では、黒井さんから預かったテープをとりあえず、聞きましょう。」と前田は言い、用意したカセットデッキのスイッチを押した。


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