アガダ 齋藤さんのこと

高橋松園

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「男三人、明星山へ向けて出発する」

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  「やぁ 待ったかい?」と上田直人は言った。昼を少し過ぎたばかりのグランドホテルのロビーは賑わっていた。そのロビーにはイワン・フィヨードロフとユリウス・グーテンペルグの二人が既に待っていた。イワンは手を上げ、上田に向かって合図を送った。ユリウスは「僕らも、今、チェクアウトが済んだところさ」と返事した。上田は、頭を横に振ると「じゃあ、外の駐車場に車を止めてあるから、急ごう」と二人に言った。イワンとユリウスの二人は大きなバックパックを背負うと、いくつかの手荷物を持ち、上田の後に続きホテルを出た。駐車場までの道すがら三人は無言だった。来客用の駐車場はホテルの裏にあり歩いて三分くらいの場所にあった。上田は一直線に、コバルトブルーのフォルクスワーゲンゴルフの前に進んだ。上田の車だ。ユリウスは口笛を鳴らすと「ダンケ(ありがとう)」と言った。「色も良いね」とイワンが言った。「大きさも丁度いいんだよ。さぁ、乗って」と上田は言い、ドアのロックを解除した。二人は後部のハッチを開け大きな荷物を載せ、後部座席にイワンが乗った。ユリウスは助手席に乗った。「あれ、この車、右ハンドルなんだね。」と車に乗るなりユリウスは驚いて言った。「ああ、右ハンドル仕様なんだよ。日本で左ハンドルの車で運転するのは面倒だからさ。」と先に運転席に座っていた上田は答えた。「なるほどね。」とユリウスが言い、三人が車に乗りドアを閉めると「じゃあ、行きますか。」と上田が言った。「ハイデルベルク大学以来の三人の再会を祝して、おじさんたちのパジャマパーティーが始まりますよ」とユリウスが後ろを振り向き、後部座席に座っているイワンに言った。イワンも多少、引きつり、笑いながら「ああ、本当に久しぶりだよな。」と言った。車は静かに走り出した。三人の男たちの久しぶりの再会である。何から話したら良いのか、三人とも口が重かった。そんな空気を察してか、ユリウスが先頭を切って話し始めた。

「この車、高かっただろう。さすが上田はお坊ちゃんぶりは健在だよな」とユリウス。

「自分への最大のご褒美さ。毎日、職場と仮住まいのアパートの行き来にしか乗っていないけど、四十半ばになってこれくらい良いんじゃないかと思ってさ。」と上田。

「この車は何代目のゴルフ?」とイワンが訊いた。

「七代目かな。一.二LのTSIエンジンが搭載されている。僕が気に入っているところは、ナビゲーション機能のディスカバープロ以前より少し大きくなってスイッチ類が無くなったことさ。タッチスクリーンになったしね。このモデルは全モデルが右ハンドルの設定なんだ。ところで、車のことより、ユリウス、教えてくれよ。君がなぜ、日本海洋エネルギー資源開発促進フォーラムに出席したのか・・・。君の研究に役立つ何かがあるのかな、それとも仕事の方向性を変えたのかい? イワンとも会うのは久しぶりだけど、イワンは超深度採掘のスペシャリストがロシアから来ているって、名前も聞いていたし、大学卒業後、コラ半島に居たことも聞いていたからさ、近いうちに、会えるんじゃないかとは思っていたんだ。」と上田。

「イワンが審査員とは、驚いたよ。採掘技術のアイディアコンテストとかあるんだな。」とユリウスは自分がこのフォーラムに参加した意図を上田に知られないように話を反らした。

「ああ、俺が審査員なんて、いい加減だよな。本業は地質調査なのにね。本当は機械のことはよくわからないんだ。でも、コラ半島の超深度採掘に関わっていたからさ、地質の観点から採掘機材の素材開発に関わることになったんだ。地球をどこまでも掘れるドリルの素材、またはドリルその物が必要なんだよ。」とイワン。

「地下世界を広げようという動きがあることは、僕も知っているよ。地中の温度は安定しているし、小規模の惑星衝突なら安全に身を守れるしね。今後、紫外線が多く降り注ぐようになったらその為のシェルターにもなる。」とユリウス。

「地球内部の研究はこの採掘技術にかかっているんだよ。地球内で起こっている様々な出来事もこの地球システムと同じで、ダークエネルギーにより広がっているんじゃないかと思うんだ。」とイワン。

「おいおい、ダークエネルギーなんて、いまだに、そんなものに興味があるのか」とユリウス。

「僕はそのダークエネルギーの正体が知りたいんだ。」とイワン。

「イワンは相変わらず、ビックバンの際に生まれたダークエネルギーを追いかけているんだね」と上田。

「僕は、ダークエネルギーが宇宙から流れ込んでいる時空の隙間が地上にあるんじゃないかと思っている。地球内に流れ込み地下エネルギーとなったダークエネルギーが磁場を発生し、その何らかの磁場から出るものが電波を発しウィルスなどをコントロールしているんじゃないかと・・・。それを立証する為にも、地球内部の探索が必要なのさ」とイワン。

「地球上にあるヤヌス岬を探しているんだろ。」とユリウスは少しカラかい半分に笑いながら言った。

「ユリウス、お前はどうなんだよ。遺伝子工学を辞めたのか・・・もしかしたら、地質学か天文学に路線を変更したの?。なんで、このエネルギー開発フォーラムに参加したのか教えろよ」と上田。

「僕は相変わらず、大学で別種の進化を探る研究をしていますよ。そして、新たな問題にも取り組んでいる。地球温暖化を人間はどうやって乗り越えるかって問題さ・・・今回、日本に来てこのフォーラムに参加したのは、新たな問題に取り組む上で、上田の知識が必要だからさ。そう、僕は、上田、君に会うためにこのフォーラムに参加したんだ。」とユリウスは隠しておいても仕方が無いと思い、正直に話すことにした。

「僕に会うため? 僕の知識?僕は大学の頃に、すでに遺伝子研究は止めたのは知っているよね」上田は驚きながら訊いた。

「ああ、わかっているよ。上田は大学の頃、医学部に居て、医学の観点から遺伝子研究をしていたのに、突然、それを放棄して古生物の道に進んだのには驚いたよ。だって、君はあの頃、医学生の中でトップだったし、みんなが君の研究に注目していたから、尚更さ・・・。それも変更先は古生物。どうしてさ・・・」とユリウス。

「本当だよな、何があったかわからないし、上田が決めたことだから口を挟めることでは無いけど、驚いたよ。そろそろ、真相を話してくれても良いんじゃないかな」とイワン。


上田はある記憶が脳裏に過った。それは遠い昔の記憶だった。

ドイツのハイデルベルク大学の二年生の頃だった。祖父が他界し、その葬儀の為に日本へ一時帰国した時のことを・・・。家に帰ると、庭から歌声が聞こえて来た。

「か~ごめ、かごめ、かごのなかのとお~りぃ~は、いついつでぇ~やぁるぅ~、よあけのばんに、つぅ~るとかぁ~めがすぅ~べったぁ~うしろのしょうめんきょうりゅ~さん」という歌声だった。この歌を聞いて「後ろの正面だれ」のはずだよなと上田は思いながら庭に出た。そこには、年の離れた妹が居た。妹はしゃがみ込み背を向けて何かをしていた。僕は妹に声を掛けて何をしているのか覗き込んだ。妹は「お兄ちゃん、お帰り~。見て見て、綺麗でしょ。私が創ったのよ」と言い手に持っているものを見せてくれた。それは亀の首が切り取られ、亀の体に切り取った雀の頭を乗せてセロハンテープで張り合わせたものと、雀の体に亀の首をやはりセロハンテープで張り合わせたものだった。妹は自分で亀と雀の首を切断し交換して張り合わせたのだ。そして、僕に「ほら、こっちの方が良くない? 恐竜さんみたいでしょ」と言った。僕はもちろん、その場で、妹を怒った。妹は大声で泣き出し、それ以来、妹との仲は不仲になった。そして大学に戻った後に僕は思った。僕が学ぼうとしている、遺伝子操作の世界は、こういうことなんだと。そして、改めて、自分はなぜ、その道に進もうと思ったのか考えた。答えは簡単に見つかった。僕は人間誕生のなぞを解き明かしたくて、生物の道に進んだ。そして、医学の道に進み遺伝子を学んだ。しかし、このまま、この道に進めば、僕は恐ろしい結果を引き起こしかねない。生命誕生の謎は何も人間の遺伝子から探らなくても過去の生物の死骸からでも答えを導きだせるのではないかと・・・。そう思えたのは、当時、彼の中にある考えがあったからだ。

上田が考え込んでいると、「答えたく無いみたいだね」とユリウスが言った。

「あ、いや、そうじゃないんだ。思い出していたんだ。僕が医学を止めて古生物に進んだわけは、ソマチットがきっかけだよ。」と上田は、妹の話はせずに話し始めた。

「僕が医学部で遺伝子研究の道に進んだのは生命誕生の謎を解き明かしたかったからなんだ。でも、ソマチットの存在を知って、その研究の方が謎に迫れるって思ったんだ。」と上田。

「どうして、ソマチットなの」とユリウス。

「ソマチットは炭素系プレソーラ粒子の中にある人間を作るヒト遺伝子系に繋がると注目されたもので、ソマチットの生命力は千度の高熱やマイナス三十度の低温でも死なずに無酸素、硫酸、塩酸、超高圧や五万レムの放射線も耐えると言われているのは知っているよね。それから、マイナス電子を持っていてプラス電子を多くすると活動が不活発になり免疫力の低下を引き起こしたりする。これは、五億年前の化石からも発見されている。だから、太古の地質からその痕跡を発見しようと微生物の古生物研究を始めたんだ。その中でも、海洋微生物の研究を中心に研究したいから海洋科学研究所に勤めているのさ、今回も吸い上げた海底の岩石に含まれる化石の中の古生物を研究しながらソマチットを探したりもしている。僕の考えでは、生命は太陽系外から小型衛星の恒星間天体、オウムアウアに乗った微生物が地球に衝突し、それに含まれていたヒト遺伝子系が地球上で繁殖したことが生命の始まりではないかと思うんだ。だからさ、ソマチットなのさ」と上田は答えた。

「なんだ、上田もヤヌス岬に繋がるものを探しているんだね」と笑いながらイワンは言った。

「さあ、ユリウスくん、君はなぜ、僕に会いに来たのかな。僕が答えたんだから、君も教えてよ」と上田が訊いた。

「マザーがね、君に会えって言ったんだ。」とユリウス。

「マザーって、誰のこと? ママってこと」とイワン。

「あっ、ごめん、マザーは僕が創った未来予測をするAIさ・・・。この地球温暖化を乗り越えるためにするべきことを予測してくれるんだ。もちろん、温暖化問題だけじゃなくて、過去に起こったあらゆることから、あらゆる未来を予測するように僕が創った。それで、そのマザーが人間が生き残って行くためには、生き残れるように遺伝子操作をする必要があって、その鍵を握る遺伝子を持った人間が日本にいるっていうんだ。その人間を探すのを上田に手伝ってもらえって言うのさ」とユリウス。

「ユリウス、僕は人間の遺伝子を操作するのは反対の立場に居るんだ。そんな僕が手伝うと思うのかい」と上田。

「うん。そうなんだよね。中国では遺伝子操作を実践しているけど、ドイツでは禁止されている。そして、僕も人間の遺伝子に手を加えることのリスクについてわかっているし、あまり望んではいない。だけどさ、ウィルスにワクチンが必要なように、耐久性のある遺伝子を作るワクチン的な役割が出来る遺伝子を知る必要はあると思うんだ。」とユリウスはレプテリアンの話は持ち出さずに言った。

「具体的にどういうことかな」と上田。

「それは、その鍵を握る人物の遺伝子を研究してみないと何ができるのかわからないんだ。」とユリウス。

「その鍵を握る人物とはどんな人物なの」とイワン。

ユリウスは何と答えようか迷った。そして「環境の変化に対応できるタンパク質を持っている人間とだけ言っておく」と答えた。

「環境の変化に対応できるタンパク質を持った人間を探すの? それは、日本の遺伝子バンク情報から探し出せということ? だとしたら、僕にはそこに入り込むアクセス権もないし、知り合いもいないよ」と上田が答えた。

「あっ、ごめん、話の途中だけど、そろそろ着くよ。ここが、今夜は泊まるキャンプ場。」と上田は夕暮れでオレンジ色に染まり始めた池の畔を指さして言った。時計の針は午後四時になろうとしていた。秋の夕暮れは早い。目の前に広がる夕焼けと紅葉でオレンジ色に染まった池が現れた。上田は「高浪の池って言うんだ。」と言い、キャンプ場の受付がある小屋の傍の駐車場に車を止めた。そして「受付してくるから、ここで待っていて」と車を降りた。二人も後を追うように車を降り、長時間、車に乗って縮まっていた手足を伸ばしながら辺りを見渡した。上田は、そんな二人を見て、岩肌を覗かせている山を指さし、あれが明日、登る明星山だよ」と言った。明星山の岩肌は夕日に照らされ、三人を歓迎しているかのようにオレンジ色に輝いていた。
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