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「上越大学 心理学科教授 黒井 誠」
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「お電話ありがとうございます。こちら、上越大学、事務局の横田です。」と女の爽やかな声で応答があった。「もしもし、私、新潟港警察署の岡田と申します。そちらに、黒井さんという心理学を教えている先生がいると思うのですが、お話しすることはできますか」と岡田は中西が運転する車の中から上越大学に連絡を入れた。
「黒井、でございますか、恐れ入りますが、どのようなご用件でしょうか。当、大学に黒井と名乗る心理学の教授はおりますが、その者は、只今、講義中でございます。後、20分ほどで授業は終わりますので、黒井から連絡をさせます。先に黒井へのご用件の内容をお伺いしても宜しいでしょうか。」と電話に出た横田と名乗る大学の事務員の女が言った。
「すみません。このお電話で具体的なお話はできないので、私から20分後に改めて連絡します。それから、今、大学へ向かっているので、後ほど、大学でお会いしたいと伝えて頂けませんか」と岡田。
「えっ。当大学へ、これからおこしなのですか? わかりました。そのように黒井に伝えておきます。
えっと。お名前は、新潟港警察署の岡田様ですね。そのようにお伝えします。」と返事があった。
岡田は一旦、電話を切った。「黒井教授は講義中だ。今日のうちに、会うことは出来そうだぞ」と中西に言った。
「そうですか。では、安心して上越大学に向かいます。今、松代町ですが、国道253号線の山道を通りますよ。途中、201号線を通って、一旦、8号線に出て、春日山で上越新井線を左折するルートを通ります。いいですか?」と中西は訊いた。
「お前に、任せる。一番、早いルートで行ってくれ」と岡田が言うと「了解です。」と中西は言い、アクセルを強く踏んだ。
岡田と中西は上越大学に着くと、校舎の案内板に従い、受付事務所に向かった。校舎正門の正面壁に置かれた時計の針は午後4時半を指している。中条を出たのは午後3時半になろうかと言う時間で、普通なら1時間半はかかる距離を約1時間でここまで来たことになる。途中の山道はほとんど車の通りがなく、ハイスピードで走ったがそれでも思ったより早い到達だった。「思ったより、早く着いたな。」と岡田は中西に言った。「そうですね。山道で通行人が居ないのと、道路にほとんど車が走っていなかったのが幸いでしたね。」と中西は答えた。新潟の道路は走り屋にとっては、たまらなく楽しい道なのだと中西は思った。そして、敬愛する頭文字Dが頭を過ったが、言葉にすることはやめておいた。
2人は、大学の受付事務所前に置かれている受付カウンターの前まで来た。そこには誰も居なかったが、カウンターの上には呼び出しベルが置かれていた。岡田がベルを押すと、思ったより良い音の響きでベルが鳴った。一度のベルでは出てこないかもしれないなと岡田は思い、2度目のベルを鳴らそうとしたとき、カウンター奥にあったドアが開いた。そして中から、スラリとした細身の女が出てきた。その女は後ろで髪を束ね、眼鏡をして地味な装いだったが、まだ、30歳手前くらいに見えた。
「はい。大学の事務局、受付です。何か、御用ですか」と女は訊いた。
「すみません。先ほど、こちらの大学に電話した新潟港警察の岡田と申します。再度、連絡すると言いましたが、直接、伺いました。」と岡田は言い、警察手帳を見せた。中西も続いて「新潟港警察の中西です。」と言い警察手帳を見せ、ちょこんと頭を下げた。
すると、その女性は「あぁ~。先ほどの・・・。電話に出ました横田です。黒井先生は、今、教授室に居ます。連絡してみますので、少々、お待ち下さい。」と言い、後ろの扉の奥に消えた。しばらくして、戻ってくると「教授室にお越し頂いて良いそうです。場所は、この先の階段を上がって2階の奥の部屋になります。入り口に黒井先生の名前が出てますのですぐにお分かりになると思います。」と言い、階段の場所を指さした。岡田と中西は「お手数をかけてすみません。ありがとうございます。」とお礼を言い、横田さんが指さした方向に歩いた。言われた通り、階段を上がり2階に来ると、廊下が左右に広がり右側の通路沿いにはいくつか部屋があり、突き当りに非常階段用の扉があるのが見えた。岡田と中西は右側の廊下を進んだ。突き当りの扉に行くまでにいくつか部屋があり、その部屋の一つに、心理学科教授室 黒井 誠と書かれたプレートがドアに下げられている部屋があった。この部屋だと二人は思った。岡田はドアをトントンと2回ノックした。すると、部屋の中から「どうぞ、鍵は開いています。入って来て下さい。」と言う声が聞こえた。それを聞いて岡田と中西は「失礼します。」と言い、岡田を先頭に扉を開けて中に入って行った。
ドアを開けると、正面に明るい窓があるのが目に留まった。そして、その窓の前に大きなデスクがあり、デスクに備わった椅子に男性が座っていた。デスクの前には少し離れて、大きなテーブルが置かれ、6人分の椅子も並べられていた。そのテーブルでは、ちょっとした人数で談話が出来るようになっていた。両壁には本棚が備え付けられ、ぎっしりと本が並べられている。入り口ドアの脇にはお湯を沸かすポットが置かれた簡易の棚があり、その脇に小さな冷蔵庫があった。いかにも大学教授の部屋という感じに岡田には思えた。
ドアを開けると、岡田は「お忙しいところすみません。新潟港警察の岡田と申します」と言い「中西と言います。」と2人で警察手帳を見せた。岡田と中西が部屋に入るまで、自分の椅子に座っていた男は、席から立ち上がり「上越大学 心理学科教授の黒井 誠です。」と返事した。そして、「どうぞ、中にお入りください。と言い、中央に備えられた大きなテーブルの前に用意された椅子に座るように、二人の警官を誘導した。岡田と中西は黒井教授に案内されるまま椅子に腰かけた。黒井教授はそのまま、入り口脇に置かれた棚の傍まで行き、「お茶とコーヒーとどちらが良いですか」と二人に聞いた。岡田は「すみません。では、お言葉に甘えてコーヒーでお願いします。」と答えた。中西も「私も同じものを、お願いします。」と言った。「お砂糖とミルクは居れますか?」と黒井教授は訊いた。2人が必要ないと答え、その言葉を聞き終わると、黒井教授は棚の中から紙コップを取り出し、インスタントのドリップ用コーヒーが入った袋を破き、紙コップの中に入れ、ポットのお湯を注ぎ始めた。部屋の中にはコーヒーの良い香りが広がった。黒井教授は「ちょうど、僕もひと休憩しようと思っていたのですよ。先ほど、午後の講義が終わったばかりなもので・・・」と言い、三つコーヒーを入れ、テーブルに置いた。
「さて、準備は出来ました。お話を伺うと致しましょう。私に会いに新潟からわざわざ上越まで来るとはどんな用事でしょうか。」と黒井教授は言った。
「本当に、お忙しいところ申し訳ない。今朝、万代橋で事件があったのはご存じですか」と岡田が言う。
「万代橋の事件。朝のニュースで言っていた万代橋で何か騒ぎがあった件ですか・・・。詳しくは分からないですけれど、朝の速報で聞きました。その事件にかかわることで私の所にいらしゃるとは、犯人が私と関りのある人物ということでしょうか。まさか、ここの学生で私の教え子とかですか・・・」と黒井教授が言う。
「犯人かどうか、まだ、今朝の万代橋での出来事は、犯罪につながることになるのかもわからないのです。それに、万代橋の件の犯人は、ここの学生でもなければ先生の教え子でもありません。事件の内容はお話しすることはできないのですが、今朝の出来事の犯人に繋がる人物を黒井先生のお父様が、かつて診察していたことがあるようなのです。犯人の母親が黒井先生のお父様の黒井武雄さんの患者だったようで、犯人に繋がる手掛かりを何か見つけることが出来るかもしれないと思い伺ったわけです。」と岡田。
「それは、その事件につながる何かを私の父が知っている可能性があるというこですか」と黒井さん。
「具体的に言うと、今朝、万代橋で捕まった者は名前を齋藤 彗神子と言い、自称、女性です。そして、その齋藤 彗神子の母親の名前は齋藤 世末子と言い、その者が黒井さんのお父さんの患者だったということです。齋藤 世末子さんが、現在、どうしているのか知りたいのです。ご健全なのか、どうなのか、病院に通院しているのならどこにいるのか、などです。捜索願いは出ていないのですが、今は行くへ不明なもので・・・。」と岡田。
「そういうことですか。精神科の通院歴があり、父が主治医だったということですね。父の後に誰が引き継いだのかがわかればよいのですね。私の父が他界しているのはご存じですよね。」と黒井さん。
「はい。存じています。なので、息子さんに聞くより他に方法が無くて。幸い、息子さんも心理学者ということで、こういう事には詳しく、お父さんから生前に何か聞いていたり、何かしら知っているのではないかと思いまして。」と岡田。
「父が亡くなった後、父の資料は私が受け継ぎました。色々と珍しい症例もあって、参考にできるものもあるので・・・。ここに、父が生前扱っていた症例で採って置いた資料が全てあります。良かったらご覧になりますか。僕もまだ、全てに目を通していないので、一緒に探しますよ。」と黒井。
「本当ですか!それはありがたい。是非、お願いします。」と岡田は言った。
黒井さんは、それを聞くと、自分の机の右側脇にある本棚の一番下に置いておいた、ミカン箱くらいの大きさの青い蓋つきの箱を中央のテーブルまで持って来た。「この中にあります。特別変わった症例だけしかないので、お探しものが見つかるかはわかりませんが・・・」と言い箱を開けて中に入っているものを全てテーブルの上に広げた。テーブルの上に広げられた箱の中身はA4サイズのノートが五十冊とカセットテープが30本入っていた。ノートとカセットテープの表紙には診察期間と患者の名前が書かれていた。その中に、齋藤 世末子と書かれたノートが三冊とカセットテープが一つあった。思ったより早く探し出すことが出来て、岡田はついていると思った。
「ありましたね。齋藤 世末子さんの資料。これで、いいですか」とノートをペラペラとめくりながら、黒井は言った。
「はい。ありがとうございます。これをしばらく、お借りしても良いですか。」と岡田は言った。
「ええ、いいですよ。まだ、僕も目を通していないので、中身が気になりますが、今のところ他にも忙しくしていまして、手が回りそうにないので、お貸しします。でも、ちょっと、今、見ても良いですか」と黒井さんは言い、ノートを読み始めた。ざっと、ノートに目を通すと「あぁ~。総合失調症と妄想癖ですね。うんうん。それと、ナラティブの創出ですね。まぁ。今、目を通したところ、これと言って特別な症状でもなさそうですが、父はどうして、この女性の資料を取って置いたのかな・・・。」と言い、診察期間が最後のノートに手を伸ばし、最後のページを読み始めた。そして「なるほど。まだ、治療が終わっていないうちに来なくなったようです。それに、危険な思想に走り始めていたようです。だからですね。取って置いたのは・・・。父は、彼女が何かの犯罪に巻き込まれる行動することに恐れを感じたのでしょうね。」と言った。
「治療中に来なくなったということは、今はどこにいるかわからないということですね・・・。残念です。それから、犯罪に巻き込まれるとは、どんな犯罪の可能性でしょうか」と岡田は訊いた。
「現在の彼女の所在は不明ですね。このノートによると、かなり危険な犯罪に繋がるような教義がある宗教にのめり込んで居たようです。」と黒井さんが言う。
「何という宗教ですか」と岡田。
「宗教団体の名前は書かれていないです。彼女の口から聞きだせていなかったようですね。」と黒井。
「そうですか。とりあえず、私も署に持ち帰り、読ませてもらいます。お返しする時期は今は申し上げられないのですが、宜しいですか。」と岡田。
「ええ、良いですよ。でも、警察の方を疑うようで申し訳ないですが、返ってこないと困りますので、一筆、書いてもらえますか?」と黒井が言った。
「はい。それは、お書きします。何に書けば良いですか?」と岡田が言うと黒井は自分の手帳を取り出し、手帳の空白の紙に「2019年6月6日、新潟港警察曙に齋藤 世末子さんに関する診察ノート3冊とカセットテープを一本貸し出します。」と書き、岡田にそのノート差し出すと「ここにサインして下さい。」と言った。岡田は手帳に書かれた貸出書に新潟港警察署 岡田 龍二と書いた。「これで、良いですか。」と岡田が言うと黒井は「すみません、細かくて・・・」と言い笑った。
それから、「テープの中身を私はまだ聞いていないのです。万が一のことがあると困るので、今、聞かせてもらって、他のテープに保存させてもらっても良いですか?」と黒井は訊いた。
「もちろん、かまいません。一緒に聞かせてもらいます。」と岡田が言うと、黒井は戸棚の中からカセットデッキを取り出し「カセットなんて今どき聞かないですからね。デッキと空テープがあってよかった。」と言い、ボックスの中から何も録音されていないと思われるテープを取り出し、2つのカセットをデッキにセットすると、回し始めた。
「黒井、でございますか、恐れ入りますが、どのようなご用件でしょうか。当、大学に黒井と名乗る心理学の教授はおりますが、その者は、只今、講義中でございます。後、20分ほどで授業は終わりますので、黒井から連絡をさせます。先に黒井へのご用件の内容をお伺いしても宜しいでしょうか。」と電話に出た横田と名乗る大学の事務員の女が言った。
「すみません。このお電話で具体的なお話はできないので、私から20分後に改めて連絡します。それから、今、大学へ向かっているので、後ほど、大学でお会いしたいと伝えて頂けませんか」と岡田。
「えっ。当大学へ、これからおこしなのですか? わかりました。そのように黒井に伝えておきます。
えっと。お名前は、新潟港警察署の岡田様ですね。そのようにお伝えします。」と返事があった。
岡田は一旦、電話を切った。「黒井教授は講義中だ。今日のうちに、会うことは出来そうだぞ」と中西に言った。
「そうですか。では、安心して上越大学に向かいます。今、松代町ですが、国道253号線の山道を通りますよ。途中、201号線を通って、一旦、8号線に出て、春日山で上越新井線を左折するルートを通ります。いいですか?」と中西は訊いた。
「お前に、任せる。一番、早いルートで行ってくれ」と岡田が言うと「了解です。」と中西は言い、アクセルを強く踏んだ。
岡田と中西は上越大学に着くと、校舎の案内板に従い、受付事務所に向かった。校舎正門の正面壁に置かれた時計の針は午後4時半を指している。中条を出たのは午後3時半になろうかと言う時間で、普通なら1時間半はかかる距離を約1時間でここまで来たことになる。途中の山道はほとんど車の通りがなく、ハイスピードで走ったがそれでも思ったより早い到達だった。「思ったより、早く着いたな。」と岡田は中西に言った。「そうですね。山道で通行人が居ないのと、道路にほとんど車が走っていなかったのが幸いでしたね。」と中西は答えた。新潟の道路は走り屋にとっては、たまらなく楽しい道なのだと中西は思った。そして、敬愛する頭文字Dが頭を過ったが、言葉にすることはやめておいた。
2人は、大学の受付事務所前に置かれている受付カウンターの前まで来た。そこには誰も居なかったが、カウンターの上には呼び出しベルが置かれていた。岡田がベルを押すと、思ったより良い音の響きでベルが鳴った。一度のベルでは出てこないかもしれないなと岡田は思い、2度目のベルを鳴らそうとしたとき、カウンター奥にあったドアが開いた。そして中から、スラリとした細身の女が出てきた。その女は後ろで髪を束ね、眼鏡をして地味な装いだったが、まだ、30歳手前くらいに見えた。
「はい。大学の事務局、受付です。何か、御用ですか」と女は訊いた。
「すみません。先ほど、こちらの大学に電話した新潟港警察の岡田と申します。再度、連絡すると言いましたが、直接、伺いました。」と岡田は言い、警察手帳を見せた。中西も続いて「新潟港警察の中西です。」と言い警察手帳を見せ、ちょこんと頭を下げた。
すると、その女性は「あぁ~。先ほどの・・・。電話に出ました横田です。黒井先生は、今、教授室に居ます。連絡してみますので、少々、お待ち下さい。」と言い、後ろの扉の奥に消えた。しばらくして、戻ってくると「教授室にお越し頂いて良いそうです。場所は、この先の階段を上がって2階の奥の部屋になります。入り口に黒井先生の名前が出てますのですぐにお分かりになると思います。」と言い、階段の場所を指さした。岡田と中西は「お手数をかけてすみません。ありがとうございます。」とお礼を言い、横田さんが指さした方向に歩いた。言われた通り、階段を上がり2階に来ると、廊下が左右に広がり右側の通路沿いにはいくつか部屋があり、突き当りに非常階段用の扉があるのが見えた。岡田と中西は右側の廊下を進んだ。突き当りの扉に行くまでにいくつか部屋があり、その部屋の一つに、心理学科教授室 黒井 誠と書かれたプレートがドアに下げられている部屋があった。この部屋だと二人は思った。岡田はドアをトントンと2回ノックした。すると、部屋の中から「どうぞ、鍵は開いています。入って来て下さい。」と言う声が聞こえた。それを聞いて岡田と中西は「失礼します。」と言い、岡田を先頭に扉を開けて中に入って行った。
ドアを開けると、正面に明るい窓があるのが目に留まった。そして、その窓の前に大きなデスクがあり、デスクに備わった椅子に男性が座っていた。デスクの前には少し離れて、大きなテーブルが置かれ、6人分の椅子も並べられていた。そのテーブルでは、ちょっとした人数で談話が出来るようになっていた。両壁には本棚が備え付けられ、ぎっしりと本が並べられている。入り口ドアの脇にはお湯を沸かすポットが置かれた簡易の棚があり、その脇に小さな冷蔵庫があった。いかにも大学教授の部屋という感じに岡田には思えた。
ドアを開けると、岡田は「お忙しいところすみません。新潟港警察の岡田と申します」と言い「中西と言います。」と2人で警察手帳を見せた。岡田と中西が部屋に入るまで、自分の椅子に座っていた男は、席から立ち上がり「上越大学 心理学科教授の黒井 誠です。」と返事した。そして、「どうぞ、中にお入りください。と言い、中央に備えられた大きなテーブルの前に用意された椅子に座るように、二人の警官を誘導した。岡田と中西は黒井教授に案内されるまま椅子に腰かけた。黒井教授はそのまま、入り口脇に置かれた棚の傍まで行き、「お茶とコーヒーとどちらが良いですか」と二人に聞いた。岡田は「すみません。では、お言葉に甘えてコーヒーでお願いします。」と答えた。中西も「私も同じものを、お願いします。」と言った。「お砂糖とミルクは居れますか?」と黒井教授は訊いた。2人が必要ないと答え、その言葉を聞き終わると、黒井教授は棚の中から紙コップを取り出し、インスタントのドリップ用コーヒーが入った袋を破き、紙コップの中に入れ、ポットのお湯を注ぎ始めた。部屋の中にはコーヒーの良い香りが広がった。黒井教授は「ちょうど、僕もひと休憩しようと思っていたのですよ。先ほど、午後の講義が終わったばかりなもので・・・」と言い、三つコーヒーを入れ、テーブルに置いた。
「さて、準備は出来ました。お話を伺うと致しましょう。私に会いに新潟からわざわざ上越まで来るとはどんな用事でしょうか。」と黒井教授は言った。
「本当に、お忙しいところ申し訳ない。今朝、万代橋で事件があったのはご存じですか」と岡田が言う。
「万代橋の事件。朝のニュースで言っていた万代橋で何か騒ぎがあった件ですか・・・。詳しくは分からないですけれど、朝の速報で聞きました。その事件にかかわることで私の所にいらしゃるとは、犯人が私と関りのある人物ということでしょうか。まさか、ここの学生で私の教え子とかですか・・・」と黒井教授が言う。
「犯人かどうか、まだ、今朝の万代橋での出来事は、犯罪につながることになるのかもわからないのです。それに、万代橋の件の犯人は、ここの学生でもなければ先生の教え子でもありません。事件の内容はお話しすることはできないのですが、今朝の出来事の犯人に繋がる人物を黒井先生のお父様が、かつて診察していたことがあるようなのです。犯人の母親が黒井先生のお父様の黒井武雄さんの患者だったようで、犯人に繋がる手掛かりを何か見つけることが出来るかもしれないと思い伺ったわけです。」と岡田。
「それは、その事件につながる何かを私の父が知っている可能性があるというこですか」と黒井さん。
「具体的に言うと、今朝、万代橋で捕まった者は名前を齋藤 彗神子と言い、自称、女性です。そして、その齋藤 彗神子の母親の名前は齋藤 世末子と言い、その者が黒井さんのお父さんの患者だったということです。齋藤 世末子さんが、現在、どうしているのか知りたいのです。ご健全なのか、どうなのか、病院に通院しているのならどこにいるのか、などです。捜索願いは出ていないのですが、今は行くへ不明なもので・・・。」と岡田。
「そういうことですか。精神科の通院歴があり、父が主治医だったということですね。父の後に誰が引き継いだのかがわかればよいのですね。私の父が他界しているのはご存じですよね。」と黒井さん。
「はい。存じています。なので、息子さんに聞くより他に方法が無くて。幸い、息子さんも心理学者ということで、こういう事には詳しく、お父さんから生前に何か聞いていたり、何かしら知っているのではないかと思いまして。」と岡田。
「父が亡くなった後、父の資料は私が受け継ぎました。色々と珍しい症例もあって、参考にできるものもあるので・・・。ここに、父が生前扱っていた症例で採って置いた資料が全てあります。良かったらご覧になりますか。僕もまだ、全てに目を通していないので、一緒に探しますよ。」と黒井。
「本当ですか!それはありがたい。是非、お願いします。」と岡田は言った。
黒井さんは、それを聞くと、自分の机の右側脇にある本棚の一番下に置いておいた、ミカン箱くらいの大きさの青い蓋つきの箱を中央のテーブルまで持って来た。「この中にあります。特別変わった症例だけしかないので、お探しものが見つかるかはわかりませんが・・・」と言い箱を開けて中に入っているものを全てテーブルの上に広げた。テーブルの上に広げられた箱の中身はA4サイズのノートが五十冊とカセットテープが30本入っていた。ノートとカセットテープの表紙には診察期間と患者の名前が書かれていた。その中に、齋藤 世末子と書かれたノートが三冊とカセットテープが一つあった。思ったより早く探し出すことが出来て、岡田はついていると思った。
「ありましたね。齋藤 世末子さんの資料。これで、いいですか」とノートをペラペラとめくりながら、黒井は言った。
「はい。ありがとうございます。これをしばらく、お借りしても良いですか。」と岡田は言った。
「ええ、いいですよ。まだ、僕も目を通していないので、中身が気になりますが、今のところ他にも忙しくしていまして、手が回りそうにないので、お貸しします。でも、ちょっと、今、見ても良いですか」と黒井さんは言い、ノートを読み始めた。ざっと、ノートに目を通すと「あぁ~。総合失調症と妄想癖ですね。うんうん。それと、ナラティブの創出ですね。まぁ。今、目を通したところ、これと言って特別な症状でもなさそうですが、父はどうして、この女性の資料を取って置いたのかな・・・。」と言い、診察期間が最後のノートに手を伸ばし、最後のページを読み始めた。そして「なるほど。まだ、治療が終わっていないうちに来なくなったようです。それに、危険な思想に走り始めていたようです。だからですね。取って置いたのは・・・。父は、彼女が何かの犯罪に巻き込まれる行動することに恐れを感じたのでしょうね。」と言った。
「治療中に来なくなったということは、今はどこにいるかわからないということですね・・・。残念です。それから、犯罪に巻き込まれるとは、どんな犯罪の可能性でしょうか」と岡田は訊いた。
「現在の彼女の所在は不明ですね。このノートによると、かなり危険な犯罪に繋がるような教義がある宗教にのめり込んで居たようです。」と黒井さんが言う。
「何という宗教ですか」と岡田。
「宗教団体の名前は書かれていないです。彼女の口から聞きだせていなかったようですね。」と黒井。
「そうですか。とりあえず、私も署に持ち帰り、読ませてもらいます。お返しする時期は今は申し上げられないのですが、宜しいですか。」と岡田。
「ええ、良いですよ。でも、警察の方を疑うようで申し訳ないですが、返ってこないと困りますので、一筆、書いてもらえますか?」と黒井が言った。
「はい。それは、お書きします。何に書けば良いですか?」と岡田が言うと黒井は自分の手帳を取り出し、手帳の空白の紙に「2019年6月6日、新潟港警察曙に齋藤 世末子さんに関する診察ノート3冊とカセットテープを一本貸し出します。」と書き、岡田にそのノート差し出すと「ここにサインして下さい。」と言った。岡田は手帳に書かれた貸出書に新潟港警察署 岡田 龍二と書いた。「これで、良いですか。」と岡田が言うと黒井は「すみません、細かくて・・・」と言い笑った。
それから、「テープの中身を私はまだ聞いていないのです。万が一のことがあると困るので、今、聞かせてもらって、他のテープに保存させてもらっても良いですか?」と黒井は訊いた。
「もちろん、かまいません。一緒に聞かせてもらいます。」と岡田が言うと、黒井は戸棚の中からカセットデッキを取り出し「カセットなんて今どき聞かないですからね。デッキと空テープがあってよかった。」と言い、ボックスの中から何も録音されていないと思われるテープを取り出し、2つのカセットをデッキにセットすると、回し始めた。
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