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「六日町に何しにくの。私の過去を探ろうっていうのね」
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新潟市から南魚沼市の六日町まで車で約一時間30分の距離。もちろん、法定時速を守った場合のことだが、警察官だからと言って、犯人を追いかけている場合以外は、破るわけにはいかない。こんな時、外国映画なら、そんな決まりは無視して、初めから目的地に飛ばして行くのに・・・ここは、日本だ。安全第一、決まりも第一と思いながら中西は車を走らせた。国道四十九号線から亀田バイパスに乗り日本海東北自動車道に入る。新潟区間を抜け右車線をキープしながら関越自動車道に進み、そのまま六日町ICまで直線コースだ。新潟の高速道路は新潟市内の区間を過ぎれば比較的空いているし、三条を過ぎれば、道路をほぼ独占状態で走れる。県内の関越自動車道は飛ばすにはもってこいの場所だった。
中西と岡田は社内ではほとんど話をしなかった。普段から一緒に組んで仕事をすることはなかったし、中西としては、今回、岡田が自分を指名して来たのが不思議に思えたくらいだった。岡田は、以前より中西のドライブテクニックの噂を聞いていて、一度、中西の運転で相席をし、彼の腕前を把握しておきたいと思っていたが、そんな事情を中西は知る由もなかった。長岡を通過して小千谷のインターを過ぎた頃、中西から口を切って話し始めた。
「岡田さんと一緒に組むのは、初めてですよね。なんか、緊張するなぁ。」と中西。
「あぁ。そうだな。一度さ、中西の運転する車に同乗してみたかったんだ。お前、腕良いんだってな・・・」と岡田。
「へぇー。腕がいいなんて、そんな話が話題になるんですか。それは、恐縮です。」と中西は岡田からの意外な答えに戸惑った。自分の事が先輩方の間で話題になるとは中西には驚きだった。
「ところで、六日町に着いたら、初めにどこに行きますか」と中西。
「本籍地に記載されている場所に行ってみようと思う。もう、家は無いかも知れないが、近所の人が何かしら知っているかもしれないからな」と岡田。
「そうですね。六日町のどの辺ですか。」と中西。
「お前、六日町に詳しいのか」と岡田。
「いいえ。通過したことがある程度で、歩いたことは無いですね。知り合いもいませんしね」と中西。
「住所には伊勢町と書かれている。役所にも近いようで、わりと街中かもな。とすると、昔から住んでいる人は少ないかもしれないな。」と岡田。
この会話の後、2人の間にしばらく沈黙が続いた。車内にはレクサスの静かな重低音のエンジンの音と微かに風を切る音だけが聞こえていた。
堀之内と小出のインターを通過した頃、ナビを見ていた岡田が「六日町インターで降りたら、253号線から17号線に入り、その後、八幡付近で291号線に入るようだ。俺は、このまま、まっすぐ向かいたいが、お前は、どこかに立ち寄りたいか」と中西に訊いた。岡田としては、昼前には戸籍に記載されている齋藤 彗神子の住所に行きたかった。9時半ごろに新潟港警察署を出て、ここ迄で、時計は既に10時45分を回っていた。
「大丈夫です。このまま、行きましょう。街中に入るとスピードを上げられないので、飛ばしますよ。良いですか。」と中西は言った。
「そうだな。時間がない。一余、高速パトロール隊に連絡を入れておこう。」と岡田は言うと、車に内臓されている携帯で関越自動車道パトロールへ連絡をした。緊急時にはボタン一つで連絡が行くようになっている。岡田がボタンを押すと電話はすぐに繋がった。
「はい。お電話ありがとうございます。こちら、関東自動車道パトロール新潟支社の田辺です。如何されましたか」と音声が車内に響いた。
「もしもし、こちら、新潟港警察の岡田 警部補です。緊急用件で新潟市から六日町に向かっています。現在、小出インターを通過しましたが、これから速度を上げて走行します。緊急用件ですが覆面での行動になる為、パトライトを使用しません。その旨、了承願います。」と告げた。
「了解しました。気を付けて走行して下さい。こちらから、全パトロール隊には連絡して置きます。」と返事があった。
さあ、これからが腕の見せ所だと中西は思った。最高速度200km/hは出せる。日本国内で堂々と最高速度で走れるのだ。仕事とはいえ、嬉しくて溜まらなかった。スピードはどんどん加速されて行った。中西の心はレーサーになっていた。車の数は少なかったが、それでも、他に車が居ないわけではなかった。何台かの車を目にも留まらぬ速さで、すり抜けている感じがあった。メーターは200km/hを切ったが、意外にも、このスピードの中で、隣に乗っている岡田は動ずることなくフロントガラスを見つめて居た。中西は全神経を集中して光の中を飛ばした。隣に座っているのが、おっさんなのが残念でならなかった。「おっさん」と言う言葉が頭を過り、関西ならタブーだなとも思った。こんなことを考えながら、走れる俺って余裕・・・と思いながら、意識は次第に車と一体になって行った。
六日町インターを降り、国道253号線を左折し東に向かうと、すぐに国道17号線に出た。17号線を南に右折し、そのまま進むと八幡の標識が見えた。伊勢町へのルートは、道を変更することなく、まっすぐに進むようだった。思ったより交通量は少なかったが、新潟県警交通課の六日町支部に青信号で通過できるように、事前に連絡をしたことで、赤信号に捕まらずスムーズに来た。これぞ、まさに警察の特権だ。しばらくすると、右手の道路沿いに釜飯屋が見えた。釜飯屋が見えた頃、「もうじき、伊勢町に入る道に出る。その先、イタ飯屋の次にラーメン屋があるから、そこを右に入ってくれ」と岡田から指示が出た。
「はい。了解しました。ラーメン屋の脇を右ですね。」中西は答えた。
「ああ。信号があるから、そこを右折だ。」と岡田。
「随分と古い町並みですね。昔の沼垂みたいだ。」と中西。
「おまえ、新潟市出身だったっけ。県内の街中なんて、みんなこんなもんだよ。シャッターストリートね。」と岡田。
車はラーメン屋を通過し、丁度、信号で止まった。この先、右折すると南魚沼市役所があるようで、標識が出ている。
「右折するとすぐに公園がある。その脇の道を抜けると、この辺、一帯が伊勢町のようだが、車を役所に止めて歩いたほうがよさそうだ。どうする。車を止めて聞き込みがてら飯でも食うか」と岡田。
「そうですね。食べないと夜までもたないですね。今来た道沿いにあったラーメン屋にしますか、開いていたみたいだけど・・・」と中西。
「そうだな。ラーメン屋の敷地内に駐車場は無かったようだし、役所に車を止めて、すぐそこのラーメン屋まで戻ろう。」と岡田。
2人は、南魚沼市役所の駐車場に車を止めると、元来た道を戻り、ラーメン屋の前に来た。店の入り口には「龍」という文字が刻まれている。黄色にペイントされた薄汚れた外壁は、長い間、ここで営業してきた自信のようなものを岡田に感じさせた。店の扉を開けて中に入ると、「いらしゃい!」と勢いの良い声がかかり、同時に生姜醤油とほのかに豚骨と魚介が交じり合ったスープの香りが鼻の奥に広がった。店の中は思ったより狭かった。既に何人かが席に座っていて、ほぼ、席は埋まっていたが、一番入り口に近い4人掛けの席が、かろうじて空いていた。岡田と中西の2人は、そこに座った。席に着くとすぐに、40代半ばくらいのすらりとした女が水を運んできた。「いらしゃいませ。お決まりですか、何にしますか?」とテーブルに水を置きながら聞いた。奥の厨房には同じく40代半ばくらいの男性が居るのが見える。他に店員は居なかった。この店は夫婦で切り盛りしているように岡田は思った。
中西は「醤油ラーメン、大盛で」と言い、岡田は「同じく、醤油ラーメン。半飯つけて」と答えた。
「はい。大盛醤油ラーメンが一、と背油入り醤油ラーメンに半飯つきが一ね。ありがとうございまーす。」と答え、水を運んできた女は厨房に消えて行った。
中西は「どう思います。ここの2人は何か知っていますかね。聞いてみますか?」と小声で岡田に訊いた。岡田は「いや、どうかな。この店の亭主が地元出身でも伊勢町とは限らないしね。ただ、この町内の組合長は知っていそうだから、その線で聞いてみよう。とりあえず、飯を食べてからな。」と言うと、テーブルに置かれた水を一気に飲み干した。それを見ていた中西もグラスの水を飲み干した。2人は朝から何も飲まずに今まで過ごしていた。岡田は水を飲み干すと「令和になったっていうのに、昭和の仕事の仕方だ。水くらい飲むゆとりが必要だな」と中西を見て笑って言った。
「ところで、中西、お前、安定感のある、良い走りするな。A級ライセンス持っているんだろ」と岡田が訊いた。
「はい。いちよ。持っています。でも、そんなに走る機会が無いので腕に自信があるとは言えませんよ」
「おっ。思ったより謙虚な奴だな。過信している奴より安全で良いがな。これからも頼むよ」と岡田が言う。そんな、たわいもない話をしていると、「お待たせいたしました。醤油ラーメンです。大盛は、こちらの若い、兄さんね。で、普通盛はこちらさんですね。はい。半飯もここに置いておきますよ」と、さっき注文を取った、ここのおかみさんと思われる女が注文品を持って戻って来た。
「早いね~。早いことは良いことだ。ありがとうございます。」と岡田は言い箸を持った。そして、そそくさと食べ始めた。中西も遅れをとらないようにしないと、と思い慌てて箸を箸立てからとると、ラーメンを勢いよく食べ始めた。一口、食べて、中西は、いやぁ~。旨い。ここのラーメンは絶品だと思った。生姜ラーメンは中西の好物だった。長岡の味とは違い、少し優しい味ではあるが、本当に美味しかった。今日は、当たりの日だなと思いながら、辺りを見渡すと、店の中はいつの間にか、満席になっていた。厨房から見える蒸気の他に、各々のテーブルの上に乗ったラーメンからも湯気が沸き立っている。店内は真剣にラーメンをすする音だけが響いていた。中西が周りに気を取られながら、ラーメンを食べている頃、岡田は、ラーメンを食べ終わり、爪楊枝で歯の手入れをしていた。「一足先に、おかみさんに訊いてみるわ」と岡田は言い、手を上げて「すみません」と呼んだ。すると、さっき、ラーメンを運んだ、おかみさんが再び現れた。
「如何しましたか。ご注文ですか? それとも、お会計ですか?。」と、女は岡田のラーメンの食べる速さに少し驚いた様子で聞いた。
「すみません。お忙しいところ。実は、私たちは、こういうものなのです。おたくは、この店のオーナーですか?」と言い、岡田は警察手帳を女に見せた。女は、少し戸惑ったような表情を見せ、「はい。主人と私でやっている店です。何かあったんですか。」と小声で訊いた。
「そうですか、では、あなたは、この店のおかみさんですね、それは良かった。実は、人を探しているんです。昔、伊勢町に住んでいた人なんですが、手掛かりを探しています。この辺に、詳しい人を紹介して欲しいのですが、伊勢町の町内組合長さんをご存じないですか?」と岡田が訊いた。
「組合長。知っていますよ。そこの公園向いにある家の富田さんです。玄関先に伊勢町第三班長の板がぶら下がっているからすぐにわかると思います。」とおかみさんが答えた。
「そうですか。ありがとうございます。ところで、この人物をこの辺で見かけたことはありますか」と岡田は言い、齋藤 彗神子を警察署で写した写真を見せた。
おかみさんは写真を手に持ち、長々と眺めた。「この人、外国人ですか? 見たことないですね。昔、伊勢町に住んでいたんですか。もしかして、逃亡中ってことですか・・・」とおかみさんは興味津々と言った様子で聞いて来た。
岡田は「いや、まだ、事件性があるかどうかは分からないのです。この町の出身かどうかの確認を取りに来ただけなので・・・」と言うと
「私は六日町出身じゃないのでね。ちょっと、夫に見せても良いですか?」と言った。
「もちろん、良いですよ」と岡田が言うと、おかみさんは写真を持って厨房へ向かった。
「あんた、とおーちゃん、ちょっと、見て、これ見て欲しいんだけど・・・」とおかみさんは厨房に居る夫に向かって言った。
「なんだぁ。今、ちっと手、はなせねー。こっち、こいやぁ。」と男の声がした。
おかみさんは厨房に居る男の傍まで行き、手元の写真を見せた。「この人、知ってる? 警察の人がこの人探しているって、今、店に来ているのよ」とおかみさんは厨房の男に言った。警察・・・と聞いて、フライパンを振っていた男の手は止まった。そして、脇から写真を覗き見た。
このラーメン屋の亭主は、この町の出身で幼馴染や仲間も多く、町の人間なら大抵の人は知っていた。齋藤 彗神子とは10歳くらい年が離れているとはいえ、繋がりがあれば知っているはずだ。ラーメン屋の亭主は写真をじっと見入った。どこかで見たことがあるような気がした。この目鼻立ち・・・どこかで。遠い昔。でも、はっきりとは思い出せなかった。だいたい、目の前にある写真の主は目鼻立ちはハッキリとしているが、厳つい顔をした男の顔だった。ラーメン屋の亭主の脳裏に過ったのは、女だった。
ラーメン屋の亭主は「こいつの事は知らないが、妹か姉が居るなら似ているのを見たことあるかもな・・・」と答えた。「女? ふぅ~ん。警察官にそう伝えて来る。」とおかみさんは言い、店に居る、岡田と中西の前に再び現れた。そして、ラーメン屋の亭主の言葉をそのまま伝えた。すると、岡田は「女・・・女を知っている。ですか。ご主人と、ちょっと話をすることできますか」と言った。「いいけど、今、客からの注文が入っていて、それどころじゃないのよ。2時過ぎたら店閉めるし、その前に、客足が減ったらその時でも良いですか。こっちも、商売なんでね。売上の邪魔されちゃ困りますよ。」とおかみさんは少し迷惑そうに言った。
岡田は「わかりました。じゃ、先に、富田さんの家に行って、その後、もう一度、ここに来ます。その時にお話をお伺いさせて下さい。念のため、ご主人と連絡の取れる電話番号とご主人の名前を教えてもらって良いですか」と訊いた。
「渡辺 翔太 電話番号は携帯で090-★★★★-★★★★。これで良いですか。」とおかみさんは紙に書いて岡田に手渡した。
岡田はメモ用紙を受け取ると「ありがとうございます。それでは、また、後ほど。お会計をお願いします。」と言い、伝票を持って席を立った。おかみさんは、「は~い。お会計ですね。ありがとうございます。お会計はこちらでお願いします。」とレジが置かれている場所に向かって歩き出した。中西も岡田の後に続いて席を立ちレジに向かった。岡田は、一足早く、会計を済ませて店を出た。中西は後を追うように店を出て、岡田に「おごってくれるんですか」と、念のため聞いた。岡田が伝票を握ったことで、おごってもらえるのか、又は、署の経費として出してもらえるのかなと期待したが考えは甘かった。「馬鹿言え、よこせ」と岡田は手を出した。中西が自分の財布から千円札を一枚出して手渡すと「今、おつりないからさ、後で、飲み物買ってやるよ。それでいい?」と岡田は言った。「はい。いいですよ」と中西が言うと、岡田は笑い出した。中西には岡田の笑いが自分の気持ちを見透かされているようで、嫌だった。岡田は、全てお見通しのような顔をして「じゃ、富田さんの家を探しましょう」と言い歩き出した。
中西と岡田は社内ではほとんど話をしなかった。普段から一緒に組んで仕事をすることはなかったし、中西としては、今回、岡田が自分を指名して来たのが不思議に思えたくらいだった。岡田は、以前より中西のドライブテクニックの噂を聞いていて、一度、中西の運転で相席をし、彼の腕前を把握しておきたいと思っていたが、そんな事情を中西は知る由もなかった。長岡を通過して小千谷のインターを過ぎた頃、中西から口を切って話し始めた。
「岡田さんと一緒に組むのは、初めてですよね。なんか、緊張するなぁ。」と中西。
「あぁ。そうだな。一度さ、中西の運転する車に同乗してみたかったんだ。お前、腕良いんだってな・・・」と岡田。
「へぇー。腕がいいなんて、そんな話が話題になるんですか。それは、恐縮です。」と中西は岡田からの意外な答えに戸惑った。自分の事が先輩方の間で話題になるとは中西には驚きだった。
「ところで、六日町に着いたら、初めにどこに行きますか」と中西。
「本籍地に記載されている場所に行ってみようと思う。もう、家は無いかも知れないが、近所の人が何かしら知っているかもしれないからな」と岡田。
「そうですね。六日町のどの辺ですか。」と中西。
「お前、六日町に詳しいのか」と岡田。
「いいえ。通過したことがある程度で、歩いたことは無いですね。知り合いもいませんしね」と中西。
「住所には伊勢町と書かれている。役所にも近いようで、わりと街中かもな。とすると、昔から住んでいる人は少ないかもしれないな。」と岡田。
この会話の後、2人の間にしばらく沈黙が続いた。車内にはレクサスの静かな重低音のエンジンの音と微かに風を切る音だけが聞こえていた。
堀之内と小出のインターを通過した頃、ナビを見ていた岡田が「六日町インターで降りたら、253号線から17号線に入り、その後、八幡付近で291号線に入るようだ。俺は、このまま、まっすぐ向かいたいが、お前は、どこかに立ち寄りたいか」と中西に訊いた。岡田としては、昼前には戸籍に記載されている齋藤 彗神子の住所に行きたかった。9時半ごろに新潟港警察署を出て、ここ迄で、時計は既に10時45分を回っていた。
「大丈夫です。このまま、行きましょう。街中に入るとスピードを上げられないので、飛ばしますよ。良いですか。」と中西は言った。
「そうだな。時間がない。一余、高速パトロール隊に連絡を入れておこう。」と岡田は言うと、車に内臓されている携帯で関越自動車道パトロールへ連絡をした。緊急時にはボタン一つで連絡が行くようになっている。岡田がボタンを押すと電話はすぐに繋がった。
「はい。お電話ありがとうございます。こちら、関東自動車道パトロール新潟支社の田辺です。如何されましたか」と音声が車内に響いた。
「もしもし、こちら、新潟港警察の岡田 警部補です。緊急用件で新潟市から六日町に向かっています。現在、小出インターを通過しましたが、これから速度を上げて走行します。緊急用件ですが覆面での行動になる為、パトライトを使用しません。その旨、了承願います。」と告げた。
「了解しました。気を付けて走行して下さい。こちらから、全パトロール隊には連絡して置きます。」と返事があった。
さあ、これからが腕の見せ所だと中西は思った。最高速度200km/hは出せる。日本国内で堂々と最高速度で走れるのだ。仕事とはいえ、嬉しくて溜まらなかった。スピードはどんどん加速されて行った。中西の心はレーサーになっていた。車の数は少なかったが、それでも、他に車が居ないわけではなかった。何台かの車を目にも留まらぬ速さで、すり抜けている感じがあった。メーターは200km/hを切ったが、意外にも、このスピードの中で、隣に乗っている岡田は動ずることなくフロントガラスを見つめて居た。中西は全神経を集中して光の中を飛ばした。隣に座っているのが、おっさんなのが残念でならなかった。「おっさん」と言う言葉が頭を過り、関西ならタブーだなとも思った。こんなことを考えながら、走れる俺って余裕・・・と思いながら、意識は次第に車と一体になって行った。
六日町インターを降り、国道253号線を左折し東に向かうと、すぐに国道17号線に出た。17号線を南に右折し、そのまま進むと八幡の標識が見えた。伊勢町へのルートは、道を変更することなく、まっすぐに進むようだった。思ったより交通量は少なかったが、新潟県警交通課の六日町支部に青信号で通過できるように、事前に連絡をしたことで、赤信号に捕まらずスムーズに来た。これぞ、まさに警察の特権だ。しばらくすると、右手の道路沿いに釜飯屋が見えた。釜飯屋が見えた頃、「もうじき、伊勢町に入る道に出る。その先、イタ飯屋の次にラーメン屋があるから、そこを右に入ってくれ」と岡田から指示が出た。
「はい。了解しました。ラーメン屋の脇を右ですね。」中西は答えた。
「ああ。信号があるから、そこを右折だ。」と岡田。
「随分と古い町並みですね。昔の沼垂みたいだ。」と中西。
「おまえ、新潟市出身だったっけ。県内の街中なんて、みんなこんなもんだよ。シャッターストリートね。」と岡田。
車はラーメン屋を通過し、丁度、信号で止まった。この先、右折すると南魚沼市役所があるようで、標識が出ている。
「右折するとすぐに公園がある。その脇の道を抜けると、この辺、一帯が伊勢町のようだが、車を役所に止めて歩いたほうがよさそうだ。どうする。車を止めて聞き込みがてら飯でも食うか」と岡田。
「そうですね。食べないと夜までもたないですね。今来た道沿いにあったラーメン屋にしますか、開いていたみたいだけど・・・」と中西。
「そうだな。ラーメン屋の敷地内に駐車場は無かったようだし、役所に車を止めて、すぐそこのラーメン屋まで戻ろう。」と岡田。
2人は、南魚沼市役所の駐車場に車を止めると、元来た道を戻り、ラーメン屋の前に来た。店の入り口には「龍」という文字が刻まれている。黄色にペイントされた薄汚れた外壁は、長い間、ここで営業してきた自信のようなものを岡田に感じさせた。店の扉を開けて中に入ると、「いらしゃい!」と勢いの良い声がかかり、同時に生姜醤油とほのかに豚骨と魚介が交じり合ったスープの香りが鼻の奥に広がった。店の中は思ったより狭かった。既に何人かが席に座っていて、ほぼ、席は埋まっていたが、一番入り口に近い4人掛けの席が、かろうじて空いていた。岡田と中西の2人は、そこに座った。席に着くとすぐに、40代半ばくらいのすらりとした女が水を運んできた。「いらしゃいませ。お決まりですか、何にしますか?」とテーブルに水を置きながら聞いた。奥の厨房には同じく40代半ばくらいの男性が居るのが見える。他に店員は居なかった。この店は夫婦で切り盛りしているように岡田は思った。
中西は「醤油ラーメン、大盛で」と言い、岡田は「同じく、醤油ラーメン。半飯つけて」と答えた。
「はい。大盛醤油ラーメンが一、と背油入り醤油ラーメンに半飯つきが一ね。ありがとうございまーす。」と答え、水を運んできた女は厨房に消えて行った。
中西は「どう思います。ここの2人は何か知っていますかね。聞いてみますか?」と小声で岡田に訊いた。岡田は「いや、どうかな。この店の亭主が地元出身でも伊勢町とは限らないしね。ただ、この町内の組合長は知っていそうだから、その線で聞いてみよう。とりあえず、飯を食べてからな。」と言うと、テーブルに置かれた水を一気に飲み干した。それを見ていた中西もグラスの水を飲み干した。2人は朝から何も飲まずに今まで過ごしていた。岡田は水を飲み干すと「令和になったっていうのに、昭和の仕事の仕方だ。水くらい飲むゆとりが必要だな」と中西を見て笑って言った。
「ところで、中西、お前、安定感のある、良い走りするな。A級ライセンス持っているんだろ」と岡田が訊いた。
「はい。いちよ。持っています。でも、そんなに走る機会が無いので腕に自信があるとは言えませんよ」
「おっ。思ったより謙虚な奴だな。過信している奴より安全で良いがな。これからも頼むよ」と岡田が言う。そんな、たわいもない話をしていると、「お待たせいたしました。醤油ラーメンです。大盛は、こちらの若い、兄さんね。で、普通盛はこちらさんですね。はい。半飯もここに置いておきますよ」と、さっき注文を取った、ここのおかみさんと思われる女が注文品を持って戻って来た。
「早いね~。早いことは良いことだ。ありがとうございます。」と岡田は言い箸を持った。そして、そそくさと食べ始めた。中西も遅れをとらないようにしないと、と思い慌てて箸を箸立てからとると、ラーメンを勢いよく食べ始めた。一口、食べて、中西は、いやぁ~。旨い。ここのラーメンは絶品だと思った。生姜ラーメンは中西の好物だった。長岡の味とは違い、少し優しい味ではあるが、本当に美味しかった。今日は、当たりの日だなと思いながら、辺りを見渡すと、店の中はいつの間にか、満席になっていた。厨房から見える蒸気の他に、各々のテーブルの上に乗ったラーメンからも湯気が沸き立っている。店内は真剣にラーメンをすする音だけが響いていた。中西が周りに気を取られながら、ラーメンを食べている頃、岡田は、ラーメンを食べ終わり、爪楊枝で歯の手入れをしていた。「一足先に、おかみさんに訊いてみるわ」と岡田は言い、手を上げて「すみません」と呼んだ。すると、さっき、ラーメンを運んだ、おかみさんが再び現れた。
「如何しましたか。ご注文ですか? それとも、お会計ですか?。」と、女は岡田のラーメンの食べる速さに少し驚いた様子で聞いた。
「すみません。お忙しいところ。実は、私たちは、こういうものなのです。おたくは、この店のオーナーですか?」と言い、岡田は警察手帳を女に見せた。女は、少し戸惑ったような表情を見せ、「はい。主人と私でやっている店です。何かあったんですか。」と小声で訊いた。
「そうですか、では、あなたは、この店のおかみさんですね、それは良かった。実は、人を探しているんです。昔、伊勢町に住んでいた人なんですが、手掛かりを探しています。この辺に、詳しい人を紹介して欲しいのですが、伊勢町の町内組合長さんをご存じないですか?」と岡田が訊いた。
「組合長。知っていますよ。そこの公園向いにある家の富田さんです。玄関先に伊勢町第三班長の板がぶら下がっているからすぐにわかると思います。」とおかみさんが答えた。
「そうですか。ありがとうございます。ところで、この人物をこの辺で見かけたことはありますか」と岡田は言い、齋藤 彗神子を警察署で写した写真を見せた。
おかみさんは写真を手に持ち、長々と眺めた。「この人、外国人ですか? 見たことないですね。昔、伊勢町に住んでいたんですか。もしかして、逃亡中ってことですか・・・」とおかみさんは興味津々と言った様子で聞いて来た。
岡田は「いや、まだ、事件性があるかどうかは分からないのです。この町の出身かどうかの確認を取りに来ただけなので・・・」と言うと
「私は六日町出身じゃないのでね。ちょっと、夫に見せても良いですか?」と言った。
「もちろん、良いですよ」と岡田が言うと、おかみさんは写真を持って厨房へ向かった。
「あんた、とおーちゃん、ちょっと、見て、これ見て欲しいんだけど・・・」とおかみさんは厨房に居る夫に向かって言った。
「なんだぁ。今、ちっと手、はなせねー。こっち、こいやぁ。」と男の声がした。
おかみさんは厨房に居る男の傍まで行き、手元の写真を見せた。「この人、知ってる? 警察の人がこの人探しているって、今、店に来ているのよ」とおかみさんは厨房の男に言った。警察・・・と聞いて、フライパンを振っていた男の手は止まった。そして、脇から写真を覗き見た。
このラーメン屋の亭主は、この町の出身で幼馴染や仲間も多く、町の人間なら大抵の人は知っていた。齋藤 彗神子とは10歳くらい年が離れているとはいえ、繋がりがあれば知っているはずだ。ラーメン屋の亭主は写真をじっと見入った。どこかで見たことがあるような気がした。この目鼻立ち・・・どこかで。遠い昔。でも、はっきりとは思い出せなかった。だいたい、目の前にある写真の主は目鼻立ちはハッキリとしているが、厳つい顔をした男の顔だった。ラーメン屋の亭主の脳裏に過ったのは、女だった。
ラーメン屋の亭主は「こいつの事は知らないが、妹か姉が居るなら似ているのを見たことあるかもな・・・」と答えた。「女? ふぅ~ん。警察官にそう伝えて来る。」とおかみさんは言い、店に居る、岡田と中西の前に再び現れた。そして、ラーメン屋の亭主の言葉をそのまま伝えた。すると、岡田は「女・・・女を知っている。ですか。ご主人と、ちょっと話をすることできますか」と言った。「いいけど、今、客からの注文が入っていて、それどころじゃないのよ。2時過ぎたら店閉めるし、その前に、客足が減ったらその時でも良いですか。こっちも、商売なんでね。売上の邪魔されちゃ困りますよ。」とおかみさんは少し迷惑そうに言った。
岡田は「わかりました。じゃ、先に、富田さんの家に行って、その後、もう一度、ここに来ます。その時にお話をお伺いさせて下さい。念のため、ご主人と連絡の取れる電話番号とご主人の名前を教えてもらって良いですか」と訊いた。
「渡辺 翔太 電話番号は携帯で090-★★★★-★★★★。これで良いですか。」とおかみさんは紙に書いて岡田に手渡した。
岡田はメモ用紙を受け取ると「ありがとうございます。それでは、また、後ほど。お会計をお願いします。」と言い、伝票を持って席を立った。おかみさんは、「は~い。お会計ですね。ありがとうございます。お会計はこちらでお願いします。」とレジが置かれている場所に向かって歩き出した。中西も岡田の後に続いて席を立ちレジに向かった。岡田は、一足早く、会計を済ませて店を出た。中西は後を追うように店を出て、岡田に「おごってくれるんですか」と、念のため聞いた。岡田が伝票を握ったことで、おごってもらえるのか、又は、署の経費として出してもらえるのかなと期待したが考えは甘かった。「馬鹿言え、よこせ」と岡田は手を出した。中西が自分の財布から千円札を一枚出して手渡すと「今、おつりないからさ、後で、飲み物買ってやるよ。それでいい?」と岡田は言った。「はい。いいですよ」と中西が言うと、岡田は笑い出した。中西には岡田の笑いが自分の気持ちを見透かされているようで、嫌だった。岡田は、全てお見通しのような顔をして「じゃ、富田さんの家を探しましょう」と言い歩き出した。
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💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
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