アガダ 齋藤さんのこと

高橋松園

文字の大きさ
上 下
2 / 32

「いつだって、どこにだって闇で動く者は居る」

しおりを挟む
 二千十七年六月某日。テレビ画面のモニターに数名の人影が映し出される。それは、モニターを通じてテレビ会議をしている様子だった。会話の音声は変換装置を通され、性別不明のアンドロイドの声が各々の言語で聞こえるように各人に流れていた。


「どこまで、パイプは来ている。三か国への移動ルートはすでに完成しているのだぞ。」とモニターの中から第一の声が聞こえた。

「半分までは来ております。佐渡島沖を一旦、北上し海溝を避け、ゆるくカーブをしながら、できる限り平らな地形を選びカングイに近づいていますが、妨害が入り思うように進んでいません。」と別の男の声がする。

「妨害?・・・。いったいどんな妨害が入っているというのだ。この計画を知るものは限られたものだけだ。日本国民に知られないように、今まで同様に事を進めているはずだ。日本側で秘密裏に動いているのは、何世紀も前に日本に帰化した我らが一族の同朋だが、長きに渡り、我らに便を図って来た信用できる者達。今更、意味もなく裏切るはずがない。」と第三の男の声。

「妨害をしているのは、日本の漁師か?・・・日本の海上自衛隊か? 猿どもめ!」と第一の声。

「猿は、おとなしく、我らに従っていれば良いものを、小賢しい奴らだ。パンの耳国の連中に、今更、なんの抵抗が出来ようが。後、四半世紀もすれば完全に我らの属国になるものを抵抗したところで損をするのは日本国側だ。」と第四の声。

「ここまで来るのに、どれほどの長い年月を費やしたか。我々の一族が長い年月をかけて北と南に追いやり、中央の政権を握ったのだ。日本の男どもは子供を産まぬチャイボーク女との婚姻を喜んで受け入れておる。女どもも、韓流男に狂い、結婚を拒んでいるものも多いと聞く。日本人の出生率は低く、日本の土地は我らが買い、既に多くを抑えている。今後、日本から日本人は消えるのだ。エネルギーが必要な国が自然の恵みを受け取って何が悪い。」と第五の声。

「消えるのは日本人だけではない。既にそれは始まっている。この世の三分の二の人口は消えてなくなる。残りの猿どもをコントロールし従えて行くのは我々の使命だが、その為に、この地球を我らの手に納めねばならない。しかし、我々の真の目的は宇宙の支配だ。それを忘れてはならない。我々、選ばれし者は非死人化しこの地球、いや、宇宙を支配するのだ。今回、手に入れるエネルギーは、我々、ユーラシア帝国に必要である。ユーラシア大陸のど真ん中、地中深くに、築かれし我らの帝国の邪魔をする雑魚どもは全て抹消すれば良い」と第六の声。

六番目の主の声が聞こえるとその場に緊張が走り少しの間、沈黙が続いた。

しばらくの静寂の後、第二の声で話が再会した。

「妨害しているのは、海国の民と名乗る者たちです。これからお見せする映像は、先日、日本海の大和海嶺とボゴロフ海嶺の間にある日本海盆で捉えた映像です。この者たちは、海上生活をしている無国籍の者たちです。この映像をご覧ください。」と第二の声が再び発言すると、モニターに映像が映し出された。
そこには、海の中から浮かび上がる一隻の大きな黒い潜水艦が映っていた。その後、映像は早送りされ、潜水艦が半分浮上したところで、映像は、一度停止した。

「この潜水艦は海国の民と名乗る者たちが所有している潜水艦です。正確な数は把握できていませんが、世界中に数百隻以上はあると思われます。彼らが所有している潜水艦は、アメリカ海軍のレーダーにも引っ掛からない特別な装置を備えている軍事用の潜水艦です。ここ最近、日本海だけでなく至る所の海洋で浮上した際の姿が度々目撃されています。」と第二の声が答える。

「この者たちは、何の目的で、何をしているのというのだ」と第三の声。

「これは、西側から聴いた情報ですが、この海国の民と名乗る者たちは、海洋資源はすべて海国の民の物だと言う主張です。断りなく海洋資源を取ることは許さず、海国の民と正式に契約を交わし、代金の支払いをしろと言うことのようです。その為に、今回、海底にパイプを通し資源を横流しにすることを良く思っておらず、妨害をしているようです。」と第二の声。

「何を馬鹿なことを。ただの海賊ではないか。そんな主張が通れば、我々の苦労は意味がなくなるではないか」と第三の声。

「続きの映像をご覧下さい。」と第二の声がすると再び、映像が流れだした。
モニターに映っている大きな黒い潜水艦の上部の扉が開き中から人が出て来た。出て来た者はひときわ大きな体をしていた。映像はズームに切り替わり、その者の顔を捉えた。日に焼けた浅黒い男の顔が映し出された。がっしりとした頬骨と顎に高い鼻。目鼻立ちはハッキリしていて、眉毛も太く濃い。口は大きく唇も厚い、中東風でエキゾチックな顔立ちである。髪の色は黒く、艶があり長い。縮れた長い黒髪は太陽の光に照らされ光り輝きながら海風でなびいていた。その画像の中に立つ、大男は画面に向かい、ニヤリとほほ笑むと「ベンゾナ! マニアック タモーツ ★★★★」と言い、右手の中指を立て、潜水艦の中に姿を消した。

「何と言った。何語を話しているのだ。」と第一の声が訊いた。

「今、話した言葉は、ヘブライ語のようですが、彼らはあらゆる言語を混ぜて話します。主にアラム語を話すとも聞いています。ちなみに、この映像の男が言った言葉は『変態、糞野郎。くたばれ、イナゴ共に我らの資源は渡さない』です。彼らは滅多に顔を出すことは無いのですが、今回は何らかの目的で自ら出て来たと思われます。」第二の声は答えた。

「アラム語?・・・。それは、どんな言語だ。」と第三の声が訊く。

「彼ら、海国の民が話すアラム語とは紀元前千二百年頃にアナトリア、シリア、パレスチナ地方の諸都市が海の民により襲撃を受けた時代ごろから、海の民が使っていた言語です。キリストも使用していました。この言語自体は紀元前千年から紀元前六百年頃までメソポタミア、シリア地方で話されていた言語のようで、紀元前六百二十五年に海の国の首領でセム系のアラム人のナボポラッサルがバビロンに新バビロニア王朝を樹立したのですが、おそらく、彼らは、アラム語を使うことで、その末裔であると主張したいのではないかと思われます。ハッキリとした意図は分かりかねます。それから、もう一つ、映像があります。」と第二の声が答え、映像を流した。

映像には、大きな白い船が映っていた。その船の先端には旗指物がなびいている。中央に二つの船室があった。その船室の一つに何やら模様が描かれたマストが見える。船の脇には椰子の葉と三頭のガゼルと水鳥が描かれていた。その船に先の画像と同一人物と思われる大男が乗っていた。男の頭上には1羽の隼が舞っている。そして、その男は、大きな生き物を持ち上げると、海に投げ込んだ。投げ込まれた生き物はカモシカだった。男の頭上には一羽の隼が舞っている映像だった。音声は船のモーター音と風と海の音以外聞こえなかった。

「これは、なんだ。」第四の声が訊いた。

「はい。この映像は、二千十六年の六月六日に日本海の大和堆で採られた映像です。顔認証判定では同一と思われる、先に見せた映像の男と同じ男が、海にカモシカを奉納している映像です。」と第二の声が言う。

「奉納? 何かの儀式をしているということか」第三の声が訊く。

「はい。船に描かれている図柄から推測するに、紀元前四千年頃のエジプトのナカダ文化と関係するものと思われます。それは、この船に描かれている文様はナカダ文化の指標として出現した彩文土器に描かれているものと類似するからです。投げ込まれたカモシカは生贄いけにえだと思われます。エジプトのナカダ文化で同じ儀式行われていた事実はないですが、この船は何か関係があると思われます。」と第二の声が言う。

「奴らは、海は、昔から、自分たちの物だと言いたいわけだな。ふざけたことを。殺せ。奴らを捕まえて皆、殺すのだ。」と第一の声が言う。

「彼らの船や特に潜水艦は非常に良くできていてアメリカ海軍でもお手上げの代物です。レーダーに一切、引っ掛からないのです。これだけの潜水艦を数百隻も持っているということは、深く繋がっている陸を持った国があるということだと思います。今回、姿を捉えられたのも何か意図があり、自分たちを攻撃させる為の罠ではないかとも・・・。裏に付いている国が、戦争を仕掛けているのかもしれません。」と第二の声が返事する。

「どこが黒幕か揺さぶりを掛ける必要があるな。」と第一の声。

「それならば、弾道ミサイルを数発、発射実験ということで日本海に落とすとしよう。もちろん、やってくれるだろう」と第一の声が言うと、第三の声が「もちろちん、我が国が引き受けよう。元々、大陸間弾道ミサイルを開発中で、近々発射実験をする予定になっている。ただし、その後のフォローとミサイル開発の資金はお願いする。」と言う。

「それは大丈夫だ。安心するように。今まで通り、我々がついている。しかし、日本側の我ら同朋の動きを監視できるスパイを送る必要があるな。佐渡沖のエネルギー開発に知識提供するという建前で疑われずに、彼らの作業に入り込めるのは、誰でも良いわけにはいかない・・・。誰か適任者はいないか?」と第一の声。

「コラ半島での超深度採掘の経験がある者を知っている。我が国が請け合おう。」と第四の声が返事した。

「では、さっそくお願いしよう。日本側の段取りは任せた」と第一の声が言うと「はい。さっそく、執り行います。」と第二の声。

少しの間と沈黙の後に、再び第二の声で「海国の民の件は、今後、如何されますか」と聞いた。
第二の声の主は、画像に映っていた中東系の大男の情報を他にも持っていた。それは、日本船とロシア船に乗っていたという目撃情報であったが、その情報は確実ではなく、ここでは伏せておくことにした。

「その海国の民と名乗る連中は厄介だ。今後も情報を集め、見つけ次第、密かに、そいつらを消せ。」と第一の声が言った。

「仰せのままに。」と第二の声の返事があり、モニターに映し出されたの黒い影の画像が一斉に消えた。




                        



しおりを挟む

処理中です...