上 下
124 / 128
最終章 汚くも真っ当な異世界人ども

第122話 “汚くも真っ当な異世界人ども(ダーティーホワイトエルブズ)”その2…偽りのダークヒーロー編

しおりを挟む
「ごめんな、フェットチーネさん。やっぱ私、どうしてもミトラさんの所へ行かんとあかんねん」

 それは、クラムがミトラを罠にかけにいく直前にまで時間が戻る話。
 クラムが睡眠薬で眠ったフェットチーネに、そう声をかけて部屋を出ようとした時。

「はぁ……。ここまでしてまで行く覚悟が有るていうんですね」

 むくりと起き上がるフェットチーネ。
 クラムはギョッとして目を見張る。

「寝たふり……やったんですか」

「クラムさん滅多に自分でホットのコーヒー入れへんやないですか。バレバレやで」

「うー……」

 だが軽くため息をついた後で、フェットチーネはニヤッと笑った。
 悪戯いたずらっぽい表情でクラムに話す。

「そういえば以前読ませてもろた薄い本。あれイケメンじゃなくてもう片方のおデブさんのがクラムさんの好みやったんですね~」

「すみません、ここへ来て精神的拷問は勘弁かんべんしてください」

「ああゴメンゴメン。ホンマは私が出会い頭に、思いっきりミトラをドツきたかったんやけどな。クラムさんに任せます。その代わり、上手く私の受け持ちまで追い込んでや」

「任せて! それはもうバッチリやで!!」


*****


「お前は…………フェットチーネ!?」

 ミトラがそう愕然がくぜんとしてつぶやくのを、聞こえた様子も無く近寄って来るフェットチーネ。
 勿論もちろん、その態度に友好的な気配は微塵みじんも感じられない。
 最初は静かな歩みだったのが、少しずつその足取りに力が入り、最後はズカズカと力強くミトラとの距離を詰めて来ていた。

「い……生きてたのかフェットチーネ、会えて嬉しいぜ。良かったらまた──」

 激しく重い打撃音。
 フェットチーネが震脚しんきゃくと共にミトラの胸に撃ち込んだ掌底しょうていが、ミトラに最後までしゃべらせる事を拒絶した。
 激しく悶絶もんぜつするミトラ。

 ミトラは、薬と今の掌底打撃のダメージとで、身動きままならぬ身体を必死に動かし、フェットチーネから距離を取る。
 震える手で魔剣イミテーションブリンガーを構える。
 こいつはこんなにも重かっただろうか、と思いながら。

 フェットチーネは、そんなミトラの様子を冷たく見つめる。
 掌底を撃ち込んだ場所から動かずに。
 ミトラが魔剣イミテーションブリンガーを構えると、再びズカズカと無造作むぞうさに近寄って行く。

「ま……待てよフェットチーネ。俺はいま薬でマトモに動けないんだ。そんな状態で俺を倒しても何の自慢にもならね──」

 突然、フェットチーネは跳ねるようにミトラとの距離をめると、左手で魔剣の切っ先を弾き、さらにふところへ。
 右手でミトラの握り手をつかんで動きを封じると、そこから身体を回転、左の裏拳を思い切りミトラの顔面に叩き込んだ。

 鼻の骨が折れて顔面が歪むミトラ。
 歯も一緒に折れたようだ。鼻と口から血があふれて出てきた。
 ミトラは恥も外聞もなくわめく。
 鼻が潰れているので聞き取りにくい。

「て……テメエら……きたねえぞ……俺を寄ってたかって……なぶりものに……しやがって……」

 それを聞いたフェットチーネは、いや、その場にいたほとんどの者が全員似たような表情を浮かべた。
 あきれの混ざった見下みくだしの表情。
 同じ表情を以前誰かにされた事がある。
 誰だっただろうか。

 その彼等の表情は雄弁ゆうべん物語ものがたっていた。
 「何を甘えた寝言をほざいているんだコイツは」と。
 その彼等の表情に頭に血が昇り、怒りに支配されるミトラ。

 魔剣イミテーションブリンガーをプロテクターに変えて手足に装着。
 そしてフェットチーネに対抗して拳法の構えを取──。

──どうやって構えるんだったっけ!?

 そう、ミトラからは“主人公属性”だけではなく、チートの全てが消滅していた。勿論、《近接戦総合マスター》も存在しない。
 全ての戦闘技術をチートに依存していたミトラに、戦闘のノウハウは何も残ってはいない。
 今までの戦闘経験を蓄積ちくせきしようと考えた事も無いので、知恵すら残っていなかった。

 仕方が無いので、なけなしの知識で構えようとする。
 その知識は、はるか前世の日本人だった時に見た、バトル漫画のポーズ。
 だが動かす手足が重い。
 これは薬の影響だけではない。

──おいテメエ、俺にエネルギー寄越よこせ!

 ミトラは魔剣にそう叫ぶように思考を投げつけた。
 魔剣イミテーションブリンガーは面倒臭そうに返答。

“長く魂を食らっておらぬ。もうとっくにたくわえは尽きておるわ”

──この前一人食わせただろうが!

“だから、いま貴様は生きて立っておる。でなければ、とっくに貴様はくたばっている”

 チッ、と歯噛みしてミトラは手足を必死に動かす。
 手甲足甲の重みで動きが振り回される。
 簡単にフェットチーネに懐に入られて、何度も攻撃を体幹に撃ち込まれる。

 やがて襟首えりくびを掴まれて身体を密着させられ、大きく足を払われた。
 いわゆる大外刈りといわれる柔道の技だ。
 これ以上は無い、というほど綺麗に技にかかったミトラは、背中から地面に転倒。
 フェットチーネはそのミトラの胸を足で押さえつけた。
 そして誰かに声を掛ける。

「どうしますか、タリスさん。こんなヘナチョコですが、貴女も一発殴っときます?」

 ミトラがそちらに視線を向けると、そこには褐色銀髪の、裸のようなレオタードを着たエルフの女。
 そいつは、タリスは、手に「ニホントウ」を持ってミトラとフェットチーネを見ていた。
 手にする刀は、兄が使っていた物ではなかったか!?

「別に良いわ。アンタのを見てるだけで、充分気が済んだ。それに元々、私はアンタのフォローでここに居るから」

 そうタリスはフェットチーネに答える。
 その後にミトラを見て、「フォローは必要無かったけどね」と続けた。
 それから「ニホントウ」にタリスが話しかける。

「アンタはどうなの? ベニオトメ」

「私もタリス様に賛成です。ご主人様の無念を奥方様が晴らす。これほど胸のすく構図はありません」

 その紅乙女の言葉を、タリスは苦笑しながら修正する。

「無念ってアンタ……そもそもアイツはまだ死んでないでしょ」

「そうでした、失敗失敗。てへぺろ♪」



 その時、表で自動車が数台止まる音が聞こえ、複数人が降りる気配がした。
 やがて、フェットチーネが入って来たのと同じ方向から、新たな人物達がやって来る。
 後ろに舎弟を数人引き連れたその集団の先頭に立つのは、頭以外を全身鎧で身を包んだ髭面のヤクザ、バローロ。

 そしてその隣にいるのは、車椅子に座った人物。横には点滴を吊るす器具。それも舎弟の一人が運んでいる。
 車椅子を押すのは、フェットチーネも見知った少女、ブラン。
 そしてその車椅子に座る人物こそ──。

「ショウ!!」

 その男を見て、フェットチーネは思わず叫んだ。
 そのマロニーを自称する男の名前を。
 本当の名前を。

 その車椅子の男は、左手を失い顔の右半分を包帯でおおった男は、黙ってフェットチーネを見つめる。
 その左の眼からは涙が一雫ひとしずく
 車椅子を押していたブランが話しかける。

「ショウ……。それが自分の本当の名前なんやな、マロニー」

「…………そうだ」

 ようやく、絞り出すようにブランに答えるマロニー……ショウ。
 その彼の姿を見て反応した者がもう一人。

「テメエ……兄貴! このクソ雑魚がよくもテメエええええええェェェェ!!」

 ミトラがえる。
 だがそれもフェットチーネが、グリグリと足のおさえつけを強めると、苦しげなうめき声に変わった。
 それでもミトラは息もえに続ける。

「テメっ……こっち来い! ……タイマンでっ……勝負……しろっ……卑怯モンがッ!」

 兄は、マロニーいやショウは、ミトラの言葉に眉一つ動かさない。
 やがて静かに答える。

「相変わらず、自分勝手なガキの理屈ばかりほざく奴だ。卑怯? お前にだけは言われたくないな」

 そして続ける。

「南米で俺とエヴァンにけしかけた魔物女は何匹だった? “騎士団”を掌握しょうあくするときも不意打ちで何人も突入させてきたよな? ロングモーンと戦っていた俺達の後ろから不意打ちするのはなんだよ? そもそも故郷の村で、俺一人に手下を何人もけしかけて、魔物のえさにしたのは?」

 そこまで言うと、視線を少し上に向けた。
 何処どこを見るとも無しに。

「まぁそういう事で、お前が何を言おうと俺は何も良心の呵責かしゃくを感じないし、何の引け目も感じない」

 そこまで言うと、再びミトラを見た。
 いつしか兄の、マロニーの、いや、ショウの近くにビッグママとクラムも立っている。
 皆、黙って二人のやり取りを聞いていた。

「ついでに言うと、実はもうお前に憎しみすらも感じない。もっと言うと、憎しみを感じる価値すら無いと思ってる」

「なん……だと……テメエ」

「ムカつくなら、勝ってここまで辿り着け。お前の好きな物語の主人公的シチュエーションだ。フェットやタリスを倒して悪のボスの俺を殺すんだ。燃えるだろ?」

「ふざ……けるな……! そんな勝手な理屈……ッ!」


 だがその時突然、誰の耳にも全く聞き覚えのない声がその場に響き渡る。
 いや、一人だけその声に心当たりがある者が居た。ミトラだ。

「ふふふ……ハハハハハハ! もはやこれまでのようだな! 結局、この程度の逆境も乗り越えられぬ男だったとは、とんだ見込み違いであったわ!」

 その声と共にミトラの手足から勝手に離れた、プロテクターに身を変えていた魔剣イミテーションブリンガーは、ひとりでに元の形に戻る。
 そして切っ先を下に向けると、ピタリと空中に静止した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...