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最終章 汚くも真っ当な異世界人ども

第116話 「恋人たちへの距離(でぃすたんす)?」…えんじょい☆ざ『異世界日本』編

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※109話の続きになります。


*****


「クラムさん。クラムチャウダーさん。なんも無かったですか? ミトラなんかに心奪われたりしてへん?」

「大丈夫ですよう。フェットチーネさん心配しすぎ」

「アイツの性質たちの悪さを甘く見とったらアカンよ、ほんま。みんな分かっててもあの“力”にやられてしまうんやから」

「もう、本当に大丈夫やって。それじゃフェットチーネさん、学校行ってきますね~」

 あれからフェットチーネさんは毎日のように私達の部屋に来て、私のことを心配してくれます。
 有り難いのは有り難いんだけど、ちょっと重いかなぁ~……。


 いやでも本当、ミトラさんがそうやとは思わへんかったなあ。まだ実感かないわぁ。
 フェットチーネさんの旦那の弟で、性格最低なDV男だなんて信じられへん。
 というか、ブランちゃんも知らへんかったんやろか、ミトラさんのお兄さんがフェットチーネさんの旦那さんやったって。



「どうしたクラムチャウダー。俺の顔に何か付いてるのか?」

 ついマジマジとミトラさんの顔を私は見てしまう。
 そしてそんな私をいぶかしんで、ミトラさんは私にたずねる。
 私は慌てて照れ隠しをよそおって答えた。

「え? ああいや何でも無いねん。相変わらずミトラさんはエエ男やなあって」

「フッ……。おだてたって何も出ねェぞ?」

「はいはい」

 最近は住んでるアパートから少し離れた場所でミトラさんと落ち合っていたのは、ママからの依頼がバレないのには好都合だ。
 そういえばもうすぐ期末テストやなあ。
 昼と夜のダブルスクールやから大変や。
 そうボンヤリと考えながら道を歩く。

 ミトラさんは例の黒い剣を、私が作ったゴルフバッグに入れて肩に担いでいる。
 一度、私が興味深げに観察しようと近づいたら、凄い剣幕けんまくで怒られたっけ。
 これは魔法の剣で危ないシロモノなんだーって。

「そういえばもうすぐクリスマスだな」

「へ? クリスマスって何でしたっけ?」

「……あー。何というかアレだ。クリスマスなんてのは正直どうでも良いんだ。まぁ深い意味は無いんだが、たまには食事でも一緒にどうかな、とな」

 私は小首を傾げてしばし黙考もっこう
 そしてポン、と左の手の平を右のゲンコツで叩いた。
 それから右の人差し指を立てて口元に持っていき、悪戯いたずらっぽくデュフフと笑う。

「もしかして、デートのお誘いってヤツですかあ?」

 ミトラさんは表情を出さずに、真剣な目つきでこちらを見つめた。
 朝の光がキラキラと光って、雰囲気はそれなりに割り増しになっている。

「まあ、お前と会えたのも何か運命的なモノを感じるしな。それに学校の勉強も頑張ってる。だからたまには、だ。たまにはな。食事でも一緒にして慰労いろうでもした方が良いかと、な」

 『運命』そうミトラさんに言われた時に、ゾクりと背中を走るものがあった。
 そして胸に込み上げる何か。

「ふーん」

 私は短くそう言うと、人差し指をそのままほほに当てて、視線を上にしながら思案する。
 しばらくそうしながら歩いて、とりあえずは無難な返事。

「ん~。学校とかブランちゃんの予定とかを確認してからやないとな~。まぁでも、すぐには返事出来ひんけど、前向きに検討させてもらいますね」


*****


「『“彼”から、クリスマスデートのお誘いあり』、と」

 専門学校の休憩時間に、そうSNSでメッセージを打つ。
 すぐにブランちゃんから、返事が返ってきた。早っ!

──ヤバない?

 フェットチーネさんもそうやけど、ブランちゃんも心配症やなぁ。
 そう苦笑いしながら、こちらも返信。

『大丈夫だってば。あんなんに引っかかる女と違うよ、私』

──ホンマに気ぃつけや。

『了解』

 最後にブランちゃんにそう返信を打って、私は次の専門学校の授業の準備を始めた。
 今朝のミトラさんを思い出す。
 背中に走るゾクゾクしたものと、胸に込み上げる何か。

 私は思わずため息をついた。
 いややわぁ。


*****


「あ~しんどいわ~~~~」

 今日も今日とて混み合った電車で帰るのツラたんよ。次に止まる駅で、座席が空かないかしら。
 そう疲れた思考と共に、溜め息をつきながら独り言ちる。
 隣を見ると、相変わらずムスっとした表情で吊革を持つミトラさん。

 私はこっそりその横顔をのぞき見る。
 まぁ、人間基準ならかなりのイケメンではあるわよね。
 実際、電車に乗ってる女の人は、大抵がミトラさんにチラチラと視線を送っている。
 大体の女性が、口元をゆるめてもいる。顔を赤らめている人も居る。
 私の様子に気が付いたミトラさんが、怪訝けげんな様子で私に訊ねた。

「どうした、俺の顔をジロジロ見て」

「え? ああ、いやあ。やっぱりミトラさんってイケメンやなぁって」

「ふーん」

「エルフなんを差し引いても、かなりイケてる思いますよ。女の人に不自由した事無いんと違います?」

「さぁな。どうでも良いだろ、そんな事。面白おもしれェこと言う女だな、お前」

 ゾクっ。
 咄嗟とっさに私は表情の変化を悟られないように、ミトラさんから視線をらした。
 更に正面を向いて表情を抑える。

「そ……そそそそそそそう? 気のせいとちゃう?」

 視線だけをもう一度ミトラさんに向ける。
 ミトラさんはイヤらしい視線を向けながらニヤニヤと笑っている。
 女の人を捕食する時の表情なんだと、頭の中の冷静な部分では理解出来る。
 普通の男の人なら、女性に生理的嫌悪感を与える表情だ。
 でもミトラさんならそんな表情さえも、人間の女性には魅力的なイケメンオーラを感じさせるものになるのだろう。
 そして本人もそれを、自信たっぷり十二分に理解している顔だ。

 それが証拠に、ミトラさんをチラチラ見てる女の人が私に向ける視線の刺々とげとげしい事!
 いややわぁ。


 それから私達二人は、何も言わずに黙りこくったまま、電車に揺られ続けた。


*****


 アパートの近く、朝に合流している地点まで来た。
 今日ばかりはすぐに別れの挨拶あいさつを言わず、その場に私は立ち尽くす。
 ミトラさんも黙って私を見つめている。
 やがて私は意を決して話を切り出した。
 なけなしの勇気を振り絞って。

「あー……えっと……その……。み……みみみみみみミトラさん、あのそのっ!」

 ミトラさんは黙って私を見ている。
 ニタニタとイヤらしいのに、魅力的に感じさせると自分で確信している、その笑顔で。
 私の背筋にゾクゾクを与えて、胸に込み上げるものでドキドキさせる、その態度で。

「あ……朝のお誘いですけど、その……予定空いてるので、よろしくお願いしますっ!」

 それを聞いたミトラさんが、勝利を確信した顔をした。
 そして、今まで見た事無いほどの機嫌の良い笑顔を浮かべて言い放った。

「はははははは! 任しとけ! きっと忘れられない夜にしてやるぜ! 約束する!!」

 私はすぐにミトラさんに背を向けて、自分のアパートに向かって駆け出した。
 ゾクゾクとドキドキが止まらない。
 最後のミトラさんの表情を思い出す。
 私をモノに出来たとの確信に満ちた、自信にあふれた肉食獣のような笑顔を。

 
 私も、全てがガッチリと噛み合い組み込まれたような感覚を覚えながら、ドキドキしながら部屋に駆け込んだ。

 いややわぁ。
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