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第二章 異世界編

第26話 ─ 筋書き通りにいかぬ戦いは ─…ある男の独白

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 まずは皆、七~八割程の速度で駆け寄って行く。

 身体強化魔法の力が上乗せされているので、これで丁度、魔法が乗って無い状態での全速力ぐらいの速さだろう。

 それでも、身に付けている装備の重さの関係上、俺とキャンティさんが先行する形になる。

 俺とキャンティさんは、すぐに左右に分かれて魔物の側面に回り込んだ。

 俺は魔物の左に。彼女は右に。

 無詠唱魔法の攻撃を警戒していたが、魔物はまずはこちらに近寄ってきて、両腕を振り回して俺とキャンティさんを攻撃してきた。

 無詠唱魔法にしても、この魔物は何かの「溜め」が必要なのか。

 ここで俺達前衛は一気に動きを加速。
 俺とキャンティさんの遊撃組は、振り回された魔物の腕を危なげなく躱す。

 そして俺はそのまま魔物の懐に入ろうとして……そうはさせるまいと魔物が俺に足払いをしてきた。
 やむなく後ろに下がって足払いを避ける。

 キャンティさんは懐に入れたようで、武器の小剣を突き立てていたが、ほとんど刃が通らなかったようだ。

 武器強化の魔法がかかっていてもコレなのだとしたら、相当な硬さだ。
 恐らくは表面の毛に邪魔されたのだろう。

 だがしかし。俺とキャンティさんの攻撃力の差を見切っての今の行動だとしたら、この魔物はかなり頭が良いと思われる。

 正面から駆け寄っていたリッシュさんとベッコフさんの主力二人は、魔物が振り回す剛腕になかなか近づけないでいた。

 と、俺のすぐ後ろ、魔物の側面に土壁が隆起した。恐らくはフェットの仕事だ。
 俺は土壁の後ろに身を隠す。それを見咎めた魔物は、すぐさま左手を振るって土壁を破壊する。

 だが土壁は二重に作られていた。
 もう一つの、壊された壁の後ろに作られていた壁は階段状になっていて、俺はそれを既に駆け上っていた。

 土壁を破壊するために振るわれた、魔物の左腕に向かって俺はジャンプ。
 落下の勢いを乗せて、両手に持つエストックを魔物の左腕に振りおろした。

 ガツッという感触が両腕に伝わる。

──くそッ、この手応えだと擦り傷程度の傷しか与えられてないな!

 着地と同時に身体を回転させて受け身を取る。
 素早く起き上がると俺は魔物の背後に回った。

 狙うは魔物の踵。アキレス腱だ。

 うまい具合に魔物は、リッシュさん達に足払いをかけていた。

 俺は魔物の軸足のアキレス腱に斬りつける。
 さっきの左腕以上に硬い感触。だがこれは予想出来た事だ。

 ダメージが通って無いから俺を無視してくれるかと期待したが、さすがに魔物はこちらの意図を読み取っている。

 すぐに拳を俺に撃ち下ろしてきて、俺をその場から離脱させる。


 とにかくまずは魔物の機動力を奪って、動けなくする事が最優先だ。そしてそれを理解している魔物が、防ぐべき優先順位も同様だ。

 とにかくこちらの有利は、数を活かした多方向からの攻撃。

 向こうの有利は攻撃範囲の広さと膂力の高さ、そして頑健さ。

 魔物の攻撃を喰らわず、かつその懐に潜り込む為に、ギリギリを見極めながら躱す。
 当たればタダでは済まないという恐怖を皆が抑えながら、恐怖を操りながら、僅かなダメージを刻んでいく。

 と、魔物の顔面に白いもやが貼りついた。キャンティさんがかけた魔法のようだ。

 障壁の内側には入らないが、障壁の外部を漂う分には無効化されない。
 強大な魔物に正面からかけても効く、数少ない魔法だ。
 視界に制限がかかる効果を与えるものだ。

 ただし、激しく動く頭に狙いを定めるのは、相当に至難だった筈だ。
 しかし、これだけ早くかけられるタイミングを見つける事が出来るのが、熟練の目というやつなのだろう。

 魔法をかけたキャンティさんはその後、武器を弓に持ち替え、魔物の顔面を目掛けて矢を打ち始めた。
 目に当たれば良し。そうでなくとも目の周辺に当たる矢は鬱陶しかろう。


 気がつけば周囲には、大小様々な土壁が乱立している。

 俺達は壁に隠れながら攻撃する。なるべく前に斬りつけた箇所と同じ所を突くことで、ダメージを蓄積させていく。
 時に俺とキャンティさんの遊撃組が、土壁の上から攻撃を仕掛けたり牽制を行なったり。

 魔物は俺達への攻撃の他に、土壁を破壊する事にも意識を取られ始める。
 実際、魔物の剛腕ひと殴りで、土壁はアッサリ崩れ去っていく。

 だがこれは更なる布石のひとつ。

 魔物が土壁を破壊していくうちに、フェットの思惑通り……恐らくはラディッシュさんの思惑通りでもあるだろう、足元の地面が瓦礫でガタガタになってきた。

 魔物の移動が幾分鈍くなってきている。

……そして、長剣から戦斧に武器を持ち替えていたリッシュさんの一撃が、ついに魔物のアキレス腱を切断した。

 苦痛の響きをこもらせた叫びを魔物があげ、片膝をつく。
 俺達は追撃をしようと、油断無く周囲を取り囲んだ。



 そのとき……魔物の頭上に、突然巨大な火球が現れた。

 それがすぐさま魔物に叩きつけられる。
 それは最初のクソガキの第一撃と違い、魔物の魔法障壁は全く反応せずに魔物本体に当たった。
 のみならず、その火球の巨大さは周囲の俺達まで巻き込んだ。

 この辺り一帯を焼き尽くす爆発的燃焼。
 俺達の身にかかっていた魔法障壁を削り尽くしてなお、致命的なダメージを与えてくる紅蓮の炎。
 俺は、爆炎に吹き飛ばされながら、魔物も焼かれているのを見て目を見張る。

──火球が魔物の障壁をすり抜けた!?

 この魔物との戦いに集中するあまり、すっかり失念していた。ヤツの存在を。
 だが、そこまで気を回す余裕など無かった。
 この強力で強大な魔物相手に、そんな余裕を持つことなど出来ない。
 出来るわけがなかった。

──ミトラ、貴様やはり最初から!!

 ヤツの火球はこの空間一帯を、魔物を、俺たち全てを焼く尽くした。



 周囲の木はまだ燃えているが、広場は燃焼物が無い為にすぐに炎がおさまった。
 巻き込まれた俺たちと魔物以外には。

「んー、ご苦労ご苦労。俺のために命を張ってこの牛の足を止めてくれて。
 キミ達の尊い犠牲は、我輩が森から出るまで忘れないよってか? ヒャハハハハ!」

 地面を転がって、我が身の炎を消していた俺は、声のした方へ目を向けた。
 ヘラヘラと下卑た笑いを浮かべて、こちらを見下すエルフ。
 ヤツの足下に倒れている黒コゲは、あのクソガキではなかったか!?

 ミトラは、足下の黒コゲを思い切り蹴飛ばして、こちらに移動させた。

「足手まといも始末できたか。やはり俺は幸運の女神に愛されてるぜ!」

 そしてヤツは呪文を唱えると、再び火球を俺たちの頭上に作り出す。

「それでは諸君、短い付き合いだったがこれでお別れだ!」

 そう言って、ヤツは火球を再び俺たちに落とした。


……フェットチーネ!!
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