上 下
101 / 128
第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第100話 ─ ホワット・ア・ワンダフル・ワールド ─…ある男の独白

しおりを挟む
「話は聞かせて貰ったわ。その話、私達も乗らせてもらう」

 声のした方へ顔を向けると、部屋の玄関にマルゴとアマローネの二人が立っていた。
 二人は狭い俺様の部屋に、無遠慮にズカズカ入って来る。

「SNSで下町の騒ぎを知ったんだけど、あそこ、スマホ持ってる人が少ないでしょ? 貴方マロニーなら何か知ってるかもと二人で来たら、貴方達の話が聞こえたの。立ち聞きさせて貰ったわ」

 そう言いながら部屋の隅に移動して、当たり前のように立つアマローネとマルゴ。
 アマローネは腰に手を当て、こちらをジロジロ見ながら独り言ちる。

「ふーん。マルゴをお持ち帰りした時、別人みたいだと思ったけど、本当に別人だったとはね」

「別人でもあり、本人でもあるのが、我ながらちょっとややこしい状況でね。……おい、マロニー!」

 そう言って強引に代わる相棒。
 表に出た俺様は、バツの悪い思いでとりあえず皆に挨拶した。

「あー……。皆さんコンニチワ、はじめましてマロニーです……」

「何を馬鹿な事言ってんのよ、マロニー! 凄いわね、見た目は全然変わってないのに、マロニーにしか思えない」

「えーと、一応本人なので……」

「ふーん、まぁ良いわ。私達もその生贄ってやつになってあげる。……いえ、ならせて」

 それを聞いて俺様も相棒のように慌てる。
 アマローネに焦って叫んだ。

「いや! いやいや! そこのマルゴって女の事情は聞いたから、まだ分からなくもねぇけど、オメエが生贄とか訳わかんねえよアマローネ!?」

 だがアマローネは、静かに俺様に告げた。

義姉あねのアマレットの仇を討ちたいの」

「な……オメエ、知っちまったのか!?」

「マルゴから聞いたわ」

 アマローネは、カリラと同じくらい目の輝きを宿して俺様に言う。
 腕組みをして、他人の意見を断固拒絶する態度で。

義姉あねがどんな殺され方をしたのかも、ね。裏稼業の連中がそういう殺され方をする事もあるかもしれないけれど、アマレットがそんな殺され方をされるいわれは無い」

 そしてアマローネもまた、さっきのカリラと同じように、大きく口を開けて歯を剥き出して食いしばる。

「私をあんなに苦労して育ててくれたアマレット義姉ねえさんを、むごい殺し方で死なせて……。あのカス男のミトラにむくいを受けさせてやりたい。シャーロットも破滅させてやりたい!」

 俺様は無駄だと知りつつも、アマローネをいさめる。

「アマレットは、オメエが死んでまで仇を取ってもらう事を望んじゃ……」

「あの二人が、のうのうと生きているのを見ながら生きていくのが、幸せとは思わないわ、私」

「アマレットの仇を取って、高笑いしながら生きて行くってのも……」

「私は、それなりに生きたいように生きてきた。死ぬ時も、死にたいように死ぬわ」

 それを聞いて、俺様の奥で相棒は考え込む。
 俺様も天井を振り仰いだ後、三人の女達にこう言った。

「すまねえ。ちょっと外をぶらついて、考えをまとめてくる」


*****


 日がかげり、街は黄昏に染まって夜の準備を始めている。
 俺様は、破壊された下町に来ていた。

 人気ひとけの無い、瓦礫がれきばかりが転がる下町。
 その瓦礫の影で、行く当ての無い人々がうずくまったり寝転がったりしている。
 俺様はその中の薄汚れた若い男が、ぼんやりと街の上流層向けの繁華街を見ている事に気がついた。

 煌めくネオン。微かに聞こえる、雑踏のざわめき。
 同じ街なのに、あまりにも遠いその光景。
 だがコイツ等に何もできない俺様は、きびすを返して繁華街に足を向けた。


 騒々しい人混み。明るい足元。灯り一つ無い下町とは別世界だ。
 身なりの良いスーツに身を包んだ、金の匂いを撒き散らす男。それに群がる女達。
 その女の中には、昼間のガールズトークと称した井戸端会議で、男なんて、如何わしい繁華街なんて、と罵詈雑言の限りを尽くしていた者が何人も居た。

 と、通りすがりの誰かに肩をぶつけられて、思わずよろめく。
 見ると高そうな毛皮に身を包んだ女が、汚物を見る目で俺様を睨みつける。
 コイツは以前、動物愛護で毛皮のコートを着ることに反対していた女ではなかったか?

 今度は後ろから蹴り付けられた。
 振り返ると、これまた女を引き連れた男が、さげすんだ目で俺様を見下げる。

「邪魔だ。どけ」

 そう言ってから俺様に唾を吐き捨てる男。
 はべる女は誰一人俺様を見ない。
 俺様は唾を拭うと立ち上がり、埃を払って歩き出す。
 払った埃に顔をしかめる周囲の人々。


 シャーロットの家がある、高級住宅街まで来た。
 さすがに表は街灯以外に灯りは無いが、あちこちの家の窓から明るい光が漏れている。
 シャーロットの家の前まで来ると、彼女の声が聞こえてきた。このエルフの身体でなければ聞こえなかった声。
 ふと気配を消すと、何となく家の敷地に侵入する。簡易な警報しか取り付けていないから、回避も大したことは無い。
 明かりの漏れる窓のそばに近寄り、聞き耳を立てる。

「……そうなのよ、ミトラったらすっかり鼻の下を伸ばしてさ。『俺の身体が忘れられなかったんだな』って。バカよねー!」

 どうやら電話で会話しているらしい。
 シャーロットは、メールやチャットよりも電話派か。

「……うん。……うん。そうそう、あの炎の女。そそ、アイラ。それをこれ見よがしに出してよ。『こうすると男を寝取った感じがして燃えるだろ』って」

 相棒が俺様の奥で、ざわりと怒りを起き上がらせる。
 俺様は胸の内で相棒をなだめながら聞き続ける。

「そうなのよ。あの人の……ボスの子供が出来たと分かった時は、どうしよかと思ったけど。これでミトラに……うんそう。明日辺りに、アンタの子供よって言ってやるつもり」

 俺様は聞きながら目を閉じた。
 こんな浅ましい人間が、平然と笑って暮らしている現実に目眩めまいがしそうだ。

「……そうね。これを機会にミトラにやしなってもらって、気楽に生きるのもありかもね。まぁ悪魔退治の報酬を上げてもらうように、ミトラに交渉させたら何とかなるんじゃない? それでさ、聞いてよ……」

 話にウンザリした俺様はその場を離れた。
 ぼんやりとしていた自分の気持ちが、今はハッキリしているのを感じる。
 俺様は自分のアパートに戻ることにした。


 帰宅途中に、ミトラの事務所の前を通りがかる。
 入り口に炎でできた人型が立っていた。
 ミトラは女を抱く時だけ、この炎の人型を出すのを俺様は知っている。
 そしてそれが、外敵から身を守るための警報だという事も。
 敵意を持つ者がやって来たら、この人型が自動で敵を迎撃するのだ。

“ミトラの奴、また事務所に女を連れ込んでいるのか”

 相棒が人型に意識を向けながら、そう思考する。
 近寄ると案の定、中からミトラの声と女の声が聞こえてきた。

 この街には水商売女は居ない。
 つまり、どこぞの女が不貞を働いているという事だ。
 浮気をする男は最低だが、女はどうなのだろう。最近は特に騒がれない気がするな。

 女の多いこの街に身体を売る女は居ない。
 だが男に貢いだり等で、金で身を持ち崩す人間がいるのは女も共通だ。
 だが男なら肉体労働の道があるが、身体を売る事が出来なくなった落ちぶれ女が、この街でどう借金返済するのか。
 シャーロットの団体とフェミニスト系を標榜している団体がすくい取るのだ。
 己に絶対服従の兵隊にする為に。
 そんな彼女達は、生贄に捧げられると知っても動く事はできまい。

 しかし、事務所の中からの声に構わず俺様は、炎の人型に近づき目の前で立ち止まる。
 そして相棒に主導権を明け渡した。

「アイラ……」

 相棒が炎の人型に呼びかける。
 人型が揺らめき、こちらを向いたように見えたのは、俺様は錯覚だと思う。
 だけど、それを伝えるヤボはしない。

 相棒は人型に手を伸ばす。
 手のひらにジリジリとした熱さが伝わる。
 やがて相棒は手を引っ込めると、その手を握り締めた。
 そして決意を込めて歩き出す。
 一度だけ、炎の人型を振り返った。



 そうだな、もう悩むべき時も迷うべき時もすでに俺様達には過ぎ去っていた。
 あとは腹を決めるだけだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

ぼくの姉は世界最強の師匠!-お姉ちゃんが立派な男にしてあげる!!-

さいとう みさき
ファンタジー
お約束の平凡な村に「魔王」覚醒!しかも覚醒したのは13歳の女の子ミーニャ!?  「だからね、あたしが世界征服してソウマ君をお嫁さんにもらってあげればもう誰にもいじめられずに済むのよ! ね、いい考えでしょ!? だからしばらく村を出るけどソウマ君、必ず迎えに来るから待っていてね!!」 そんな訳でご近所迷惑勃発! 「魔王」になったミーニャに村は騒然!! 「ご近所の国に迷惑がかかる! 早くミーニャを連れ戻さんかあっ!」長老に言われこの村最強の剣士のフェンリルはこの村で一番弱い弟のソウマを引き連れて魔王ミーニャを連れ戻す旅に出されちゃう。 道中長老に言われ村で一番弱い弟のソウマを鍛えて立派な男にする為にフェンリルはもう「はぁはぁ♡」しちゃってるし!? 「ソウマは私が立派な『男』にしてあげるからね!!」 勇者の名もなき少女と魔王との戦いから1300年後の世界で姉弟の、いや師弟の珍道中の物語である。

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

追放から始まる新婚生活 【追放された2人が出会って結婚したら大陸有数の有名人夫婦になっていきました】

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
 役に立たないと言われて、血盟を追放された男性アベル。 同じく役に立たないと言われて、血盟を解雇された女性ルナ。  そんな2人が出会って結婚をする。 【2024年9月9日~9月15日】まで、ホットランキング1位に居座ってしまった作者もビックリの作品。  結婚した事で、役に立たないスキルだと思っていた、家事手伝いと、錬金術師。 実は、トンデモなく便利なスキルでした。  最底辺、大陸商業組合ライセンス所持者から。 一転して、大陸有数の有名人に。 これは、不幸な2人が出会って幸せになっていく物語。 極度の、ざまぁ展開はありません。

世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ
大衆娯楽
ワンマンライブを目前に控えたバンドマンの主人公は、ある夜に酔いつぶれた女を家まで連れて行き介抱した。コートのポケットには「ジョニー・ウォーカー」と書かれた名刺があった。翌朝、女の姿は無く、さらに愛用しているギター、リッケンバッカーも無くなっていた。手がかりはジョニー・ウォーカーという名刺のみ。ギターを取り戻そうと主人公は動き出すが……

強制力が無茶するせいで乙女ゲームから退場できない。こうなったら好きに生きて国外追放エンドを狙おう!処刑エンドだけは、ホント勘弁して下さい

リコピン
ファンタジー
某乙女ゲームの悪役令嬢に転生したナディア。子どもの頃に思い出した前世知識を生かして悪役令嬢回避を狙うが、強制力が無茶するせいで上手くいかない。ナディアの専属執事であるジェイクは、そんなナディアの奇行に振り回されることになる。 ※短編(10万字はいかない)予定です

処理中です...