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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編
第78話 ─ 上を向いて歩こう ─…ある男の独白
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連中は、俺達二人に銃を突きつけて何処かへ誘導する。モルガンも一緒だ。もちろん連中に混じってだが。
貧民街の中をクネクネと歩き回る。
殆どの大人は、死んだ目をしながらぼんやりと過ごしている。子供だって、棒のような手足をしてこちらを不安げな目で見つめている。
貧しい暮らしでも子供は元気に遊んでいる、なんてのは豊かな国の人々の幻想だ。
やがて貧民街の外れにやって来ると、中では見かけなかった物乞いの姿が目立ってきた。子供の物乞いも多い。
だがこの物乞い達もこの地を取り仕切る裏組織にやらされているに過ぎない。
物乞いに施した金は、組織にピンハネされて、奴等の手元には残らない。そういう仕組みだ。
貧民街を抜け、近くの森の中へ移動する。
遠くに海外資本の工場がいくつか見える。国営のバイオマス燃料工場も。
連中はそれらを見るや、忌々しげに毒づき、何人もの男が地面に唾を吐き捨てた。
そしてやってきたのは、森の中の古ぼけた倉庫。入り口には、ライフルを抱えた見張りが立っている。
俺達は男共に小突かれながら中へ入った。
中には、偉そうに腰に手を当てて踏ん反り返っている大柄な男と、隣に控える小柄な男、その男二人をを中心に周囲を取り囲む、何人もの男たち。モルガンは壁際に寄りかかって俺達を見ている。
その踏ん反り返った男を見て、エヴァンが呻く。
「クエルボ、アプルトン……」
腰に手を当てて踏ん反り返っている方が口を開いた。コイツがおそらくクエルボか?
男はエヴァンを見ても表情を変えない。
あまり再会を喜ぶつもりは無いようだ。
「久し振りだな、エヴァン。俺達の後ろを付いて回るだけだったチビ助が、デカくなったもんだ」
「これは一体、何の真似だよクエルボ。久し振りの再会なのによ、俺ッチは悲しいぜ」
「うるせえ。この町から逃げ出したお前が、馴れ馴れしく俺様を呼ぶんじゃねえよ」
何人かから拳銃を押し付けられて、黙り込むエヴァン。
どうやらコイツらは、エヴァンが“騎士団”に拾われたのに嫉妬しているらしい。「なぜ俺ではなくエヴァンなんだ」と言いたい気持ちが透けて見えるようだ。
クエルボらしいボス格の男が、今度は俺に顔を向けて口を開く。
「この耳長の澄ました顔の男が、いまお前が尻を追い掛けている相手か」
なぜ俺がエルフだと分かるのだろうか?
ナラケンの山中で日本刀の訓練をしている時に、ビッグママに耳隠しの魔法をかけて貰った筈なのだが。
俺の顔を見慣れている“騎士団”の連中は、そもそも俺の耳など気にしてないから効果は分からないが、本当に機能しているのか?
「上から話を聞いていたから何とか分かったが、目立つ耳をしている割に妙に分かりにくい奴だな、テメエ」
機能はしているようだ。
意識を逸らすだけだから、ソレと意識して見るとすぐに分かる、とはビッグママの言だったか。
「上……“騎士団”の下請けか、お前達は」
「名前なんざ知らねえ。上は上さ」
俺にも銃が押し付けられる。チッ。
さて、上手く情報が引き出せると良いが。
すぐにエヴァンが、銃にも構わず叫んだ。
「おいクエルボ、もしかして女子供の売り買いに関わったりしてねえよな!?」
「だったらどうする?」
「お前マジで言ってんのか!? 俺達がガキの頃、自分の子供を売っぱらう大人どもを、お前はあんだけ憎んでいたじゃねえか!!」
エヴァンの言葉にクエルボの顔が歪んだ。どうやら奴の虎の尾を踏んづけたようだ。
怒りに顔を赤くしたクエルボが何かを口にしようとする。だがこの男の前に、小柄な方の男が割り込んできた。
視線でクエルボを制すると、エヴァンに向かって忌々し気に話す。
「何も知らずに綺麗ごとを抜かすなエヴァン! 運良くこの町から逃げ出せたお前には分かるまい!」
周囲の男達もそれに同調して、怒りのボルテージがあがったようだ。
何となく彼等の状況が理解出来てきた。
貧困から抜け出したくても抜け出せない、抜け出す方法が無い苛立ち。それからくる、状況を好転させることが出来ない閉塞感。そこから抜け出せた者への嫉妬。
俺は、故郷のエルフの村でいつも感じていた感情を思い出す。
何をやっても身を結ばない努力。冷ややかに俺を見る村人。そして溜まっていく、ドス黒い何かの感情。
ただ、理解は出来る。理解は出来るのだが。
「『貧乏から抜け出す努力をしろ』と恵まれた連中は良く言うがな、何を努力したら良いんだ!? 『勉強をしてこなかったのが悪い』どこに勉強をさせてもらえる場所がある!? どこに勉強をさせてもらえる余裕がある!?」
小柄な男は強い調子で話し続ける。溜め込んだ怒りを解き放つ機会を得たかのように。
怒りをぶつける先が間違っている。だが良くある話だ。
本当に怒りをぶつけられなければいけない奴ほど、自分への怒りを別の相手に擦り付ける術に長けているからな。
男はエヴァンに怒鳴り続ける。
「他に金を得る手段が無いんだよ! 一体俺達に何が出来たっていうんだ!!」
「売られた人間がどんな目に合ってるか、考えたことはねえのかよ!?」
「お前は俺達がどんな目に合ってるか、考えたことはねえのかよ!?」
「売られた奴等は、生きたまま切り刻まれて殺されているんだぞ!!」
息巻いていた小柄な男が一瞬黙った。周りの男共も困惑に包まれた。
小柄な男が──アプルトンと言ったか──途切れ途切れに言葉を吐き出した。
「皆が皆………殺されているわけじゃ……ねえだろう」
「全員が殺されるんじゃなきゃ良いってのかよ?」
アプルトンは目を閉じて顔を歪める。
今まで頭に浮かぶその考えから目を逸らしていたのだろう。周りの男達の顔も苦し気だ。
だがとうとう現実が、奴の首根っこを押さえに来る時が来たのだ。
アプルトンは頭を抱えて、絞り出すようにエヴァンに話す。さっき話した事と同じ内容の話を。
「他に……金を得る手段が……無いんだよ……。俺達に……俺達に何が出来たっていうんだ……」
「だからって、人を売り買いする奴らの片棒を担ぐことは無いだろう。アイツ等がどんな風に殺されたか教えてやろうか? 椅子に縛り付けられて、最初はハサミやペンチで乳首をちょん切ったり爪を剥がしたり……」
そう言うエヴァンの言葉を遮るように、クエルボが言葉を差し込んで来た。
表情は相変わらず無表情のまま。
ここに至るまでに、この男に何があったのだろう。
「エヴァン、止めろ駄目だと言うなら、止めた後どうしたら良いのかも言わなきゃ、何にもならねえぞ。金持ちに拾われて、頭の中身まで育ちの良い坊ちゃんになったか」
「それは……」
今度はエヴァンの言葉が詰まった。
こいつ等は、もしかしたら俺が辿ったかもしれない別の可能性なのかもしれない。
俺もたまたま人に恵まれたから、ここに居る。
だがあの農村の爺さんが居なかったら?
リッシュさんではなく別の冒険者達だったら?
……フェットが俺の所へ話をしに来てくれてなかったら?
そんな可能性の事を考えていると、クエルボは続いて話をしていた。
「ここへ来る途中に工場が見えただろう。一応、まっとうな働き口だ。ロクでも無い場所らしいけどな」
クエルボは目を閉じる。
エヴァンより数才上のはずだから、まだ若いはずだ。だが長年の苦悩を抱えた年寄りのような雰囲気を醸し出している。
「だが俺達は、そのロクでも無い働き口にさえ就く事が出来ない。字が書けないから、書類を作れないからだ。あと、『頭を使って仕事を作り出せ』とも何度も言われた。どうやって仕事を作り出せばいいんだ?」
クエルボは再び目を開けた。
そして決然とした口調で話す。
「俺達には、真面目に働く事すら許されていないんだよ、エヴァン。なあ、お前はどうすれば良いと思う?」
貧民街の中をクネクネと歩き回る。
殆どの大人は、死んだ目をしながらぼんやりと過ごしている。子供だって、棒のような手足をしてこちらを不安げな目で見つめている。
貧しい暮らしでも子供は元気に遊んでいる、なんてのは豊かな国の人々の幻想だ。
やがて貧民街の外れにやって来ると、中では見かけなかった物乞いの姿が目立ってきた。子供の物乞いも多い。
だがこの物乞い達もこの地を取り仕切る裏組織にやらされているに過ぎない。
物乞いに施した金は、組織にピンハネされて、奴等の手元には残らない。そういう仕組みだ。
貧民街を抜け、近くの森の中へ移動する。
遠くに海外資本の工場がいくつか見える。国営のバイオマス燃料工場も。
連中はそれらを見るや、忌々しげに毒づき、何人もの男が地面に唾を吐き捨てた。
そしてやってきたのは、森の中の古ぼけた倉庫。入り口には、ライフルを抱えた見張りが立っている。
俺達は男共に小突かれながら中へ入った。
中には、偉そうに腰に手を当てて踏ん反り返っている大柄な男と、隣に控える小柄な男、その男二人をを中心に周囲を取り囲む、何人もの男たち。モルガンは壁際に寄りかかって俺達を見ている。
その踏ん反り返った男を見て、エヴァンが呻く。
「クエルボ、アプルトン……」
腰に手を当てて踏ん反り返っている方が口を開いた。コイツがおそらくクエルボか?
男はエヴァンを見ても表情を変えない。
あまり再会を喜ぶつもりは無いようだ。
「久し振りだな、エヴァン。俺達の後ろを付いて回るだけだったチビ助が、デカくなったもんだ」
「これは一体、何の真似だよクエルボ。久し振りの再会なのによ、俺ッチは悲しいぜ」
「うるせえ。この町から逃げ出したお前が、馴れ馴れしく俺様を呼ぶんじゃねえよ」
何人かから拳銃を押し付けられて、黙り込むエヴァン。
どうやらコイツらは、エヴァンが“騎士団”に拾われたのに嫉妬しているらしい。「なぜ俺ではなくエヴァンなんだ」と言いたい気持ちが透けて見えるようだ。
クエルボらしいボス格の男が、今度は俺に顔を向けて口を開く。
「この耳長の澄ました顔の男が、いまお前が尻を追い掛けている相手か」
なぜ俺がエルフだと分かるのだろうか?
ナラケンの山中で日本刀の訓練をしている時に、ビッグママに耳隠しの魔法をかけて貰った筈なのだが。
俺の顔を見慣れている“騎士団”の連中は、そもそも俺の耳など気にしてないから効果は分からないが、本当に機能しているのか?
「上から話を聞いていたから何とか分かったが、目立つ耳をしている割に妙に分かりにくい奴だな、テメエ」
機能はしているようだ。
意識を逸らすだけだから、ソレと意識して見るとすぐに分かる、とはビッグママの言だったか。
「上……“騎士団”の下請けか、お前達は」
「名前なんざ知らねえ。上は上さ」
俺にも銃が押し付けられる。チッ。
さて、上手く情報が引き出せると良いが。
すぐにエヴァンが、銃にも構わず叫んだ。
「おいクエルボ、もしかして女子供の売り買いに関わったりしてねえよな!?」
「だったらどうする?」
「お前マジで言ってんのか!? 俺達がガキの頃、自分の子供を売っぱらう大人どもを、お前はあんだけ憎んでいたじゃねえか!!」
エヴァンの言葉にクエルボの顔が歪んだ。どうやら奴の虎の尾を踏んづけたようだ。
怒りに顔を赤くしたクエルボが何かを口にしようとする。だがこの男の前に、小柄な方の男が割り込んできた。
視線でクエルボを制すると、エヴァンに向かって忌々し気に話す。
「何も知らずに綺麗ごとを抜かすなエヴァン! 運良くこの町から逃げ出せたお前には分かるまい!」
周囲の男達もそれに同調して、怒りのボルテージがあがったようだ。
何となく彼等の状況が理解出来てきた。
貧困から抜け出したくても抜け出せない、抜け出す方法が無い苛立ち。それからくる、状況を好転させることが出来ない閉塞感。そこから抜け出せた者への嫉妬。
俺は、故郷のエルフの村でいつも感じていた感情を思い出す。
何をやっても身を結ばない努力。冷ややかに俺を見る村人。そして溜まっていく、ドス黒い何かの感情。
ただ、理解は出来る。理解は出来るのだが。
「『貧乏から抜け出す努力をしろ』と恵まれた連中は良く言うがな、何を努力したら良いんだ!? 『勉強をしてこなかったのが悪い』どこに勉強をさせてもらえる場所がある!? どこに勉強をさせてもらえる余裕がある!?」
小柄な男は強い調子で話し続ける。溜め込んだ怒りを解き放つ機会を得たかのように。
怒りをぶつける先が間違っている。だが良くある話だ。
本当に怒りをぶつけられなければいけない奴ほど、自分への怒りを別の相手に擦り付ける術に長けているからな。
男はエヴァンに怒鳴り続ける。
「他に金を得る手段が無いんだよ! 一体俺達に何が出来たっていうんだ!!」
「売られた人間がどんな目に合ってるか、考えたことはねえのかよ!?」
「お前は俺達がどんな目に合ってるか、考えたことはねえのかよ!?」
「売られた奴等は、生きたまま切り刻まれて殺されているんだぞ!!」
息巻いていた小柄な男が一瞬黙った。周りの男共も困惑に包まれた。
小柄な男が──アプルトンと言ったか──途切れ途切れに言葉を吐き出した。
「皆が皆………殺されているわけじゃ……ねえだろう」
「全員が殺されるんじゃなきゃ良いってのかよ?」
アプルトンは目を閉じて顔を歪める。
今まで頭に浮かぶその考えから目を逸らしていたのだろう。周りの男達の顔も苦し気だ。
だがとうとう現実が、奴の首根っこを押さえに来る時が来たのだ。
アプルトンは頭を抱えて、絞り出すようにエヴァンに話す。さっき話した事と同じ内容の話を。
「他に……金を得る手段が……無いんだよ……。俺達に……俺達に何が出来たっていうんだ……」
「だからって、人を売り買いする奴らの片棒を担ぐことは無いだろう。アイツ等がどんな風に殺されたか教えてやろうか? 椅子に縛り付けられて、最初はハサミやペンチで乳首をちょん切ったり爪を剥がしたり……」
そう言うエヴァンの言葉を遮るように、クエルボが言葉を差し込んで来た。
表情は相変わらず無表情のまま。
ここに至るまでに、この男に何があったのだろう。
「エヴァン、止めろ駄目だと言うなら、止めた後どうしたら良いのかも言わなきゃ、何にもならねえぞ。金持ちに拾われて、頭の中身まで育ちの良い坊ちゃんになったか」
「それは……」
今度はエヴァンの言葉が詰まった。
こいつ等は、もしかしたら俺が辿ったかもしれない別の可能性なのかもしれない。
俺もたまたま人に恵まれたから、ここに居る。
だがあの農村の爺さんが居なかったら?
リッシュさんではなく別の冒険者達だったら?
……フェットが俺の所へ話をしに来てくれてなかったら?
そんな可能性の事を考えていると、クエルボは続いて話をしていた。
「ここへ来る途中に工場が見えただろう。一応、まっとうな働き口だ。ロクでも無い場所らしいけどな」
クエルボは目を閉じる。
エヴァンより数才上のはずだから、まだ若いはずだ。だが長年の苦悩を抱えた年寄りのような雰囲気を醸し出している。
「だが俺達は、そのロクでも無い働き口にさえ就く事が出来ない。字が書けないから、書類を作れないからだ。あと、『頭を使って仕事を作り出せ』とも何度も言われた。どうやって仕事を作り出せばいいんだ?」
クエルボは再び目を開けた。
そして決然とした口調で話す。
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