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第三章 現代編

第69話 ─ ビデオレターフロムミトラ ─…ある男の独白

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この話は、ぼかして書いてはいますがかなり凄惨な話なので、そういうのが苦手な方はスルーを推奨します。


*****


『ヤッホー兄貴見てるかぁい? コレでこの女は俺のモンだ! 悔しい? 悔しい? ねえねえ今どんな気持ちぃ? ヒャハハハハハハ!』

 狭い部屋にミトラの馬鹿笑いが響く。
 この部屋に立っている俺達三人は、誰も一言も声を発しない。

『駄目だぜえ兄貴ィ、意中の女はさっさとモノにしとかないと。こんな風にいつ男に食われるか分からねーんだからよ、ってもう遅いか。ハハハハハ!』

 画面からの光を顔面に受けてる事もあって、俺達三人の顔は真っ白に血の気を失っているかのように見えただろう。
 少なくとも俺とエヴァンは、間違いなく血の気が失せていた筈だ。……怒りで。

『おにーちゃん、可愛い弟のミトラ様からひとつアドバイスくれてやるよ。女ってのはな、運命って言葉にやたら弱いんだ。異世界から来た、知識のとぼしいこのエルフ女なんか、チョロくて仕方が無かったぜ!』

 ベイゼルは腕組みをして、無表情に画面を見続けている。
 エヴァンは下唇を噛み締めて血が出ている。両手も硬く握りしめ、手からも血がにじんでいる。
 俺は……何だこの感覚は。
 全身から血の気が失せて冷や汗が吹き出ながらも、心臓が早鐘のように鳴り続けている。そして頭の芯に、冷たく熱い殺意が硬く硬く尖っていくのを感じていた。

『もうそろそろバラしちまっても良いか。俺様はな、元々この世界の日本に住んでたんだよ。ちょいと事故って死んじまって、あっちの世界に転生しちまったがな』

 やはりそうか。ロングモーンやビッグママの話から、そうじゃないかと薄々思っていたが、コレで確定した。
 ロングモーンが、俺とミトラの魂が兄弟なのに違い過ぎる、と訝しんでいたのも納得だ。

『向こうの世界でも、それなりに無双出来て楽しかったけどよ、やっぱりこっちの世界は便利で良いよなぁ!』

 DVDかブルーレイのポータブルプレイヤーの小さな画面の向こうの空間。
 ミトラは醜悪に歪んだ笑顔を貼り付けながら、哄笑こうしょうをあげ続けていた。
 肉体的には血が繋がっているけれども、魂レベルでは全くの他人だった俺の弟。

 こんなに下劣極まりないクズなのに、世界は弟を……このミトラを“主人公”として扱うというのか。
 ただ“主人公属性”とやらをコイツが持っている、というだけで!?

 ならば俺は……。


*****


 あの後、無事に“騎士団”本部の街を脱出できた俺達は、自動車で出来るだけ遠くまで走行した後、“騎士団”の息が掛かっていない町を選んで宿を取った。
 ドラマや映画なんかでは、街中を包囲された中を突っ切って脱出するのが、見栄えがするんだろうけどな。
 でも実際問題、そんな風に囲まれて街中にウヨウヨ監視の目がある状況に追い込まれたら、もうその時点でほぼ詰んでるようなもんだ。


 安くてボロくて、防音もイマイチな宿だったが、俺達以外の宿泊客が居なかったので、とりあえず安心だろう。
 三人入ると窮屈に感じる大きさの部屋で、バフから手渡されたミトラの封筒を開ける。
 中には、ディスク挿入式のポータブルプレイヤーと、番号が振られたディスクが数枚入っていた。

 もうこの時点でミトラの意図は丸分かりではあったが、何かの手がかりがあるかもしれない以上、見ない訳にもいかない。
 ミトラもそれを予想しているのだろうな。分かるからこそ余計にムカつく。
 気が進まないながらも、一番の番号のディスクを入れて再生をする事にした。

『……本当に貴方がリーダーの弟さん?』

『うん。オレ、最近この世界に来たんだけどさ、兄さんが居てビックリしたよ。オレさ、いつも兄さんには迷惑かけてばかりで、すれ違ってばかりだったんだ。けど、いつか謝って、分かってもらいたい』

 最初は画面は真っ暗で、ただ音声だけが聞こえていた。
 しかし何だ、この気持ち悪い猫撫ねこなで声の男は。これがミトラのよそ行きの声なのか。

『でも兄さんはオレのヘマの事を怒っているからさ、どう近づいたら良いのか途方に暮れてたんだ。でも兄さんと一緒に居てる貴女とオレは、こうして知り合えた。これは運命の女神が、兄さんとの仲直りを応援してくれてると思うんだ』

『運命……』

『そう、そうだよ! 君がオレの前に現れたのはきっと運命だったんだよ! 兄さんとだって、血の繋がった家族っていう運命的な関係なんだ。今は離れていても、きっといつかはまた理解し合える! だって俺達は兄弟なんだから!!』

 アイラが運命という言葉に反応したとみるや、やたら“運命”を連呼するミトラ。それプラス兄弟や家族の絆の強調。アイラが引っかかるワードを奴はひたすら繰り返している。
 いや、これはアイラだけじゃないか。大抵の人なら刺さるワードだな。

そして一瞬の沈黙。

 その後、ようやく画面にどこかの部屋が映し出される。
 画面中央には大きなベッド。
 ガチャリと音がして、アイラに肩を貸すミトラが画面に入ってくる。

『大丈夫ですかアイラさん? 急に気分が悪くなるって。とりあえずベッドに横になってください』

 アイラを画面のベッドに寝かせた後、画面外に消えるミトラ。そして何処からか響く、服を脱ぐ衣擦きぬずれの音。
 この後は正直、スイッチをオフにしてやろうかと思った。
 だが俺は、肺腑はいふの奥から絞り出すような声で、歯軋はぎしりしながら二人に言った。

「くそっ。……よく覚えとけ二人共。が俺の弟のミトラだ」

 そしてアイラに襲いかかるミトラ。アイラの悲鳴。暴れる音と服が破られる音。暴れるアイラを平手打ちで黙らせるミトラ。

 そして……。

『ヤッホー兄貴見てるかぁい? コレでこの女は俺のモンだ! 悔しい? 悔しい? ねえねえ今どんな気持ちぃ? ヒャハハハハハハ!』

 だが残りのディスクを見た俺達は、こんなモノは序の口だった事を思い知る事になる。


*****


 部屋には大勢の一糸いっしまとわぬ少女達。そして彼女達を取り囲む、裸の壮年男性達。その口元は欲望でだらしなく歪んで笑っている。
 見た目は全く違うのに、まるでミトラのコピーのようだ。

 その少女達に、見知った顔が沢山いた。幹部会の時に乱入した、あの連中だ。
 だが画面の中の彼女達は怯えた目で、互いに身を寄せ合うばかり。

 そこへ新たに入室してきたのが、同じく一糸纏わぬ姿に首輪をつけた、アイラ。
 彼女を連れてきたのは、腹の突き出た中年男で、……そうだ、幹部会で何ひとつ動揺せずに悠然としてやがったあいつだ!
 考えれば当然だが、あいつもミトラと組んでやがったのか!!

 そして始まるけだものどもの狂宴。

 男共が少女達に襲いかかり、少女達の悲鳴だけが部屋に響き渡る。もちろん、その中にはアイラも混じっている。
 画面に映る男共の顔も、見覚えがある連中ばかりだった。ただし、奴等は“騎士団”の幹部やスポンサー、それ以外にも政財界のお偉いさん方だったが。

「ベイゼル」

 俺はそう呻く。

「シャーロットお嬢様を担ぐ連中の正体がか」

 ベイゼルも押し殺した声を絞り出す。
 エヴァンも俺に言葉を発した。

「リーダー……」

「今は抑えろエヴァン。だがその怒りは絶対に……絶対に忘れるな……!」

 いま画面に映るのは、身体を汚されて呆然とうつろな目をしたり、啜り泣いている少女達。
 このような暴虐が許されて良いのか……?

 だが俺達も彼女達も、これで終わっていたらまだ遥かにマシだった事を知った。なぜなら、ミトラの……男共の悪意には更に上があったからだ。


 男の一人が少女達の中に分け入り、一人の女を引っ張り出した。
 小麦色の肌に長い耳。間違いない、マルゴのパートナーのアマレットだ!
 彼女を男共が取り囲む。先ほどの狂宴に加わってなかった奴等だ。

 一人の男がアマレットを羽交い締めにする。両足も別の男が押さえた。

『この腐れエルフが……いつも俺を、汚物を見るような目で見やがって!』

 そう言った男がアマレットの腹を殴った。
 アマレットは苦痛に呻いていたが、顔を上げてその男に唾を吐き付けた。

『このあまぁ……ふざけるなぁ!!』

 その言葉を合図に始まる男共のアマレットへのリンチ。
 彼女が殴られる鈍い音が響き、それを見せつけられている少女達は真っ青な顔で身を寄せ合う。

 やがてぐったりしたアマレットを男共は椅子に座らせる。ただし、両足は椅子に括り付け、腕はは後ろ手に縛って。

『この程度でヘバって、情けない奴だ』

『これで終わりとは少々物足りませんな』

『では良い趣向がありますぞ』

 その言葉に、部屋のどこかから運び込まれるおぞましい道具の数々。
 クギ、ハンマー、ハサミ、ペンチ、ナイフ、ノコギリ……。

 そして奴等はアマレットを生きたままし始めた。その凄惨な様子を説明する事は、今の俺には無理だ!
 アマレットの返り血に染まった悪鬼共の狂った笑い声がいつまでも続く。

 俺達は胃の中のものを吐いた。三人共。

 だが画面の中の少女達は、死を覚悟した事だろう。泣いているのはまだマシで、失禁している少女も多かった。

 だが……。

『おっとしまった。死んでしまいましたな』

 そこにあったのは、アマレットの死体ですらなかった。見るも無残な肉塊だけが残されていた。

『まだまだ物足りませんな。もう少し……』

『だったら、そこのエルフが良いんじゃないかしら』

 いつの間にか部屋にいた女が、そう声を掛ける。そこに居たのは、シャーロット嬢ちゃん……。
 彼女は顔色ひとつ変えずに、平然と言い放つ。

『ただ、一度に二人も死体を始末するのは無理よ。殺さないようにね。つまり、顔や手なんかの目立つ所は傷つけちゃ駄目』

『構わんよ、儂等は苦痛にのたうつ悲鳴が聞きたいだけだからな』

 そう言って鬼共は、獣共はアイラを引き摺り出し、アマレットの死体を片付けた椅子に括り付けた。
 そして…………。

 彼女は、アイラは……。
 女としては……人としては、まともな生活は、もう……。

 俺は、幹部会の時に入ってきたアイラの、青白い顔とよろめく歩き方を思い出す。
 俺は……。
 俺は……っっっ!!

「……。エヴァン。ベイゼル。コイツらの顔を頭に焼き付けるぞ。必ずコイツらを破滅させる。後悔させてやる!」

「当たり前だ!」

「当然だ」

 画面の中では、ミトラがわざとらしい演技で部屋に押し入り、少女達を解放していた。
 なるほど、彼女達の狂信の理由はこれか。
 この地獄から救出してくれたと思い込んだら、確かに信者になるかもな。
 だが部屋から出る時に、ミトラはニヤリと嬢ちゃんと血塗れの男達に目配せをしていたのを、俺は見逃さない。

 俺はその場面で停止させ、血は繋がっているが魂の繋がらぬ弟に向かって、全身全霊の呪詛を込めて宣言した。

「もうお前が何者だろうと関係ねえ! ミトラ、お前は必ずこの俺が殺す!!」
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