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第三章 現代編

第61話 ─ 戦う君のことを ─…ある男の独白

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 囲炉裏の周囲の空気が変わった。
 兄以蔵の殺気で体感が冷えたとかではない、明らかな空気の変質。
 そう、まさに俺がこの世界に飛ばされた直後に感じたような違和感。

「ちょっと、あんまり『人斬り盛以蔵』の顔は出さないでおくれよ。折角こちらに引き入れた“騎士団”の太いなんだからね」

 空気が変わった事に気がついたビッグママが、兄以蔵をたしなめる。
 “枝”……スパイや情報源の隠語だったか。
 人斬り盛以蔵……?
 ビッグママの言葉に、弟のモリィ以蔵が答える。

「何とか兄者の手綱を握れるよう、努力はするが……な」

「身の程知らずの未熟者が命を落とすは、いつの世も変わらぬ道理だ!」

 そう叫ぶ兄以蔵を見て、モリィ以蔵は溜め息をついて肩を竦める。
 そんな弟の姿を知ってか知らずか、兄以蔵は俺に向かって続けて言った。

「隣の部屋に数打ちの刀を放り込んであるから、適当に持ってこい! どうせ未熟者が業物わざものを振っても、すぐに刀の腰が伸びて使い物にならなくなるだけだ!」

 仕方がないので隣の部屋に行く。
 入ってみるとさすがにビックリした。
 無造作に転がったり、傘立てのような物に突っ込まれたり、乱雑に刀が置かれている。

 俺は使っていた退魔剣と似たような長さの刀と、いくつか適当な物をを見つけて戻る。
 兄以蔵は俺を睨んだまま顎をしゃくった。
 この囲炉裏のある部屋から更に奥、母屋の裏手に行けという事らしい。

 二人の盛以蔵が先に立って歩き、俺はその後を追って行った。


*****


 裏庭はかなりの大きさの広場になっていた。
 というか、こんだけ広かったら表からでも気が付くはずなんだが……。

「先ほど通った戸口から別の空間につながっている。ちなみに時間の流れも違う。先ほど兄者が作り出した」

 俺の様子を見て、そうモリィ以蔵が説明してくれた。
 さっきの空気の変化はそれか。
 別の空間なら表からは見えないのも道理だな。

「はあ、さっき言い方に気をつけろって私が言ったばかりだろう。早々に言い方でトラブってるんじゃないよ」

「俺の言い方の何がおかしいってんだ」

「『“騎士団”に用事が出来たから、できたら明日にでも帰国したい気分なんだが』なんて言い方、喧嘩売ってるようなもんじゃないか。お前さんも意外とガキなんだね」

「嘘でも訓練を受けるとでも言えば良かったってのかよ」

「日を改めて訓練を受けることはできないか、とか向こうの要求との妥協点を考えないとダメだってことさ」

「そうか、すまない。……俺もまだ足りない部分が多いってことか。頭では分かっているつもりだったけど、難しいな」

「自分の非を認めて謝れるのは、まだ見込みがあるって事だ。頑張りな」

「ありがとう」

 今まで黙っていたタリスが、口を開いて俺に話しかける。

「カタナは叩きつけるものじゃない、斬るものよ。そして引いて斬るものだと知り合いのサムライに聞いたことがある」

「わかった、覚えておこう」

 そうしている間に、向こうも準備が終わったようだ。
 れたようにこちらに叫ぶ。

「何をいつまでグズグズしている! 刀を鞘から抜けぬ訳でもあるまい! 貴様のような奴が鞘を投げ捨てても何も思わぬし、何も言わぬわ!」

 ん? 何か声が上のほうから聞こえてきたような……?
 そう思って奴のほうを見ると。

「ちょっとアンタ。盛以蔵。なに本来の姿をいきなり出してるのさ!?」

 ビッグママが思わずそう叫んだ、その先には……。
 そこには、巨大な白い狼がこちらを睨みつけながら立っていた。
 そう、それはまるで俺の悪夢から抜け出たような。
 ……あの、故郷の村を襲った黒い狼とそっくりな。

おくしたか、腰抜け妖精族エルフが! 貴様に誇りあるならばかかってこい!」

「うるせえ犬コロ! そんなにせっかちだから弟に嫌われるんだよ!」

「我は別に嫌ってなどないぞ?」

「!?」

 突然、狼の同じ口から弟のモリィ以蔵の声がした。

「我らはもともと同一の存在が二つに分かたれた存在。これこそが本来の我らの姿」

「御託はいらぬ! 始めるぞ!」

 問答の時間は終わりか。
 俺は刀を鞘から抜くと、鞘を放り捨てて奴に向かって走り出した。


*****


──向こうの攻撃のタイミングは掴んだ。あとはこちらの攻撃力だ。

 向こうの身体がわずかに硬直する。
 奴の攻撃のタイミングだ、チャンスだ。
 俺は奴に向かってまた走り出し、途中左に急ターンをするとみせて右にずれた。
 奴は口から雷撃を放ち、俺のすぐ左脇を雷が通り抜ける。

 雷撃を放った直後で向こうがわずかに硬直したのを確認するまでもなく、奴のふところに飛び込む。
 そして奴の前足に刀を叩きつける。

 バイン! という感覚と共に、毛皮に弾き返される刀。
 これでもう何度目だろうか。
 日本刀は斬撃の凄まじさが有名だったはずだが、噂は噂でしかなかったということか!?

 奴はわずらわしそうに前足を上げると、その足で俺を叩きにきた。
 俺はその足をかがんでかわし、すぐに刀を横殴りに振り抜いて、奴がおろした前足に再び叩き込む。

 シュカッ!

 今までとは違う手ごたえが伝わった。
 何だ今のは!?

 しかし俺は次の攻撃がやってくる前に、地面を転がりながらその場を移動。
 そして起き上がると、再び目についたどこかの足に刀を叩きつける。
 今度はおなじみの毛皮に弾かれる感触。
 その時、俺はさっきのタリスの言葉を思い出した。

──そうか!

 俺は一旦ヤツから離れることにした。
 そして広場を取り囲む薮の中に飛び込む。
 下生えの低木をパキパキと鳴らしながら俺は奥に進んだ。
 奴が小馬鹿にしたように叫ぶ。

「何処へ行こうというのだ、ここは閉ざされた空間ぞ! もう逃げたくとも逃げること叶わぬと知れ!」

 逃げてる訳じゃねえよ。

 俺は適当な広さのある空間を見つけると、その辺りの細い下生えの木の枝に向かって刀を叩きつけた。
 ガツッという音と共に、枝の半ば辺りで止まる刀。
 それを俺は思い切り引き抜いた。
 カツッという感触とともに刀は思ったよりも滑らかに引き抜かれ、枝は切断される。

 それを見た俺は思わず「よし」とうなずき、今度は刀を両手で持ったまま肩にかつぐ。
 そしてゆっくりと刀を斜めに振り下ろす。
 振り下ろしながら、刀を手元に引き寄せるのを意識しながら。

 今度はその動きを思い浮かべながら、別の細い枝に刀を振り下ろす。
 勿論引き寄せるイメージを忘れずに。

 ズカッ!

 なかなか綺麗な切断面を見せながら、枝は斬り飛ばされて地面に落ちた。
 そうか、これが日本刀か。



 俺は薮の中から外に飛び出した。
 そして広場でもう一度先ほどの動きを思い出しながら刀をゆっくりと動かす。
 刀を担いだ肩から斜めに、刀を手元に引き寄せることを忘れずに。

「ほう、日本刀の扱い方がようやく理解できはじめてきたか。ならば今からが本当の訓練だ!」

 おい、今までのは訓練じゃなかったのかよ!
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