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第三章 現代編

第53話 ─ 悪魔を憐れむ歌 ─…ある男の独白

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 ビルから降りた俺は、黒焦げのクジラに近寄ってみた。
 周囲にはブスブスと焦げた匂いとくすぶった何かの音が漂う。
 俺以外の四人は、遠巻きにクジラの成れの果てを眺めている。

 エヴァンが俺に声を掛けてきた。

「ようリーダー、あの牛の旦那は大丈夫か? たまにはお礼も言いたいんだけどな」

「……だ、そうだが?」

“……気遣いなど無用だ。何と言っても儂らは……『ちぃむ』? 仲間、なのだろう?”

 ロングモーンの声が──思念なのかもしれないが、この場に響き渡る。

「声は時々お聞きしますけど、顔は見れないんですよね、残念です」

 アイラが言うが、俺はそれをあっさり否定してさらりと返す。

「今ならたぶん少しは見えるぞ」

「へ?」

「さっきの攻撃をするのに、かなり大きなゲートを作ったからな。まだ結構な大きさで開いてるはずだ」

 テロリストの連中が行った大規模召喚の影響で、門を開け易くなっていたのは皮肉なものだ。
 俺は自分の身体の右横の空間を指差す。

「この辺だ。俺の対面に立って、この辺を見たらまだいけるはずだと思うぜ」

 俺にそう言われて、俺の正面に移動して立つアイラ。
 俺が指差した辺りを見ると、彼女は『わひゃっ!?』っと素っ頓狂な声をあげた。
 それに釣られてエヴァンも正面に立ち、アイラと同じ場所を見て『うおっとぉ!』と声をあげる。
 だがすぐに二人とも平静になり、中空に向かってそれぞれ挨拶をした。

「一応、初めまして……かな? ロングモーンさん。ウチのリーダーがいつもお世話になっております。大きいですね」

「イカつい顔してっけど、眼は綺麗だな。エヴァンだ、改めてよろしく頼むぜ。ちょっと面倒臭い所のあるリーダーで世話をかけるけど、わりいな」

“貴奴がいつも世話になっておる。不束者ふつつかものの貴奴でこれからも迷惑をかけると思うが、よろしく頼む”

 このやり取りに、思わず俺は口を挟んだ。

「何でお前ら両方とも、娘を嫁に出した母親みたいな物言いをしてるんだよ」

「だって……なぁ?」

「そうそう」

“うむ。当人に自覚がないのが厄介よな”

「何でお前らいきなりそんなに息がピッタリなんだよおおおおぉぉぉぉ!!」

「仲が良いのね、貴方たち」

 呆れたようにそう言うミズ・クレイグ。
 タリスも少し離れた位置の消火栓に腰掛けて、こちらを見ている。

“奇縁あって、貴奴のともをさせて貰っている。向こうの世界では、互いに命のやり取りをしたのだがな”

 ロングモーンが遠くのタリスにも声を掛けた。

ぬしにも世話になった。この世界に来たばかりで大変な目に遭ったな”

 だが彼女は『大した事ない』とばかりに手をヒラヒラさせるだけだった。
 しかしすぐに跳ねるように立ち上がり、腰を落とした臨戦体制でこちらを睨む。

 いや、その視線は俺の後ろだ。
 それに気付いた俺達は慌てて振り向いた。



 そこに見えたものは、黒焦げの巨像の一部が横に裂けていて、巨大な瞳が俺達を睥睨へいげいしている光景──。


*****


 一気に緊張が走り、クジラだった物体から距離を取った俺達。

“お待ち下され。召喚者の雑念が取り払われた今、其方そなたらと敵対する意思はありませぬ”

 だが、ソレは俺達の敵意を治めるように声を──思念を掛けてきた。

“このまま消え去るのも天命かも知れませぬが、どうやらそちらの御仁は、私のような者共を使役できる能力をお持ちの御様子”

 俺は警戒を解かずに答える。

「ロングモーンは使役とかそういう関係じゃねェよ」

 エヴァンが軍用車から俺の私物の銃器を取り出し、それぞれに渡していく。
 その俺達の行動を見ても、特に動じる様子なく落ち着いているクジラ。

“私を信用できぬなら、このまま放置しておきなされ。じきに命の灯火ともしび尽きて消え去りまする”

 そうして目を閉じるクジラ。
 確かに敵意は感じない。

“私は、私自身の意思はどうあれ、召喚した者の命令に従わなければなりませぬ。ですが、今この瞬間なら私の意思でもって願う事ができまする”

 俺は腕組みをして、このクジラを睨みながら考えていた。
 エヴァンやアイラ、タリスにミズ・クレイグも俺を見守っている。

“貴方様ならば私を召喚した者達よりも、より良く私の力を使役して貰えると信じまする。貴方様さえ良ければ、どうか私を貴方様の下僕に加えて下され”

 俺は目を閉じた。
 これは神の啓示か悪魔の囁きか。
 いやそもそも、唯一神の概念がいまいち理解出来ていない俺が、神の啓示など判別出来るのだろうか。

 だが──。

「士は己を知る者の為に死す、か」

 そう言って俺はクジラに近寄り、焼け焦げたヤツの身体に触れた。

「お前をうまく活かすのも力に溺れるのも俺次第……。分かった、お前をやろうじゃないか」

“感謝致しまする。私が真名はコリーヴレッカン。今後ともよろしく……”

 その言葉と共に薄れゆくクジラ……いや、コリーヴレッカン。
 だがそれと入れ替わりに、その場に残されたのは……。

「うっ……」

 アイラが蒼い顔をして吐き気を堪える。
 エヴァンとミズ・クレイグも血の気を失った顔だ。
 さすがのタリスまで顔をしかめている。

“私の依代よりしろとなった者たちでございまする。私自身ではどうしようも無かったとはいえ、ひとえに申し訳なき事”

 コリーヴレッカンの体積とおそらく同等の量の、人間の、死体……。
 俺は頭を掻いてため息をついた後、皆の方へ向いて敢えて明るく皆に言った。

「悪魔を使役する悪魔退治の聖職者……か。不信心ここに極まれり、だな」

「こんだけ規模がデカいと並の後始末じゃ終わらねーな。ベイゼル司令……本部長に頑張って貰うしかないか」

「……彼等はテロリストのテロ行為によって死亡した。おそらくそういう扱いで決着できると思うわ。実際、当たらずとも遠からず、だしね」

 と、蒼い顔のままで話すミズ・クレイグ。

「やれやれ、傷心旅行なのにとんでもない初日になったもんだぜ。なぁリーダー?」

「長い初日だな。俺が一体何日ここに潜伏したと思ってるんだ」

「とりあえずココから離れましょう。もう私、気分が……」

「ああそうだな、すまん」

 そうしてその場から離れる俺達に、ロングモーンとコリーヴレッカンの言葉が響いた。

“あまり良くない知らせだが、今のうちに教えておく。儂の力が戻るまで相当な時間がかかる。半年かかっても、戻るかどうか……”

“私も、傷を修復するまでに相当な時間を要しまする。下僕に加えて頂いた直後ではありますが、お役に立てず申し訳ありませぬ”

「ロングモーンは仕方がないさ。俺もそれぐらいは覚悟して命令させて貰ったしな。コリーヴレッカンも気にするな。どの道、お前の主戦場は海とか水辺なんだろう?」

“すまぬ”

“御理解、感謝致しまする”

「元々、魔法とかそれに類する能力を持たずに生きてきたんだ。昔のやり方を思い出す良い機会さ」


 そして俺達が街外れの軍が待機している地点まで車で来た時。
 ミズ・クレイグが俺の胸ポケットに何か名刺のようなものを入れて、俺に囁いた。

「何かあったら連絡ちょうだいね。力になれるかも知れない。もちろん、力を貸してくれるのは大歓迎よ」

 そして俺の腕を軽くポンと叩いて、続けて言った。今度は普通の声で。

「マリリン・モンローみたいな美人だったら、今の仕草もサマになったんでしょうけど。ごめんなさいね」

 そう言って彼女は手を振り、軍の後方に止まっている自動車に乗り込み去って行った。


「あれ、そういえばあのタリスって女は?」

 そう言われて、初めて俺はタリスがその場に居ない事に気が付いた。
 途中まで後部座席に乗っていたのに、何処へ行ったんだ。
 一人で異世界をうろつくなんて大丈夫だろうか。

 しかしいくら心配したところで、この場に居ない以上は、あとは無事を祈るしかない。

「居ないんだったら、あれこれ考えたって仕方ないだろう。縁があったらまた逢えるさ」

「そこは建前だけでも『神の導きがあれば』って言うべきじゃね?」

「悪魔使いの不信心エルフの俺が言ったら、逆に罰があたりそうだな。それに……」

「それに?」

「誰にも言うなよ。俺、正直に言うと東洋思想とか仏教的な言葉の方が、心に響くんだ」

 それを聞いて、得心がいったようにアイラが話す。

「中国の故事をときどき引用するのは、そのせいですか。もしかして日本へ行くのも?」

「どうだろう。無意識に考えてたかもしれんが、決めたのはアマレットの話を聞いたからだしな」

「いい機会だし俺ッチも付き合おうかね。サムライとかニンジャとか見てみたいしな」

「ええー!? 私一人で報告ですか!?」

「いや、エヴァンこいつが報告に一緒にいて、何か役に立つか?」

「あ、それもそうですね」

「ひでェやアイラちゃん……」

「サムライもニンジャも居ないらしいぞ」

「俺ッチの夢を壊すリーダーもひでェ……」


*****


 この少し後の期間、例のアーミッシュの村を含めた反主流派の拠点の町や村が、次々と壊滅され消滅していた。
 だが、それを俺が知ったのは随分後、日本から帰った後だった……。
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