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第二章 異世界編

第27話 ─ 跡形も無く流されてゆく転移のかたち ─…ある男の独白

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「なんだ、まだ生きてたのか」

 俺の耳にそう届く声。

 しかしそれは俺の耳に聞こえるだけで、俺の頭の中には届いていなかった。

 俺は目も焼け爛れているのだろう。
 暗闇のまま全く見えない。

「いや、これは生きているというより、辛うじて死んでないってところか。兄貴の分際で生意気な事ばかりするから、こんな目に合うんだ」

「彼女も散々私達に迷惑をかけてくれましたけど、最後に多少は役に立ってくれましたわね」

「バカ正直にご主人様が言った通りに、正面から火球を撃ち込んだりしてさ。“加護”から外れたあの娘の魔法が、すり抜ける訳ないじゃない。本当、バカよね~」

「フェットチーネもこっちに戻れば死なずに済んだのに」

「あんな失礼なアバズレ、こっちに来なくて正解よ!」

「俺をムカつかせるコイツらもくたばったし、魔物も退治できた。足手まといも居なくなった。クソ兄貴もじきに死ぬ」

 もう死ぬ寸前だった俺の耳に聞こえる、そういう会話は、俺の頭の中で意味を持った言葉として入ってこなかった。


 あの時、俺は既に死んでいたのではないかといつも思う。

 だが、こちらの世界に来てからも覚えている、という事はやはりそういう事なんだろう。


「しかしやっぱりあの雷撃は連発できねぇみたいだな。ずっと待ってて正解だったぜ。コイツらが弱らせてもくれたしな」

「“犠牲”は大きかったけど、王の依頼は達成できた。もう帰っても良いだろうね。とりあえず帰ったら私は身体を洗って……ヒッ!?」

 この会話も俺の耳に聞こえるだけで、俺の頭の中には届いていなかった。
 この後に、何者かが発した言葉も。

「……何という下卑た者共だ。己が為に仲間を平然と捨て石にするとは……。
 丁度良い、いま使えるようになった所望のいかずち、我が命が尽きる前に食らわせてやろう!」


 俺は何かに体を焼かれるのをかすかに、かろうじて感じたが、そのすぐ後には意識が消滅していた。


*****


 俺は森の中で目を覚ました。

 一瞬、あの魔物との戦闘中に気絶したかと思って慌てて起き上がり、戦闘態勢をとって身構えた。

 だが様子がおかしい。

 周囲には誰もいないし、魔物もいない。
 そもそも戦っていた広場でもないし、コロシアムのような遺跡も無かった。

──そして。

「なんだ?空気……が薄い、のか?」

 しかし、呼吸は特に苦しくないし、今、自分で言ってみたように、発声も問題無い。

 そこで俺はハッとなって、慌てて虎の子の魔法の指輪を使ってみた。本人の魔力の有無にかかわらず発動するヤツだ。

 反応が無い。

 魔素が無い! そのことに気付いて俺はパニックを起こしかけた。

 だがすぐに、仲間のことを思い出す。
 仲間のことを、弟とその手下の女のことを、……そしてフェットのことを。

 誰か近くに居ないだろうか。


 探しに行く前に、まずは俺は自分の身なりを確認する。

 服は元の状態のままだ。弓と矢も持っている。片手突剣エストックもある。
 だが、それだけだ。雑嚢袋も無いし、食料も無い。簡易の医療道具も無い。

 俺は、森の中で食用となる植物や動物が見つかるだろうか、と不安を感じながら、森を彷徨さまよい始めた。


 幸い、食料は何とかなった。
 何日か俺は、森を彷徨い仲間達を探してみたが、結局誰も見つからなかった。

 弟とその手下も。

 そして……フェットチーネも。

 いくら俺がエルフとはいえ、森の中を隅々すみずみまで探せた訳では無いが、どうも皆を見つけられるようには思えなかった。


 そうして森を彷徨ううちに、森を出ることが出来たようだった。

 そこに見えたのは──。


 金属線を編んだ柵が長大に立ち塞がり、その柵の中の敷地はだだっ広い平原だ。

 黒い石畳で敷地内が全面的に覆われていて、遠くに幾何学的でのっぺりとした、直線的な建物が見える。
 何か巨大な、どこか魚を思わせる形の円筒形。その円筒形から板が突き出たような金属の塊が、いくつか石畳の上に鎮座している。

 呆然と俺がその光景を眺めていると、甲高く凄まじい爆音と共に、その円筒形の金属の塊と同じ物が、空から黒い石畳に降り立った。


 何日か前から、もしかしたらと思っていた。
 しかし、それを考えるのが怖かった。

 だが、逃れようのない現実の方が俺の元へやって来て、首根っこを掴んで俺を押さえ込んでしまった。

──ここは異世界だ……!

 そこに俺はただ一人、飛ばされたのだ。
 仲間の居ない、見知らぬこの地に。



 俺は気を許せる仲間が、もう存在しない事実に打ちのめされる。
 思わず膝から力が抜け、崩れるようにただうずくまるしかなかった。

 そして目を背けていた、フェットチーネに永遠に会えなくなったという現実。


 なぜ俺は生きているのか。
 なぜ俺は死んでいないのか。
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