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バイトはじめます 23話

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「レイナは人間界にはよく来るの?」
「はい、薬草の採取や研究で」
「だから日本文化に割と詳しいのか。あんま驚いたりしないもんね」
「そうですね」

 今日も美味しい朝食を食べながら、俺たちはそんな会話を始めた。
 ちなみに今日は焼き魚と味噌汁だ。

 最初から不思議だった。
 彼女がここでの生活をしている上であまり驚いたりしないことが。
 まぁ、昔こっちに住んでいたのだから慣れていることは多いのかもしれないが。

 そんな会話をしていれば、彼女の表情は次第に柔らかくなっていく。
 何かを思い出しているのだろうか、目を細めてどこか遠くを見るようだった。

「私の知識はほとんど、20年前お世話になった方からのものですけど」

 そして、そう言ってふふっと綺麗に笑った。

「じゃぁ、その人もレイナが妖精なの知ってたの?」
「いいえ、人間の姿しか知りません」
「え?知らないの」
「普通、バレないようにするんです」
「俺には結構早くバラしてなかった?」
「あの時は、穴がなくなってもうどうしようもなかったので」
「…あー、やっぱりレイナもテンパってたんだな」

 つい最近の出来事であるが、なんだか出会った頃を思い出すとすでに懐かしく感じてしまう。
 そして、やはりあの時はテンパっていたらしい彼女の行動は、それを知れば尚更可愛く思えた。

「人間の生活も色んな場所でこっそり見ていたのである程度は知ってはいます」
「なるほどね。確かに掃除する時も料理する時も家電製品使いこなしているわけだ」
「それはお世話になった方に教えていただきました」

 そんな会話を続けていれば、なんだか気になってくるのは度々出てくる「お世話になった方」という人物の存在。

「そのお世話になった方って?一緒に暮らしてたの?」
「はい、1年間お世話になりました。人間的にはおじいさんの年齢の方でした」
「へえ、レイナより?」
「当時の私が60代なので、同世代くらいか少し上くらいだったかと」
「同世代って、おもろ」
「とっても素敵な方でした」
「…へぇ、」

 そう言って、あまりにも綺麗に笑うものだから、思わず見惚れてしまっていた。

 同時にその「おじいさん」がどんな人なのか、一緒にどんな生活をしていたのか、話を聞いてしまえば気になって仕方がない。
 彼女にそんな表情をさせて、「素敵」と言わせる人間とは、どんな人物なのだろうかと。

「どんな人だったの?」
「植物のお世話をして、将棋をするのが好きな人でした。料理もすごく上手で、いつも教えていただいてました」

 なんでも、そのおじいさんとは薬草採取をしようとした公園で出会ったらしい。

 前に来た時には沢山あった薬草は、久しぶりに来ると少ししかなくなっていて、ショックで泣きそうになっていたところ、
「その草ならうちに沢山生えてるよ」と声をかけてもらったのだとか。

「ジジイのナンパ、独特だな」
「ナンパじゃありません。親切です」

 そして、家に招かれて行けば庭にはたくさんの目的の薬草があり、それをいただいて、なぜかご飯までご馳走になって。最後に「またおいで」と言われたとおり、そこからは時々家に遊びに行くようになった、と。

 それから何がきっかけになったのかその家で1年間同居生活をしていたらしい。

「ていうかさ、穴って日本にしかないの?レイナは日本の妖精?」

 なんだか自分で言って、笑ってしまった。
 日本の妖精にしてはレイナはあまりにもイメージとかけ離れているから。
 すぐに「それは違うか」と呟けば、不思議そうな表情でレイナはまた話しはじめた。

「いえ、世界各国に「穴」はあるそうです」
「そうなんだ。まぁ確かに色んな国の御伽話で妖精でてくるもんな」
「でも、妖精界ではそれぞれの王国にひとつしか「穴」はありません」
「てことは、三国あるんだから、3つ?」
「はい」
「じゃぁ、妖精界からは一つの「穴」から色んな場所へ行けるってことか」
「いいえ、同じ場所にしか行けません」

 ん?どういうこと?
 世界各国に「穴」があるのに、同じ場所にしか行けないとなると、世界各国にはなくないか?

「世界各国に「穴」がある、というより、世界各国に「穴」は出現する、のです」

 なんだかいよいよ話がよくわからなくなってきて、眉間に皺を寄せはじめた俺にレイナは苦笑いをした。

「実はまだ、「穴」について妖精界でも全てわかっているわけではないのですが、」

 そして、そう言って言葉を続ければ、レイナは自身の知っていることを詳しく話しはじめたのだった。

 ◇

「穴」とは、妖精界と人間界とを繋げる空間のことを言う。
 妖精界にある三つの王国では各国ひとつ「穴」を管理しているとのことだ。

 その「穴」はもともとあるものではなく、一部の妖精が持つ不思議な能力により、出現するものだそうだ。
 そして能力を持った者が願う理想の場所へと繋がり出現する。

 その願いとは、綺麗な海が見える場所に行きたい、薬学に精通する人物に会いたい、と行きたい場所や会いたい人を望むことらしい。

 しかし、その「穴」もずっと存在するわけではなく、大体50年~70年くらいで突然消えてしまうのだ、と。
 その現象が何故なのかは、今だに解明できていないようだった。

 そして「穴」が消えてしまえば、再び妖精界から新たな願いを込めて「穴」を作り出すことができる。
 そんなことを代々繰り返して、色んな人間界の国々へと「穴」が出現しているのだ。

 そして最後に、その「穴」は同じ場所からしか帰ることができないのだと。

「なるほど、じゃぁ他の「穴」を見つけたところで帰れないってわけだ」
「はい」
「でも、穴が消えるかもしれないのになんで帰り方は知らねぇの?」
「この「穴」は20年前にできたものなので、こんなに早くなくなってしまうとは誰も思っていなかったのです。……ただ、まぁ、唯一帰る方法があるにはあるのですが」
「え、あるの?」
「……はい、」

 ——その方法とは、自身の特別な力を代償に妖精界に帰る方法。

 力を全て使い果たせば妖精界には帰れるが、その力はなくなり「穴」を作ることも、「穴」から人間界に行くことも、できなくなってしまう、と言う。

「…私はまだ、こちらでやりたいことがあるのです。帰る方法があるのに、黙っていて申し訳ありません」

 最後に、彼女は身体を小さくしながら謝った。

 まだまだ妖精について、妖精界について疑問に思う事が多すぎる。

 俺の性格上、あまり人の話は興味はないしそもそもそこまで他人に興味がない。
 会話中に疑問に思ったことがあったとしても「どうでもいっか」なんて思うタイプだ。
 面倒事はごめんだし、関わりたくもない。

 しかし、レイナだからなのか。
 「妖精」だからなのか。

 話を聞いていておもしろいし、妖精についてもっと知りたいとさえ思えてくる。
 彼女が帰る方法を黙っていたことも、今は面倒だとは思わない。

 一方で、そんなファンタジー話をじっと真剣に聞いていれば、そんな自分がおかしくなって何やってんだろ、なんて思ったりもするのだが。

 ……要するに俺は多分、この同居生活をずいぶん楽しんでしまっているのだ。
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