もう一度だけ頑張るから、すべてを救う力をください

双刃直刀

文字の大きさ
上 下
5 / 23
ほんの小さな覚悟

あるいはすべての始まり

しおりを挟む
 怪盗トリッカーの提案を、しばらくエルマーは口を引き結んで考えていたが、短く言い切った。

「……駄目だ」
「ならどうやって彼を止めると言うの?」
「……俺が囮になるから、お前がクリフォードを止めろ」
「……あなた、馬鹿じゃないの?」

 思わず怪盗トリッカーは普段のイヴリルの口調に崩れてしまったが、エルマーは「ああ、もう。うるさいなっ!?」と言い返す。

「怪盗だろうが捕縛対象だろうが、女を囮に身内の暴走止める奴がどこにいるんだよ!? そもそも身内がおかしくなったのに、どうしてお前を囮に使うんだよ! お前だって、盗みたいものさっさと盗まず、なんで付き合ってくれるんだよ」

 普段の子供なのか熱血漢なのかよくわからない幼馴染に正論を叩きつけられ、思わず怪盗トリッカーも言い返す。ほとんどイヴリルがまろび出ているが、格好のせいなのか魔道具のせいなのか、見えても勘付かれることはなかった。

「なによ……あの人が手柄欲しさに焦っているのが見てられなかったし、臭いものに蓋をしたくなかったのよ……いけない?」
「いや。あいつ、モテるからなあ」
(それ今関係あるのかしら)

 そう思ったことは、口にはしなかった。結局はエルマーが「俺が囮」と言って聞かず、そろそろこちらの銃声で援軍が来てもおかしくないのだから、決着をつけたほうがいいと判断し、エルマーが揉み合っている間に、怪盗トリッカーがどうにかクリフォードを気絶させる方向で話は落ち着いた。

「じゃあ……銃は危ないからな? そしてクリフォードを抑え込めたら……お前を捕縛する」
「できたらね、騎士さん」

 こうしてふたりは、遮蔽からクリフォードに向かって駆け出した。クリフォードは錯乱したままエルマーに銃を向ける。

「やっぱり……君は僕を馬鹿にして……!」
「お前頭いい癖して、ほんっとうに馬鹿だな!?」

 これ以上引き金を引かせまいと、エルマーはクリフォードの手首を強く握って固定する。ふたりはギリギリと、手首を外す外さないで組み合いがはじまる。

「年なんて、誰もどうしようもないだろ!? 上から比べられる、下だと見向きもされない! そんなの、貴族も騎士も平民も、なんにも変わりゃしないよ! でもお前は、王立学園だと成績だって上位で、養子縁組先だってよりどりみどりだ! どれだけお前の兄上たちが立派だとしても、家に迎え入れる以上は優秀な人間が欲しいに決まってんだろ! その優秀な兄上たちばっかり見るの辞めろよ! ちょっとは同い年のほうも向けよ!」
「で、も……君は……!」
「うちは別に稼業だから継ぐだけで、そこに選ばれたとか恵まれたとか、そんなんはないよ! だからクリフォードは羨ましいし、妬ましいけど。そんなの、お前を追いやったところで俺が偉くも強くもなる訳ないだろ!」

 だんだん、エルマーの手を振り解こうとするクリフォードの力が弱まってきた。それを見計らって、怪盗トリッカーは駆けて行った。彼女は魔道具の力を切った。

「……!? 怪盗、トリッカー……?」
「ごきげんよう、騎士さん。あなたの妬みや嫉み、よく聞かせてもらったわ。それを抱えて生きるのは大変ね。でも」

 怪盗トリッカーはできる限り言葉を選んだ。
 クリフォードの悩みは、おそらくエルマーよりもイヴリルのほうがよくわかっているという自負はあるが。彼が欲しいものは、きっと同情や同調ではない。

「それを見せずに抱えて、誇り高く真っ直ぐに生きるあなたは、とても素敵だと思うわ。いつか私を捕まえてね、待っているから」

 優秀であることが当たり前である中、称賛ひとつなく生きることなんて、不可能に近いだろう。
 怪盗トリッカーはひとつお辞儀をすると、鳥籠を開いた。
 女神像の形が、吹き抜ける風に当たって崩れ落ちた砂上の城のように、どんどんと擦り減って、鳥籠の中へと入って行ってしまった。それに彼女は戸を閉めると、そのまま駆け抜けて行ってしまった。
 揉み合っていたはずのエルマーとクリフォードは、呆気に取られてそれを見守っていたが、それも一瞬だった。

「ま、待て! 怪盗トリッカー! 俺たちを騙したのか!?」
「騎士さん、私まだ捕まる訳にはいかないの。全部終わったら捕まえに来てね」

 そう言い残して、怪盗トリッカーは開け放った窓から飛び立ってしまった。

(明日、きっとエルマーは怒っているわね。でも……クリフォードとちゃんと仲直りできてたらいいんだけれど)

 彼女は心底ふたりの仲を心配していたのだが、それを伝える術はなかった。

****

 次の日、イヴリルが王立学園に向かうと、背筋を伸ばして歩いているエルマーが見えた。

「おはよう」
「ああ、おはよう……また怪盗トリッカーに逃げられた……新聞なんていい気なもんさ。王立美術館の遺産を盗まれたってさ!」
「そう……」

 実際問題、女神像が盗まれたことで美術館関係者が相当混乱していることが新聞記事に書かれていたが、さすがに王のお膝元で盗まれたせいなのか国も気まずいと思ったのか、取り扱い方が普段の怪盗トリッカーの記事に比べたらだいぶ小さなものだった。
 しかし新聞で護衛銃騎士団をあげつらわれたことがご立腹なエルマーからしてみれば、取り扱いの大きい小さいはあまり関係ないらしく、いつものように怒っていた。

「全く! 国の芸術をなんだと思ってるんだ! でも……今回ばかりはあんまり怒りたくないというか」
「あら? なにかあったの?」

 イヴリルは自分が脱出してからのいきさつが気になり、思わずエルマーの顔を覗き込んでみるが、職務の話だからなのか、女子に話すには恥ずかしいと思っているのか、なかなか口を割ってはくれない。

「やあやあ、相変わらず君たちは仲がいいね!」

 ふたりで見つめ合い……というより、イヴリルがどうにかエルマーの真意を覗き込もうとしたが、エルマーがなにかを察したのか頑なに目を合わせなかった……をしているのに、突然声をかけられた。
 颯爽と歩く様は、先日会ったときと同じく自信たっぷりな風情のクリフォードであった。それにエルマーは「おはよう」と挨拶をする。

「おはようクリフォード。今朝も元気ね?」
「おはようイヴリル。そしてエルマー。僕は元気だよ」
「そりゃ元気でなによりだよ」
「うん……せっかく探偵が乗り込んでいったというのに、怪盗の罠にはまってしまって醜態をさらしてしまった。次はそうはいかないよ」

 そうきっぱりと言うクリフォードの姿に、イヴリルはほっとする半分、複雑さ半分という心地であった。

(お兄さんたちに対するコンプレックスをどう解消したかはわからないけど、矛先を治めることはできたみたいね。エルマーに続いて追いかけてくる人が増えたのは困るけど……彼の感情をただ、臭いものに蓋をしなくって済んだみたい)

 イヴリルはほっとひと息ついた中、エルマーは彼の態度に鼻息を噴いた。

「怪盗トリッカーを捕まえるのは俺だからな。絶対に負けないから」
「そういうのって、ふたりで仲良く捕まえるものじゃないの?」

 騎士の競争心がいまいちわからないイヴリルがそう尋ねると、なぜかクリフォードとエルマー、ほぼ同時に言ってのけた。

「そういうのじゃないから」

 イヴリルからしてみれば、そういうのが一番、よくわからないのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...