鈴落ちの洞窟

山村京二

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第6章:千鶴子の母

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次の日から、与一の頭の中には大きな疑問が消えなかった。なぜ男性ばかりが犠牲になるのか。なぜ冬の時期に犠牲者が出るのか。なぜ腕や脚が切り取られたような跡があるのか。なぜ、犠牲者が出た時には洞窟の入り口にクマよけの鈴が落ちているのかーー。

考えれば考えるほど分からなくなった。また、与一にはもっと気になることがあった。集落の大人たちに鈴落ちの洞窟の話をすると、賀次郎のように知っている事を教えてくれる人物と、母や祖母のように洞窟に近づくなという事ばかりで、詳しい話をしようとしない人物がいるということだ。

その時、与一にある考えが浮かんだ。

千鶴子の父が犠牲になったと分かった時に、千鶴子の母が言っていた言葉が、何か意味がある気がしたのだ。『うちの順番じゃない』と主張した千鶴子の母はきっと何かを知っているはずだ。もし何かを知っているとしたら、それは鈴落ちの洞窟の秘密に違いない。与一には確信があった。ひとまず、母や祖母の目を盗み、千鶴子の母に話を聞いてみようと思った。

『ごめんください』与一は湖で洗濯をしていた千鶴子の母に声をかけた。

『あら、与一じゃない。この前は大変だったわね。今日はどうしたの?』千鶴子の母はチラッとこっちを見たが、すぐにまた向こうを向いて洗濯を続けた。冬の晴れ間は貴重なもので、作物を取りに行く者が多いが、千鶴子の母は洗濯をしていることが与一は少し気になった。

『畑仕事はしないんですか?』与一の不意の一言に千鶴子の母は一瞬動きを止めたように思えた。『なんでそんなことを?』千鶴子の母は姿勢を変えずに返答した。

『いや、うちの母は晴れているうちに畑の作物を収穫しなきゃってうるさかったもので。どこのうちでも同じなのかなって思いまして。』与一は手ごろな石を湖に投げて水切りをした。『あら、うちはこの前タロイモを収穫したから、今は間に合っているだけよ。』と千鶴子の母は俯いて言った。

与一はまっすぐ湖を見つめながら、深く深呼吸をしてから続けた。

『きっと、千鶴子は気づいてないと思います。ただ不幸な出来事が起きたと思っています。』唐突にそう言った与一に、千鶴子の母は立ち上がった。『どういうこと!?』与一は微動だにせず、湖を見つめながら次のように言った。

『僕もこの想像が自分の思い違いであればいいなと何度も思いました。でも、犠牲者の共通点、洞窟で見たこと、この前おばさんが口にした”順番”という言葉。そして、この地域の状況を考えれば、おのずと答えは出てくるような気がしたんです。千鶴子には、僕のこの考えは伝えていません。きっと千鶴子は真実を知った時、壊れてしまうだろうから。』

『ちょっと・・・』千鶴子の母が口をはさんだ。それを遮って与一はつづけた。

『きっと僕の考えが正しければ、千鶴子の父さんが殺された時、本当は僕が犠牲になる番だったんじゃないんですか?それが、おばさんは分かっていたんじゃないですか?だから、順番じゃないって言ったんですよね?』と与一は捲し立てた。

『千鶴子を傷つけない事が重要なのか、自分たちのエゴを守ることが重要なのか、よく考えていただければいいと思います。』

それだけ告げると、与一は千鶴子の母を残して立ち去ろうとした。

『それと、』与一は立ち去ろうとした歩みを止めて、一言だけ付け加えた。

『それと僕は、この考えを祖母と母にも伝えるつもりです。きっと二人も理解してくれると思います。このまま古いしきたりを続けていても、不幸になる人が増えるだけだって。』与一は小さな声だったが、まっすぐ千鶴子の母の目を見て言い放った。それだけ言うと、与一はそこから立ち去った。

与一はその足で自宅へ帰ると、母と祖母を呼び止めて、鈴落ちの洞窟に行きたいと言った。『何を言っているんだ』と咎められたが、千鶴子の父の死体の残された腕の手の中に衣服の切れ端を見たと伝え、それが誰かの服なのではないかと思っていると伝えた。

もし誰のものか分かれば、千鶴子の父が誰に殺されたのか分かるはずであり、言い伝えとか伝説とかではなく、集落の人間の仕業だということが証明できるはずだと説明した。

母も祖母も黙ったままだったが、与一が一人で洞窟に行くことを好まなかったため、無言のまま与一と共に鈴落ちの洞窟へと足を運ぶことにした。
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