6 / 8
第6章:千鶴子の母
しおりを挟む
次の日から、与一の頭の中には大きな疑問が消えなかった。なぜ男性ばかりが犠牲になるのか。なぜ冬の時期に犠牲者が出るのか。なぜ腕や脚が切り取られたような跡があるのか。なぜ、犠牲者が出た時には洞窟の入り口にクマよけの鈴が落ちているのかーー。
考えれば考えるほど分からなくなった。また、与一にはもっと気になることがあった。集落の大人たちに鈴落ちの洞窟の話をすると、賀次郎のように知っている事を教えてくれる人物と、母や祖母のように洞窟に近づくなという事ばかりで、詳しい話をしようとしない人物がいるということだ。
その時、与一にある考えが浮かんだ。
千鶴子の父が犠牲になったと分かった時に、千鶴子の母が言っていた言葉が、何か意味がある気がしたのだ。『うちの順番じゃない』と主張した千鶴子の母はきっと何かを知っているはずだ。もし何かを知っているとしたら、それは鈴落ちの洞窟の秘密に違いない。与一には確信があった。ひとまず、母や祖母の目を盗み、千鶴子の母に話を聞いてみようと思った。
『ごめんください』与一は湖で洗濯をしていた千鶴子の母に声をかけた。
『あら、与一じゃない。この前は大変だったわね。今日はどうしたの?』千鶴子の母はチラッとこっちを見たが、すぐにまた向こうを向いて洗濯を続けた。冬の晴れ間は貴重なもので、作物を取りに行く者が多いが、千鶴子の母は洗濯をしていることが与一は少し気になった。
『畑仕事はしないんですか?』与一の不意の一言に千鶴子の母は一瞬動きを止めたように思えた。『なんでそんなことを?』千鶴子の母は姿勢を変えずに返答した。
『いや、うちの母は晴れているうちに畑の作物を収穫しなきゃってうるさかったもので。どこのうちでも同じなのかなって思いまして。』与一は手ごろな石を湖に投げて水切りをした。『あら、うちはこの前タロイモを収穫したから、今は間に合っているだけよ。』と千鶴子の母は俯いて言った。
与一はまっすぐ湖を見つめながら、深く深呼吸をしてから続けた。
『きっと、千鶴子は気づいてないと思います。ただ不幸な出来事が起きたと思っています。』唐突にそう言った与一に、千鶴子の母は立ち上がった。『どういうこと!?』与一は微動だにせず、湖を見つめながら次のように言った。
『僕もこの想像が自分の思い違いであればいいなと何度も思いました。でも、犠牲者の共通点、洞窟で見たこと、この前おばさんが口にした”順番”という言葉。そして、この地域の状況を考えれば、おのずと答えは出てくるような気がしたんです。千鶴子には、僕のこの考えは伝えていません。きっと千鶴子は真実を知った時、壊れてしまうだろうから。』
『ちょっと・・・』千鶴子の母が口をはさんだ。それを遮って与一はつづけた。
『きっと僕の考えが正しければ、千鶴子の父さんが殺された時、本当は僕が犠牲になる番だったんじゃないんですか?それが、おばさんは分かっていたんじゃないですか?だから、順番じゃないって言ったんですよね?』と与一は捲し立てた。
『千鶴子を傷つけない事が重要なのか、自分たちのエゴを守ることが重要なのか、よく考えていただければいいと思います。』
それだけ告げると、与一は千鶴子の母を残して立ち去ろうとした。
『それと、』与一は立ち去ろうとした歩みを止めて、一言だけ付け加えた。
『それと僕は、この考えを祖母と母にも伝えるつもりです。きっと二人も理解してくれると思います。このまま古いしきたりを続けていても、不幸になる人が増えるだけだって。』与一は小さな声だったが、まっすぐ千鶴子の母の目を見て言い放った。それだけ言うと、与一はそこから立ち去った。
与一はその足で自宅へ帰ると、母と祖母を呼び止めて、鈴落ちの洞窟に行きたいと言った。『何を言っているんだ』と咎められたが、千鶴子の父の死体の残された腕の手の中に衣服の切れ端を見たと伝え、それが誰かの服なのではないかと思っていると伝えた。
もし誰のものか分かれば、千鶴子の父が誰に殺されたのか分かるはずであり、言い伝えとか伝説とかではなく、集落の人間の仕業だということが証明できるはずだと説明した。
母も祖母も黙ったままだったが、与一が一人で洞窟に行くことを好まなかったため、無言のまま与一と共に鈴落ちの洞窟へと足を運ぶことにした。
考えれば考えるほど分からなくなった。また、与一にはもっと気になることがあった。集落の大人たちに鈴落ちの洞窟の話をすると、賀次郎のように知っている事を教えてくれる人物と、母や祖母のように洞窟に近づくなという事ばかりで、詳しい話をしようとしない人物がいるということだ。
その時、与一にある考えが浮かんだ。
千鶴子の父が犠牲になったと分かった時に、千鶴子の母が言っていた言葉が、何か意味がある気がしたのだ。『うちの順番じゃない』と主張した千鶴子の母はきっと何かを知っているはずだ。もし何かを知っているとしたら、それは鈴落ちの洞窟の秘密に違いない。与一には確信があった。ひとまず、母や祖母の目を盗み、千鶴子の母に話を聞いてみようと思った。
『ごめんください』与一は湖で洗濯をしていた千鶴子の母に声をかけた。
『あら、与一じゃない。この前は大変だったわね。今日はどうしたの?』千鶴子の母はチラッとこっちを見たが、すぐにまた向こうを向いて洗濯を続けた。冬の晴れ間は貴重なもので、作物を取りに行く者が多いが、千鶴子の母は洗濯をしていることが与一は少し気になった。
『畑仕事はしないんですか?』与一の不意の一言に千鶴子の母は一瞬動きを止めたように思えた。『なんでそんなことを?』千鶴子の母は姿勢を変えずに返答した。
『いや、うちの母は晴れているうちに畑の作物を収穫しなきゃってうるさかったもので。どこのうちでも同じなのかなって思いまして。』与一は手ごろな石を湖に投げて水切りをした。『あら、うちはこの前タロイモを収穫したから、今は間に合っているだけよ。』と千鶴子の母は俯いて言った。
与一はまっすぐ湖を見つめながら、深く深呼吸をしてから続けた。
『きっと、千鶴子は気づいてないと思います。ただ不幸な出来事が起きたと思っています。』唐突にそう言った与一に、千鶴子の母は立ち上がった。『どういうこと!?』与一は微動だにせず、湖を見つめながら次のように言った。
『僕もこの想像が自分の思い違いであればいいなと何度も思いました。でも、犠牲者の共通点、洞窟で見たこと、この前おばさんが口にした”順番”という言葉。そして、この地域の状況を考えれば、おのずと答えは出てくるような気がしたんです。千鶴子には、僕のこの考えは伝えていません。きっと千鶴子は真実を知った時、壊れてしまうだろうから。』
『ちょっと・・・』千鶴子の母が口をはさんだ。それを遮って与一はつづけた。
『きっと僕の考えが正しければ、千鶴子の父さんが殺された時、本当は僕が犠牲になる番だったんじゃないんですか?それが、おばさんは分かっていたんじゃないですか?だから、順番じゃないって言ったんですよね?』と与一は捲し立てた。
『千鶴子を傷つけない事が重要なのか、自分たちのエゴを守ることが重要なのか、よく考えていただければいいと思います。』
それだけ告げると、与一は千鶴子の母を残して立ち去ろうとした。
『それと、』与一は立ち去ろうとした歩みを止めて、一言だけ付け加えた。
『それと僕は、この考えを祖母と母にも伝えるつもりです。きっと二人も理解してくれると思います。このまま古いしきたりを続けていても、不幸になる人が増えるだけだって。』与一は小さな声だったが、まっすぐ千鶴子の母の目を見て言い放った。それだけ言うと、与一はそこから立ち去った。
与一はその足で自宅へ帰ると、母と祖母を呼び止めて、鈴落ちの洞窟に行きたいと言った。『何を言っているんだ』と咎められたが、千鶴子の父の死体の残された腕の手の中に衣服の切れ端を見たと伝え、それが誰かの服なのではないかと思っていると伝えた。
もし誰のものか分かれば、千鶴子の父が誰に殺されたのか分かるはずであり、言い伝えとか伝説とかではなく、集落の人間の仕業だということが証明できるはずだと説明した。
母も祖母も黙ったままだったが、与一が一人で洞窟に行くことを好まなかったため、無言のまま与一と共に鈴落ちの洞窟へと足を運ぶことにした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

扉の向こうは黒い影
小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。
夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。
【完結】人の目嫌い/人嫌い
木月 くろい
ホラー
ひと気の無くなった放課後の学校で、三谷藤若菜(みやふじわかな)は声を掛けられる。若菜は驚いた。自分の名を呼ばれるなど、有り得ないことだったからだ。
◆2020年4月に小説家になろう様にて玄乃光名義で掲載したホラー短編『Scopophobia』を修正し、続きを書いたものになります。
◆やや残酷描写があります。
◆小説家になろう様に同名の作品を同時掲載しています。
The Last Night
泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。
15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。
そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。
彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。
交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。
しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。
吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。
この恋は、救いか、それとも破滅か。
美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。
※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。
※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。
※AI(chatgpt)アシストあり
十一人目の同窓生
羽柴田村麻呂
ホラー
20年ぶりに届いた同窓会の招待状。それは、がんの手術を終えた板橋史良の「みんなに会いたい」という願いから始まった。しかし、当日彼は現れなかった。
その後、私は奇妙な夢を見る。板橋の葬儀、泣き崩れる奥さん、誰もいないはずの同級生の席。
——そして、夢は現実となる。
3年後、再び開かれた同窓会。私は板橋の墓参りを済ませ、会場へ向かった。だが、店の店員は言った。
「お客さん、今二人で入ってきましたよ?」
10人のはずの同窓生。しかし、そこにはもうひとつの席があった……。
夢と現実が交錯し、静かに忍び寄る違和感。
目に見えない何かが、確かにそこにいた。
鵺の歌会
猩々けむり
ホラー
「実話怪談を取材したのち、実際に現場へ行ってあわよくば体験して欲しい。そして身に迫るような怖い記事を書いて欲しい」
出版社から漠然とした依頼が来たのは、蒸し暑い八月のある日。
銀蝿の飛び交う高円寺のワンルームで、オカルトライターの木戸は懊悩していた。
樹海に潜入したり、最強と謳われる心霊スポットに突撃したり、カルト教団を取材したり、一般的に『怖い』と呼ばれる場所は散々行ってきたが、自分自身が『怖い』と感じることはなかった。
ゆえに、『怖い記事』というものが分からないのである。
さて、どうしたものかな、と頭を抱えていたところ、示し合わせたかのように、その出版社に勤める友人から連絡が入った。彼が電話で口にしたのは、『鵺の歌会』という、廃墟で行われる歌会の噂だった。
Twitter(X)やっています。
お気軽にフォロー、お声がけしてください。
@shoujyo_kemuri
ゾンビばばぁとその息子
歌あそべ
ホラー
呼吸困難で倒れ今日明日の命と言われたのに、恐るべき生命力で回復したばあさんと同居することになった息子夫婦。
生まれてこのかたこの母親の世話になった記憶がない息子と鬼母の物語。
鬼母はゾンビだったのか?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる