2 / 8
第2章:洞窟の噂
しおりを挟む
与一も15歳を過ぎると、すでに体は大きくなっており、集落の中でも大人扱いされるような立場になっていた。力も強く、長老である祖母を持っているため、小さな集落ではそれが自然なことに思えた。
年を重ねるにつれて、与一は父が消えたとされる『鈴落ちの洞窟』について興味が湧いてきた。正確に言えば、もしかしたら自分が犠牲になるかもしれないという薄っすらとした恐怖もあってのことだ。
幼馴染の弥生とは、家も隣で仲が良かった。弥生の家は与一と同じように父が居らず、これもまた、鈴落ちの洞窟に消えていったと言われていた。ただ、弥生の父の弟、つまり叔父は、冬場の狩りの最中に一度だけ鈴落ちの洞窟で奇妙な体験をしたことがあるという数少ない人物だった。
賀次郎(がじろう)という名前の弥生の叔父は、父とは違って昔から体が弱く痩せていた。今も、ほかの男たちに比べて体が小さく力も弱いため、どちらかというと女衆に交じって田植えや機織り(はたおり)をしていることが多かった。
賀次郎は体が小さい割に、ハキハキと喋る男だった。
『俺が17になる年だった。兄さんはもう二十歳を超えてたから、父さんたちに交じって冬になるまでは猪を追いかけてたんだ。俺は走ることが出来なかったから、母さんと家で薪割りを手伝ってたんだ。兄さんが戻ってくるのが遅かったから、母さんに言われて山の方へ見に行った時なんだ。』
賀次郎は薄い衣服の襟元を、両手で引き寄せて身を縮めた。
『ちょうどあの鈴落ちの洞窟の入り口のところから、鬼火が見えたんだよ』
『鬼火?』与一は大きな疑問を投げかけた。
『ああ、鬼火だよ。死んだ人が魂だけになって現れるとか、神様が怒っているんだとか聞いたことがあるが、とりあえず俺が見たのは、洞窟の奥の方で橙色をした鬼火だったんだ。』
賀次郎はしっかりとした口調で与一に語り掛けた。鬼火というのは、地方の言い伝えにはよくある話で、ほとんどが山火事を見たり、山で焚火をしている姿を遠くから見ている場合がほとんどだ。しかし、賀次郎の場合は洞窟の中で鬼火が見えたという点が特異な点だった。洞窟の中は鍾乳洞に近い湿った場所になっているため、火が出るような要素がなかったのだ。
『それとな』賀次郎は身を乗り出して話をつづけた。
『洞窟の近くに行って初めて鬼火が見えたんだが、山を登っている最中に奇妙な音が聞こえたな。低くて大きな音だったが、ドーーン、ドーーンっていう音が辺り一面に響いているような音がしていた。どこから聞こえたのか分からなかったがな。』賀次郎が言い終わると、与一の背中に祖母の声が聞こえた。
『そんな話はデタラメだ!神様を粗末にしたらいかん!』
ゆっくりとした口調ではあるが、諫めるような祖母の口調に賀次郎は口を閉じた。与一の祖母は年寄りだということもあって、神様の存在を集落の人間に強く説いていた。だからこそ、与一にもあの洞窟には近づいたらいけない、命を取られたらどうするんだと何度も言い聞かせていた。
祖母がそう言って家に戻ると、与一は弥生と顔を見合わせた。
祖母が居なくなったと同時に、賀次郎が二人に手招きする仕草をしながら、小さな声でこう続けた。
『実はな、これは俺の親父、つまり弥生のじいちゃんになるが、そのまた父ちゃんから聞いた話だ。あそこの洞窟は昔から墓の代わりに使われていたらしいんだ。この辺の地域は雪が降ったら場所が分からなくなることがあるだろ?死んだ人を普通に埋めちまうと、雪が降って天国への道が閉じられちまうし、死んだ人間の家族もどこに埋めたか分からなくなっちまう。だから、目印としてちょうどいいあの洞窟に死んだ人を放り込んでたっていう噂もあるって話だ。』
囲炉裏の揺らめきに照らされた賀次郎の体は、壁に小さく細い影を映し出していて、まるで死神のように見えた。賀次郎の話の真偽は分からないものの、与一と弥生にとって、何かある曰く付きの場所であるということだけは確かな事実と言って間違いなかった。
年を重ねるにつれて、与一は父が消えたとされる『鈴落ちの洞窟』について興味が湧いてきた。正確に言えば、もしかしたら自分が犠牲になるかもしれないという薄っすらとした恐怖もあってのことだ。
幼馴染の弥生とは、家も隣で仲が良かった。弥生の家は与一と同じように父が居らず、これもまた、鈴落ちの洞窟に消えていったと言われていた。ただ、弥生の父の弟、つまり叔父は、冬場の狩りの最中に一度だけ鈴落ちの洞窟で奇妙な体験をしたことがあるという数少ない人物だった。
賀次郎(がじろう)という名前の弥生の叔父は、父とは違って昔から体が弱く痩せていた。今も、ほかの男たちに比べて体が小さく力も弱いため、どちらかというと女衆に交じって田植えや機織り(はたおり)をしていることが多かった。
賀次郎は体が小さい割に、ハキハキと喋る男だった。
『俺が17になる年だった。兄さんはもう二十歳を超えてたから、父さんたちに交じって冬になるまでは猪を追いかけてたんだ。俺は走ることが出来なかったから、母さんと家で薪割りを手伝ってたんだ。兄さんが戻ってくるのが遅かったから、母さんに言われて山の方へ見に行った時なんだ。』
賀次郎は薄い衣服の襟元を、両手で引き寄せて身を縮めた。
『ちょうどあの鈴落ちの洞窟の入り口のところから、鬼火が見えたんだよ』
『鬼火?』与一は大きな疑問を投げかけた。
『ああ、鬼火だよ。死んだ人が魂だけになって現れるとか、神様が怒っているんだとか聞いたことがあるが、とりあえず俺が見たのは、洞窟の奥の方で橙色をした鬼火だったんだ。』
賀次郎はしっかりとした口調で与一に語り掛けた。鬼火というのは、地方の言い伝えにはよくある話で、ほとんどが山火事を見たり、山で焚火をしている姿を遠くから見ている場合がほとんどだ。しかし、賀次郎の場合は洞窟の中で鬼火が見えたという点が特異な点だった。洞窟の中は鍾乳洞に近い湿った場所になっているため、火が出るような要素がなかったのだ。
『それとな』賀次郎は身を乗り出して話をつづけた。
『洞窟の近くに行って初めて鬼火が見えたんだが、山を登っている最中に奇妙な音が聞こえたな。低くて大きな音だったが、ドーーン、ドーーンっていう音が辺り一面に響いているような音がしていた。どこから聞こえたのか分からなかったがな。』賀次郎が言い終わると、与一の背中に祖母の声が聞こえた。
『そんな話はデタラメだ!神様を粗末にしたらいかん!』
ゆっくりとした口調ではあるが、諫めるような祖母の口調に賀次郎は口を閉じた。与一の祖母は年寄りだということもあって、神様の存在を集落の人間に強く説いていた。だからこそ、与一にもあの洞窟には近づいたらいけない、命を取られたらどうするんだと何度も言い聞かせていた。
祖母がそう言って家に戻ると、与一は弥生と顔を見合わせた。
祖母が居なくなったと同時に、賀次郎が二人に手招きする仕草をしながら、小さな声でこう続けた。
『実はな、これは俺の親父、つまり弥生のじいちゃんになるが、そのまた父ちゃんから聞いた話だ。あそこの洞窟は昔から墓の代わりに使われていたらしいんだ。この辺の地域は雪が降ったら場所が分からなくなることがあるだろ?死んだ人を普通に埋めちまうと、雪が降って天国への道が閉じられちまうし、死んだ人間の家族もどこに埋めたか分からなくなっちまう。だから、目印としてちょうどいいあの洞窟に死んだ人を放り込んでたっていう噂もあるって話だ。』
囲炉裏の揺らめきに照らされた賀次郎の体は、壁に小さく細い影を映し出していて、まるで死神のように見えた。賀次郎の話の真偽は分からないものの、与一と弥生にとって、何かある曰く付きの場所であるということだけは確かな事実と言って間違いなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
呪部屋の生贄
猫屋敷 鏡風
ホラー
いじめっ子のノエルとミエカはミサリをターゲットにしていたがある日ミサリが飛び降り自殺をしてしまう。
10年後、22歳になったノエルとミエカに怪異が襲いかかる…!?
中2の時に書いた訳の分からん物語を一部加筆修正して文章化してみました。設定とか世界観が狂っていますが悪しからず。
FLY ME TO THE MOON
如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!
没考
黒咲ユーリ
ホラー
これはあるフリーライターの手記である。
日頃、オカルト雑誌などに記事を寄稿して生計を立てている無名ライターの彼だが、ありふれた都市伝説、怪談などに辟易していた。
彼独自の奇妙な話、世界を模索し取材、考えを巡らせていくのだが…。
四季子らの呪い唄
三石成
ホラー
潜入捜査を専門とする麻薬取締捜査官の浅野は、勾島という有人島で行われる調査に、植物学者として参加することになった。勾島に、ドラッグ原材料の栽培、製造疑惑が浮上したからである。
浅野を含めた調査隊は、ガイド代わりに、島に住む四季子と呼ばれる子供たちと行動を共にすることになる。島民たちは調査隊を歓迎し、和やかな空気のままに調査が進む。
しかしある朝、衝撃的な死体が発見される。
目に映るものは幻覚か、それとも真実か。絶海の孤島を舞台にしたミステリーホラー。
ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~
夜光虫
ホラー
仲の良い双子姉弟、陽向(ヒナタ)と月琉(ツクル)は高校一年生。
陽向は、ちょっぴりおバカで怖がりだけど元気いっぱいで愛嬌のある女の子。自覚がないだけで実は霊感も秘めている。
月琉は、成績優秀スポーツ万能、冷静沈着な眼鏡男子。眼鏡を外すととんでもないイケメンであるのだが、実は重度オタクな残念系イケメン男子。
そんな二人は夏休みを利用して、田舎にある祖母(ばっちゃ)の家に四年ぶりに遊びに行くことになった。
ばっちゃの住む――大杉集落。そこには、地元民が大杉様と呼んで親しむ千年杉を祭る風習がある。長閑で素晴らしい鄙村である。
今回も楽しい旅行になるだろうと楽しみにしていた二人だが、道中、バスの運転手から大杉集落にまつわる不穏な噂を耳にすることになる。
曰く、近年の大杉集落では大杉様の呪いとも解される怪事件が多発しているのだとか。そして去年には女の子も亡くなってしまったのだという。
バスの運転手の冗談めかした言葉に一度はただの怪談話だと済ませた二人だが、滞在中、怪事件は嘘ではないのだと気づくことになる。
そして二人は事件の真相に迫っていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる