声にならない声の主

山村京二

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第6章:里子たちの話

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ポールを追い返したマリアはこの家の中で何ができるかを、子供たちの朝食を作りながら考えた。有力な情報が得られるかどうかは分からないが、子供たちにシェリーの話を聞いてみることにした。壁に掛けられたラジオでは相変わらず天気予報とクマ出没のニュースが流れる中、枕を抱えて起きだした子供たちの中からニクソンとブレンダに声をかけた。

『ねぇ、シェリーってお友達知ってる?』

マリアは可能な限りさりげなく、自分の注意はそこにないような素振りでふんわりと問いかけた。するとブレンダが驚くべきことを口にしたのだ。

『シェリーならいつも一緒に遊んでるじゃない。昨日も隣で寝てたよ。』

マリアは驚いてブレンダを二度見した。正直なところ行方不明になっているシェリーと同一人物なのかすら確信はなかったが、ブレンダのハッキリとした答えにもう少し踏み込んで聞いてみることにした。

『ああ・・そうだったわね。今日はシェリーはまだ起きてないの?』ブレンダをまっすぐ見つめながらそう言ったマリアにニクソンが答えた。

『彼女はいつも朝はどこかへ隠れているんだよ。どうしてかっていうと、ママが怖いんだって。シェリーは喋れないからいつもノートを持っているんだけど、ママにノートを捨てられちゃうんだって。だからママが居ない時に一緒に遊ぶんだ。』

驚いた。マリアはこの数日間シェリーという少女を見た記憶もない。無論、ここへ来たばかりで色々な事があったので子供たち全員の名前や特徴を覚えきれていないのも事実だ。ただ、ニクソンが言うようにママ–おそらくバーバラの事だろう–を怖がっているとしたら、シェリーはどこかに隠れているのだろうか。

『そうなんだ。今日はママが居ないからシェリーと遊ぶことが出来るかしら?シェリーは手に怪我をしていたわよね?どっちの手だったかな?絆創膏を貼ってあげたいのよね。』マリアは朝食を並べながらリビングを見回してみたが、シェリーと思しき姿はどこにも見当たらなかった。

家事を済ませてお昼を過ぎたころ、ブレンダを呼び止めてシェリーについて改めて聞いてみた。『ブレンダ、今日はシェリーと遊んだ?私もシェリーと遊びたいんだけどね。』

『今たぶんシェリーの部屋にいるよ。一緒に行く?』そういうとブレンダはマリアの手を取って階段を上り始めた。シェリーの部屋というのは、もしかして夫妻の寝室の隣の例の部屋なのか、以前にあの部屋に入った時には人影は見えなかった。今はただ、ブレンダについて行くしかなかった。

『シェリー?シェリー?どこにいるの?』

ブレンダがそう声をかけると、かすかにキーッっという音を立てながらクローゼットの扉が少しづつ開いた。マリアは少しドキドキしたが、開いたクローゼットに目を奪われた。半分ほど開いたクローゼットから現れたのは、瘦せてしまってはいるが白いワンピースが似合う、バーバラに似た整った顔立ちの少女だった。ニクソンが言った通り、ノートを抱えてクレヨンの箱も一緒に持っていた。

『シェリー、お腹空いてない?』

マリアはまるで、今までもシェリーの存在を認識していたかのような言い方で声をかけた。シェリーは小さくうなずいてその場に座り込んだ。マリアがシェリーに歩み寄ると、クローゼットの中は衣服が掛けられているがそれなりに広く、子供が過ごすには問題ないくらいの大きさだった。しかし、窓もなく夜になると真っ暗になるので、この中でバーバラの目を避けていたのかと思うとシェリーが不憫でならなかった。実の母親に怒られるのが嫌でほかの子供たちとも満足に遊ぶこともできず、真っ暗なクローゼットで一人眠っていたのかと思うと、マリアは少し涙ぐんだ。

『シェリー、一緒に積み木で遊ばない?』マリアは、シェリーが頷いて答えられる形で質問した。シェリーは少し目を見開いてかすかに明るくなった表情で大きく頷いた。

ほかの子供たちと共に遊んでいると、シェリーはマリアの傍に寄って来た。抱えたノートを開いてクレヨンで何か書いているようだった。ノートをひっくり返してマリアに見せると、そこには『ありがとう うれしい』と書かれていた。

マリアは他の子どもたちの目を気にしながら、シェリー自身のことについて尋ねてみた。

『いつもクローゼットの中にいるの?』シェリーは縦にうなずいた。

『ご飯はどうしてるの?』シェリーは遊んでいるニクソンやブレンダを指さしてからその指を自分の方へ向けた。どうやら彼らが自分のところへ持ってきてくれるという事らしい。

『パパやママは嫌いなの?』マリアが尋ねるとシェリーの顔は一瞬強張ったが、シェリーはノートを開いてまたクレヨンをつかんだ。マリアに見せられたノートには『パパ 好き 優しい ママ 怖い 痛い』と書かれていた。これ以上小さなシェリーにバーバラについて聞くのは可哀想だと思ったマリアは『夕飯は何が食べたい?』と話をすり替えた。

シェリーの反応と『ママ 怖い 痛い』という文章から、マリアはシェリーがバーバラから虐待を受けているのではないか、それが理由でバーバラの前には姿を現さず、クローゼットの中で1日のほとんどを過ごしているのではないか、バーバラの虐待の事実を隠すためにクローゼットにいるシェリーを好都合としてピーターとバーバラはシェリーを失踪したことにしていたのではないかと考えた。

そう考えると優しさを感じたピーターにもなぜ隠蔽したのかという怒りが込み上げてきた。それでも、今はシェリーに少しでも明るくなって欲しいという思いから、シェリーが食べたいと言ったハンバーグを作ることにした。
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