声にならない声の主

山村京二

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第3章:もう一つの部屋

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翌朝、バーバラに起こされたマリアは朝食の準備を手伝った。農場で獲れたレタスとトマトをカリカリに焼いたベーコンと一緒にパンに挟んだサンドウィッチだった。ピーターの分は目玉焼きも一緒に作った。子供達にはシリアルと牛乳の量を多く配分して、栄養面に考慮していることが伺えた。

『さ、食べましょ。』

テーブルだと子供たちが座りづらいので、朝食はリビングにあるソファーで食べることが日課になっていた。壁に掛けられたラジオからは今日の天気とクマの出没のニュースが流れていた。

『マリア、朝食が終わったら子供たちと寝室で遊んでてくれる?その間に私は洗濯物と掃除を片付けるから、お昼になったら何か適当に作って食べさせてあげてちょうだい。私はお昼前に買い物に行ってくるわ。』

白いマグカップにコーヒーを注ぎながらバーバラがマリアに言った。マリアは思っていたよりも楽な仕事だと思った。家事はバーバラが分担してくれるし、子供たちも聞き分けがいいので、それほど手がかからなかった。ふと、昨晩の少女の声のことが気になったが、今は黙っておこうと、マリアはバーバラから手渡されたコーヒーに口をつけた。

『それじゃあ、いってくるかぁ』

ピーターがサンドウィッチをひと掴みしてラップにくるむと、トラクターの鍵をポケットに入れて玄関を出ていった。見送る子供たちの頭を撫でた後、ピーターはトラクターに乗り込んでブルンブルンとエンジンをかけた。

子供たちの相手をしていると目まぐるしく1日が終わった。

その晩もピーターとバーバラのセックスは激しかった。マリアはまたかと思ったが、文句を言える立場ではないと我慢するほかなかった。それよりも、二人のセックスが終わった後のほうが気がかりだった。またあの少女の声が聞こえるのではないかと不安になった。その不安は的中した。

マリアは恐る恐るベッドから出ると、子供たちを起こさないように静かな足取りで廊下へ出た。夜空は晴れていたので月明りが窓から差し込んでおり、ランタンを使う必要はなかったが、それでも少女の声がどこから聞こえるのか分からない恐怖と、その声の主が何者なのか分からない不気味さにマリアは震えていた。1階に降りると声は遠くなった気がした。恐らく2階で聞こえているのだろう。そう思ってマリアはまた階段を静かな足取りで上がっていった。

階段を上がってすぐの部屋がマリアにあてがわれた部屋で、その隣が夫妻の寝室、その夫妻の寝室の向こう側にもう一つ部屋があることに気づいた。夫妻の部屋のドアは閉まっていたので奥の部屋を覗きこむと、子供部屋のようだが使っていないような雰囲気があった。

ガランとしたその部屋は、何となく空気が冷たい気がした。部屋の中にはクローゼットがあり、どうやら声はそこからしているらしい。マリアは一瞬た躊躇ったが好奇心のほうが勝っていた。部屋に入りクローゼットの前に立ち、そっとクローゼットの戸を引いた。その瞬間、声は止んだのだ。もちろん、クローゼットの中には何もなかった。マリアは仕方なく自分の部屋へ戻り、悶々とした気分の中静かに朝を迎えた。
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