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第4章:気づいてしまった大家

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それからというもの、玲子は毎週水曜と木曜に大家の家に出向き、他愛もない世間話をするようになった。当然用事がある時は、事前に告げればトヤカク言われることはなかったが、新平の父から聞いていたような、扱いにくい人間性は感じなかったため、大学以外ではそれほど友達の多くない玲子にとっても暇つぶしになるので好都合だった。

週末はだいたい新平と会っていた。ある日新平が玲子の家に来ると、玲子は大家から聞いた例のテレビについてふと思い出し話して聞かせた。

『すごく古いテレビでね。今じゃ見かけないようなダイアル式のチャンネルが付いてるの。それと、変な紙切れが一緒に送らられてきたみたいなんだけど、結局大家さんもその意味が分からなくて放置してるんだって。お子さんを孤児院に預けた後に送られてきたみたいだから、何か関係があるのかもしれないけど、自分が生きてる間に解けなければ処分するんだって言ってたのよ。』

玲子がそう話をすると、新平は閃いたかのような顔で玲子にこう尋ねた。

『それって、単純にテレビのダイアルが暗号になっているんじゃないかな。』

新平は大の相撲好きでその知識を生かして次のように推理した。

東と西というのはダイアルを回す方向を示している。相撲の世界や神事に関わる場合に東は右を、西は左を表すので、恐らくダイアルをその方向に回すということ。
目、両腕、足の指、右目というのはダイアルを回す数を表している。要するに『2、2、10、一回転、1』
これを総合すると、右に2、左に2、さらに左に10、そこから右へ一回転、そして最後に左へ1ということだ。
そうとなれば話は早い。二人は大家の家に向かった。しかし、大家は留守だったらしく、何度か呼び鈴を鳴らしても出てこなかった。玲子が後で大家に伝えるという事にして、新平は自分の家に帰っていった。

新平が帰った後、玲子は図書館へ向かっていた。仮に新平が言う通りブラウン管テレビの謎が解けたとして、その先に何が隠されているのか。ひとつ理解出来ないのは、大家が話した家系の呪いや災いについてだ。玲子は悪いと思いながらも、大家の先祖である富樫家や、京都に伝わる伝承について調べることにした。

土曜日の図書館はいつもより人で溢れていた。

受付で郷土資料の本の場所を聞いた玲子は、図書館の2階の『地方資料・郷土研究』という分類の棚へと急いだ。そこには地方の伝承や歴史について書かれた本がたくさんあったが、京都は比較的大きな都市であるためそれなりに種類が多く、本の選別に苦労をした。

玲子は、京都の財閥の家系図や歴史が載っている本と、郷土文化や伝承についての本を手に取った。財閥の一覧に『富樫』という名前は見当たらず、どうやら家系図を追っていく事は出来ないという事が分かった。一方、伝承についての本には、確かに土地の動物に関わる災いや習わしなどが書かれた項目があった。

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古来より、動物の霊や災いが人々の生活に害を与えるということは珍しくありません。そのため、供物を納めたり祀り碑(まつりひ)を作ることで、人々はその災いを避けようとしてきました。

特に話として多いのは蛇やキツネですが、京都の伝承で多く伝えられているのはオオカミについての伝承です。

山に隣接する京都では、人間が暮らし始める遥か以前より、オオカミをはじめとする獣が多く存在し、その土地で生きてきました。しかし、文明の発達と共に住む場所を追われた動物たちは次第に人間を襲うようになってきました。

オオカミに纏わる伝承としては、子供が生まれた際に、生贄として一番最初の子供を祀り碑に捧げたり、豚やウサギなどの動物を生贄として捧げるという習わしが長く伝えられていますが、特異な例として、人間を嫌ったオオカミの恨みにより、生まれた子供を自ら親が殺してしまうという事があったり、オオカミに襲われた女性がオオカミとの間に子を宿して、奇形の子供が生まれてしまうという説もあります。
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調べてみると、確かに京都に伝わる伝承としては、大家の話に通じるような事がいくつか書かれていた。しかし、多くの伝承や習わしというのは、あくまでも信教と同じようなものであり、子供に対して教育をする為に『悪いことをしているとお化けが出る』というような、ある意味、一定の行動や考え方を禁ずるための作り話によるところが少なくない。

玲子はあまり参考にならなかったと思いながらも、大家の話が全て嘘ではないと感じた。そうだとすると、代々伝わるオオカミの災いが元で、乳飲み子を孤児院に預けることとなった当時の大家の心境は計り知れないものがあっただろうと同情した。

次の日の日曜日、玲子は大家宅を再度訪れた。玄関まで出迎えてくれた大家に、新平と話したテレビの暗号について話をすると、あまり気が進まない様子の大家だったが、せっかく来てくれたからと茶菓子を振舞った。

『それで、あのテレビちょっとお借りしてみてもいいですか?私も話を聞いてしまった以上、気になってしまうというのも本音なので。』玲子はいつも以上に丁寧に大家に話すと、台所にある古いブラウン管テレビに歩み寄った。正直、もしこれで謎が解けたとして、その先に何が待っているのか考えると、玲子は少し怖いという気もした。ただ、今は怖い気持ちよりも好奇心が大きく、玲子の心を埋め尽くしていたので、玲子はそのテレビの前に胡坐をかいた。

『若いのに相撲が好きだなんて、古風な男を捕まえたね。』

大家は新平の書いたメモを真剣な眼差しで見る玲子を茶化した。

テレビの電源を入れて、所謂砂嵐のザーッという音が大家の家の居間に響いた。玲子はダイヤルの矢印を天辺に合わせて一呼吸置いた。ふと大家を見ると、興味はないような事を言っていた割には、じっと玲子の手元を見つめている。

右に2、左に2、さらに左に10、そこから右へ一回転、そして最後に左へ1。

メモリを一つ動かすたびに『ガチャガチャッ』という音がして、玲子は初めてのダイアル式チャンネルに少し戸惑ったが、新平に教えてもらった通りの順番でダイアルを動かした。

しかし、テレビには何の変化も見られなかった。大家が、玲子から新平の書いたメモを受け取って文字を目でなぞっていると、ふとある一文で目を見開いた気がした。

『どうしました?』

玲子が尋ねてみたが、何でもないと大家はメモを玲子に返してしまった。

『やっぱりね、彼の推理は失敗だったのかしら。』大家はそう言うと、居間のテーブルの方に行ってしまった。玲子はその後何度か試してみたが、何度やってもテレビは砂嵐を写すだけで全く何も起こらなかった。それまでの好奇心が嘘のように、玲子は意気消沈してしまった。

大家の家から帰った玲子は、すぐに新平に事の次第を電話で話した。『まぁ、何となくの思い付きだからね。』と新平は言ったが、玲子には何かが引っかかった。考え方は合っているのではないか、あの大家が何か気づいたような間は、何が違うのか分かっているからだったのでないか。でも、本当の手順が私に知られたら、テレビに隠された秘密についても私に知られることになるのが都合が悪いのではないか。

玲子は疑心暗鬼になりながら、その日の夜はしばらく寝付けずにいた。

次の日、月曜日は午後から大学の授業があるので、午前中には身支度を済ませた。適当にテレビをつけて寛いでいると、玄関のチャイムが鳴った。急いで玄関まで行ってみると、そこに立っていたのは新平の父だった。ひどく動揺した様子を察した玲子は『月曜からどうされたんですか?』と聞いてみた。新平の父から発せられた言葉は、玲子も大きな動揺と疑問を感じた。

『お、大家さんが、富樫さんが亡くなりました。』
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