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第2章:掘り出し物件の理由
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玲子は大学の講義を終えると、友達の香織と買い物をしていた。大学生なのでそれほど遊ぶ金があるわけではなく、ウィンドウショッピングをしながら、時間を潰していたというのが正しい。
喫茶店へ入ると、香織が玲子に尋ねた。
『最近どう?新平君とはうまくいってるの?』香織は仲のいい友達の一人だったので、当然玲子も新平とのことは話していた。『うん、もう3年も付き合ってるしお互いに親にも挨拶してるから、多分このまま結婚するかな。』ガヤガヤした喫茶店で、玲子は少し惚気て見せた。
『でも、いい物件が見つからないんだよね~。それだけが今の問題かな。物件さえ見つかれば、あとは仕事頑張って結婚資金を貯めて、結婚したタイミングで寿退社かな?』まさに理想の人生計画だ。まだ大学卒業もこれからという所で、玲子と香織は自分たちの理想の将来について話していた。いつもの事だった。突然、玲子の鞄からポケベルの音が鳴った。
『誰から?』香織が尋ねた。
『あ、新平みたい。”20時に電話する”だって。なんか話があるのかな。』そう言うと、玲子は腕時計を確認し、そろそろ帰ろうと香織に促した。
帰宅すると母が夕食の準備をしていた。今日はロールキャベツとハンバーグだそうだ。母が作るハンバーグは塩加減がちょうどよく、ソースがなくても食べられるので、最近健康を気にしている父が喜んで食べていた。玲子は居間でテレビを観ていた父と、台所で味噌汁を作り始めた母に対して、新平から電話が来る予定だということを告げた。
20時を回ると、ポケベルの連絡通り玲子の家の電話が鳴った。玲子は玄関にある電話まで行くと受話器を取った。
『もしもし、工藤です。』
受話器の向こうから新平の聞き馴れた声が聞こえた。新平は電話口の玲子に対してこんなことを話した。
『あ、玲子か?例の物件の事なんだけど、親父のところでよさそうな物件が見つかってさ。ちょっと古い物件なんだけど大家さんが隣に住んでるから何かあっても安心だし、駅から徒歩5分圏内の平屋で、3DKの間取りなんだ。家賃は毎月25,000円。どうだ?なかなかいいと思わないか?』
築年数は古いということなので、実際に物件を見てから決めればいいとのことだが、それ以外は玲子と新平が探していた条件に当てはまった。玲子はその週の土曜日に父親と一緒に見に行くことを新平に告げ受話器を置いた。
約束の土曜日、待ち合わせの14時よりも少し早く、玲子と父親は新平の父が経営する不動産事務所に車で到着した。町の交番くらいの大きさの建物で、『大森不動産取引』の看板がある以外は特に目立つような建物ではなく、近所の人以外はそれが不動産会社だとは思わないだろう。
少し雑草が生えた駐車場には黒と黄色のロープで仕切り線が敷かれており、駐車スペースは丁度4台分だった。今日は玲子達以外に来客は無さそうだ。
『ごめんください。』玲子が建物に入ると、新平の父親が奥で何やら作業をしていた。『ああ、玲子ちゃんか?あ、工藤さんお久しぶりです。』玲子の父に気づいた新平の父親は、椅子から立ち上がって頭を下げた。
事務所の奥の部屋で待機していた新平も顔を出して、さっそく例の物件を見に行くため、新平の父が運転するワンボックスカーを走らせた。土曜日という事もあり車通りは多かったが、秋口の午後の風は心地よく車の窓から滑り込んできた。
『ここです。』
住宅街にある一軒家の前で新平の父は車を停めた。そこは確かに新しい物件ではないが、古臭いという感じもしなかった。唯一玲子が気になった点と言えば、家の周りをブロック塀で囲ってあり、簡素な門が付いている事くらいだった。防犯上の観点では利点だと思ったが、ブロック塀が自分の背丈よりも高いことが気になったのだ。
『お隣が大家さんなんです。京都のご出身の方なんですが、身寄りはなくて、30年前にこちらに引っ越してきたそうです。その時に自分の家と離れを建てたんですが、もうほとんど使わないし、手入れが大変だからってことで借家に出されて。あ、富樫さん、こんにちわ。』
ブロック塀の外側から小柄な老婆が現れた。この富樫という老婆が大家のようだ。
富樫 恵理子(とがしえりこ)–京都の出身で結婚歴はあるが、現在は独り身。元々の家系が地主だったこともあり、以前も借家をいくつか持っていて生計を立てていた。詳細は分からないが、家族と仲違いしたらしく、手切れ金として受け取った金で引っ越した先のこの土地を購入。自宅と離れを建てたらしい。以前は自宅で煙草屋をやっていたが、歳も歳なので10年前に廃業し、改築して自宅にした。離れは元々自分の住居として使っていたが、現在はほぼ空き家状態なので6年前から賃貸に出していた。
『あー、大森さん、色々世話になっています。あら、そちらのお嬢さんが今日のお客さんかい?新ちゃんと同い年くらいだね。あ、恋仲ってことかしら?』年の功なのか、ただお節介なだけなのか、新平の事を知っているらしく、玲子と新平が恋人同士であることを見通していた。
『若い人にはちょっと好ましくない内装かもしれないけどね、水道代はうちと同じ配管だから払わないつもりで居てくれて構いませんよ。電気とガスもウチの契約とくっついて良ければ、他所のそれより安く上がると思うんだがね。』
玲子にとっては朗報だった。家賃も安い、光熱費は大家の家と同じ契約内で使えば安く済ませられるらしい。新平の父親も頷いているので、恐らく問題があるような事ではないのだろう。あとは、内見をしてみて、気に入るかどうかだけが判断基準のようだ。
『じゃあ、中で詳しいお話をしましょうか。富樫さん、またあとでお声掛けしますね。』そう言って新平の父親は門の錠を外して、玲子たちを中へ招き入れた。
雑草はかなり伸びていたが、入居が決まれば新平の父が手入れをしてくれることになっているらしい。玄関にポストがないので、それだけは自分で購入が必要のようだ。また、塀で囲まれた作りになっているため、車を停めるスペースがない。駅まで近いことを考えると車は必要がないだろう。将来的に必要になったら、その時は近くに駐車場を契約すればいいんじゃないかと、玲子は父と話していた。
一通り内見をしてみたが、意外にも水回りは非常に綺麗で、築年数の古い家にありがちな『嫌な感じ』がなかった。トイレと風呂場もリノベーションされており、外見からは想像できない新しいものだった。玲子は何も問題はないと思ったので、父に契約したい旨を相談した。
ガランとした和室に腰を下ろした新平の父は、間取り図や注意事項説明書などを鞄から取り出した。そして、興味津々で辺りを見回す玲子と玲子の父親を呼び止めて、声を少し落としてこう話し出した。
『実はね、この物件が安い理由がありまして。見てもらった通り、築年数は古いんですが、富樫さんが結構お金持ちなので手入れはしっかりやってくれてたらしいんですよ。だから、物件としての問題点っていうのは玲子ちゃんが言ってた塀が高かったり、ポストが無いくらいの話なんです。』
『というと、ほかにどんな理由が?』玲子の父が天井を見上げながら質問した。すると、新平の父はその理由を話し始めたが、それを聞いて玲子は取り扱い物件が少ない理由が何となく分かった気がした。話が長くて脱線が多いのだ。まとめるとこんな感じだった。
・大家は普段は温厚だが、自分の家族の話になると癇癪を起すので、絶対に触れてはいけない。
・そのため、不動産管理契約に必要な書類で揃わないものがあり、ほかの管理会社がお手上げとなり新平の父が請け負っている。
・京都から出てきた理由は親戚との揉め事と言われているが、実はよくない噂が立っている。
・大家はいつも足袋を履いているが、素足になるのが嫌だという理由でどこでも土足で上がってくる。
・長く放っておいたせいか、近所では心霊現象が起きるのではないかという噂がある。
・夜中になると、どこからともなく高いうなり声が聞こえることがある。
・一つ前の住民は夜中の声が耐えられずに出ていった。
『所謂、なんちゃって瑕疵物件ってことですね。』玲子の父はそうまとめた。
『ええ、ただ、私と新平で1か月くらい住んでみたことがあったんですが、確かに夜に何となく動物のような高い声が聞こえることはあったんですが、犬や猫を飼っている家庭なんてそこら中にありますからね。噂されているような心霊現象ってのも一切確認できなかったし、ちょっと変わった大家さんだからか、尾鰭の付いた話が膨らんでしまったのではないかなと思うんです。』
玲子は少し曇った表情でその話を聞いていたが、新平が事前に確認をしているのなら大丈夫ではないかと安心した。住んでみてどうしてもというのであればその時は何とかすると新平の父が言ってくれたことと、とりあえず様子を見てダメなら実家に戻ればいいという父の助言もあり、玲子は契約をすることにした。
喫茶店へ入ると、香織が玲子に尋ねた。
『最近どう?新平君とはうまくいってるの?』香織は仲のいい友達の一人だったので、当然玲子も新平とのことは話していた。『うん、もう3年も付き合ってるしお互いに親にも挨拶してるから、多分このまま結婚するかな。』ガヤガヤした喫茶店で、玲子は少し惚気て見せた。
『でも、いい物件が見つからないんだよね~。それだけが今の問題かな。物件さえ見つかれば、あとは仕事頑張って結婚資金を貯めて、結婚したタイミングで寿退社かな?』まさに理想の人生計画だ。まだ大学卒業もこれからという所で、玲子と香織は自分たちの理想の将来について話していた。いつもの事だった。突然、玲子の鞄からポケベルの音が鳴った。
『誰から?』香織が尋ねた。
『あ、新平みたい。”20時に電話する”だって。なんか話があるのかな。』そう言うと、玲子は腕時計を確認し、そろそろ帰ろうと香織に促した。
帰宅すると母が夕食の準備をしていた。今日はロールキャベツとハンバーグだそうだ。母が作るハンバーグは塩加減がちょうどよく、ソースがなくても食べられるので、最近健康を気にしている父が喜んで食べていた。玲子は居間でテレビを観ていた父と、台所で味噌汁を作り始めた母に対して、新平から電話が来る予定だということを告げた。
20時を回ると、ポケベルの連絡通り玲子の家の電話が鳴った。玲子は玄関にある電話まで行くと受話器を取った。
『もしもし、工藤です。』
受話器の向こうから新平の聞き馴れた声が聞こえた。新平は電話口の玲子に対してこんなことを話した。
『あ、玲子か?例の物件の事なんだけど、親父のところでよさそうな物件が見つかってさ。ちょっと古い物件なんだけど大家さんが隣に住んでるから何かあっても安心だし、駅から徒歩5分圏内の平屋で、3DKの間取りなんだ。家賃は毎月25,000円。どうだ?なかなかいいと思わないか?』
築年数は古いということなので、実際に物件を見てから決めればいいとのことだが、それ以外は玲子と新平が探していた条件に当てはまった。玲子はその週の土曜日に父親と一緒に見に行くことを新平に告げ受話器を置いた。
約束の土曜日、待ち合わせの14時よりも少し早く、玲子と父親は新平の父が経営する不動産事務所に車で到着した。町の交番くらいの大きさの建物で、『大森不動産取引』の看板がある以外は特に目立つような建物ではなく、近所の人以外はそれが不動産会社だとは思わないだろう。
少し雑草が生えた駐車場には黒と黄色のロープで仕切り線が敷かれており、駐車スペースは丁度4台分だった。今日は玲子達以外に来客は無さそうだ。
『ごめんください。』玲子が建物に入ると、新平の父親が奥で何やら作業をしていた。『ああ、玲子ちゃんか?あ、工藤さんお久しぶりです。』玲子の父に気づいた新平の父親は、椅子から立ち上がって頭を下げた。
事務所の奥の部屋で待機していた新平も顔を出して、さっそく例の物件を見に行くため、新平の父が運転するワンボックスカーを走らせた。土曜日という事もあり車通りは多かったが、秋口の午後の風は心地よく車の窓から滑り込んできた。
『ここです。』
住宅街にある一軒家の前で新平の父は車を停めた。そこは確かに新しい物件ではないが、古臭いという感じもしなかった。唯一玲子が気になった点と言えば、家の周りをブロック塀で囲ってあり、簡素な門が付いている事くらいだった。防犯上の観点では利点だと思ったが、ブロック塀が自分の背丈よりも高いことが気になったのだ。
『お隣が大家さんなんです。京都のご出身の方なんですが、身寄りはなくて、30年前にこちらに引っ越してきたそうです。その時に自分の家と離れを建てたんですが、もうほとんど使わないし、手入れが大変だからってことで借家に出されて。あ、富樫さん、こんにちわ。』
ブロック塀の外側から小柄な老婆が現れた。この富樫という老婆が大家のようだ。
富樫 恵理子(とがしえりこ)–京都の出身で結婚歴はあるが、現在は独り身。元々の家系が地主だったこともあり、以前も借家をいくつか持っていて生計を立てていた。詳細は分からないが、家族と仲違いしたらしく、手切れ金として受け取った金で引っ越した先のこの土地を購入。自宅と離れを建てたらしい。以前は自宅で煙草屋をやっていたが、歳も歳なので10年前に廃業し、改築して自宅にした。離れは元々自分の住居として使っていたが、現在はほぼ空き家状態なので6年前から賃貸に出していた。
『あー、大森さん、色々世話になっています。あら、そちらのお嬢さんが今日のお客さんかい?新ちゃんと同い年くらいだね。あ、恋仲ってことかしら?』年の功なのか、ただお節介なだけなのか、新平の事を知っているらしく、玲子と新平が恋人同士であることを見通していた。
『若い人にはちょっと好ましくない内装かもしれないけどね、水道代はうちと同じ配管だから払わないつもりで居てくれて構いませんよ。電気とガスもウチの契約とくっついて良ければ、他所のそれより安く上がると思うんだがね。』
玲子にとっては朗報だった。家賃も安い、光熱費は大家の家と同じ契約内で使えば安く済ませられるらしい。新平の父親も頷いているので、恐らく問題があるような事ではないのだろう。あとは、内見をしてみて、気に入るかどうかだけが判断基準のようだ。
『じゃあ、中で詳しいお話をしましょうか。富樫さん、またあとでお声掛けしますね。』そう言って新平の父親は門の錠を外して、玲子たちを中へ招き入れた。
雑草はかなり伸びていたが、入居が決まれば新平の父が手入れをしてくれることになっているらしい。玄関にポストがないので、それだけは自分で購入が必要のようだ。また、塀で囲まれた作りになっているため、車を停めるスペースがない。駅まで近いことを考えると車は必要がないだろう。将来的に必要になったら、その時は近くに駐車場を契約すればいいんじゃないかと、玲子は父と話していた。
一通り内見をしてみたが、意外にも水回りは非常に綺麗で、築年数の古い家にありがちな『嫌な感じ』がなかった。トイレと風呂場もリノベーションされており、外見からは想像できない新しいものだった。玲子は何も問題はないと思ったので、父に契約したい旨を相談した。
ガランとした和室に腰を下ろした新平の父は、間取り図や注意事項説明書などを鞄から取り出した。そして、興味津々で辺りを見回す玲子と玲子の父親を呼び止めて、声を少し落としてこう話し出した。
『実はね、この物件が安い理由がありまして。見てもらった通り、築年数は古いんですが、富樫さんが結構お金持ちなので手入れはしっかりやってくれてたらしいんですよ。だから、物件としての問題点っていうのは玲子ちゃんが言ってた塀が高かったり、ポストが無いくらいの話なんです。』
『というと、ほかにどんな理由が?』玲子の父が天井を見上げながら質問した。すると、新平の父はその理由を話し始めたが、それを聞いて玲子は取り扱い物件が少ない理由が何となく分かった気がした。話が長くて脱線が多いのだ。まとめるとこんな感じだった。
・大家は普段は温厚だが、自分の家族の話になると癇癪を起すので、絶対に触れてはいけない。
・そのため、不動産管理契約に必要な書類で揃わないものがあり、ほかの管理会社がお手上げとなり新平の父が請け負っている。
・京都から出てきた理由は親戚との揉め事と言われているが、実はよくない噂が立っている。
・大家はいつも足袋を履いているが、素足になるのが嫌だという理由でどこでも土足で上がってくる。
・長く放っておいたせいか、近所では心霊現象が起きるのではないかという噂がある。
・夜中になると、どこからともなく高いうなり声が聞こえることがある。
・一つ前の住民は夜中の声が耐えられずに出ていった。
『所謂、なんちゃって瑕疵物件ってことですね。』玲子の父はそうまとめた。
『ええ、ただ、私と新平で1か月くらい住んでみたことがあったんですが、確かに夜に何となく動物のような高い声が聞こえることはあったんですが、犬や猫を飼っている家庭なんてそこら中にありますからね。噂されているような心霊現象ってのも一切確認できなかったし、ちょっと変わった大家さんだからか、尾鰭の付いた話が膨らんでしまったのではないかなと思うんです。』
玲子は少し曇った表情でその話を聞いていたが、新平が事前に確認をしているのなら大丈夫ではないかと安心した。住んでみてどうしてもというのであればその時は何とかすると新平の父が言ってくれたことと、とりあえず様子を見てダメなら実家に戻ればいいという父の助言もあり、玲子は契約をすることにした。
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