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後日談の後日談 その2

第2話※ 枕問題(完)

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 ガタン、という衝撃で目が覚めた。床は常にゴトゴトと音を立て、絶えず振動が伝わってくる。なんだ、荷馬車か。

 ———荷馬車?!

「や、目が覚めたかい♪」

 あの後俺は、二度三度とおかわりされて気を失った。フロルに抱き潰されたのは初めてだ。だっていつもは魅了されて、一発終わったらスンと正気に戻って終わりだったから。

 いや、そういうことじゃない。

「ああ、これね。伝令送って持ってきてもらったよ♪」

 ああそうか。暗殺ギルドってネットワークえげつないもんな。この本国までの逃避行の間、それは痛いほど実感した。どの町にもエージェントがいて、民家から宿から商店、交通手段まで何不自由なくカバーされる。荒野の真ん中とはいえ、馬車の手配なんかコンビニ感覚なのだろう。

 荷馬車には何度も乗った。農民はどこにでもいる。カモフラージュにはもってこいだ。乗り心地は置いておいて、横になれるのがいい。俺はのろのろと体を起こし、幌の隙間から外をぼんやりと見遣った。温暖な気候に広大な平原。麗らかな陽光の下には蝶が舞い、遠くの森や林が青々としている。幻想的なまでに平和だ。そりゃ、俺だって寝坊くらい———

 いや、そういうことじゃない。

 俺たちドワーフの国、クリューガー連邦は火山地帯にある。土の精霊と火の精霊の末裔である俺たちが、豊富な地下資源を加工するのに最適な場所だからだ。しかし岩石だらけの荒野。農業資源には乏しい。こうして他国から農産物を届ける荷馬車には事欠かないが、こんな緑あふれる光景にはとんとご縁がない。はずだ。

「フロル。ここ、どこ」

「ああ、びっくりしちゃった?目的地変更だよ♪」

「は?」

「は、ってヒドいなぁ。昨日あんなに愛し合ったじゃないかぁ♪」

「へっ?」

「お嫁さんに来るんでしょ?」

「なっ?」

 お前は何を言っているんだ。

「魅了なしで抱いてなんて、コンラートからそんな熱烈なプロポーズを受けるなんて。僕、ちょっと感激しちゃった♪」



 知らなかった。断じて知らなかったんだ。それが小人族の婚姻の儀式だなんて。

 しかし、結果オーライといえば結果オーライなんだろうか。フロルとの別れを覚悟して最後の情を通わせたつもりが、目覚めたら一転してお嫁さんとか。何それどういう冗談?頭がついて行かない。そしてここ、どこ。

 俺が呆然としていると、フロルが少しずつ説明を加えてくれた。ここは小人族ハーフリングの隠れ里の近く。彼らは妖精フェアリーの末裔だ。エルフのように、野山に隠れ住む。エルフと違うのは、森林に国を構えるのと違って場所を転々と移動すること。定住という概念のない小人族は、頻繁に棲家を移動する。しかも隠密スキルに秀でた種族だ。高度な認識阻害を利用して、その実態は彼らを除いて誰も知らない。そんなとこに俺を連れ込んじゃっていいのか。

 フロルは気にした風もなく、「さ、着いたよ」と荷馬車を止める。草原の真ん中だ。何もない。しかし一匹の蝶がふわりと目の前を横切ったかと思うと、天幕が立ち並ぶ集落が現れた。

「たっだいま~。お嫁さん連れてきたよ♪」

 すると、その場にいた子供たちだけでなく、天幕からもわらわらと子供たちが現れ、俺たちはすっかり取り囲まれた。

「おかえり~♪」「わっすごいドワーフだ!」「ねえねえ名前は?」「いくつ?いくつ?」「どうやって知り合ったの?」「かぁわいい♪」「祝言の準備をしなきゃ♪」「お嫁さん♪お嫁さん♪」「初夜?初夜どうする?」「もうヤっちゃったの?」「やぁだウブねぇ~♪」

 駄目だ。聖徳太子でも相手できん。てか、みんな愛くるしい子供たちなのに、質問が下世話だ。そうだ、彼らは小人族。こんなナリして大人なんだ。いや、子供も混ざってるのか?てか、小人族の子供ってどういう?

「まあまあみんな慌てないで。とりあえず追々、ね?」



 それからは怒涛の展開だった。俺たちは天幕の一つを与えられ、フロルとの共同生活が始まった。フロルとの、というか、集落全体での、と言った方が正しいだろうか。新しい生活に落ち着く間もなく、「水場は知ってる?」「妖精炉の使い方は?」「りんごお裾分け!」「フェーデチカが猪狩って来たって!」と、懐っこい小人族たちがひっきりなしに天幕を訪れる。距離感がおかしいのはフロルだけじゃなかった。小人族全体がそうだったんだ。

 お裾分けのお返しにお裾分けをしていると、料理の腕が知れ渡り、俺は小人族の料理人のようになってしまった。集落には寄り合い所というか、他種族の街で言うお役所のような冒険者ギルドのような大きな天幕があるんだが、そこが唯一の酒場のように機能している。食事も酒も持ち寄りで、朝から飲んだくれには事欠かないんだが、俺は上手い具合に口車に乗せられて、そこに常駐するようになった。

「コンラート、こっち唐揚げ追加ね~♪」

「僕は枝豆!」

「今日の日替わりはオムライス?やりッ♪」

 どうしてこうなった。

「まぁまぁ、新しい土地に馴染むには仕事が一番さ。君も天幕の中で一人フロルの帰りを待つより、こうしていた方が楽しいだろう?」

「ええまあ…」

 長老に諭されながら、俺はフライパンを煽る。確かに、陽気な小人族たちに囲まれてワイワイとやるのは嫌いじゃない。食事を作ると喜ばれるし、要領のいい彼らも気前良く手伝ってくれる。

「えへへ。唐揚げ一個いただき!」

「あっこらっ、ファーテチカ!」

 中にはちゃっかりバイト代を攫っていく強者つわものもいる。小人族の中において、俺は頭半分背が高いドワーフ。力もある。なんだかんだ、みんなのお兄ちゃんみたいなポジションに収まりつつある。



 小人族は勤労意欲には欠けるが、生活力は旺盛だ。みんな身軽で器用なため、森や草原で食料を調達するのもお手のもの、他種族の町に行商に行く者も多く、商売も上手い。あくせくと働かずとも食べ物には事欠かず、毎日飲めや歌えやの騒ぎで人生をフルに謳歌している。「歌、食、愛」とはイタリアの言葉だっけか。雰囲気で言えば、元の世界ではラテンのノリが一番近い。

 そして小人族の一番の稼ぎ頭といえば、暗殺ギルドだ。その長たるフロルは俺を里に案内して、すぐに出かけて行った。しかし二週間ほどで戻ってきた。「辞めて来ちゃった♪」だそうだ。

「ちょっおまっ…裏社会からそんな易々と」

「別に僕じゃなくても代わりはいっぱいいるよ?」

 そうなのだ。フロルは9代目らしい。しかもギルド長の9代目ではなく、「9代目フロル」だ。なにそれ、歌舞伎役者?てか、フロルみたいな化け物が何人もいたら、ちょっと怖いんですけど。

「ああ、別にトップは強くなくていいんだ。単なる取りまとめ役だからね♪」

 ちなみに歴代最強は6代目フロルらしい。意味分からん。てか、西洋の名前ってあんまりバリエーションないよね。それは分かる。分かるけど。

 他民族からアジア人を見たら区別がつかないように、他種族から見たら小人族は個人の見分けが付きにくい。髪の色や瞳の色、顔の造作なんかは一人一人違うものの、みんな人間族ヒューマンの子供みたいな外見。しかも名前が被りまくりとか。だけど、だからこそ隠密や斥候(という名の暗殺者)に向いてるんだそうだ。どこの街にも子供はいるしな。潜入なんかにはもってこいだ。

「お嫁さんも来たし、これからはのんびり隠居かな♪あっ、僕にも唐揚げね♪」

「へいへい」

「へへっ、フロルの唐揚げ一個も~らいっ♪」

「あっ、ファーテチカ!女の子がお行儀悪いって言ってるだろ!」

「もう婆ちゃん!す~ぐ人のを持ってく。手癖悪いんだから」

「い~じゃん、フロルのケチぃ」

 えっ、お婆ちゃん…?

「ああ、紹介してなかったっけ。父方の祖母のファティマ」

「えへへぇ。フロルのお嫁さんが料理上手で嬉しいよぉ♪」

 集落で一番の末っ子キャラのファーテチカが、まさかのフロルのお婆ちゃんだったなんて。分からない。小人族の年齢が分からない。てかフロル、お前いくつよ…?



 そんなこんなで目まぐるしく過ぎる毎日だが、夜はフロルと同じ天幕で二人きり。ずっと魅了するしないの攻防を繰り返し、からの「囲む会」で乱交三昧。まともにセックスしたのは、逃避行の最後の夜だけだ。今更どんな顔で夜を過ごせばいいのか。

「もう、照れちゃってんの?あんなに情熱的にプロポーズしてくれたのに♪」

 くすくすと笑いながら、フロルがベッドに上がってくる。

「だっ、ちょっ、馬っ、」

「か~わいい♪」

 フロルの瞳がマゼンタ色に光る。ちょっ、この期に及んで魅了とか———



「はんっ!はぁぁんッ!!!」

 ゆさっ、ゆさっと揺さぶられながら、狂おしいほどの愛しさに灼かれる。フロルを受け止めて震えるカラダ、あふれる涙、こぼれる吐息。最初こそ、何とも思っていなかった男に抱かれて、魅了が解けた時の違和感は半端なかった。だけど今は、魅了されてもされなくてもさして変わらない。その事実に気付いて、俺は嬉しさと恥ずかしさでまたアクメする。

 かつてフロルが言っていた。「魅了って本人の欲望を暴くだけで、思い通りに操るスキルじゃない」って。俺は前世クーデレのクリスタちゃん推しだったんだけど、フロルの魅了を受けるたびになぜか彼女に感情移入したような、彼女に成り切っちゃったような自分になって戸惑っていた。だけど本当は、俺自身が彼女のような「デレ」を隠し持っていたんだ。だから彼女に惹かれたのかもしれない。

 そんな「デレ」に引きもせず、俺に合わせて甘々に抱いてくれるフロル。もしかしたら、俺たちはすごく相性がいいのかもしれない。いや、彼はハーレムの王で、あらゆる性技に長けている、はずだ。俺みたいな童貞をコロッと惚れさせるのなんか、赤子の手を捻るよりも簡単だろう。俺なんか———

「うぅっ。フロルぅ」

「ふふっ、泣き虫さんだな。どうしたの」

「…しゅきら…」

 ああもう。惚れた方の負けだ。お嫁さんなんて、何かのジョークに違いない。だけど仕方ないだろ。好きになっちゃったんだから。

 大丈夫。異世界日本は離婚大国だ。三組に一組は離婚するんだ。結婚なんて幻。慣れっこだ。俺は独りでも生きていける。前世だってそうだった。だから大丈夫。

「らいじょぶ、らから、おれッ…」

「んもう。どんだけ僕を煽ったら気が済む、のッ!」

「んああ!!!」

 フロルに強く抱かれて、思考が粉々になる。気持ちいい。気持ちいい。ずっとこのまま、壊れていたい。



 おかしい。そんな甘々ライフが、あれからずっと続いている。

 フロルは相変わらず、時折「バイト」に出かけては、そそくさと集落に戻ってくる。そしてみんなと仲良く飲み食いして、夜になったら甘々セックス。しかしあれからずっと魅了セックスだ。まあ、正気のまま迫られても小っ恥ずかしくて、どうやって受け入れていいのかは分からない。「いいよ♡」とか言うのか?自分からエロ下着とか着て待ってるのか?この世界にイエスノー枕がないのが悔やまれる。作るべきか。しかし結局毎回流されて「イエス」なんだから、イエスイエス枕だと意味がないような。

 違う、そうじゃない。

「え、だってもうちょっと新婚生活を楽しみたいじゃない?」

「は?」

 お前は何を言っているんだ。

「魅了で避妊しないと、赤ちゃんが出来ちゃうでしょ?まあ、ゆくゆくは欲しいなって思うけどぉ♪」

「えっ?」

「それともすぐに欲しい?情熱的だなぁ♪でも、まだコンラートを赤ちゃんに取られたくないから、追々おいおいね♪」

「あかっ…はっ?」

 その後は順当に魅了されてラブラブエッチになってしまったが、違う、そうじゃない。お前は何を言っているんだ。

 そしてその後、俺は身をもって知るのだった。俺は普通にフロルのお嫁さんで、普通に子供を儲け、普通にラブラブで、いつまで経っても飽きて捨てられる気配がなく。

 おかしい。こんなはずでは。俺は赤子を背負いながら首を傾げ、今日もフライパンを振るのだった。
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