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後日談の後日談 その1

第2話 対戦

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 噂によれば、すぐにでも決着をつけようとしたディルクに対して待ったがかかり、開催準備に二月ほど費やされた。だって世界屈指の猛者たちによる最強決定戦だ。世紀の大イベントを前に、国内外からの問い合わせが殺到し、次いで観光客が押し寄せた。伯爵領の商機に結び付けたい伯爵様と商人たち。それに対して「王太子が出るのだ、開催は是非王都で」と捩じ込んで来る王家、「いやいや皇帝も子爵も帝国の」と横槍を入れる帝国幹部。しかし当の本人たちは、さっさと決着を付けたいのだ。すったもんだの末、決定戦は予定通り領都の闘技場で行われた。

「さあやって参りました世紀の対決。まずは今回の言い出しっぺ、ベルゲングリューン帝国子爵、ディートフリート・フォン・ディッテンベルガー閣下!」

 わああああ~~~。ディルクのおばあちゃんが伯爵家のご令嬢というのは、領民にはよく知られているようだ。ここはホームグラウンド。歓声はひときわだ。

「対するは、王国が誇る勇者。王太子アイヴァン殿下!」

 おおおおお~~~。意外にもアイヴァン殿下は国民に人気だ。端正な顔立ちに、聖剣に選ばれたというネームバリューは伊達じゃない。あそこは短剣だけど。

「いきなり屈指の好カードです。斧対剣、力と力のぶつかり合い。非常に楽しみですね!解説はベルゲングリューン帝国皇帝付き侍従長、バルナバス閣下にてお届けします」

「どうも、バルナバスです」

 魔道具で鳴り響くアナウンスは、元祖無表情淫魔ベルタのもの。いやいや、声だけノリノリとかどういうスキル。そしてバルナバス氏、どうもじゃねぇよ。てかこの放送席、なに。「巡礼の聖人」ことバルドゥル———もとい、魔王兼皇帝陛下と、後ろに控える大剣使いボニファティウス。そしてお付きのバルナバスが解説の、次期魔王がアナウンサーとか。

「まあまあ、賞品はどんと構えて、ね?」

 満面の笑みでニッコニコのバルドゥル氏。大体コイツが諸悪の根源と言えなくもない。結局誰が何を言ったって、魔王兼皇帝の鶴の一声で全てが決まってしまうのだ。いや待て、ツッコミ所はそこじゃない。賞品って。「まったく、君のアナルが世界を牛耳る日が来るなんてね!」じゃねぇよ。ああほらもう、伯爵様が無表情でこっち見てる!そして事情を知る街の人も、観覧席から俺を見てひそひそしてる。死だ。晒し首だ。社会的な。

「フン、箱入りのお坊っちゃまか。悪ィが、順当に勝たせてもらうぜェ?」

「口を閉じよ。コンラートは渡さぬ。余が聖剣の錆にしてくれよう」

 しかし舞台上で隙のない構えを見せる両者に、やがてスタジアムがしんと静まる。むせかえるほどの熱気に包まれながら、真冬の雪原のような緊張感が全員の背筋を凍らせる。

「———参る」

「来い!」

 その一言を合図に、二者の闘気がぶわりと広がり、姿がかき消えた。やがてキン、キンという剣戟けんげきとともに、舞台のあちこちで火花が散る。

「ッはァ!勇者ってのは伊達じゃねェみてェだなァ!」

「くっ!巨大な戦斧を軽々と…!!」

「おおっと、さすが伝説の勇者!華麗な剣捌きに観客の誰もが魅了されている!」

「剣速も正確さも申し分ない。一撃一撃が的確にディルク殿の急所を突くものだ」

「しかしディルク閣下も負けてはいませんね!」

「あの剣速に対応するスピード。想像を絶する膂力りょりょくだ」

「あの重い攻撃を受け切る殿下も凄まじい身体能力ですね!」

「ああ。だが残念ながら、実戦経験の差は埋められないと見た」

 勝負は無情だ。殿下の正確で美しすぎる剣技に対し、実戦を積んだディルクの変幻自在な斧捌き。一合、二合と殿下が対応し損ねると、そこからディルクが畳み掛ける。

「———参った」

 首元に斧を突きつけられた殿下が、悔しそうに絞り出す。そこで試合は終了だ。

「勝者、ディッテンベルガー子爵!」

 わああああ~~~!!!

「へっ、悪くねェ試合だったぜ」

「悔しいが完敗だ。しかしコンラートは諦めぬ」

「ハッ、受けて立つぜ、何度でもよ」

 ディルクが殿下に手を差し伸べ、ガッと固い握手が交わされる。ドリンク剤のCMのようだ。俺を囲む会で何度も裸の付き合いを重ねたせいか、奴らは妙に仲が良い。いや、そういうことじゃない。一体何の兄弟なのか。



「続きましては第二戦!白百合の騎士ことボス・ゲースト太公代理!」

 きゃああああ~~~。黄色い声援が闘技場に響き渡る。舞台の中央に進み出るのは、レンジャーの軽装に身を包んだアールト。輝く絹糸を一つに結い上げ、背中には優雅な精霊弓エルフィンボウ。そして手元にはスラリと抜いた聖銀ミスリルの片手剣。手甲てこうにはいくつもの精霊石がきらきらと。どこから見ても芸術品だ。エルフ様てぇてぇ。

「対しまして、全てが謎に包まれた伝説の斥候フロルぅ!」

 ざわ、ざわ。こちらは観客席からの反応が様々だ。「えっ、あんな子供が?」「小人族ハーフリングだろ」というのが大半、中には「『フロル』が出張でばって来るとかどういうことだ」「まさか暗殺ギルドと大公国との全面対決?!」という、多少事情を知る者の狼狽。そしてスタンドの一角を占める美女軍団からは「リーダー頑張ってー♡」という熱い声援。ちくしょう、ハーレム王め…!

「悪いが勝たせてもらう」

「殺しちゃダメなんだよね?う~ん、難しいなぁ」

「二人とも飄々と振る舞っているように見えて、脱力した構えに一切の隙が見られませんね!」

「まさに達人の領域。両者とも実力に底が見えぬ」

 気の抜けたやりとりをしていたように見えて、一瞬フロルの姿が揺らいだ。

「!」

 アールトは咄嗟に剣を捌き、虚空にキンと金属音が響く。

「今のは何が起こったんでしょうか?」

「フロルが短剣を抜くと見せかけて、銃と呼ばれる暗器から弾丸を射出した。アールトはそれを見切って剣で叩き落としたというところだ」

「ああもう。こんなに見られてちゃ、分が悪いよね」

「油断も隙もないドブネズミめ———行くぞ!」

 アールトが一声発した瞬間、手甲を飾る幾多の精霊石がふわりと宙を舞い、縦横無尽に雷撃を放つ。ファンネルだ!リアルファンネルふおおおおお~~~!!!

「ち!面倒臭い、なッ!」

「おおっと!目にも留まらぬ速さで避けて弾くフロル選手!動体視力と反射神経は一体どうなっているんでしょうか!」

「くそッ、ちょこまかと小賢しい!」

「無数の遠隔攻撃に併せて、太公代理の剣技も見事。しかし当たらなければ意味がない」

 俺の目には、一体何が起こっているのかさっぱり分からない。チュンチュンとビームが飛び交う中、時折見え隠れする二人の姿と剣の音。

「やりッ、獲った!———って、えっ?」

 しかし一瞬アールトの背後を取り、細い暗器で首元を狙ったフロルが何物かに弾かれてバク転で回避。

「フハハ、雑魚め。もらった!」

 アールトは青く光る聖銀の剣をフロルに付きつける。当然フロルは余裕で回避したが、

「んもう!モンジュボサツにヤクシニョライ、状態異常防御ガッチガチじゃんか。やめやめ!」

「おや、フロル選手が投降しました。これは?」

「太公代理の充実した装備に、フロルが打つ手なしと判断したようだ」

「勝者、ボス・ゲースト太公代理!」

 わああああ~~~!!!

「ちぇっ。そんなのいくつも持ってたら、勝負になんないじゃん」

「ふっ、全てコンラートから貰い受けたもの、何とでもホザけ。そもそもお前こそ、最初から手の内を見せるつもりはなかっただろう」

「ははっ、まぁね。楽しかったよ、アールト♪」

 フロルはひらりと手を挙げて舞台を降りた。彼は暗殺ギルドの長。目立つ舞台で活躍する気はなかったようだ。
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