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第1話 転生したらドワーフでした

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 あ…ありのまま、今起こったことを話すぜ。

 朝起きたらドワーフでした。

 な…何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった。



 俺はドワーフのコンラート。朝起きたら前世の記憶が生えていた。もちろんちゃんと今世の記憶もある。前世は人間族ヒューマンだった。魔法がない代わりに、科学文明の発達した世界で暮らしていた。

 前世の俺は、異世界転生に憧れていた。転生したら、ハーレム築いてキャッキャウフフ。もしくは、孤高のエルフで魔法無双。いや、魔族もいいかもしれない。銀髪紅目の細マッチョ、ktkrキタコレ。毎日そんなことを妄想しながら、満員電車に揺られていた日々。

 だがしかし、ドワーフは聞いてねぇよ。

 ドワーフっつったらアレだろ、街の片隅に工房を構えるガチムチ髭もじゃオッサンで、酒とオリハルコンを渡したら伝説の剣を打ってくれるっていう、凄腕鍛治師。

 いやだああ!

 俺の夢見ていた異世界転生はコレじゃない。美少女入れ食いのウハウハイケメン細マッチョじゃなきゃ嫌だ。ドワーフは気のいいサポートNPCなんだよ。なりたいのはドワーフじゃないんだよ!!

「はぁ…」

 発狂しそうな現実をため息に変えて、そっとベッドから抜け出した。

 狭い部屋の姿見に映っているのは、小柄で貧相なチビショタ男。俺はこれでも18、成人済みだ。ドワーフは屈強で体毛が濃いほどモテる。ヒョロヒョロで無毛に近いツルッツルの俺は、完全に非モテである。もちろんそれはドワーフの中でのモテ基準だが、じゃあ他種族にモテるかって言われればそうじゃない。ショタ枠ならショタ枠で、この世界では男も女も愛くるしい小人族ハーフリングが、不動の人気を誇っている。

 始まる前に終わった。俺、今世も魔法使い確定だ。

 まあ、非モテの人生は今に始まったことじゃない。前世からの筋金入り。今世もひっそり、世界の片隅で生きて行こう。泣くな俺。

 とはいえ、そんな俺でも生きる糧には事欠かない。ドワーフは筋力を活かした鍛治師が有名だが、有能な細工師も輩出する。俺は筋力には恵まれなかったが、器用さは人並みだったので、今は細工師工房で見習いをしている。基本職人気質かたぎのドワーフの世界は、コミュ障の俺にも優しい。今日も張り切って仕事に出かけよう。



「おう坊主、アレ出来てっかァ?」

 工房の重いドアを開くなり、常連のディルクがダミ声で叫ぶ。

「ディルクさん、おはようございます。ご用意してますよ」

 俺は注文の閃光弾を10個、カウンターに並べる。消耗品にしては高価だが、命あっての物種ものだね。中堅以上の冒険者には飛ぶように売れる。

 ここのところ、需要はうなぎのぼりだ。あの日、前世の記憶を取り戻した俺は、あやふやなゲーム知識を頼りに、新しいアイテムを次々と生み出して行った。閃光弾もその一つ。洞窟の敵は、強い光と音に弱い。数で押して来る上に攻撃の当たりにくい蝙蝠系のモンスターが、気持ちいいほど一掃出来るらしい。

「これこれ。お陰さんで、コイツがありゃ深層でボロ儲けよ」

 ディルクはニッと嗤う。しかし、そもそも深層まで潜る腕がなければ、消費アイテムも役に立たない。そう言うと、ディルクは大きな手で俺の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。戦斧使いのディルクから見たら、チビの俺なんか子供みたいなもんだろうけど、これでももう成人だから。いや、スナギツネしてる場合じゃない。

「あの、次は湿地のダンジョンに行かれるって聞いたんですが」

 俺はカウンターの下から試作品を取り出した。虫除けスプレー、駆除スプレー、液状の農薬と界面活性剤。これらは元々この世界にあったが、霧状に噴霧するとか、表面張力を奪うとか、そういう発想は無かったらしい。俺が使い方を説明していると、ディルクは「エグいな…」と若干引いていた。

「いざという時は、火炎噴射器としても使えます」

 もちろん本職の魔法には遠く及ばないけどね。しかし、攻撃魔法を使えないディルクは、いたく喜んだ。

 試作品なので、これらはサービスだ。ディルクのような実力のある冒険者にモニターしてもらう。実戦で役に立てば宣伝してもらえるし、改善点があれば教えてくれる。ダンジョン攻略に役に立つようなら、冒険者も稼げるし、僕も工房も潤う。お互いwin-winの業務提携なのだ。

「じゃ、有り難く使わせてもらうな」

「こちらこそ、いつもありがとうございます」

 俺は愛想笑いしてディルクを送り出す。元々ドワーフの中では線の細い俺は、厳つく気難しい連中と違って雰囲気が柔らかいらしく、奉公に来た当初からカウンターを任されていた。更に前世を思い出した今となっては、居酒屋のバイトで鍛えた接客スキルが猛威を奮う。気性の荒い冒険者は、酔っぱらいと同じだ。褒めておだてて、いっぱいお金を落としてもらって、気持ち良く帰ってもらう。

「なあ、お前のアイテムで稼がせてもらってんだ。今度一杯」

「あ、お連れ様がお見えになりましたよ。今日もガッツリ稼いで来てくださいね!」

 一丁上がり。今月も売り上げは好調だ。



 見習いとはいえ、俺も工房の一角を与えられている。客がいない間は、もっぱら商品開発だ。こないだまでは、親方や兄弟子たちの仕事の下請けのようなことをしていたが、今では自由にやらせてもらっている。

 前世、単なるしがないサラリーマンだった俺には、特別な知識も才能もない。だがしかし、ファンタジーの世界は優しかった。大抵のことは、魔石がどうにかしてくれる。スプレーなんかもそうだ。虫が忌避するポーションは既に存在するし、ガスの充填なんて高度な技術はなくとも、風の魔石があれば簡単に作れてしまう。ローテクとローテクを組み合わせて、それっぽいアイテムを作り出すのが楽しい。

 また、消耗品以上にヒットしているのが野営用品だ。シュラフ、テント、焚き火台やメスティン。前世で言うところのキャンプ用品がバカ売れする。元々この世界にも無くはないんだが、コンパクトで機能的というのがウケた。この細工工房は普及品を扱わないので、アイデアだけ人間族ヒューマンの金物工房に提供したんだけど、お陰でドワーフと人間族の職人が仲良くなった。見てて良かったソロキャン動画。

 冒険者が儲かれば、職人が儲かる。経済効果は街から国へ、貴族から一般庶民に波及する。景気が良いのは良いことだ。この際、モテないのは仕方ない。俺はこの人生、ナンチャッテ知識チートを武器に、ひっそりとモブ人生を謳歌することにした。非モテで社畜、このパターンは死んでも変わらないらしい。



 三日後、ディルクたちのパーティーが帰還した。今回も相当儲かったらしい。いつものように飲みに誘われて、軽くあしらったのだが、帰りに湿地の狩場に立ち寄って試作品を試してくれたらしく、その報告も兼ねていると言われれば、断れない。

 まあ飲めと強引にジョッキを押し付けられるのをさらりと躱し、ディルクに強い酒をガンガン勧める。甲斐甲斐しくつまみを取り分けてやれば、彼はご機嫌で出来上がる。

「あの界面活性剤っちゅうヤツぁ、ヤベぇぜ」

 アメンボ型のモンスターに、効果覿面なあれ。しかし彼らは、あろうことか全部湿地に撒いてしまったらしい。農薬にも薬品にも馴染みのない異世界の生物たち。モンスターも弱ったが、周囲の魚もぷかぷかと浮き始めたそうだ。何てことだ、無駄な殺生をさせてしまった。

「だからあれは、ダンジョンで使うべきだと言ったんだよ」

 エルフのアールトが、果実酒を口に運んだ。俺もダンジョンでの使用を想定して作った。ダンジョンでは、モンスターしか出ないからな。幸い、界面活性剤も農薬も、この世界で作られたもの。石油化学製品など無縁、全て薬草や魔石を砕いて作られた、非常にエコフレンドリーなものだ。環境汚染については、心配ないだろう。

 後は、虫除けスプレーについては気休め程度。戦闘をしていると、どうしても足元の水飛沫や汗で流れてしまいやすい。効果にムラはあるが、従来の匂い袋の方が使い勝手が良さそう、とのこと。あと、駆除スプレーは思ったよりも魔物に有効だったそうだ。問題はリーチ。ううむ、改良が必要だ。

「それよりも」

 人間族の神官バルドゥルが、虫除けがスプレーになるのならポーションでも可能なのではないか、と迫ってきた。神官の神術はパーティーの生命線だが、懐に余裕のあるパーティーならばポーションを相応に準備して冒険に挑むものだ。ポーションは服用もしくは塗布して使われるが、瓶詰めよりもボタンひとつで簡単に振りかけることができるスプレーの方が、使い勝手が良いのではないかと。

「いいですね。使い切りではなく、中身を補充できるスプレー容器を試作してみます」

 こうして他のメンバーとも有益な情報交換が出来た。本音を言うと飲ミュニケーションは苦手だが、社会とはすなわち人間関係。人は結局感情の動物だ。こういった接待も馬鹿に出来ない。まあ接待といっても、奢ってもらってるんだけど。

 そんなこんなで、俺は深夜まで彼らに付き合い、長い一日が終わった。

 明日は休みだ。何をして過ごそうか。
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