上 下
117 / 135
第10章 後日談 終わりの始まり

(87)生還

しおりを挟む
 まるで夜が明けるように周りが明るくなったかと思うと、見知った天井が浮かび上がってきた。

「メイナード、おかえり」

 オスカーの柔らかな声色で、待ち望まれて目覚めたんだってことが分かった。



 腕の中では、ナイジェルが安らかに眠っていた。俺たち二人は、あの時のまま。オスカーが二人の時を止めて、俺たちの暴走を防ぎながら術式を解除してくれた。一つ違ったのは、ナイジェルの燃えるような赤髪が、母上の故郷の海のように碧くなっていたこと。そして種族名が、ハーフサイレンではなくサイレンに変わっていた。

 彼らしい色だ。これが本当の彼だ。そう思った。元より美しい男だったが、眠りながらなお俺の心を焦がしてやまない。彼の心臓から燃え広がった炎の色と同じ。脆く儚い、俺のサイレン。腕に閉じ込めたまま、髪に、額に、瞼に、何度もキスを繰り返す。

 しばらくすると、碧いまつ毛がふるりと震え、中から同じ色の瞳が覗いた。

「ナイジェル…ナイジェル!」

 歓喜でどうにかなってしまいそうだった。自分の置かれた状況も忘れ、号泣しながらぎゅうぎゅうと抱きしめる。ナイジェルはもぞりと身じろぎし、

「———暑苦しい」

 第一声は、それだった。



「暑苦しいって何!し、心配したのに!」

「心配して欲しいなんて言ってない」

「だってあんな」

「お前、他の男を選んだんじゃないのか」

「はぁ?お、俺はただ、ナイジェルはご家族のところに戻るべきだって」

「はぁ。まったく、いつもいつも無駄なことで振り回しやがって」

「無駄ってなんだよ!俺だって真剣にお前のこと」

「あぁもう。改めてお前の『別れて』は、今後一切聞き入れないからな」

「何でだよ!」

 解せぬ。緊張感のない俺たちのやりとりに、オスカーが苦笑している。なんかごめん。



 驚いたことに、あれから約百年の歳月が経っていた。滅びの歌———ナイジェルの最期の魔力暴走の術式を解明し、解除するために、オスカーは海の眷属を頼り、海底神殿まで足を運んだそうだ。俺はナイジェルの消滅とともに、消えたはずの因子を取り戻してしまった。ナイジェルがあのまま消滅していたら、俺は史上最悪の獣となって、王国どころか世界の破滅の危機だった、らしい。

 目を覚ましたのは、かつて王太子の後宮だった王子宮。俺たちはしばらくここに留まり、心身の異常や不調がないか、経過観察されることとなった。実際は、俺たちが落ち着くまでそっとしておいてくれた、と言った方が正しい。なんせ百年もの間、俺たちは表舞台に出ることはなかった。外の世界では失踪扱いになっていて、俺たちがここにかくまわれていることを知る者は少ない。そして一部の長命種を除いて、この世界に残っている者も。

 そんな俺たちを訪ねて来る者は、かつての恋人たちだけ。ラフィは宰相リース伯として、ロッドは補佐官として、王宮を取り仕切っている。

「ふふ。お二人とも相変わらずお若くて、初々しくていらっしゃる」

 遠い先祖に聖獣を戴くとはいえ、最も血の影響の薄いラフィが、一番印象が変わった。アラサーといった感じだろうか。一方、ダークエルフのロドリックは、年齢的にはさして変わったようには見えない。髪を伸ばし、騎士というより文官の装いとなったとはいえ、肌艶は未だ青年と少年の間のようだ。相変わらず無口だが、無骨な温かさが伝わってくる。

 彼らは忙しい時間の合間を縫って、世情について軽く世間話をして去っていく。

「相変わらずドロドロした世界ですからね。まあ息抜きですよ」

 優雅な物腰には磨きが掛かっているが、その裏に見え隠れする恐ろしい何かはそれ以上だ。彼は俺の相手をしていた十年の間に土属性のスキルをいくつか習得し、王都周辺や王家直轄地で公共工事で猛威を振るっていた。今も相変わらずらしい。一方ロッドは転移や飛翔、集音や消音など、機動や諜報に特化したスキル構成となった。元は暗殺者とするために育てられた孤児だが、ラフィが汚れ仕事をさせなかったようだ。

 二人とも俺と継続的に関係を持ったせいで、レベルがえげつない。恋人たちは全員、魔王様を凌駕してしまった。俺の特殊性を秘匿するために、彼らの強さは隠蔽して表沙汰にはしていないが、強さで地位が決まると言ってもいいこの国だ。彼らが本気を出せば、爵位の序列が大きく塗り変わってしまうだろう。



 そして外見ではなく、関係性が大きく変わったのは、残りの三人。

「よ。調子出たかよ」

 いつものように、軽口を叩きながらズカズカと入って来るパーシー。続いて入って来るのは、穏やかな笑みを湛えたメレディス。オスカーが一緒の時もある。

 不老不死の不死種ヴァンパイアメレディスは、あれからほとんど外見に変わりはない。長命な天使族と竜人族のハイブリッドのオスカーもだ。パーシーが、若干ガタイが良くなった感じか。しかし魔眼を使わなくても分かる。彼らの魔力はお互いに馴染んで、見分けがつなかいくらい調和している。

 ———俺が棺で眠っている間、二人がメレディスを支えてくれたんだ。

 俺は安心感と一緒に、奇妙な寂寥せきりょう感を覚えた。肩の荷が降りたような、もう二度と取り戻せないような。「卒業」って言葉が、一番しっくり来るかもしれない。

「いつまで寝てんだァ?訓練場でパーっとやんぞ!」

「いや、今俺が出て行ったらマズいだろ!メレディスとやってろって!」

 この二人の手合わせは、百年前の当時から名物だった。だって強さが別次元だ。パーシーはレベルが上がって、武術系のスキルを次々と極め、一方でメレディスは速度を上げることに特化した。「修行に出るより位階が上がるってなァ納得行かねェ」って言ってたけど、上がっちゃうもんは仕方ない。

「彼らはまだ目覚めたばかりだ。しばらく無理はさせられないよ」

 オスカーが助け舟を出してくれる。レベルの上がった彼は、闇属性の「転移」と、その上位互換である光属性の「界渡り」を取得した。空間だけでなく、時間も次元も世界も渡れる奴だ。取得条件はえげつないが、それを駆使して手を尽くさなければ、ナイジェルを復元して俺たちを目覚めさせることは出来なかったらしい。ほんとごめん。

「無事に目覚めて、よかった」

 穏やかに微笑むメレディスに、罪悪感が半端ない。そして彼を支えてくれたオスカーと、パーシーにも。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...