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第10章 後日談 終わりの始まり

(84)※ 刈る者と刈られる者

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今回もメレディス視点です

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 それから月曜日は、オスカーとの逢瀬を兼ねることになった。彼は相変わらず、時間のほとんどをナイジェルの術式の解明に費やしている。いつも酷い顔色をして、ベッドを共にした後は抱き疲れて気絶するように眠ってしまう。

「君が来てくれると、よく眠れるんだ」

 火曜日の朝、彼はいつも照れたように溢す。長い付き合いだが、身体を重ねるようになって、常に冷徹を貫いていた彼の新しい一面を知る。

 術式の解析は、捗々はかばかしくないようだ。彼はあらゆる文献を読み漁り、照合を重ねるが、旧い魔導書の記述をもって、ほんの一部解読出来るのみ。サイレンは、海洋神の眷属。術式が分化したのは遥か太古のことで、天使族の蓄えた知識でもってしても解明には程遠かった。

 私は彼と共に、世界中を飛び回った。オスカーは自力で飛ぶこともできるが、機動力なら風属性の私が優る。そして、メイナードに勧められて転移を取得した彼は、一度訪れれば瞬時に移動出来る。楽園ザイオン、ノースロップ侯爵がナイジェルと出会った海岸、そして天使族と同じく魔術に長けた森人エルフ族の拠点など。



 こうして彼と行動を共にしていると、彼のメイナードへの深い愛情を知る。メイナードを包む結界を愛しそうに撫でる彼の瞳は、普段の鉄壁の微笑みからは想像もつかないほど、切なく揺らいでいる。確かに彼の言う通り、このままナイジェルが失われればメイナードは獣のまま戻ることもなく、史上最悪の災禍となるだろう。しかし、ナイジェルを取り戻すということは、最愛のメイナードを彼に明け渡すということでもある。そのために全てを捧げ、私にまで情けを掛けて。

 しかし私がそう言うと、彼は儚く微笑んで、首を横に振った。

「僕がずっと懸想していたのは、君だったんだよ、メレディス」

 驚きのあまりに二の句が継げない私に、オスカーは続けた。幼い頃、最初に謁見した時に女児と見間違えて求婚してからずっと、私を求めていたこと。そして討伐させないために奔走している間に、私はミュリエルと結婚していたこと。

「君はマガリッジ伯。君には世継ぎが必要で、叶わぬ恋だと分かってはいたんだ」

 級友、上司おうたいし。そして来たるべき時が来れば、私を討伐する旗頭。彼は私の数少ない友でいて、しかし最期には私の業を刈り取る執行人。私が彼に対して、複雑な思いを抱いていたのは確かだ。そして彼が私に向ける視線も、ある種の切実さを孕んでいることに気付いていた。だがしかし、まさかそういった種類の感情だったとは。

 そして彼は、こうも続けた。

 初めてメイナードと謁見した時、彼はメイナードの中に私の面影を見て恋に落ちたこと。しかし自分のものにならない彼に苛立ち、酷い仕打ちをしようとして、返り討ちに遭ったこと。

「だけど、メイナードはこんな愚かな僕まで、愛してくれた」

 水曜日の午後、ほんの短い逢瀬。だけど彼は、オスカーの弱い部分も醜い罪も、全てを包み込み、受け入れた。そして碌に記憶も残っていないのに、獣にまで姿を変えて、彼を楽園から連れ帰った。

「僕はかつて君への恋に破れた。だけど今は、それも全てメイナードに出会うためだったんだって思うんだ」

 ———私と同じだ。

 冷たい仕打ちと苛烈な呪いだけをもたらした私に、彼は生きる希望と平穏を与えてくれた。かつてミュリエルに惹かれて彼女を迎えたのも、そしてミュリエルを失い絶望したのも、そもそも伯爵家に生まれて呪いを引き継いだのも、彼が淫魔として生を受けたのも。全て彼と出会うため、そして彼をこの世に迎え入れるため。因子を浄化するために『世界』が彼を求め、私はその装置に過ぎなかったのではないかとさえ思う。

 私は彼に出会うために生まれてきた。そして同じことを、オスカーも感じている。

「僕と君とは、同じメイナードを愛する同志。そして同時に、僕とメイナードは、君を愛する同志でもある。だから、彼が眠っている間、君の命を繋ぐのは、僕の役割だと思うんだ」

「オスカー…」

 彼の黒い翼に包まれ、水晶の棺の中のメイナードを見つめるのと同じ、ひどく甘い視線を向けられて。メイナードも、こうして彼に慈しまれていたのだろうか。オスカーに、こんな一面があったなんて。そしてミュリエルやミリアム、メイナードとはまた違う形で、こんなにぴったりと寄り添う愛の形があったなんて。よわい百を数えるというのに、私は何も知らないままだ。



 柔らかくついばむようなキスが、次第に甘く深く。彼は決して私を急き立てない。私の様子を伺いながら、罪悪感を溶かすように、少しずつ、かつ、有無を言わさず。

「これは必要なことで、君は僕に逆らえなかった。いいね?」

 繰り返し吹き込まれる、誘惑の言葉。彼は全てのとがを引き受けるつもりだ。しかし罪があるとすれば、それは私の方だ。怨嗟えんさに呪われた血、忌まわしき不死のさが。彼の言うように、私がそれらの犠牲者だとするなら、彼だってそうだ。私を殺すために育てられた忌み子。

「オスカー、君だけに罪を背負わせはしない」

 彼の首に腕を絡め、私からも彼を求める。私たちは共犯者だ。同じ男を想いながら、体を寄せ合い、慰め合う。かつてメイナードに拓かれ、あらゆる快楽を拾うようになった体を、彼はまるで熟知しているかのように自在に昂らせる。言葉の足りない私の気持ちを読み取って、まるで魔法のように。

「…君も僕が欲しいの?いいよ…」

 彼は転移を使って、私を内側に導く。経験の多くない私でも分かる。彼のそこはぎこちなく閉じられていて、きっとメイナードしか知らない。私と同じだ。熱い昂りで彼の硬い蕾をこじ開けると、えもいわれぬ陶酔に包まれる。弱った肉体を組み敷かれ、慰撫されているのは私の方なのに、私の上で私を受け入れて震えている、美しい男。メイナードも、こうして彼を見上げていたのだろうか。そして私と同じように、この健気な黒鳥を愛おしいと感じていたのだろうか。

 私たちは強く、しかし穏やかに求め合った。ぴったりと体を合わせ、まるで最初から一つだったように。お互い、生まれながらに刈る者と刈られる者とに定められた宿命。確かに私たちは、二人で一つだ。

 温かな黒い繭の中で、私は彼の精に、彼は私の精に恍惚と酔い痴れ、延々と溶け合った。
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