113 / 135
第10章 後日談 終わりの始まり
(83)※ 満たされない渇き
しおりを挟む
✳︎✳︎✳︎
今回はメレディス視点です
✳︎✳︎✳︎
王太子の後宮だった場所は、現在は王子宮と名を変えている。これまで、ここに足を踏み入れたことはなかった。しかし、消し去ったはずの因子が再び顕現し、運び込まれたメイナードに魔力を注ぐため、私は週に一度足を運ぶ。
時間停止の結界は、まるで水晶で出来た棺のようだ。中には獣の姿をしたメイナードと、彼の最愛。ナイジェルはエーテル体に姿を変え、所々透き通っている。彼が完全に消滅してしまえば、メイナードはいよいよ獣から戻ることはないだろう。あの因子は、かつて私の中にあった狂気。底知れぬ怒り、悲しみ、恐怖、絶望。結界の外から私たちが注ぐ魔力が、ほんの気休めに過ぎないことを、私は知っている。
「無理をしなくてもいいんだよ、メレディス。風の魔力なら、ロドリックでも」
「———いや」
「分かるよ。何かしていないと、どうしようもない気持ち。だけど、君だって」
彼とは長い付き合いだ。私が言いたいことを正確に汲み取る。そういうスキルを持っていることを知っているが———今の彼は、余計なスキルを行使するほどの余裕がない。寝る間も惜しんで文献を読み漁り、ナイジェルの心臓から流れ出る術式の解明に心血を注いでいる。その上で、私にまで気を回して。
オスカーはペンを置いた。お互い酷い顔色だ。実のところ、私もこうして魔力を注ぐような余力はない。メイナードから精を受け取ることが途絶えて、もう一月。長らく遠ざかっていた飢餓が、じわじわと私を蝕んでいる。私の傍らに立ち、光の魔力を注ぐオスカーも同じ。しかし、メイナードに翳していた手を不意に取られる。
「…メレディス。渇いているんだろう」
「!」
ぐい、と引き寄せられ、腰を抱かれ。思わぬ誘惑に狼狽する間もなく、手が頬を滑り、深く口付けられる。唾液と共に光の魔力の乗った精気を送り込まれ、私は思わず飲み下す。角度を変えながら、何度か唇を重ねあって、与えられる甘露にむしゃぶりついているうちに、私はいつの間にかオスカーの腕の中に囚われていた。
「あ…はぁッ…!」
メイナードしか知らないそこを、違うオスが割り開く。魔力と共に侵入してきたメイナードと違い、たっぷりの香油を纏って。いけないとは分かっている。メイナードの安置されているベッドのすぐ横で、またしても妻のミリアムを裏切り、旧友であり恋敵であるオスカーに体を許すなど。
———だけど、足りない。足りないのだ。竜人族の戦姫ミリアムをもってしても、私のこの渇きは抑えられない。
もうずっとそうだった。物心ついて以来、私を溢れるほど満たしてくれたのはメイナードだけ。しかし彼は私の息子で、愛する番がいて。彼は私の命を繋ぐため、惜しみなく愛を注いでくれたのに、私が彼に与えたものは忌々しい呪いのみ。
私が生き延びるためには、彼の情愛が必要だ。そんな卑怯な手を使われては、優しいメイナードは私を拒めない。因子の浄化が終わった時、いやもっと前に、私は滅びておくべきだった。今もなお、魔力を注ぐと言いながら、実際は滅びる覚悟もなく、おめおめと生きながらえて———
「あ!あ!!あァ!!!」
内側から注がれる温かい精気に、全身が歓喜している。私はこれに逆らえない。欲しい。もっと。
「いいよ。もっとあげる」
オスカーは優しい声色で囁いた後、再び私を穿ち始めた。
気が付くと、陽は高く昇り、私は続きの間のベッドにいた。隣では、オスカーが死んだように眠っている。黒い翼がくたりと力を失い、まるで毛布のようだ。
体が軽い。飢えてはいるが、正気を失いそうなほどではない。オスカーに精気を分け与えられ、改めて危険な状態だったと自覚する。
「お互い、謝罪は無しだよ」
遅れて目覚めたオスカーに、機先を制された。これは必要なことで、止むを得ない事だったのだと。
「まず国防上の問題として、君を飢餓で暴走させるわけにはいかない」
因子はメイナードに顕現したが、『権能』を持つ私が暴走すれば、依然脅威に他ならない。私を討伐させず、安全に引導を渡せるのは、私に隷属紋を刻んだメイナードのみ。そしてメイナードが目覚めるまで精を供給するのは、現在王国でメイナードに次いで位階の高いオスカーが最も適任だと、彼は言う。
「何より、同じ男を愛する者同士。僕は彼を決して獣にするつもりはない。協力してくれるね?」
彼の真剣な眼差しに、私は頷くしかなかった。
今回はメレディス視点です
✳︎✳︎✳︎
王太子の後宮だった場所は、現在は王子宮と名を変えている。これまで、ここに足を踏み入れたことはなかった。しかし、消し去ったはずの因子が再び顕現し、運び込まれたメイナードに魔力を注ぐため、私は週に一度足を運ぶ。
時間停止の結界は、まるで水晶で出来た棺のようだ。中には獣の姿をしたメイナードと、彼の最愛。ナイジェルはエーテル体に姿を変え、所々透き通っている。彼が完全に消滅してしまえば、メイナードはいよいよ獣から戻ることはないだろう。あの因子は、かつて私の中にあった狂気。底知れぬ怒り、悲しみ、恐怖、絶望。結界の外から私たちが注ぐ魔力が、ほんの気休めに過ぎないことを、私は知っている。
「無理をしなくてもいいんだよ、メレディス。風の魔力なら、ロドリックでも」
「———いや」
「分かるよ。何かしていないと、どうしようもない気持ち。だけど、君だって」
彼とは長い付き合いだ。私が言いたいことを正確に汲み取る。そういうスキルを持っていることを知っているが———今の彼は、余計なスキルを行使するほどの余裕がない。寝る間も惜しんで文献を読み漁り、ナイジェルの心臓から流れ出る術式の解明に心血を注いでいる。その上で、私にまで気を回して。
オスカーはペンを置いた。お互い酷い顔色だ。実のところ、私もこうして魔力を注ぐような余力はない。メイナードから精を受け取ることが途絶えて、もう一月。長らく遠ざかっていた飢餓が、じわじわと私を蝕んでいる。私の傍らに立ち、光の魔力を注ぐオスカーも同じ。しかし、メイナードに翳していた手を不意に取られる。
「…メレディス。渇いているんだろう」
「!」
ぐい、と引き寄せられ、腰を抱かれ。思わぬ誘惑に狼狽する間もなく、手が頬を滑り、深く口付けられる。唾液と共に光の魔力の乗った精気を送り込まれ、私は思わず飲み下す。角度を変えながら、何度か唇を重ねあって、与えられる甘露にむしゃぶりついているうちに、私はいつの間にかオスカーの腕の中に囚われていた。
「あ…はぁッ…!」
メイナードしか知らないそこを、違うオスが割り開く。魔力と共に侵入してきたメイナードと違い、たっぷりの香油を纏って。いけないとは分かっている。メイナードの安置されているベッドのすぐ横で、またしても妻のミリアムを裏切り、旧友であり恋敵であるオスカーに体を許すなど。
———だけど、足りない。足りないのだ。竜人族の戦姫ミリアムをもってしても、私のこの渇きは抑えられない。
もうずっとそうだった。物心ついて以来、私を溢れるほど満たしてくれたのはメイナードだけ。しかし彼は私の息子で、愛する番がいて。彼は私の命を繋ぐため、惜しみなく愛を注いでくれたのに、私が彼に与えたものは忌々しい呪いのみ。
私が生き延びるためには、彼の情愛が必要だ。そんな卑怯な手を使われては、優しいメイナードは私を拒めない。因子の浄化が終わった時、いやもっと前に、私は滅びておくべきだった。今もなお、魔力を注ぐと言いながら、実際は滅びる覚悟もなく、おめおめと生きながらえて———
「あ!あ!!あァ!!!」
内側から注がれる温かい精気に、全身が歓喜している。私はこれに逆らえない。欲しい。もっと。
「いいよ。もっとあげる」
オスカーは優しい声色で囁いた後、再び私を穿ち始めた。
気が付くと、陽は高く昇り、私は続きの間のベッドにいた。隣では、オスカーが死んだように眠っている。黒い翼がくたりと力を失い、まるで毛布のようだ。
体が軽い。飢えてはいるが、正気を失いそうなほどではない。オスカーに精気を分け与えられ、改めて危険な状態だったと自覚する。
「お互い、謝罪は無しだよ」
遅れて目覚めたオスカーに、機先を制された。これは必要なことで、止むを得ない事だったのだと。
「まず国防上の問題として、君を飢餓で暴走させるわけにはいかない」
因子はメイナードに顕現したが、『権能』を持つ私が暴走すれば、依然脅威に他ならない。私を討伐させず、安全に引導を渡せるのは、私に隷属紋を刻んだメイナードのみ。そしてメイナードが目覚めるまで精を供給するのは、現在王国でメイナードに次いで位階の高いオスカーが最も適任だと、彼は言う。
「何より、同じ男を愛する者同士。僕は彼を決して獣にするつもりはない。協力してくれるね?」
彼の真剣な眼差しに、私は頷くしかなかった。
56
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる