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第10章 後日談 終わりの始まり

(83)※ 満たされない渇き

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今回はメレディス視点です

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 王太子の後宮だった場所は、現在は王子宮と名を変えている。これまで、ここに足を踏み入れたことはなかった。しかし、消し去ったはずの因子が再び顕現し、運び込まれたメイナードに魔力を注ぐため、私は週に一度足を運ぶ。

 時間停止の結界は、まるで水晶で出来た棺のようだ。中には獣の姿をしたメイナードと、彼の最愛。ナイジェルはエーテル体に姿を変え、所々透き通っている。彼が完全に消滅してしまえば、メイナードはいよいよ獣から戻ることはないだろう。あの因子は、かつて私の中にあった狂気。底知れぬ怒り、悲しみ、恐怖、絶望。結界の外から私たちが注ぐ魔力が、ほんの気休めに過ぎないことを、私は知っている。

「無理をしなくてもいいんだよ、メレディス。風の魔力なら、ロドリックでも」

「———いや」

「分かるよ。何かしていないと、どうしようもない気持ち。だけど、君だって」

 彼とは長い付き合いだ。私が言いたいことを正確に汲み取る。そういうスキルを持っていることを知っているが———今の彼は、余計なスキルを行使するほどの余裕がない。寝る間も惜しんで文献を読み漁り、ナイジェルの心臓コアから流れ出る術式の解明に心血を注いでいる。その上で、私にまで気を回して。

 オスカーはペンを置いた。お互い酷い顔色だ。実のところ、私もこうして魔力を注ぐような余力はない。メイナードから精を受け取ることが途絶えて、もう一月。長らく遠ざかっていた飢餓が、じわじわと私を蝕んでいる。私の傍らに立ち、光の魔力を注ぐオスカーも同じ。しかし、メイナードにかざしていた手を不意に取られる。

「…メレディス。渇いているんだろう」

「!」

 ぐい、と引き寄せられ、腰を抱かれ。思わぬ誘惑に狼狽する間もなく、手が頬を滑り、深く口付けられる。唾液と共に光の魔力の乗った精気を送り込まれ、私は思わず飲み下す。角度を変えながら、何度か唇を重ねあって、与えられる甘露にむしゃぶりついているうちに、私はいつの間にかオスカーの腕の中に囚われていた。



「あ…はぁッ…!」

 メイナードしか知らないそこを、違うオスが割り開く。魔力と共に侵入してきたメイナードと違い、たっぷりの香油を纏って。いけないとは分かっている。メイナードの安置されているベッドのすぐ横で、またしても妻のミリアムを裏切り、旧友であり恋敵であるオスカーに体を許すなど。

 ———だけど、足りない。足りないのだ。竜人族の戦姫ミリアムをもってしても、私のこの渇きは抑えられない。

 もうずっとそうだった。物心ついて以来、私を溢れるほど満たしてくれたのはメイナードだけ。しかし彼は私の息子で、愛する番がいて。彼は私の命を繋ぐため、惜しみなく愛を注いでくれたのに、私が彼に与えたものは忌々しい呪いのみ。

 私が生き延びるためには、彼の情愛が必要だ。そんな卑怯な手を使われては、優しいメイナードは私を拒めない。因子の浄化が終わった時、いやもっと前に、私は滅びておくべきだった。今もなお、魔力を注ぐと言いながら、実際は滅びる覚悟もなく、おめおめと生きながらえて———

「あ!あ!!あァ!!!」

 内側から注がれる温かい精気に、全身が歓喜している。私はこれに逆らえない。欲しい。もっと。

「いいよ。もっとあげる」

 オスカーは優しい声色で囁いた後、再び私を穿ち始めた。



 気が付くと、陽は高く昇り、私は続きの間のベッドにいた。隣では、オスカーが死んだように眠っている。黒い翼がくたりと力を失い、まるで毛布のようだ。

 体が軽い。飢えてはいるが、正気を失いそうなほどではない。オスカーに精気を分け与えられ、改めて危険な状態だったと自覚する。

「お互い、謝罪は無しだよ」

 遅れて目覚めたオスカーに、機先を制された。これは必要なことで、止むを得ない事だったのだと。

「まず国防上の問題として、君を飢餓で暴走させるわけにはいかない」

 因子はメイナードに顕現したが、『権能』を持つ私が暴走すれば、依然脅威に他ならない。私を討伐させず、安全に引導を渡せるのは、私に隷属紋を刻んだメイナードのみ。そしてメイナードが目覚めるまで精を供給するのは、現在王国でメイナードに次いで位階の高いオスカーが最も適任だと、彼は言う。

「何より、同じひとを愛する者同士。僕は彼を決して獣にするつもりはない。協力してくれるね?」

 彼の真剣な眼差しに、私は頷くしかなかった。
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