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第10章 後日談 終わりの始まり
(80)喪失
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「———そうか」
背後から、掠れた声が聞こえる。そして次の瞬間、碧い閃光が走った。驚いて振り返ると、ナイジェルが穏やかに微笑んでいた。しかし彼の胸の魔力回路が暴走し、夥しい魔力が漏れ出している。
「ナイジェルっ!」
俺は思わず駆け寄って、ヒールを施した。しかし一向に治癒の魔力が受け入れられない。キュアーも駄目だ。サニティ、クレンズ、リカバリー、アンチカース、全部通らない。そんなことをしている間にも彼の魔力はどんどん失われ、流れ出した魔力と一緒にゆっくりと、彼の肉体が気泡のように虚空に溶け出していく。
「そんな!ナイジェルっ、嫌だ!待って!!」
こんなつもりじゃなかった。俺が立ち去った後、理性的な彼はきっとすぐに家族と和解して、侯爵家を継いだノエルを支えながらずっと王宮に———いや、違う。本当は、俺のことを追いかけてくれると思っていた。ナイジェルだけは、ずっと俺のことを好きでいてくれるって、心のどこかで安心していた。いつもみたいに力強く引き留めて、離してくれないって。
俺は、ナイジェルを失うことがどういうことか、彼を手放すのがどういうことなのか、ちっとも理解していなかった。俺から手を離したのに、今にも手からこぼれ落ちそうなナイジェル。どうして笑っているの。待って。俺を置いて行かないで。
なりふりなんか構っていられない。俺は偽装を解き、全力で魔眼を放った。彼を魂から支配して、意地でもどこにも行かせない。俺が間違ってた。ナイジェルは、俺の、俺だけの———
『…メイナード。俺の、唯一』
しかし、彼の静かなつぶやきは、ふわりとそよ風のように消えていった。
✳︎✳︎✳︎
「ナイジェル。これで終わりにしたいんだ」
金曜日の夜には、メイナードが俺の部屋を訪れて、俺に抱かれて。そして土曜日には、俺を抱いて。苛烈なセックスの後、朦朧とした俺と、日曜日はだらだらと過ごして。恋人になってこの十年は、ずっとそうだった。
終わりは唐突だった。
彼に真祖の因子が発現したのは、恋人になって間もなく。天使族に囚われ、助け出された時には既に、伝説の悪鬼の姿。呪われた因子を浄化するためには、全ての属性の魔力が必要だ。なし崩しに、持ち回りで彼に情愛を注ぐ体制が出来上がった。
世界を滅亡に導く恐るべき災禍をその身に宿しながら、メイナードの美貌はますます輝くばかり。この国を代表する強く美しい男たちが、こぞって彼を求め、溺愛する。しかし俺は信じていた。メイナードは必ず俺の腕に戻って来ると。互いに求め合い、番として認め合い、生涯を約束し合ったのは俺だけ。そう思っていた。
彼から別れを切り出されたのは、一度や二度じゃない。俺はその度に、メイナードを捕まえて離さなかった。彼は淫魔でありがなら、俺以外の男と通じることに引け目を感じている。そのくせ、関係を結んだ男たち全てに情を抱き、そのことで更に自分を責める。しかしそんなことは、俺にとってはどうでも良かった。メイナードと恋に落ちて、俺は自分がサイレンであると、はっきりと自覚した。これが俺の、一生に一度の恋。彼以外は愛せない。メイナードの気持ちが俺にあるのなら、俺はいつまでも待ち、絶対に諦めるつもりはなかった。
数日前に知らされたのは、彼の身体から真祖の因子が消えたこと。そして同時に、彼の様子が変わった。曖昧な笑みを浮かべ、俺と目を合わせようとしない。これは、彼がいつも俺に別れを切り出す時の癖だ。俺は、真祖の因子が消えれば、彼は今度こそ俺を選ぶと思っていた。しかし一昨日訪ねて来たメイナードは、ずっと上の空。そして目を覚ました時にはもう、身支度を済ませていた。
「さよなら」
彼は静かに告げ、俺に背中を向ける。
———そうか。お前は、他の誰かを選んだのか———
その瞬間、心臓の魔力回路から微かな旋律が漏れ出した。
滅びの歌。
膨大な魔力が俺を包み、全てを幻に変えていく。胸も、喉も、髪も。碧く冷たい炎がこの身を焼き尽くすかのように、心臓から燃え広がり、無に還していく。
不思議な感覚だ。心が穏やかに凪いでいる。まず視覚が失われ、聴覚が落ちて、全ての感覚が抜け落ちて。ただ聞こえるのは、どこかで聞いたことのあるような歌声。どうしてだろう。会ったこともない、母上の声のような。それは子守唄のように、俺を静かな眠りへ導いてくれる。
終わったんだ、全てが。
メイナード、俺の唯一。
俺は全てを賭けて彼を愛した。
悔いはない。
背後から、掠れた声が聞こえる。そして次の瞬間、碧い閃光が走った。驚いて振り返ると、ナイジェルが穏やかに微笑んでいた。しかし彼の胸の魔力回路が暴走し、夥しい魔力が漏れ出している。
「ナイジェルっ!」
俺は思わず駆け寄って、ヒールを施した。しかし一向に治癒の魔力が受け入れられない。キュアーも駄目だ。サニティ、クレンズ、リカバリー、アンチカース、全部通らない。そんなことをしている間にも彼の魔力はどんどん失われ、流れ出した魔力と一緒にゆっくりと、彼の肉体が気泡のように虚空に溶け出していく。
「そんな!ナイジェルっ、嫌だ!待って!!」
こんなつもりじゃなかった。俺が立ち去った後、理性的な彼はきっとすぐに家族と和解して、侯爵家を継いだノエルを支えながらずっと王宮に———いや、違う。本当は、俺のことを追いかけてくれると思っていた。ナイジェルだけは、ずっと俺のことを好きでいてくれるって、心のどこかで安心していた。いつもみたいに力強く引き留めて、離してくれないって。
俺は、ナイジェルを失うことがどういうことか、彼を手放すのがどういうことなのか、ちっとも理解していなかった。俺から手を離したのに、今にも手からこぼれ落ちそうなナイジェル。どうして笑っているの。待って。俺を置いて行かないで。
なりふりなんか構っていられない。俺は偽装を解き、全力で魔眼を放った。彼を魂から支配して、意地でもどこにも行かせない。俺が間違ってた。ナイジェルは、俺の、俺だけの———
『…メイナード。俺の、唯一』
しかし、彼の静かなつぶやきは、ふわりとそよ風のように消えていった。
✳︎✳︎✳︎
「ナイジェル。これで終わりにしたいんだ」
金曜日の夜には、メイナードが俺の部屋を訪れて、俺に抱かれて。そして土曜日には、俺を抱いて。苛烈なセックスの後、朦朧とした俺と、日曜日はだらだらと過ごして。恋人になってこの十年は、ずっとそうだった。
終わりは唐突だった。
彼に真祖の因子が発現したのは、恋人になって間もなく。天使族に囚われ、助け出された時には既に、伝説の悪鬼の姿。呪われた因子を浄化するためには、全ての属性の魔力が必要だ。なし崩しに、持ち回りで彼に情愛を注ぐ体制が出来上がった。
世界を滅亡に導く恐るべき災禍をその身に宿しながら、メイナードの美貌はますます輝くばかり。この国を代表する強く美しい男たちが、こぞって彼を求め、溺愛する。しかし俺は信じていた。メイナードは必ず俺の腕に戻って来ると。互いに求め合い、番として認め合い、生涯を約束し合ったのは俺だけ。そう思っていた。
彼から別れを切り出されたのは、一度や二度じゃない。俺はその度に、メイナードを捕まえて離さなかった。彼は淫魔でありがなら、俺以外の男と通じることに引け目を感じている。そのくせ、関係を結んだ男たち全てに情を抱き、そのことで更に自分を責める。しかしそんなことは、俺にとってはどうでも良かった。メイナードと恋に落ちて、俺は自分がサイレンであると、はっきりと自覚した。これが俺の、一生に一度の恋。彼以外は愛せない。メイナードの気持ちが俺にあるのなら、俺はいつまでも待ち、絶対に諦めるつもりはなかった。
数日前に知らされたのは、彼の身体から真祖の因子が消えたこと。そして同時に、彼の様子が変わった。曖昧な笑みを浮かべ、俺と目を合わせようとしない。これは、彼がいつも俺に別れを切り出す時の癖だ。俺は、真祖の因子が消えれば、彼は今度こそ俺を選ぶと思っていた。しかし一昨日訪ねて来たメイナードは、ずっと上の空。そして目を覚ました時にはもう、身支度を済ませていた。
「さよなら」
彼は静かに告げ、俺に背中を向ける。
———そうか。お前は、他の誰かを選んだのか———
その瞬間、心臓の魔力回路から微かな旋律が漏れ出した。
滅びの歌。
膨大な魔力が俺を包み、全てを幻に変えていく。胸も、喉も、髪も。碧く冷たい炎がこの身を焼き尽くすかのように、心臓から燃え広がり、無に還していく。
不思議な感覚だ。心が穏やかに凪いでいる。まず視覚が失われ、聴覚が落ちて、全ての感覚が抜け落ちて。ただ聞こえるのは、どこかで聞いたことのあるような歌声。どうしてだろう。会ったこともない、母上の声のような。それは子守唄のように、俺を静かな眠りへ導いてくれる。
終わったんだ、全てが。
メイナード、俺の唯一。
俺は全てを賭けて彼を愛した。
悔いはない。
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