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第8章 後日談 円卓会議編

(69)最後の男

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 ここまでで、約一日の時間を要した。三人の男たちが、メイナードに代わる代わる精を注ぎ、彼はほとんど元の姿を取り戻した。しかし、彼の内側、とりわけ精神は、楽園ザイオンの天使族と聖龍によって中途半端に書き換えられたままだ。自我を刈り取られて、魂の奥深くに眠っていた旧い呪いが噴出した後は、時折記憶を取り戻す瞬間を除き、後は人形のように快楽に反応するのみ。

 気を失った二人に清浄クリーンを掛け、パーシヴァルを抱き上げてソファーに移し、改めてメイナードに向き合う。

「きっと君の記憶を、一番念入りに消されているはずだ。その分、君の役割は一番大きい。引き受けてくれるね?」

 オスカーは、ナイジェルにそう言った。いつもと変わらないメイナードの無防備な寝顔が、造形の美しさも相俟って、ひどく無機質に映る。ナイジェルは、静寂サイレンスの結界を張った。



 あの日、査察を終えて王宮に帰還する直前、通りの者が皆そわそわと後ろを振り返っていた。彼らの視線の先に、彼がいた。

 潤んで輝く漆黒の髪。透き通るような艶めいた肌。けぶるような長い睫毛に縁取られた紫水晶アメジスト。すっきりとした端麗な鼻筋、そして紅く色付く唇。絶世の美貌に心を撃ち抜かれた後、それがあのメイナード・マガリッジだと知って、二度撃たれた。

 彼のことは、学園時代から気になっていた。かの災禍を生んだ真祖の直系、マガリッジ。その子弟が同期として入学してくると聞いて、どんな人物か興味があった。しかし彼はナイジェルの想像と大きく異なった。ひょろひょろと頼りない体つきの彼は、いつも猫背で俯き、長い前髪で表情を隠し、最低限の儀礼をもって、人と関わろうとしない。いや、関わろうとしないのは上位貴族のみで、末端貴族や平民とは楽しそうにふざけ合っている。

 同期の中で最も身分が高く、最も優秀なナイジェルに、多くの者がへりくだり、媚びへつらった。裏では「おかに上がったサイレン」と揶揄やゆしつつ。誰もがそうではない、平民などは畏れ多くて近付いて来ない者もあるが、同じような境遇の伯爵家の子息が、自分からあからさまに距離を置こうとすることに、理不尽な不快感と怒りを感じていた。そして事あるごとに、冷たい言葉を投げかけた。しかし彼はその度に無言でやり過ごし、ナイジェルを拒絶した。自分に一向に関心を示さないメイナードに対し、ナイジェルの不満は募る一方だった。メイナードがいつも、「どうして自分に執着するのか分からない」とこぼが、思えばもうあの頃から、彼がある意味ナイジェルの心の一角を占めていたと言って良い。



 ナイジェルはほとんど無意識に、吸い寄せられるように彼の手を取った。部下を王宮に帰らせ、彼を酒場へと誘った。酒など飲めない。どんな言葉を掛けていいのかも分からない。そしてメイナードは相変わらず彼を拒絶した。取り付く島もない。だが、こんなに胸を締め付けられたのは初めてだった。あの、陰気でニコリともしない———平民には気安く笑顔を向ける癖に———常に俯いて表情を見せない彼の、その仮面の下に、こんな美貌を潜ませていたなんて。

 気が付けば、狭い宿の一室に寝かされていた。いつの間にか酔いは醒めて、彼は着々と人間界に旅立つ準備をしていた。彼の学業は常に底辺を彷徨さまよっていたはずなのに、デスクには整然と整ったノートがあり、一見してよく纏まったものだと分かる。外見だけでなく、能力までも偽っていたというのか。怒りと焦りに任せて彼に屈辱を与えようとすると、彼は平然とナイジェルの卑猥な欲望を飲み干した。初めて至近距離で見た紫水晶アメジストの妖しい煌めきに、ナイジェルの心には三発目の弾丸が撃ち込まれた。

 居ても立ってもいられなくなった翌日、彼は王宮に出向き、メイナードを囲い込む算段を整えた。そして早速彼を呼び出し、肉体関係を結んだ。彼の肢体はどこもかしこも蠱惑こわく的で、ナイジェルをとりこにした。濡れた瞳に甘い啼き声、そして極上のそこに一滴残らず搾り取られ、初めて抱き疲れて気を失うという経験をした。

 翌日、前日と同じように彼を呼び出して事に及ぼうとすると、今度は明確に拒絶された。昨日はあんなに歓んでナイジェルを迎え入れたはずなのに。その上、逆に組み敷かれて、想像を絶する快楽を与えられた。今度は抱き潰されて気を失い、しかも今回も同様に、目覚めた時には、彼はいなかった。

 胸騒ぎがして宿を訪ねてみれば、彼は既に王都を旅立つ準備をほとんど終えていた。何故だ。どうして伸ばした手は、いつも彼を掠りもしない。彼がナイジェルに体を許しても、ナイジェルが彼に肉体を捧げても、それでも見向きもされないなんて。この時ナイジェルは初めて、自分が彼に対してどのような感情を抱いていたのかを知り、同時にその恋は破れたことを悟った。

 それでも諦めたくなかった。今メイナードを行かせてしまえば、二度と逢えない。祈るような気持ちで、抱きしめて、唇を奪って。そして一昼夜喘ぎ狂わされ、目覚めたナイジェルの見たものは、すっかり旅支度を終えた彼だった。

 前日、王宮騎士団の馬車を手配しておいて正解だった。メイナードの手を取り、王太子に謁見を図り、無事彼を王宮の官吏へと仕立て上げた。魑魅魍魎の跋扈する油断のならない王宮、そして絶対的権力を持つ王太子。メイナードが彼に見初められれば、召し上げられてしまうかもしれない。だがナイジェルには、もう他に手段は残されていなかった。

 メイナードの足取りは、その日から掴めなくなった。まさか伯爵家の子息が、王太子の命を無視して王都を去るなどということは思っても見なかった。二日後、彼が王都に帰還して王宮を訪れた時、正直ナイジェルは泣きそうだった。その後彼に甘々に抱かれて、「付き合うか、俺たち」と囁かれて…その後の情事で流した涙は、快楽に溺れて勝手に流れる生理的なものではない。ナイジェルは夢中になって、メイナードを抱き、抱かれた。

 だがメイナードは、事あるごとに彼の手からすり抜ける。発情を催すまで虜にしたはずなのに、魅了が解けたから、他の男と通じたからと。案の定、王太子も公爵子息も、彼に執着した。強烈な横槍が入る。そして彼がひた隠しにするもう一人の愛人、それも間もなく誰だか分かってしまった。ナイジェルが、自分だけを選んで欲しいとメイナードに詰め寄れば、ナイジェルの方が切り捨てられるだろう。

 それでももう、ナイジェルは引き返せない所まで来てしまった。彼を諦めるなど有り得ない。



「メイナード」

 昏睡状態の恋人の耳元に、魔力を乗せて名前を囁く。そのままいつものように、彼の首筋、頬、唇に口付けを降らせる。

「んん…」

 メイナードは時折睫毛を震わせ、甘い吐息を漏らす。何度も何度も身体を重ねたナイジェルは、彼がどこをどうすればどんな風に歓ぶか、知り尽くしている。意識のない彼を優しく抱きしめ、甘い肌をそっとついばみながら、ナイジェルは繰り返し愛の言葉を吹き込む。

「お前は俺のものだ。一生離さない」
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