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第8章 後日談 円卓会議編

(65)メイナードを追って

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 オスカーは、楽園ザイオンの結界を突破した。天使族の血があれば、通行は可能だ。だがしかし、その血を半分しか持たない彼は、通過した途端に全ての能力が半分に制限される。彼の持つ能力や装備は、全て闇属性を制圧するように特化されている。それはすなわち、彼が天使族の用意した対真祖用の兵器の一つに他ならないからだ。



 彼の母は、長老の娘であった。天使族は長命である代わりに出生率が低く、また人口も少ない。長老は自分の妻が女児を出産したことに腹を立て、彼女を祈りの聖女として神殿の祈りの間、すなわち楽園の防衛システムの核に据えた。娘は次の後継を孕む巫女として祭り上げ、一般の天使族からも隔離して育て上げた。

 ところがある日、入口である麓の泉に一人の竜人族の若者が迷い込んだ。たまたま現世うつしよの鏡でそれを見ていた娘は、若者に食糧などの施しをするうちに、恋に落ちた。そして身籠り、産み落としたのがオスカー。この世界で堕天使とは、天使族と他種族との混血児を指す。

 長老の怒りは激しかった。相手が竜人族の族長の息子でなければ、娘ともども男を斬って捨て、男のさとごと焼きかねない勢いであった。お互いの種族間で取り決めを交わし、男は追放、娘は出産次第、祈りの聖女として母親と交代、そして子供は竜人族へと引き渡された。

 その後父オズワルドは魔王の座を勝ち取り、母オフィーリアの奪還を虎視眈々と狙っていた。だが楽園はそう簡単に出し抜ける相手ではない。オスカーは楽園の意向に従って王太子の座を獲得し、王宮は世界ザ・ワールドの仕組みに沿って術式を敷いて改造された。敢えてその中に囚われることで、彼もまた、楽園の扉をこじ開ける機会を待っていた。

 機会は唐突に訪れた。楽園で大切に「飼育」されていた聖龍が、つがいを求めて下界に降りたという。彼らが竜人族をないがしろに出来ないのは、この聖龍の「核」を手に入れるために、定期的に竜人族を頼るしかないからだ。聖龍はおよそ千年で代替わりし、百年は卵、百年は赤子の状態で過ごし、その後はつがいを迎えて、最後は番と共に息を引き取る。彼らの楽園を支える制御装置が祈りの聖女なら、そのエネルギー源は聖龍である。

 オズワルドは、聖龍が楽園を出入りする機会を狙っていた。彼らのエネルギー源たる聖龍は、一度にそう長くの時間、楽園を空けられない。番が見つかるまで、何度か出入りを繰り返すはずだ。一方で、聖龍が降り立った時、彼らに何かあっては天使族が王国に牙を向けることになる。だから治安維持を徹底するように、彼は一旦王宮に戻って来たというわけだ。



 真祖、それはすなわちマガリッジ家の始祖に当たる。不死種ヴァンパイア自体は、それまでにも存在を確認できる記録があるが、彼は特異個体で、絶大な能力を保持していた。当然、高い能力を持つ不死種は、生命を維持するのに多くの精を必要とするが、彼は聡明で人徳もあり、多くの者が彼に心酔した。彼らは貴重な家畜を供物にしたが、真祖はその精気だけを受け取り、他は全て下賜した。彼の治世は、至って平和であった。

 しかし彼の能力とカリスマ性を危険視した楽園は、彼の排除を目論んだ。最初は平和的に対立を解決しようとした真祖も、臣民や家族を害されたとあれば、黙っている訳には行かなかった。結果、防御スキルに優れた天使族が辛くも勝利したが、真祖と彼を信奉する者たちの怨嗟えんさのエネルギーは消えることがなかった。以降、そのエネルギーは「因子」として、かつて彼が保持していた絶大な能力とともに、マガリッジ家のDNAに潜むこととなった。

 メレディスには父と母の記憶はない。彼の両親は、彼が生まれてしばらくすると正気を失い、討伐されたと聞く。しかしそれは、天使族による謀殺の可能性が高いと、オズワルドは言った。天使族は、長い寿命でもって膨大な知識を蓄積している。生物の構造を根本的に書き換え、聖龍の生体エネルギーを、彼らの住環境の保全へ変換するくらいだ。正気を失わせるくらい、朝飯前である。彼らは真祖の怒りが自分たちに向くことを、ひどく恐れている。彼の両親は双方とも真祖の因子を持つ可能性が高く、一度に二体を相手取ることは天使族にも最大の脅威であったため、早急に処分されたのではないか、という推測だった。そしてメレディスもまた、そろそろ彼らの餌食になる可能性が高かった。彼には後継の不死種メルヴィンという息子がおり、息子がマガリッジを継ぐ年齢になれば、後は父親の方を刈り取れば良いだけだ。

 楽園がオスカーを生かしたのは、奇しくも彼がメレディスと同じ年齢で、しかも上手い具合に光と闇の属性を持ち、闇属性相手にはこれ以上ない切り札として生まれて来たからだ。彼は生まれた時から、メレディスを討伐するという使命を与えられていた。学園の同期として、同じ貴族社会で、彼を監視するにもぴったりだった。長老にとっては、娘の純潔を失った証という不名誉な呪われた子ではあるが、同時に最も使い勝手の良い持ち駒だったとも言える。

 そのオスカーが、楽園の結界を突破して濫入らんにゅうしてきた。長老の怒りは頂点に達した。しかも彼の目的は、聖龍の花嫁たるつがい。もう少しで遺伝子の書き換えが完了するはずの花嫁が、中途半端に記憶を取り戻す。所詮、生かしておくべきではなかった。



 オスカーは死を覚悟していた。天使族は普段安全な楽園に隠れ住み、一人一人の力はさほど強くない。だがしかし、彼らはよく統率され、集団としての戦闘力は侮れない。しかも長命で、他種族の持ち得ない知識を持ち、不可思議な術式や魔道具をもって応戦してくる。だが、ここにメイナードが囚われていると分かった以上、オスカーには彼を助け出すしか選択肢がなかった。そうでなければ彼は、これから千年近くもの間、自我も持たずに聖龍の慰み者となり、役割を終えれば共に廃棄される。そうでなくとも、彼に一目逢いたい。どうしても諦め切れない。これから先もう二度とメイナードと逢えないなど、オスカーにとっては死んでいるのも同然だった。

 いつか真祖の因子を発動したメレディスを手にかけるために、彼は強くあることを強いられた。しかしオスカーは内心、その力をメレディスを守るために磨いて来た。そしていざという時には、彼をむざむざと他の者に討伐させたりしない、自分がこの手に掛けて、共に逝こうと。だがしかし、そのために蓄えていた力が、今この時に彼を支える。

「メイナード!いたら返事して…!」

 しかし、そこまでが気力の限界だった。オスカーに気付いたメイナードが彼を抱き上げたが、聖龍に力を奪われて倒れる。後はオスカーの祖父たる長老が何事かを呟き、剣で無慈悲に胸を貫いて、彼の視界は暗黒に染まった。



 次にオスカーが目を覚ました時、彼はメイナードの腕の中にいた。しかしメイナードは、彼の知っている姿ではなかった。紅い瞳、獣のような被毛に覆われた黒い皮膚。まるでドラゴンを思わせる、黒く長い指。そして右手は手首から先がない。しかし彼は変わらぬ優しい瞳で、オスカーに繰り返し口付ける。まるで口移しで餌を与える親鳥のように。

 周囲の様子も変わり果てていた。天使たちは全て拘束され、聖龍と思しき幼子は血の海の中に倒れ伏し、長老もまた目の前で気を失っていた。さきほどまで壮麗な神殿があった場所には黒い灰が積もり、その向こうには水色に光る結界が見える。

「———母上」

 彼にはそれが、世界ザ・ワールドの術式で作られた檻であることが理解できた。その中には、父が百年も思い焦がれていた母親が捕らえられている。

 メイナードはオスカーを抱き抱え、その術式を事もなげに破った。そして母と入れ替わりに長老を投げ入れ、紅く禍々しい魔力で練った呪詛の結界で覆い直した。改めて、その場にいた天使族全てに隷属れいぞく紋を刻み、オスカーとオフィーリアを連れ、王宮の書斎まで転移した。

 そこで彼は、操り人形の糸が切れたように、ぷつりと動かなくなった。オスカーは、メイナードを書斎の隣室のベッドに横たえ、厳重に封印した。そしてもとより気を失っていたオフィーリアを書斎の長椅子に横たえ、自身もソファーに身を沈め、魔道具を通してメレディスに王都に帰還したことを告げ、そのまま意識を手放した。
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