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第7章 後日談 王都の日常編

(61)※ vs マガリッジ家

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 次の土曜日。俺はナイジェルを連れて、実家の伯爵邸まで跳んだ。メレディスには事前に了解を取ってある。

「ノースロップ侯爵からも書状は届いている」

 もう既に、あちらからの根回しは済んでいるようだった。



 うちは質素だ。大貴族のやしきのような盛大な出迎えはない。門番が静かに開門し、執事頭が粛々とメレディスの執務室まで案内する。彼は正面のデスクにいた。背後から窓の光が射し、彼の金糸が光に透けて、黄金に輝いて見える。

「君がナイジェルだね」

「…は」

 いつも淡々としているナイジェルが、とても緊張しているのが分かる。

「メイナードを、よろしく頼む」

 メレディスはそう言うと、俺たちにはかなく微笑んだ。



 面会は秒で終わった。俺たちは執務室を辞去してそのまま帰ろうとしたが、廊下ではマーサが待っていた。

「坊っちゃま!よくぞお戻りに。あら、ご学友の方ですか?まあまあ!」

 久しぶりに帰ったせいか、彼女のテンションは高かった。俺たちは、あれよあれよという間に、元・俺の部屋に連行された。

 それからもずっと彼女のターンで、俺たち、特にナイジェルが質問責めに遭っていた。途中で彼が大貴族の子息だと分かるとあわあわとしていたが、

「あなたがメイナードの母親代わりと聞いている」

 美しい彼に微笑まれて、余計慌てていた。

 彼女とは、いつまでも話していたい。あの頃は全てが灰色で、俺はこの部屋に籠るしかない出来損ないだったが、それでも彼女はずっと俺に変わらない愛を注いでくれた。名残惜しくて心が締め付けられる。でももう、ここは俺のいる場所じゃない。王都に帰らなくちゃ。

「もうお帰りになられるのですか」

「うん。また来るよ」

 帰る、の場所が、ここではなくなっていることに、二人とも気付いていた。マーサの瞳から、涙が溢れる。

「坊っちゃま…立派になられて…」

「うん、ありがとうマーサ」

 子供の頃みたいに、彼女にハグをする。もう俺の方が随分と大きくなってしまった。かつて母に仕えていた彼女にとって、俺は息子というより孫といってもいい。とても小さく感じる。俺も釣られて泣いてしまった。格好悪い。部屋の隅で給仕をしてくれたミアも、鼻をすすっている。彼女にも軽くハグをして、辞去することにした。

「坊っちゃま…坊っちゃま…」

 最後の最後まで、マーサは俺の手を離そうとしなかった。

「マーサ、またゆっくり、会いに来るから」

 俺は白々しい嘘をついた。そして彼女は俺の嘘をすぐに見抜く。だけど、彼女に会いたいのは本当だ。もう何回会えるか分からない。この家の門を潜る機会は、そう残されていないだろう。

「じゃあ、またね」

 俺はナイジェルの手を取って、王都に戻った。



「ごめん、街とか案内する予定だったんだけど」

 いつもの如くだが、ちょっとめそめそして、自分でも恥ずかしい。

「いや…」

 ナイジェルは、いつも以上に寡黙だった。しんみりしてしまった俺は、黙って彼をハグして、肩に顔を埋める。彼も黙ったまま、俺を抱きしめて、髪を撫でた。

「———綺麗な人だった」

 やがてナイジェルが、ぽつりと呟く。多分メレディスのことだ。

「うん。…俺もあそこでああして父上が笑ってるの、初めて見た」

「そうか」

 彼は俺を抱きしめる腕に力を込め、髪にキスを落とした。



 翌々日の月曜日。メレディスは、いつも通りに現れた。だけど今回は、なんだか視線が揺れている。あの執務室で見せた、ちょっと儚い表情。

「お前が幸せそうで、よかった」

 彼はそう言って、瞳を伏せた。俺は思わずきつく抱きしめたが、彼は春の雪のように溶けて消えてしまいそうだった。そんな彼を手放したくなくて、俺は彼の首元にたくさんの印を付ける。いつもすぐにナイジェルから逃げようとする俺を、彼が絶対に離さないって言うの、こんな感じなんだろうか。

 彼はいつもの通り、声を押し殺して俺の愛撫を受けていたが、長いキスの後、耳元で囁いた。

「…彼にするように、抱いて欲しい…」

 ああ、何てひとだ。俺を狂わせるつもりなのか。

 先週、隷属れいぞく紋を焼き付けるために陵辱の限りを尽くしたばかりなのに、今夜もそれ以上に凄惨せいさんな夜になった。俺は彼を容赦無く媚薬漬けにし、廃人のようになった彼を窮屈な体位で動かなくなるまで徹底的に犯し尽くした。そして案の定、朝になっても目覚めなかった彼を、今度も彼の寝室まで運んだ。



 次に会った時、彼の目はあからさまに泳いでいた。そして小さな声で、「その、今日は普通で…」と呟いた。それから情事の後で、「彼は大丈夫なのか…」と心配していた。
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