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第7章 後日談 王都の日常編

(57)vs プレイステッド家

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 とある日曜日。俺は何故か、プレイステッド公爵家の馬車に乗せられていた。

「兄貴ィ、ちょっと顔貸してもらいてェんだが」

 物のはずみで「いいよ」って言っちゃったのが運の尽き。なんかいつも通りに模擬戦でもするのかな、と思っていたら、訓練場の前に馬車が横付けされていた。とはいえ、さすが王位継承権を持つ公爵家。王宮とほんの目と鼻の先、宮殿みたいな場所に通された。ここ、王宮の一部じゃなかったんだ。



 王位継承権と言っても、正確にはこの国の王位は実力勝負で決まる。ただし、強い者は強い者同士でつがい、結局強き者が貴族となり、貴族とはすなわち強き者だ。

 貴族と平民との違いは、体内に保有する魔力量や固有スキル、すなわちレベルとポテンシャルの差となる。例えばうちの使用人のマーサなどは、一般コモンの生活魔法や家事スキルなどしか持たない。戦闘力も人間ヒト族に毛が生えた程度。寿命も同様だ。だが、例え貴族ではなくとも、ロッドのように諜報員として鍛え上げられ、養子として貴族界に仲間入りする者もある。そういう意味では、貴族と平民との差は明確ではあるが、どうしても乗り越えられない厳格な壁ではない。

 爵位についてだが、貴族というのは、大体は各種族を取りまとめて、最も強い者が代表して爵位を持つ。異世界と同じ、こうこうはくだんの順で位階が決まっているが、それは種族の規模や当主の強さ、そして政治力によって決まる。うちはメレディス不死種ヴァンパイアをまとめる伯爵家だが、不死種の個体数自体が少なく、マガリッジ領は不死種以外の平民がほとんどを占める。そして彼個人にも、不死種全体にも、この国を牛耳ろうという関心が無い。ここはこの国の歴史にも関わる部分なのだが、経済力や規模、保有する戦力の割に爵位が低いのはこのためだ。

 一方プレイステッド家は、狼人族ワーウルフを取りまとめる大家たいか。犬系の獣人は人口が多く、下はコボルトから上は神狼フェンリルまで、愛玩種に狩猟種にほとんど人間ヒト族と変わらない者など、多種多様に渡る。そして彼らは種族としてよく統率され、上下関係もはっきりしているため、政治に対する関心が高い。代々魔王の家系の血を積極的に取り入れて、高い地位を保つことに重きを置く家だ。

 で、俺はその、マガリッジにおいてもはぐれ者の淫魔。マーサや一部の使用人に過不足なく育てられたものの、俺の感覚は、一般的な貴族の持つそれとは程遠いと自覚している。学園時代に痛感した。俺はほとんど平民と変わらない準男爵家や、商家の子息とばかりつるんでいたが、高位の連中とはハナから気が合わない。

 その俺が、自分の対極とも思えるプレイステッド家のタウンハウスの門を、なぜこうしてくぐっているのか。

「よぉ、連れて来たぜ」

 彼は「家にダチを呼んだ」みたいなノリで俺を紹介するが、目の前にはメイドから執事からズラリと並んでいる。そして中からは、艶やかな青髪を後ろに流している、理知的な雰囲気の男が出迎えた。

「パーシヴァル。お前また、雑な説明で無理やり連れて来たのだろう」

「ええ、良いじゃねぇかよ。ダチだしよ。な、兄貴!」

「え、ええと…」

 普段着で適当に出て来てしまった俺の場違い感ったらない。

「自己紹介が遅れた。私はフィリップ・プレイステッド。パーシヴァルの兄に当たる。君がメイナードだね。弟からはいろいろ話は聞いている」

 そうだ。相手は目上だ。臣下の礼を取らなきゃ。

「いいんだ。どうせ何も聞かされていなかったのだろう。今日は君を公式に招いたのではない。楽にしてくれたまえ」

「は…」

 それにしてもパーシーの兄上、弟とは似ても似つかない。何て言うか、悪く言えばインテリヤクザ、良く言えば…何だろう。とにかくめっちゃ出来る男っぽい。ナイジェルがもうちょっと大人になったら、こんなかなっていう。しかも、無駄にイケメンなのに、犬耳が生えている。やっべ、めっちゃタイプかも知んない。

(ちょ、お前の兄上、超イケメンじゃね?)

 俺が興奮気味に呟くと、パーシーは

(何だよ兄貴、ああいう優男やさおとこがいいのかよ)

 と膨れていた。



 応接室に通されて、味のしないお茶をいただく。兄上フィリップから浴びせられる当たり障りのない質問に、俺は借りて来た猫のように「はい」か「いいえ」を繰り返すのみ。横でパーシーが「んなもんどうだっていいじゃねェかよォ」などと、平気で脚を伸ばして悪態をついているが、素行の悪い弟の交友関係を心配するのは、仕方がないのかもしれない。

「ふむ…。やはり息子ピーターから聞き及んでいた話とは、齟齬そごがあるな」

 ピーターという名前には聞き覚えがある。確か弟のメルヴィンと共に、第二王子の取り巻きをしている子弟だったはずだ。まあ、学園時代の俺の評判は散々だったからな。俺が三年、彼らが一年の時、俺とメルヴィンとのあまりの出来の違いに、周りからは散々「ハズレの方」と揶揄やゆされたもんだ。

「そりゃあよぉ、兄貴はずっと実力を偽装してるって、従兄あに上が言ってたからな!」

 パーシーは俺の肩をバシバシと叩きながら、爆弾を落とす。

(ちょっ!それバラすなよ!)

「いいじゃねぇか。もうどうせ全部バレてるしよぉ」

「うむ。君には悪いが、少し調べさせてもらった。まあ、調べるまでもなく、君が訓練場で度々パーシヴァルと互角に立ち会っていることは、宮中では有名だがな」

「はぁ…」

 時既に遅し。



「…で、何でこんなことに…」

 プレイステッド邸には、王宮のと変わらない規模の訓練場が備えられていた。俺はそこで、何故かパーシーと向き合って、剣を構えている。

「いいじゃねぇかよォ。どうせ訓練場でるつもりだったろ?」

「そうだけどさあ!俺じゃパーシーにかなわないって」

「んなことねェだろ。行くぜ!」

 いつも騎士たちに囲まれて模擬戦を行っているが、今日はプレイステッド家の皆さんがギャラリーだ。アウェイ感が半端ない。

「ちょっ、おまっ」

「ち!ならこっちだ!」

 ちょこまかと逃げ回る俺を、パーシーが執拗に追ってくる。はっや

「ええいまどろっこしい。一気に片ァ付けてやるぜ!神狼の遠吠えグレートハウリング!」

「てめ!」

 無理無理!無理だっつうの!

「そこまで」

 そこでイケメンフィリップさんの制止が入った。よかった。プレイステッドの皆さんの前で、ギッタギタに負けるのは格好悪い。

「ちょ、何でだよ兄上!」

「パーシヴァル、お前は神狼の遠吠えグレートハウリングを使わされた時点で負けだ。彼は淫魔インキュバス、そもそも剣術に向いた種族ではない」

 そうそれ!お兄さん、よくぞ言ってくれました!

「だってよぉ!兄貴は転移とかズっこいだろ!」

「そうだ。彼はそもそも、魔術の方に秀でているはず。高度な転移を連続で易々と使いこなす。お前に剣術で食い下がっている時点で、尋常な相手ではない…」

 懐から指揮棒のような杖を取り出し、フィリップさんから殺気が溢れ出す。

「え?は?」

氷槍アイシクルランス!」

 彼の周りに見る見る氷柱つららが形作られ、俺に向かって飛んで来る。ちょ、並行で五重詠唱とか!

氷槍アイシクルランス!」

 咄嗟とっさに、同じスキルを使ってしまった。五本は彼の繰り出した氷柱を砕き、牽制のためにあと十本ほど彼の前に突き刺しておく。氷壁アイスウォールを使ってもいいんだけど、彼のスキルを繰り出すスピードを勘案かんあんすると、二つのスキルを別々に詠唱してたら間に合わない。

「やはりな。ヒールにキュアー、ならばウォーターボールも持っているだろうと踏んだが…十五、出すか」

 やっべ、失敗した。まだ人前で使ったことなかったのに。

「兄貴、何で俺とる時に使わねんだよ!」

「こんなん使ってたらお前のスピードについて行けねぇだろ!」

 横から茶々を入れるパーシーとじゃれ合っていると、お兄さんが不穏ふおんな空気をかもし出す。

「ふ、ふふ。君、いいね。さすがマガリッジだ…」

 彼の周囲に、無数の氷柱つららが生成されている。ちょっ…

「ははは、荒れ狂え!氷嵐ブリザード!」

 はい、いきなり大技!まさか兄上こっちの方がバトルジャンキーかよ!



 その後はギャラリーの皆さんに怪我が無いよう、同じ氷嵐で氷嵐を相殺そうさいしつつ、彼を魔眼で呪縛バインドで制圧しておいた。全く、ここんの兄弟は馬鹿なのか。危険分子どもめ。

「すっげェな兄貴、兄上を完封かよ」

「馬っ鹿。怪我人でも出たらどうすんだよ。必死だよ!」

 お陰で、俺のDEXきようさをもってしても、あの氷柱つららを全部相殺すんの、ちょームズだったよ!

「面目ない…」

 イケメン兄上がしゅんとしている。犬耳と尻尾が垂れて可愛い。非常にタイプだ。彼は種族名は狼人族ワーウルフと出ているが、母親がパーシーと違い、竜人族である現魔王の親族、水竜人の血が入っているそうだ。能力値パラメータも竜人を通り越して、後衛寄り。

 とりあえず、昼食くらい食べて行けという彼らの申し出を固辞し、俺は王都の街に繰り出した。早くナイジェルの部屋に戻らなくちゃ。彼は俺が朝まで全力で可愛がって、目下昏睡状態。今日一日は使い物にならない。いつもと違って朦朧としている彼と、激怒されながら日曜の午後をダラダラ過ごすのが、俺の一番の至福タイム。ああ、今日のランチは何を買って帰ろうか。



✳︎✳︎✳︎



「とんでもないな、彼は…」

 兄と弟、二人での昼食の席で、フィリップは先程の模擬戦を反芻はんすうしていた。

「だろ。従兄あに上も狙ってるが、譲る気はねぇぜ」

「だがしかし彼は、ノースロップの愛人なのだろう」

「そんなの関係ねぇ。俺ぁ兄貴を絶対ぜってぇ手に入れてみせる」

 パーシヴァルは、獰猛どうもうな表情で舌なめずりしている。フィリップが記憶している限り、彼は異性愛者ヘテロセクシュアルだったはずだ。確かにメイナードは美しい男だったが…

「兄貴は、アッチも凄ぇんだ」

「!お前、どこまで…」

「あの目にヤられるんだ。アレでられたら、誰だって一瞬で狂っちまう…」

 魔族の中でも、上位の者だけが持っているスキル、魔眼。先ほどフィリップも、彼の視線で身体の自由を奪われた。水竜の魔力と能力を持つ自分が、ろくに抵抗レジストも出来ずに。背筋にゾクリとするものが走る。

「…でもよぉ、兄貴は兄上みたいな細っこいのが好みなんだとさ。絶対ぇ俺の方がイケてると思うんだけどよぉ…」

 パーシヴァルはぶすくれているが、それを聞いてフィリップは一瞬、「彼ならアリかも」と思ってしまった。彼さえ良ければ、是非三番目の妻に迎えたい。

「ま、兄貴が俺に堕ちるのも、時間の問題だぜ。絶対ぇ堕としてやる…」

 弟が「つがいに決めたヤツがいる」と言うので、家に招くように告げたところ、連れて来たのが彼だった。つがいも何も、彼は既にノースロップの長子ちょうしと公然の愛人関係にあり、それは仲睦まじいと聞く。しかも王太子殿下もご執心だ。他にも隙あらば彼とお近づきになりたい者は、男も女もごまんといるらしい。今日実際に会ってみて、その魅力は痛いほど伝わった。あれは確かに欲しくなる。愛妻家として知られる俺が、ついたぎってしまうほどだ。しかも、よりにもよってマガリッジ。危険極まりない。

 脳内でメイナードを捕らえ、いやらしく犯して悦に入るパーシヴァルの向かいで、フィリップもまた、同じ表情をしていた。



✳︎✳︎✳︎



 俺の帰った後のプレイステッド家で、そんな物騒な話し合いがあったなど、俺は知るよしもなかった。
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