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第7章 後日談 王都の日常編

(56)vs オズワルド

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 ある日の訓練場。パーシーとの立ち合いも終わって、お互い汗を流して仕事に戻る。最近の彼は、シャワールームで必要以上に接触して来ない。

「兄貴。ダチじゃ、駄目か?」

 彼がそう提案してきて、その通りになっている。少し前には、彼から熱烈な告白を受け、その原因は彼を魅了して魔眼で関係を持った俺にある。なのに彼は全てを飲み込んで、それでも俺と喧嘩友達であることを了承してくれている。

 彼は優れた師でもある。武道っていうのは理屈だけじゃない。鍛え上げた肉体に、自分の感覚だけを頼りに、ひたすら相手と命のやりとりをする、エキサイティングなコミュニケーション。俺には全く縁がなかったものだ。厳しい修行を経て、国内屈指の実力を身につけた彼と、こうして立ち合いを重ねることで、俺はレベルを上げてスキルを獲得しただけではない何かを、肌で感じ取る。

 俺は、何としてもあの人を楽に送ってやれるだけの力を身につけなければならない。だからこうして、彼と手合わせが出来るということは、俺にとってとても有り難いことだ。何より、彼は六十も上なのに、俺を兄貴と呼んで、あの顔をクシャッとする人懐っこい笑顔で、いつも俺を誘いに来てくれる。彼は俺の大事な友達だ。



 だがその日はふと、兵舎の方が気になって、覗きに行ってみた。城壁の隅に、魔眼に引っかかる人影が一つ。平民の旅人のような若者、しかし頭には立派な角が生えている。思わずステータスを覗いて、驚いた。



名前 オズワルド
種族 竜人族ドラゴニュート
称号 魔王・前オヴェット伯爵(偽装/武闘家)
レベル 497(偽装/75)

HP 19,880(3,000)
MP 14,910(2,250)
POW 1,988(300)
INT 1,491(225)
AGI 994(150)
DEX 497(75)

属性 闇・土

スキル 
ドラゴンブレス LvMax(隠蔽)
ドラゴンゲイズ LxMax(隠蔽)
槍術 LvMax(隠蔽)
格闘術 LvMax(Lv6)
身体強化 LvMax(Lv6)
ストーンバレット LvMax(Lv6)
ストーンウォール LvMax(隠蔽)
ゴーレム作成 Lv9(隠蔽)
転移 LvMax(隠蔽)
偽装 Lv—(隠蔽)

E 旅人の服

スキルポイント 残り 20



 うわああ…。変な人見つけちゃった…。てか、魔王様ってもっとグルグルの巻き角の、ガッシリした壮年じゃなかったっけ?肖像画と随分違うんだけど…。

「あの…大丈夫ですか?」

 不審者、というか魔王様を放っておくわけにはいかない。俺は彼を抱き起こして話しかける。すると彼は腹を鳴らし、「…飯…」と呟いている。仕方がないので、食堂に行って軽食をテイクアウトしてくる。ついでにオスカーのオフィスに立ち寄り、秘書に一言「なんか変な人がいる」と伝言を頼んだ。

 すぐに武闘家さん(仮)のところに転移して、「あの、これ良かったら」とテイクアウト用のサンドイッチを差し出す。彼は朦朧としていたが、「かたじけない」と言って、水とともにモリモリと平らげた。

「あっ、あの、何か御用でしょうか…」

「む、自己紹介が遅れた。私はオズ…オズだ。武闘家として修行の旅に出ている」

 うん。そういう設定なんだね。

「あの、旅人さん。ここ王宮なんですが、何か御用で…」

「あ、いや、ちょっと迷い込んでしまって」

 一般人が迷い込める場所ではない。

「えっと、どなたかお取り次ぎとか、必要でしょうか」

 その時、胸の徽章きしょうから念話が飛んできた。

(メイナード。どうしたの)

(いや、兵舎の近くでその、行き倒れの武闘家さんが…)

(行き倒れ?)

(…多分オスカーに用じゃないかと思うんだけど、連れてっていいかな)

(分かった。じゃあ、5分後に書斎で)

「…いかがした」

「いえ、ちょっと用を思い出しまして。ところで食事は足りましたか?」

「む。初対面の私にそこまで親切に」

 初対面だけど、あなた有名人ですから。

「ちょっとここでは何なんで、落ち着ける場所に移動しましょうか」

 そう言って、俺は彼の手を取り、オスカーの書斎へ跳んだ。



「というわけで、「行き倒れの武闘家さん」を連れて来たよ」

「ありがとう、メイナード」

「む、私は旅の武闘家で…」

「父上。お帰りの際は一言ご連絡をと」

「おい、父上ではない。私は旅の」

「彼はもう看破していますよ。ね、メイナード」

 俺は愛想笑いをするしかない。

「父上。彼はメイナード・マガリッジ。メレディスの息子だよ」

「何だって!」

「あ、初めまして…お世話になっております…」

 なんか、魔王様に対する正式な礼儀作法より、こっちの方がしっくり来る気がして、つい。

「…俺も歳を取るわけだ…」

 といっても、竜人種も長命だ。しかもレベルも高い。彼はほとんど俺たちと変わらない外見をしている。

「あの、では確かにお連れしましたんで、これで…」

「ありがとう、メイナード」

「…かたじけない」

 魔王様は、最後まで旅の武闘家設定にこだわった。



✳︎✳︎✳︎



「おい、彼が俺の偽装を見抜いたのは、本当なのか」

「そうじゃなければ、僕のところに連絡なんて寄越しませんよ」

「…メレディスの子といえば、まだほんの子供だったはず…」

「彼はこの春学園を卒業したばかりです」

 サーコートを着た、美しい若者。新卒にしては、一対の立派な角。身体的特徴の乏しい外見。オズワルドの記憶では、メレディスの最初の子といえば、淫魔インキュバスだったはず。

「まさか淫魔が、俺の偽装を見抜いて、俺に対して偽装しているなど…」

「僕も見誤って、痛い目に遭いましたから」

「相変わらずマガリッジは、とんでもねぇな…」

 オスカーは、最初自分が偽装を受けていたことが信じられなかったが、こうして父すらあざむく彼に、改めて驚嘆していた。それは父である魔王よりも、彼の方が能力的に優れていることを示している。

(メイナード。君は魔王にでもなるつもりかい?)

 彼は苦笑しながら続けた。

「ところで父上。帰還されたからには、何かおありだったんでしょう」

「うむ。その話だが」

 なお、彼が兵舎の近くで行き倒れていたのは、空腹で転移に失敗したからだと、後から判明した。



✳︎✳︎✳︎



 一方俺は、シャワーを浴びてスーツに着替えた後、背筋をぶるりと震わせて、派手にくしゃみをした。着替えるのが遅くなって、体を冷やしてしまっただろうか。サラリーマンは体が資本だ。気をつけないと。

 俺は一旦執務室に戻り、ナイジェルをランチに誘った。午後からも山ほど仕事がある。ラフィの鬼畜ぶりが容赦がない。俺にとっては、彼の方が魔王なのだった。
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