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第7章 後日談 王都の日常編

(49)vs ラフィ(1)

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 周囲の俺への見方は一変した。これまでは、ナイジェルが学園の落ちこぼれを拾って来たらしい、という評価だったのが、貧弱な角の地味な淫魔が、実はマガリッジ家の息子で、メガネを外すとびっくりするほどの美形だと。そしてナイジェルの副官として十全に仕事をこなし、パーシーと互角に戦い、王太子殿下の覚えもめでたいとか。

 いや、そうと言えばそうなんだけど、俺はただ引き籠もってても仕方ないから人間界を目指してて、王都でナイジェルに捕まって、その、ヤりまくってただけで…。そして現在、成り行きと情に流され、あちこちで関係を持ってしまった結果、ナイジェルに「誰のものだか分からされ」、そして見事に当初のオスカーの見立て通り、愛人ポジションに。

 いたたまれない。非常に、肩身が狭い。こんな醜聞スキャンダル、メレディスにまで届いてしまったら、俺はどんな顔をして彼に会えばいいのだろう。

 とはいえ、周りの視線は痛いほど刺さるが、目下俺のやることは限られている。すなわち、普通に仕事に来て、仕事をこなす。退職届は上司のナイジェルが握り潰すと言っているし、よしんば組織のトップまで上奏しに行ったとて、そのトップはオスカーだ。

「ふふ。そんな申し出、通ると思っているのかい?」

 こないだ笑顔で却下された。まあ、仕事自体は嫌いじゃないんだ。魔眼も役に立つことだし。そして横でバリバリ仕事してるナイジェルは、何気にイケメンで、ちょっとキュンと来てしまう。まさか俺が、あの嫌味な首席君に、こんな感情を抱く日が来ようとは。そして、部下のラフィとロドリック。彼らとは一度一悶着ひともんちゃくあったけど、その後は何だかんだ平穏にやっている。相変わらずロドリックの方は何を考えているのか分からないが、ラフィの方は更にフレンドリーになった。

「本来なら、命を失っても仕方のない場面でしたから」

 そう、あれがオスカーから命じられたことだとしても、任務をしくじれば悲惨な末路が待っているのは、どこの工作員も同じ。ナイジェルの言った通り、彼らはナイジェルと俺の部下であると共に、王太子オスカー直属のエージェントでもある。

 だが、ラフィとの付き合いが長くなるにつれ、彼が誰にでも愛想が良いわけではないことが分かってきた。常に物腰が柔らかくて丁寧な男だが、よく見ていると、結構好き嫌いがはっきりしている。何だか曖昧な物言いをするな、と思って、後々思い返してみると、痛烈な皮肉だったり。この辺は、あちらの世界の古き都の住人と、ちょっと雰囲気が似ているな、と思う。古き都の人がみんなそうじゃないんだけどね。ごめん。

 その理由は、彼が相手に悪意ややましいところがあれば判別できる固有スキルを持っているからだ。オスカーも審判ジャッジメントで、相手の反応から深いところまで情報を読み取ることができるが、彼が直接全ての事象について判別していては、国家運営は間に合わない。王宮には、ラフィのような読心系のスキルを持つエージェントが、他にも何人か飼われている。

 自惚うぬぼれかも知れないが、彼は初対面からことのほか、俺にフレンドリーに接してくれる。なんでも彼いわく、俺には野心らしきものがまるでなく、しかもどこか懐かしい匂いがするからだそうだ。なるほど、彼の遠い祖先は麒麟キリンという東洋の幻獣だが、東洋人である異世界の俺の匂いを嗅ぎ取っているのかもしれない。



 今、執務室には、俺とラフィの二人きり。ナイジェルとロドリックは、それぞれ別の用事で外出している。俺らは黙々と自分の手元の書類と向き合いながら、時々雑談を交わす。

「なあ、ラフィ」

「何でしょう、メイナード様」

「お前さ、ロドリックと付き合い長いわけ?」

「これはまた…」

 ラフィが目を丸くしている。だが、こういう話は嫌いじゃないらしい。すぐにいつもの穏やかな調子に戻って、

「ええ。もう6年になりますでしょうか」

 彼らは俺らの4個上、学園時代からの付き合いらしい。よし。

「ならさぁ。男って、どうやって惚れさせたらいいかな」

「はっ…?!」

 今度こそ、ラフィの手が止まった。

 そう、俺の目下の悩みというのは、どうやってナイジェルを惚れさせるかだ。数ヶ月前、成り行きで始まった関係ではあるが、俺には彼がどうして俺に執着しているのか、さっぱり分からない。自分で言ってて何だけど、俺ってセックスでレベルこそ上がったけども、中身は相変わらず意気地なしのみそっかすだ。浮気もする。そして身体を重ねるごとに、俺ばっかりナイジェルに惚れてしまって、だけどいつか愛想尽かされるんじゃないかと、内心びくびくしている。雑魚ザコはどこまで行っても雑魚だ。

「いや…そのご心配には及ばないんじゃないかと…」

「そんなこと言わずにさぁ。俺、全部ナイジェルが初めてだから、その、何も分かんねぇんだよ…」

「はっ…?!」

 ラフィの時が二度止まった。

 再起動したラフィに、「えっと、ナイジェル様はメイナード様のことを深く愛していらっしゃるので、そのご心配は無用かと」と告げられた。そうなんだろうか。相手の心がある程度読めるラフィの言うことだから、信じても良いのかな。

「ふふ。それを言うなら、私だって」

 ラフィはラフィで、ロドリックにちょっと不満らしい。ラフィは由緒ある名家のお坊っちゃま。一方ロドリックは、宮中で汚れ仕事を請け負うために育てられた孤児。貴族社会に潜り込むために、貴族の養子にされ、学園に送り込まれたパターンだ。例えラフィと心を通わせ合ったとして、自分は彼には相応しくない。いつでも身を引く覚悟で、彼からはなかなか踏み込んで来ないのだという。ラフィはラフィで、名家がどうとか、貴重な幻獣の末裔がどうとか、そういうのはどうでもいいから、彼と添い遂げたいと思っている。結果、付き合いこそ長いものの、進展はとても遅く、未だにどこかよそよそしいロドリックのことを、寂しく想っているようだ。

「誰にとっても、恋路とはままらないものですよ」

 なるほど。俺は当事者ではないが、どちらの気持ちも分かる気がする。特にラフィにとっては、両思いなのは分かっているのに、歯痒はがゆいことだろう。

 むぅん。俺に何か出来ることはないだろうか。

「その、さ。こないだアレしてて思ったんだけど、どっちかっていうと、ラフィが愛される方なんだ?」

「!…ふふっ。ええ、そうなるでしょうか」

 お、ここまで踏み込んでも大丈夫だった。まあ、一度ヤっちゃった仲といえば、仲だしな。

「でも逆も行けそうだったけど、その辺はどうなの?…っとごめん、こんな話」

「いいえ。私としては、どちらでもいいんですけど。彼はなかなかその、ガードが」

 なんだよ。どっちも行けるクチかよ。よし。

「じゃあさ、今度ちょっと二人で、顔貸してほしいんだけど」

 そうだな。月曜の夜はメレディス、水曜の午後はオスカー。その他の夜は、ナイジェルの部屋に遊びに行くことになってる。じゃあ、水曜日の夜なんかどうだろう。

「分かりました。ロッドにも、そう伝えますね」
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