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番外編 インキュバスの能力を得た俺が、現実世界で気持ちいい人生を送る話

(16)※ 藤川知己(2)

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「君、黒瀬君とも仲良いんだね」

 いつもの如く、藤川教授の研究室で片付けものをしていると、唐突に彼が言った。

「見たんですか」

 何を、とは言わない。でもそういうことだろう。俺も黒瀬も、表立って態度を変えたりしない。

「あーあ、ついこないだまで、俺しか知らなかったのにさ」

 彼は冗談っぽく唇をとがらせている。

「ふふ。藤川教授のご指導の賜物たまものですよ」



「あんなの、見せられたら、俺だって、けちゃうな…!」

 背後からグイッ、グイッと腰を押し付け、上擦うわずった声でつぶやく。彼もあの動画を見て、あれが俺だと分かっている。もうこの研究室を訪れるのは何回目だろうか。俺の声も、セックスの時の癖も、彼はよく知っている。

「あ!知己ともきさん、そこ、駄目!駄目っ…!」

 最小限の労力で、最大限の効果を生み出す。彼の発想は典型的な理系のそれだ。俺の良いところを、俺が一番感じる角度で、最速で達するテンポで、的確に突いて来る。ゲーム感覚で、自分がいかにイかずして、俺をイかせるか、みたいな。

「嫌っ!イく!イっく…!」

 きゅうっと締まるそこを、ゴリゴリとこじ開けられるのがまた、たまらない。俺がいい具合にとろけたのを見越して、彼は最後に俺の中にぶち撒ける。

「はぁ…っ」

 限られた時間で、がっつり満足させてくる。彼は俺が進学する前に思い描いていた、理想のセフレそのものだ。相手がまさか、たまたま取った授業の教授だとは、想定していなかったけど。



 その後も彼は、ちょっとご機嫌斜めだ。最初は、常に飄々ひょうひょうとして、何を考えているか分からない宇宙人みたいだと思っていたが、姉貴同様、自分の得意分野以外はからっきし駄目で、子供っぽいところがある。一回り以上年上の彼には不適切な表現かもしれないが、ちょっと放っておけない。セックスだってそうだ。いつも俺のことを余裕綽々しゃくしゃくで抱いているようで、好奇心でノリノリだったり、感傷的で甘えたい気分だったり、何となく分かるようになってきた。ヤバいな。琉海ん時みたいに、ちょっと情が移りそうになっている。

「で、結局先生は、俺とああいう耐久セックスがしたいわけ?」

「こら。そういう話題の時には、先生って呼ぶなよ」

 彼はふい、と目を逸らす。あからさまにねている。もう…仕方ないな。

 琉海も黒澤もそうだが、一度俺の精を取り込むと、強力な催淫作用で体力の限界まで性欲が止まらなくなってしまう。そうすると、翌日はほぼ使い物にならない。藤川は時代の寵児とも言える研究者で、講義以外にも様々な仕事が入って忙しい。いつも俺を遠出なんかに誘って来るけど、オフなんてあるんだろうか。

「知己さんさぁ、直近で一日オフの日ってある?」

「そうだね、調整すれば、次の日曜日は開けられそうだけど」

「じゃあ土曜日は?」

「土曜日は…午前中は塞がってるかな。午後なら開けられると思うよ」

「じゃあさ、土曜日の午後、知己さん家に遊びに行っていい?」

「!」

 いつも大体、金曜日の夜には琉海を思いっきり堪能して、彼は土曜日には一日寝込んでいる。土曜日の午後、少しの時間なら、そっと家を空けても大丈夫だろう。多分。



 土曜日。彼は車で俺を拾い、マンションへ滑り込んだ。大学からなら車で5分くらい。コンクリ打ちっぱなしのカッコいいヤツ。腐海を思わせる研究室とは違い、彼の部屋には何もなかった。「いつも寝に帰るだけだから」だそうだ。もしかしたら最初は大掃除からかと思ったが、ハウスクリーニングを定期的に入れているらしい。

「何か飲む?って言っても、コーヒーくらいしかないか」

 彼はマシンを起動する。何もないけど、こういう所にだけ無駄に金がかかっているのが彼らしい。驚いたことに、部屋に招き入れたのは、俺が初めてだそうだ。確かに、特定のパートナーを持たない彼は、外で遊んだ方が後腐れないだろう。

「うち何もないから、遊びに行っていいかなんて訊かれて焦ったよ」

 などと照れながら言われると、ちょっとこっちも調子が狂う。とはいえ、ハードなセックスをするなら、家の方がいいに決まってる。ホテルだとその後、何時に起きられるか分からない。

 午前中、彼は取材を受けていたようだ。いつものヨレヨレの白衣姿と違い、ビジネスカジュアル、そしてきちんと整えられた髪。モデルと見紛みまごうような美形だ。スラリとした体躯、色素の薄い髪と瞳、端正な顔立ち。王子様的な、と表現すればいいのか。普段とのギャップが激しすぎる。

「ふふ。さっきから、何。惚れ直しちゃった?」

 ソファーに横並びで座り、彼はいつものように、俺の髪をくしゃくしゃと撫でる。ちょっと図星で悔しい。だがしかし、今日ここに来たのは、そのためじゃない。

「知己さんさぁ、俺をあんな風に抱きたいわけ?」

「んん…そうだな。君さ、普段とあの動画とでは、雰囲気違うでしょ。どっちがなの?」

 どちらが本当かと言われたら、偽装していないという意味では、動画の中の自分の方が素であると言える。自分でもまだ見慣れないけど。

「素の俺としてみたいってこと?」

「ふぅん。やっぱり、あっちが素なんだ」

 彼は「してやったり」という感じで、ニヤリとわらう。

「君を最初に見た時から、どうも印象が定まらなかったんだ。いかにも地方から出てきた学生っぽいと思っていたら、急に綺麗になったり。普段は地味に息を潜めているのに、初めてな割にはびっくりするほど色っぽかったり。でもあの動画を見て分かった。君はあれが本性で、これまでずっと隠していたんじゃないかって」

 うわ、するど

「確かに俺は、君の初めてはもらったけど、君の本性を見たのは俺が最初じゃないなんて、ちょっと面白くないね…」

 本当だ。俺が偽装を解いたのは、黒澤と恒成さんの前だけ。琉海にはいろんな秘密を打ち明けたが、まだ偽装を解いたことはない。何ということだ。呆然としている俺の唇を、彼は塞ぎ、そして次第に強く蹂躙していく。

「…はぁっ…もう、知らないからね…」

 息継ぎをし、改めて俺から口付ける。偽装を外して媚薬を使うと、きっと一滴も残らない。分かっていたことだが、明日の彼の貴重なオフは台無しだ。後悔するがいい。
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