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第6章 騎士団編

(45)※ 次の月曜日

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 次の月曜日。俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。下弦の月は、昇るのが遅い。それが高い位置に見えるということは、もう夜半を過ぎているということだ。

 彼は現れない。俺から会いに行くわけにも行かない。一週間くらいなら、深刻な飢餓に陥ることもないだろうが、しかしもう、義母だけで彼を支えることはできない。俺はこれからどうやって、どんな顔をして、彼に会えばいいのだろう。

 結局一睡もできず、もうそろそろ夜も明けそうな頃、部屋の隅の転移陣が音もなく輝いた。

「メレディス…」

 彼は瞳を伏せ、物も言わずに立っていた。一見、いつもとさして違わない様子。だけど分かる。彼は前回別れた時と同じように、俺への罪悪感に激しくさいなまれている。俺は彼に歩み寄り、ベッドへいざなおうとしたが、彼は応じなかった。仕方がないので、その場で彼を抱きしめ、髪を撫でる。頬に手を添えて口付けをしようとすると、顔を背けて拒む。そして絞り出すような声で呟く。

「メイナード…私は決して、お前をミュリエルと混同したわけでは…」

 俺は黙って彼の耳に口付ける。彼はぴくりと体を震わせるが、身体を硬くして、抱擁を受け入れようとしない。

「私は愚かな男だ。お前に愛情の一つも与えなかったのに、お前に愛されたかった」

「!」

「お前に愛された気がしていたんだ。愛される資格などないのに」

 ———ああ、この人も、俺と同じだったのか。俺の愛が欲しいと思ってくれていたのか。

「愛してるよ、メレディス」

 俺の口からは、自然とその言葉が出ていた。まるでこないだ、ナイジェルが俺にそうしてくれたように。愛する男に愛を囁かれて溶けてしまった俺が、同じ言葉を別の男に囁く。自分でも最低だ。だけど、どちらも嘘じゃない。そして、彼がミュリエルと俺に対して抱いている感情も同じ。そういうことだ。

「あなたがミュリエルを愛しているのは知ってる。でも、俺のことも愛してくれているんでしょう?」

「メイナード…」

 彼の髪を掻き上げると、彼は今度こそ俺を向き直る。泣きそうな目をしている。多分俺も。そして俺は、彼を壁に押し付け、強く口付けた。彼もおずおずとそれに応え、俺の背中に腕を回す。俺たちはそうやって、ゲートの閉じる夜明けまで、しばらく抱き合っていた。



 火曜日は、ナイジェルの部屋を訪ねる日だ。先週とは違う意味でぼんやりしている俺を、彼は物も言わずに抱きしめる。俺も黙って彼を受け入れる。罪悪感がないわけじゃない。でもどんなにあらがっても、俺は彼にどうしようもなく惹かれている。メレディスにも。明け方にはメレディスと溶け合ったキスを、今度は彼としている。どちらか片方だけなんて、俺には選べない。

 額と鼻をくっつけて見つめ合い、それから向きを変えてもう一度。身体が熱い。日曜、月曜と精を受け取ることをしないと、もう発情が始まっている。

 きっと彼も、薄々気付いている。なぜ俺が、月曜日と満月の夜だけは、この部屋に現れないのか。そして、彼の他に俺が愛を捧げるのは、誰なのか。だけど、それを俺に問い正したら、この関係は終わってしまう。メレディスの命を繋ぐことが出来るのは俺だけだ。彼からは離れられない。

 でもそんな俺を、ナイジェルは誠実に愛し抜いて、とうとう彼のメスにしてしまった。俺の身体は、もうとっくに彼のものだ。

「メイナード、お前…」

 俺は彼の前で、全ての偽装を解いた。優雅に側頭部に巻き付く角、とめどなく溢れる魔力。そして、欲情に潤んだ瞳。全身から立ちのぼる、発情したメスの匂い。身体中の全てがナイジェルを欲している。

「お前が俺を、こんなにしたんだからな」

 緩く甘い口付けから一転、彼は俺を乱暴にベッドに押し付けた。そしてガチガチになったそれを、即座にそこに押し当てる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 ステータス表示が、魅了・強から、魅了・極へ。俺がまとっている魔力だけで、彼はみるみる魅了されていく。目とはらには隷属れいぞく紋が浮かび、俺を犯して中に放つことに夢中になっている。

「あ、は、ナイジェル…っ」

 俺のそこは、もう彼の形になっている。自分で自分を愛していて、違和感を感じるほど。彼に吸い付き、彼の精を受け取るためだけに存在する、彼専用の穴だ。

「あ、あ、ああっ、ああっ、ああっ…!」

 激しさを増す蹂躙に、身体中が歓喜している。ああ、来る、来る…!

 叩きつけるような激しい射精に溺れながら、まだ俺を犯し足りないナイジェルの荒々しいキスに応え、味わう。彼の全てが欲しい。俺が狂って壊れるまで、めちゃくちゃに抱かれたい。



 翌朝、彼は朦朧としていた。搾り取った俺は元気一杯だが、偽装を全部取っ払ったのは、ちょっとやりすぎたかもしれない。彼がポーションを取り出してあおるの、久しぶりに見た。今日はまだ水曜日。さながら、エナジードリンクで生き延びるサラリーマンだ。

 バスルームで身支度を整える彼に背後から忍び寄り、抱きしめて彼の湿った髪の匂いを嗅ぐ。気怠けだるそうな彼は、「こら」と俺をたしなめるが、嫌がらない。俺はそんな彼の角に触れ、ずっと掛けていた偽装を解いた。

「!」

 鏡の中の自分の角が立派に伸び、しかも二対に増えていることに、彼は驚愕していた。

「分かった?」

「お前…これ…」

 彼にも思い当たるところはあったのだろう。やっと合点が行った、みたいな顔をしている。

「お前が俺に手なんか出すからだよ、まったく」

 彼は俺を振り返り、頬に手を添えて口付けてきた。

「やっぱりお前、とんでもないな…」

 出勤時間が迫っているのに、俺たちはそこでしばらくキスを楽しんだ。
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