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第6章 騎士団編

(44)※ 満月の月曜日

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 今日は月曜日。定時で退勤してさっさと身支度を終え、メレディスを待っていたつもりが、疲れが溜まっていたのか、いつの間にか眠っていたようだ。ふと目が覚めると、月影の下、彼が立っていた。

「ごめん、寝てた…」

 彼は音もなく近付いて来る。そしてベッドがギシリと軋むと、そのまま俺に覆い被さって来た。

「メレディス…?」

 彼は物も言わず、俺に口付けてきた。驚く間もなく、手は肌を滑り、何の迷いもなく俺の身体を開こうとする。こんなこと初めてだ。唇が離れた瞬間、彼の状態が「飢餓・中」になっているのが見えた。少し正気を失っているのか。やんわりと彼を振り解き、改めて俺から彼に精を分け与えようと思うのだが、異常な力で腕を縫い付けられ、身動きが取れない。そうか今夜は月曜日、そして満月。真祖の権能の力が最大に高まる日。不死種ヴァンパイアとしての本能が強くあらわれるのも。

「あっ…あ、駄目…」

 彼の愛撫は、甘く優しく、でも容赦なく。静かだけど情熱的で、俺に抵抗を許さない。甘くて危険な官能に、ゾクゾクする。俺はまるで、彼に捧げられた生贄だ。

 駄目だ、このままでは。ナイジェルと約束した。彼以外には、身体は許さないと。

「くっ…!」

 どれだけ足掻こうと、身体の方はびくともしない。止むを得ず魔眼を放つが、強烈に弾かれる。全力でも駄目だ。まさか、倍以上のレベル差があるはずなのに。

「メレディス…メレディス!」

 初めて彼に恐怖を感じながら、動かない身体をよじり、彼の名を呼ぶ。このままでは、彼に精を分け与えるのもままならない。しかし俺の身体をむさぼっていた彼は、改めて俺に口付け、耳元に囁いた。

「ミュリエル…」



 その瞬間、俺の心臓に、冷たいやいばが突き刺さった。

 いや、それはずっとここにあった。見ないようにしていただけだ。俺はミュリエルの身代わり。彼女亡き今、彼女の代わりに彼を満たすように残された、彼を生かす為の装置。そしていつか、彼女の元に彼を運ぶだけの依代よりしろ

 最初から分かっていた。納得して、その役割を引き受けたはずなのに。

 彼との短い逢瀬を重ね、甘く溶けあって、満たし合って、何度も愛し合って。そう、愛し合ったと思っていたのだ。多少なりとも、俺にも愛を向けてくれていたのだと。

 体中の力が抜けて行くのが分かる。今まで俺の存在を確かにしてくれていたものが、音もなく崩れ去る。彼に必要とされ、受け入れられて、この世に存在することを許された気でいた俺に、残酷に突きつけられた現実。俺はミュリエルの容れ物であって、俺自身には何の価値もない。

 目尻から、冷たい涙が流れる。耳元から首筋を味わっていたメレディスは、それに気づいて、意識を取り戻した。

「…メイナード…!」

 正気に戻ったメレディスは、俺がミュリエルでなかったことに絶望している。そして同時に、優しい彼は、俺を傷つけたことにショックを受けている。

「そんな…私は…」

 ああ、可哀想なひとだ。愛する女に置いて行かれて、ほんのひと時、幸せな夢を見ていただけなのに。

 俺は卑怯だ。彼は、生きるために俺を求めるしかない。彼が俺から離れられないのが分かっていて、そこに自分の存在意義を求めている。それ以上に彼からの愛情を求めるなど、あってはならないことだ。俺がミュリエルの身代わりであることに傷付いていたら、彼を追い詰めるに決まっている。

 落ち着け、俺。冷静になれ。そして、為すべきことを為せ。

「メレディス。渇いているんでしょう。俺に、愛させて」

 俺はどうにか笑顔を作ると、罪悪感で震える彼をあやすように抱いた。俺に出来ることといえば、それしかない。俺は持てる限りの愛を、精一杯注いだ。

 明け方、彼はベッドからそろりと抜け出す。いつもなら、微笑み合いながら、別れのキスを交わすところだ。彼は目も合わせず、黙って転移陣に向かう。俺は彼の後ろ姿に、「待ってるから」と声を掛けることしか、できなかった。



「お前、どうしたんだ」

 俺がぼんやりしていたので、ナイジェルが心配して声を掛ける。

「いや、ちょっと眠いだけ…」

 俺が曖昧な返事をすると、彼はすぐに見抜いてしまう。

「また変な顔をしているな」

「気のせいだって」

 いつも俺が一人になりたい時に限って、彼は「後で部屋まで来い。絶対にだ」と念を押す。



「お前が変な顔をしている時は、大体何かを難しく考えている時だ」

「あ…はぁっ…!」

 ぐい、と奥までえぐりながら、俺を強く抱き寄せる。

「余計なことを考える余裕を奪ってやる。容赦しないからな」

 彼の言葉には、嘘も誇張もなかった。彼は身体を重ねるたびに、どんどん俺を追い詰めるのが上手くなって行く。俺に腕枕をするような形で、背後から俺を抱きしめながら、ゆるゆると繋がる甘い営み。だが彼は、俺の身体の癖を掴み、そしてついにこの場所を探り当ててしまった。

「あっ…あっ…あああ…!」

 ドライオーガズム。異世界の俺は、その名前と概念だけは知っていたが、ナイジェルはそれを自力で見つけた。時間を掛けて、緩いストロークで裏側から刺激を与えられていると、ある瞬間から急に快楽の波が襲ってくる。

「やだっ…やだっ…やだ、やだ、あ、やだ、あ、あ、あ…」

 絶え間ない絶頂。イったと思ったら、すぐにまた次が来る。背中からしっかりと抱き留められ、ぴったりと密着した身体から、彼の体温と息づかいを感じる。

「も、やめて…やめてやめてっ、やめっ…ああ…!」

 呼吸もままならないほどの快感。ホワイトアウトしそうな視界。彼のものを咥え込んだまま、ひたすらビクビクと痙攣する身体。シーツを掴んで溺れながら、気が遠くなるほどイかされた後、ナイジェルは身体を一度引き抜いて、改めて向かい合う形で繋がり直す。そしてお互い、壊れるほどきつく抱きしめ合いながら、果てた。

「もうやだ…」

 涙が勝手に溢れてくる。甘々に愛されて、どうしようもなく身体が歓んでいる。心も。

「もうこれ以上、お前のこと、好きになりたくないのに…」

 繰り返し抱かれて感じる、彼が一途に俺に愛を注いでくれること。そんなに愛されたら、彼にすがってしまいそうだ。俺には何の価値もないのに。泣き顔を見られたくなくて、顔を背け、腕で覆う。だけど彼は手首を掴んでそっと押し退け、俺の耳に口付ける。

「愛している」

「!!」

 よりによって、こんな時に、そんなこと。

「お前に何があったのかは知らない。だが俺はお前を離さない」

「馬っ」

 唇を塞がれ、長く甘いキス。怖い。お前なしで生きて行けなくされたら、俺は今度こそ壊れてしまう。だが彼は、

「離さない」

 と繰り返して、本当にその後も離してくれなかった。



 最近は、こうして一緒に朝を迎えることが珍しくなくなった。彼は前日に二人分の朝食を用意させていて、部屋の前まで運ばれてくる。飲み物は、俺はブラック、彼は甘いカフェオレ。部屋着のままダイニングで食べて、交代でバスルームを使って身支度。時々彼が後ろからちょっかいをかけてくる。逆の時もある。俺は一旦自分の家に跳んで、改めて着替えなどを済ませてから出勤。

 職場では、上司のナイジェルが仕事モードに入っている。ついさっきまで、お互い素肌のまま同じベッドに居たとは思えない、不思議な感覚。だけど、お陰で何だか今日も、乗り越えられそうな気がする。

 先のことを考えても仕方ない。こうして、一日一日を生き延びるしか。彼が俺を側に置きたいと思ってくれている間は、俺はここでこうして仕事をして生きていよう。その後のことは、その時に。
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