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第1章 引きこもり編

(3)※ 愛欲の愛し子

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 翌朝、またメイドの乱入で起こされた。

「坊っちゃま!昨夜は誰も呼ばれず、カーテンも閉められませんで!」

 ベテランメイドのマーサに叱られる。昨日の昼、昼食を持って来た若いメイドには、以降部屋に入らぬように言って聞かせた。なので俺は、あれから夕食も摂らず、それどころか昼食も摂らず、ずっと自慰にふけっていた。何度イっても魔力は枯渇せず、それどころか腹も減らない。異世界の自分なら心配になるところだが、今の俺は不思議と問題だとは感じなかった。むしろ、本来の俺に戻ったような。

 ともかく、食事も摂らずカーテンも引かずいよいよ廃人モード確定の俺を、マーサはブツブツと小言を言いながら、今日こそ湯浴みをしろと言い放ち、部屋を出て行った。メイドからしてみれば、俺がずっと部屋に籠ったっきりでは、掃除もできず、寝具も替えられない。俺は渋々、部屋の隣の浴室に湯が張られるのを待った。彼女は俺の母親代わりだ。どうしても逆らえない。

「さあ、お湯を張りましたよ、坊っちゃま。早くお入りになっ…」

 慌ただしく入室してきたマーサが、俺の顔を見て固まった。

「坊ちゃま…その、角は…」

 角?角がどうかしたのか。俺は自分の額に手を当ててみると、昨日小さな角があった場所に、何やら別の感触を感じる。浴室に向かって鏡を見ると、三センチほどだった短い角が、十五センチくらいまで伸びていた。どうして。

 魔族にとって、角は魔力の象徴だ。個人の力量は、角を見れば一目瞭然である。俺は昨日まで、平民と変わらない頼りない角しか持たなかったはずなのに、これではまるで…

「ステータス、オープン」



名前 メイナード
種族 淫魔インキュバス
称号 マガリッジ伯爵家長子
レベル 72

HP 720
MP 3,600
POW 72
INT 360
AGI 72
DEX 216

属性 闇・水

スキル 
淫夢 Lv7
魅了 Lv6
転移 Lv6

E 部屋着

スキルポイント 残り 20



(なんじゃこりゃあああ!!!)

 俺は声にならない叫びを上げた。昨日から自慰しかしていない俺が、なぜレベル七十二に?!

「ぼ、坊っちゃま…」

「すまんマーサ。後で説明する。今は他言無用で頼む」

 マーサはこくこくとうなずき、俺を浴室に置いて去って行った。自分でも事態が飲み込めず、後で説明するような事情など何もないのだが、一体どう弁明するべきなのか。

 貴族学園で寮生活をしていたため、身の回りのことは一通り自分で行える。湯浴みもそうだ。改めて部屋着を脱ぎ、浴槽に向かおうとして、再び鏡に目をる。

 鏡の中の俺は、見事な肌艶をしていた。陽に当たらず青白く、荒れていた肌の面影はどこにもない。それどころか、痩せぎすだった体は均整の取れた体格に。ボサボサの髪はしっとりと輝き。淀んだ目が紫水晶のように。顔つきまで変わっている。自分でも吸い込まれそうなほど美しい。

「これが俺…」

 ああ、自分で自分に見惚みとれてしまった。魅了スキルがレベル6になったせいだろうか。そもそも、魔人の美醜、生物としての美しさは、全て魔力量に依存する。特に淫魔なら尚更だ。俺の母親は相当な美姫びきだったと聞く。まさか一晩自慰にふけったせいで、レベルが五倍ほどに上がり、このような変身を遂げることになるとは。

 改めて湯浴みをしながら、俺は自分の姿にうっとりとしていた。なぜなら、俺はあの世界の本に出て来た美しい男たちより、遥かに美しかったからだ。彼らの淫らな営みを散々見てきた俺にとって、今一番抱きたい男、それは俺自身だった。

 これまでおざなりだった入浴を、丹念に行う。美しい自分を美しく磨くことが、ひどく当然に思える。自分のことをこれほど愛おしく思えるようになるなんて、考えてもみなかった。丁寧に体を拭き上げ、生活魔法で髪を乾かし、心を込めてくしけずると、俺の美貌はいよいよ輝くばかり。おっと、いつまでもうっとりしていられない。新しい部屋着に袖を通し、浴室を出た。



「坊っちゃま…」

 浴室から戻った俺に、マーサは絶句していた。昨日から調子が悪いと聞かされ、昼間から食事も摂らなかった俺が、一晩でまさかこんな変化を遂げているなど。だが、彼女は一晩で姿の変わった俺を見て、感涙を流していた。亡き母に代わって俺のことを我が子のように可愛がってくれた彼女は、俺がこの世で最も信頼できる存在だ。俺は、異世界の夢のことは伏せて、自分でも理由は分からないが一晩でこの姿になったと説明した。いや、何の説明にもなっていないのだが、彼女はそれを信じてくれた。

 昨日から体が急激に変化しているので、しばらく人払いを徹底し、人に会わずに様子を見たい。そう伝えた。マーサは

「亡きお母上にそっくりで…きっとこれも、ミュリエル様のご加護でございましょう」

 などと涙声で喜び、俺の指示に従ってくれると約束した。彼女には、くれぐれも他言無用を念押しして、部屋を出てもらった。

 マーサには悪いが、俺には試してみたいことがあった。



 俺はベッドに戻ると、早速自分の後ろに指を伸ばした。ここは、夢の中の自分でもまだ手をつけたことがない。彼の記憶によれば、それは相当マニアックなことみたいだ。だがそんなことはどうでもいい。俺は、あの薄い本の中の男たちのように、俺自身を愛したい。

 とはいえ、無防備に指を挿れると体を傷つけてしまうかもしれない。俺は慎重に魔力をまとわせ、そっとそこに触れてみた。

「…ふ…!」

 何だろう、この痺れるような感覚は。まだ入り口に触れただけだというのに、下腹がうずく。そして直接触ったわけでもないのに、俺の分身がこれから先の愛撫を期待して、もう先から蜜をしたたらせている。ごくりと唾を飲み込み、少し、もう少しと内側に指を進めると、いよいよ内側から「ここに欲しい」という衝動を感じる。ちょうど、裏側からこするような。

 右手の中指で内側を探りながら、左手で自慰を続ける。ナカで感じる未知の快感が凄まじい。

「は…ああ…っ!」

 あっという間に達してしまった。しかも裏側から圧迫しているせいか、指に纏わせた魔力のせいか、満たされるどころか、もっと渇く。ああ、もっとだ。もっと欲しい。俺は躊躇ためらうことなく、中指に人差し指を添えた。

「あっ、あっ、すご…っ」

 漏れ出る溜め息と上擦うわずる声までセクシーだ。俺は今、俺自身に恋に落ちている。飲み込んだ指も、その指を切なく締め付ける後ろも、全てが愛おしい。多少の痛みはあったが、淫魔としての魔力の特性か、すぐに痛みは淫らな快感に置き換わった。俺は夢中になって内側を掻き回しながら、先程放ったそれを指に纏わせ、ペニスをいやらしくぬるぬるとしごいた。

 ああ、これが淫魔という生き物だ。俺は本能で理解した。これまでの俺は、生きるしかばねというより、まだ生まれてすらいなかった。愛欲に満たされ、愛欲に溺れ、愛欲に狂って初めて、淫魔は生きられる。この内側から衝き上げててくる狂おしい衝動、これこそが俺の生命の源であり、存在理由レゾンデートルであり、そして他者に分け与える祝福だ。愛欲の女神ミュリエル。俺の母は、その女神の名を頂いた、愛欲の女神そのもののような女だったらしい。そして俺は、その血を今はっきりと感じる。

 愛欲の愛し子の俺は、そうして自分自身に溺れるほどの愛を注ぎ、明るいうちから、何度も果てた。
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