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第54話 あるべき姿へ

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 俺は殿下に連れられ、メレディスとともに旧神殿と呼ばれる場所に連れられた。そこは無骨な石造りの建造物で、どちらかというと「遺跡」とか「ダンジョン」といった雰囲気に近い。

 俺たちは、恐る恐る中へ足を踏み入れた。中は暗い。殿下が光明ライトの灯りを付けようとした途端、

 ———おかえり

 耳元でかすかな声がして、俺は足元にぽっかり空いた穴に飲まれた。



 気がつけば、俺とメレディスだけが草原の真ん中に立っていた。そして目の前には、メレディスと瓜二つの青年。髪が銀色じゃなかったら、どちらがどちらか見分けが付かなかっただろう。

「あなたは…」

 言いかけて、メレディスは口を閉ざした。沈黙が流れる。しかしメレディスは、時折うなずいたり目を見開いたりしている。二人の間でコミュニケーションが図られているようだ。俺だけポツン。やがて銀色の方が俺の腹に光る手をかざした。腹が温かい。彼はにっこり笑って、

 ———またね、僕の可愛い子

 そう聞こえたかと思うと、元の薄暗い神殿に立っていた。



 一体何が起こったのか分からない。しかし殿下とメレディスは、したり顔で頷き合っている。

「メイナード。お腹を見せてごらん」

「うえっ」

 いきなり何を言い出すのかと思ったが、どうやら冗談でもなさそうだ。俺はしぶしぶシャツを引っ張り上げると、臍の辺りの痣が消えている。神殿に戻ると、聖龍はぐったりと力を失ってプラーンと鎖にぶら下がっている。こちらも腹の痣がなくなっていた。

 陛下は族長の娘の棺の前で待機していた。殿下が頷くと、彼は結界を消去して棺から彼女を抱き上げる。

「さあ、一度帰ろう」

 何が何だか分からないまま、俺は棺に入った族長を除く全員を連れて、王宮まで転移した。



 俺があっちで三日寝込んでいたので、こっちではちょっとした騒動だった。ナイジェルとプレイステッド閣下が王子宮に駆けつけ、危うく嫁にされそうになったと告げると激怒。幼聖龍をボッコにしかねない勢いだったので、聖龍は法皇とともにオールドフィールド、すなわち竜人領へ送られた。元々聖龍は、天使族との盟約のもとに竜人族を経由して託された龍だ。楽園で養育出来なくなれば、オールドフィールドに返されるのが筋というものだろう。

「楽園で甘やかされたクソガキも、ちったぁ叩き直されてマシになるだろう」

 とは陛下の言だ。あれでも百歳超え、頑張って更生していただきたい。

 その陛下だけど、今は神殿から連れ出した王妃様に首っ丈だ。後宮にかくまい、自身も後宮から出て来ない。そもそもほとんど王宮を空けていて影の薄い陛下だったので、国家の運営に支障がないといえばないんだけど。オーウェン王太子殿下もオスカー殿下も、生温かい目でそっとしている。

 その後の楽園だけど、オスカー殿下とメレディス、そして俺の三人は相変わらず。まだ読み解くべきログや、解読すべき術式はたくさんある。だけどヴァンパイアの飢餓と暴走、そして天使族という脅威が去った今、俺たちに急ぐ理由はなくなってしまった。



 なお、楽園を維持してきたはずの王妃殿下や聖龍を連れ帰った理由だけど、オスカー殿下からの答えはこうだった。

「ここは元々、冥界だったんだ」

 ここに天使族が異世界から漂着して、彼らが棲み着く過程で編み出したのが、聖龍を利用したシステムだったそうだ。冥界の使徒ヴァンパイアから固有スキルを取り上げ、彼らを飢餓や発狂に追いやったのもその副産物。両親を因子の暴走で亡くし、長年飢餓と狂気に耐えたメレディス。その息子の俺。そして忌み子と蔑まれ、メレディスを滅ぼす兵器として育てられた殿下。俺たちはみんな、彼らの犠牲者とも言える。だけど彼らは彼らで生き延びるのに精一杯だったと思うと、何だかやるせない。

 ちなみにこの間神殿で会ったメレディスのそっくりさんが、冥神だそうだ。

 ここは本来生者が訪れるべき世界ではないが、直系の使徒であるメレディス、他のヴァンパイアたち、そして遺伝子を半分持つ俺ならば、自由に出入りして構わないらしい。それから、俺たちに同伴する形でならば、オスカー殿下も。

 ゲートは、本来あるべき場所に接続先を戻した。元はマガリッジ領の山中、俺が父上の腹心に良い薬草が採れると教わった付近だ。

 これで全てが終わった訳じゃない。全てを天使族の漂着以前、元の形に戻すには、まだ時間がかかる。しかし、「これで終わったんだ」という安堵、そして虚脱感に襲われる。もう強くならなくてもいいし、そのうちメレディスに精気の供給を行う必要もなくなるだろう。この間、この先のライフプランのことを考えていたけど、本格的に考えなきゃいけないな。

 殿下の隣でログを解読しながら、俺は密かにため息をついた。
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