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第52話 聖龍
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地下のラボに陛下、殿下、そして父上が詰めるようになって、俺はいよいよ暇になった。王妃殿下の救出に、ヴァンパイアの飢餓の問題。いずれも俺は蚊帳の外だ。俺の鑑定が役に立ったのはここまで。あとは転移で送迎するくらいか。いや、魔王陛下も転移はお持ちでいらっしゃる。いよいよクビだな。
そもそも俺は、ナイジェルに強引にスカウトされて王宮に入ったんだった。その前は、追い出される前にニートを辞めて、人間界にでも出ようと。そして未だに、ライフプランはゼロだ。これから先、どうすっかなぁ。
ナイジェルの嫁はパスだ。いくら彼と侯爵に気に入られようと、俺には野郎と番う趣味はない。そして番うといえば、プレイステッド閣下にも声を掛けられていたな。余計にナシだ。どうして俺が、ムキムキ脳筋の嫁にならなきゃならん。
他に身を寄せるといえば、歓楽街の淫魔のところだろうか。しかし俺にセックスワーカーが務まるとは思えない。他人の精気が美味しい感覚は分かるんだが、精気が頂けるなら誰でもいいってわけじゃない。俺はこれでも伯爵家の倅、結局箱入りでぬくぬく育てられた自覚はあるし、異世界の俺の記憶がどうしても不特定多数との性交渉を受け付けない。そもそも童貞だし、掘られる趣味もないしな。
いや、成り行きで男とベロチューしてるくらいだから、いざ仕事にしてみれば思ったよりも平気なのだろうか。世の中には、性交渉は出来てもキスはダメ、みたいな人もいるようだし。
いかんいかん。いつの間にか男娼で身を立てる算段に走っている。そもそも俺は、治癒師として人間界に潜り込む予定だったじゃないか。ヒールもキュアーも最大限まで育てたことだし、薬学スキルだってある。勢い余って、剣術や身体強化、格闘術まで取ってしまった。大丈夫、冒険者としても十分やって行ける。俺の人生はこれからだ。
「おや、メイナード様。御休憩ですか」
現在人口四名の楽園において、棺で眠っているのが二名。小高い丘の上で一人悶々と考え事をしていると、残りの二名、司祭と聖龍と呼ばれる幼児が現れ、声を掛けられた。
何度もここを訪れるようになって、俺たちもすっかり顔見知りだ。彼らは真祖の直系メレディスのことをひどく恐れるが、俺に対しては警戒感がない模様。聖龍に至っては、俺を嫁にしたいらしい。どうしてみんな俺を嫁にしたいんだ。意味が分からん。
しかしこの聖龍が俺に懐いてくれたおかげで、世話役の司祭も俺に友好的だ。司祭というか、彼の正式な役職は法皇。どうも天使族の役職やスキル名には、タロットカードに由来するものが多い。俺も漫画やラノベでちょっと聞き齧っただけで、詳しいことは分からないが。もしかしたら、天使族は俺の知っている異世界と近い世界からこの世界に逃げ込んで来たのか、それとも転生者でも混じっていたのだろうか。
「ねえ、メイナード。お外のお話して?」
法皇と当たり障りなく挨拶をしていると、聖龍が俺の胡座の上にちょこんと乗って来る。こうしていると可愛い幼児なんだよな。
「おや聖龍様、不躾ですよ。メイナード様、すみません。楽園は刺激の少ない場所でして、聖龍様も少々退屈しておられるようで」
「ええまあ、構いませんよ。どうですか、不自由はありませんか?」
「お陰様で。同胞のことも良くして頂いて、どうお礼を申したらよろしいやら」
「それはオスカー殿下の差配ですよ。お礼なら殿下に」
「殿下…ああ、罪の子ですか」
何だろう。彼らは俺に対してとても愛想が良いのに、殿下や陛下に対しては頑なにヘイトを崩さない。まあいい、俺が窓口になってスムーズに事が運ぶならば。
なんせ住民のほとんどを捕虜にしてしまったから、彼らに必要な食料や生活物資は、都度俺が運ぶことになっている。とはいえ、実質この楽園で生活しているのは彼ら二人だけ。顔を合わせるたびに御用聞きをしているが、大して要望もなければ話すこともない。ただし、
「メイナードは、いつ僕のお嫁さんになるの?」
毎回これを訊かれるのは、どうにかして欲しい。
「あはは。聖龍様、そういうのはもっと大きくなってから、可愛い女の子にね?」
「やだやだ!僕はメイナードがいいんだもん!」
「聖龍様、物事には順序というものがあります。まずはお互いを知るところから」
諦めない幼児、そして窘めない法皇。もうコイツら、どうにかなんないかなぁ。
「聖龍様。俺は男ですよ?お嫁さんっていうのは女の子で」
そう言いかけて、俺の体はくたりと力を失った。あれ?
「女の子じゃなくてもいいんだよ、メイナード。僕がちゃんと番にしてあげるから」
俺を見下ろす、美しい幼児。薄いブロンドに、空色の瞳。しかし瞳孔は縦に細く絞られ、強い黄金色の光を放っている。子供の姿をしていても、龍ってことなのか———
俺の意識は、そこで途絶えた。
そもそも俺は、ナイジェルに強引にスカウトされて王宮に入ったんだった。その前は、追い出される前にニートを辞めて、人間界にでも出ようと。そして未だに、ライフプランはゼロだ。これから先、どうすっかなぁ。
ナイジェルの嫁はパスだ。いくら彼と侯爵に気に入られようと、俺には野郎と番う趣味はない。そして番うといえば、プレイステッド閣下にも声を掛けられていたな。余計にナシだ。どうして俺が、ムキムキ脳筋の嫁にならなきゃならん。
他に身を寄せるといえば、歓楽街の淫魔のところだろうか。しかし俺にセックスワーカーが務まるとは思えない。他人の精気が美味しい感覚は分かるんだが、精気が頂けるなら誰でもいいってわけじゃない。俺はこれでも伯爵家の倅、結局箱入りでぬくぬく育てられた自覚はあるし、異世界の俺の記憶がどうしても不特定多数との性交渉を受け付けない。そもそも童貞だし、掘られる趣味もないしな。
いや、成り行きで男とベロチューしてるくらいだから、いざ仕事にしてみれば思ったよりも平気なのだろうか。世の中には、性交渉は出来てもキスはダメ、みたいな人もいるようだし。
いかんいかん。いつの間にか男娼で身を立てる算段に走っている。そもそも俺は、治癒師として人間界に潜り込む予定だったじゃないか。ヒールもキュアーも最大限まで育てたことだし、薬学スキルだってある。勢い余って、剣術や身体強化、格闘術まで取ってしまった。大丈夫、冒険者としても十分やって行ける。俺の人生はこれからだ。
「おや、メイナード様。御休憩ですか」
現在人口四名の楽園において、棺で眠っているのが二名。小高い丘の上で一人悶々と考え事をしていると、残りの二名、司祭と聖龍と呼ばれる幼児が現れ、声を掛けられた。
何度もここを訪れるようになって、俺たちもすっかり顔見知りだ。彼らは真祖の直系メレディスのことをひどく恐れるが、俺に対しては警戒感がない模様。聖龍に至っては、俺を嫁にしたいらしい。どうしてみんな俺を嫁にしたいんだ。意味が分からん。
しかしこの聖龍が俺に懐いてくれたおかげで、世話役の司祭も俺に友好的だ。司祭というか、彼の正式な役職は法皇。どうも天使族の役職やスキル名には、タロットカードに由来するものが多い。俺も漫画やラノベでちょっと聞き齧っただけで、詳しいことは分からないが。もしかしたら、天使族は俺の知っている異世界と近い世界からこの世界に逃げ込んで来たのか、それとも転生者でも混じっていたのだろうか。
「ねえ、メイナード。お外のお話して?」
法皇と当たり障りなく挨拶をしていると、聖龍が俺の胡座の上にちょこんと乗って来る。こうしていると可愛い幼児なんだよな。
「おや聖龍様、不躾ですよ。メイナード様、すみません。楽園は刺激の少ない場所でして、聖龍様も少々退屈しておられるようで」
「ええまあ、構いませんよ。どうですか、不自由はありませんか?」
「お陰様で。同胞のことも良くして頂いて、どうお礼を申したらよろしいやら」
「それはオスカー殿下の差配ですよ。お礼なら殿下に」
「殿下…ああ、罪の子ですか」
何だろう。彼らは俺に対してとても愛想が良いのに、殿下や陛下に対しては頑なにヘイトを崩さない。まあいい、俺が窓口になってスムーズに事が運ぶならば。
なんせ住民のほとんどを捕虜にしてしまったから、彼らに必要な食料や生活物資は、都度俺が運ぶことになっている。とはいえ、実質この楽園で生活しているのは彼ら二人だけ。顔を合わせるたびに御用聞きをしているが、大して要望もなければ話すこともない。ただし、
「メイナードは、いつ僕のお嫁さんになるの?」
毎回これを訊かれるのは、どうにかして欲しい。
「あはは。聖龍様、そういうのはもっと大きくなってから、可愛い女の子にね?」
「やだやだ!僕はメイナードがいいんだもん!」
「聖龍様、物事には順序というものがあります。まずはお互いを知るところから」
諦めない幼児、そして窘めない法皇。もうコイツら、どうにかなんないかなぁ。
「聖龍様。俺は男ですよ?お嫁さんっていうのは女の子で」
そう言いかけて、俺の体はくたりと力を失った。あれ?
「女の子じゃなくてもいいんだよ、メイナード。僕がちゃんと番にしてあげるから」
俺を見下ろす、美しい幼児。薄いブロンドに、空色の瞳。しかし瞳孔は縦に細く絞られ、強い黄金色の光を放っている。子供の姿をしていても、龍ってことなのか———
俺の意識は、そこで途絶えた。
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