上 下
47 / 59

第47話 楽園の入り口

しおりを挟む
 やがて俺たちは、何千メートル級の山々に囲まれた山岳地帯の一角に降り立った。周りは猛吹雪で、結界を張りながら飛んで来なければとても到達することは出来ない。しかしその山と吹雪に隠されるように、鏡のように凪いだ泉が佇んでいた。その周りだけ温暖で、無風。泉の周囲には花が咲き乱れ、穏やかな陽光が降り注ぐ。

 殿下がストップを掛けなければ、火の玉メレディス便でうっかり墜ら…通り過ぎるところだった。いや、楽園の場所は殿下しか知らないから、メレディスは彼の指示通りに飛ぶしかないんだけど。しかしあの猛スピードの中で、ちゃんとメレディスの手綱を取れた殿下は偉いと思う。

 今更ながら初めて知った。父上はスピード狂だ。ここまで来るのに、ほんの小一時間。しかし、降り立った後に座標を割り出すと、王都まで転移しようと思ったらべらぼうなMPまりょくを喰うことが分かる。ざっと感覚で言うと、国際線くらい飛んだと思う。しかも近場じゃなくて、めっちゃ時差がある感じの。ぶっちゃけ戦闘機より速い。怖い。



「ここが入り口。———術式は分かるかい?」

 泉の上に、ふわふわと浮かぶ光の球。まさかそれが楽園に繋がる転移ゲートだとは、誰も思うまい。そもそもこの泉自体が、隠蔽によって厳重に隠されている。用心に用心を重ねた、天使族の慎重さを物語っている。

 しかし、術式自体は簡単なものだった。



===

通行条件:天使族・堕天使(能力値補正)

===



 複雑に見えて、仕掛けられている条件はたったのそれだけ。ちなみに堕天使とは天使族と他種族との混血児のことで、能力値は天使族の遺伝子の割合で制限を受けるようだ。

 これではオスカー殿下以外はこの門をくぐることは出来ない。しかし、術式が参照しているのは種族ステータスだけ。俺は試しに、偽装スキルで自分の種族を天使族に偽ってみた。すると、泉の上に浮かんでいた球体がドアの形に変化した。メレディスも同様。殿下に至っては、ドアの色が黒から白に変わったそうだ。知覚認識が変わるのが面白い。

「———信じられない。簡単に通れてしまいそうだね」

 長く遠い道のりだと思われていた、楽園への潜入。しかしこんなに呆気なく辿り着いてしまうなんて。

 しかしこれは、楽園の手駒として雌伏の時を過ごしたオスカー殿下の忍耐、そして弛まぬ術式の研究の賜物だ。俺の鑑定が叶ったのは、彼に伝授された術式解読の知識の裏打ちがあってこそだ。そして天使族の監視の目が疎かだからといって、動向を気取られず相手のテリトリーまで一気に潜り込むことが出来たのは、メレディスの機動力あってこそ。死にかけたけど。

 このドアの向こうは、天使族の本丸。彼らは安全な楽園に隠れ住み、一人一人の戦闘力はさほど強くない。しかし非常に長命で、他種族の持ち得ない知識を持ち、不可思議な術式や魔道具をもって応戦してくるという。決して侮って良い相手ではない。

 ひとまず、この場所の座標を突き止め、ここまではいつでも転移で来られることを確認した。このゲートは、厳重に隠されていた割には条件は単純。そして他に監視の術式なども見当たらない。偵察の成果としては上々だ。



 だけど俺は、ちょっと魔が差した。こっそり中を見て、ヤバそうだったら転移で戻って来ればいいんじゃないかと思ったんだ。門の座標は取得したことだし、何なら楽園の座標も取得してしまえば、いつでも『中に』転移で潜入出来るんじゃないかって。

 泉の上に浮いている扉。潜るためには、天使族のように翼で飛ぶか、風属性のメレディスのようにスキルで飛行するしかない。だけど俺には転移がある。ドアの目前に転移して、落下する前にドアノブに手を掛け、回す。

「メイナード!」

「まさか!」

 俺の突飛な行動に、メレディスが慌てて手を伸ばし、オスカーが続いた。そして三人ともくぐってしまった。楽園ザイオンに続くゲートを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

処理中です...