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第35話 歓楽街への調査

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 その後は大変だった。俺の隣に席を移した殿下に捕まって、時間いっぱいまで延々とベロチュー。「一度にどれくらいレベル上がるか試さないとね」だそうだ。いやいやいや。途中、殿下の手がさらりと首筋を撫で、それから胸、太ももと降りて来たが、手首を掴んで抵抗した。ニヤリと嗤いながら余裕でキスを続ける殿下が憎たらしい。そうしてささやかな攻防は秘書官が呼びに来るまで続き、俺はこの日レベルを十一上げた。そして次はまた土曜日、裏円卓のメンバーで集合だそうだ。



 翌日、いつものごとく内偵一二課に出勤したところ、昨日まで精査していた案件は別の課に回され、今日から新しく別件を扱うことになったという。

「———歓楽街の淫魔の調査?」

 そう。こないだ殿下が言ってたやつ。もしも俺のほかに性行為でレベルアップする淫魔がいるとすれば、ものすごい実力を隠蔽していることになる。さすが殿下は行動が早い。既に下部組織で下調べを終わらせ、俺たちが実地で内偵を行う段階となった。

 隠蔽を見抜くには相応の鑑定スキルが必要だ。すなわち、魔眼で鑑定出来る俺と、遠く幻獣麒麟の血を引き、悪意を見抜く力があるというラフィ。元々ラフィとロドリックはナイジェルの部下であるとともに、王太子殿下がノースロップ侯を裏円卓に誘い込むためにナイジェルに付けた工作員エージェントだ。そして、見事裏円卓に取り込まれた俺とナイジェル。この調査を進めるには絶好のメンツといえる。

 もう淫魔が所属する娼館には話がついていて、対象者のリストは上がっている。俺たちは午後にでも娼館に赴くこととなった。こういうのはスピードが大事だ。相手にやましい者がいたら、逃げられたり証拠を隠滅される前に踏み込まないとね。



 というわけで。

「来ちゃった」

 ———殿下。なんでここにいるんですか。

 てか、その衣装。シンプルで地味な黒のスーツ、伊達メガネ。どうやったのか、髪も眉も黒く染めて、引っ詰めてまとめて。それはいい。だが下だ。タイトスカートに黒ストッキング、そして黒のヒール。

「君、好きでしょ。女教師もの」

「いやいやいや!」

 好きだけど!そして妙に似合ってるけど!!

 ベタベタと詰め寄る王太子殿下に困惑する俺に、ナイジェルからは冷たい視線。ラフィはニヨニヨ、ロドリックは赤面してあわあわしている。もうコイツ、どうしてくれよう。

「こっちの世界だと家庭教師ガヴァネスでもそんなスーツ着ないでしょ!目立ちますよ!」

「こっちの世界?」

 ナイジェルから鋭いツッコミが入る。

「ああナイジェル、その辺は土曜日にね。まあ、僕も尋問要員だってことさ」

 確かに、相手がもし俺よりレベルが高い場合は、俺の鑑定は通らない。もしくは、偽装を使われたら誤った情報を掴まされる。そしてラフィの読心スキルは、得られる情報が非常に抽象的らしい。殿下なら、レベルに関わらず相手の反応から深いところまで情報が読み取れる。百発百中ではないが。

 本来なら多忙を極める彼が、いちいち下っ端の査察にまで付き合うことはない。しかしこれは、彼の最優先事項である裏円卓に関わることだ。もし高い能力を隠し持った者が歓楽街に紛れているようであれば、スカウトしなければならない。

「それに今日のリーダーは、メイナードだ。僕は後ろで控えているさ」

 そう。今日の査察の表向きの理由は、俺の亡き母上の身の上調査。彼女については、当然王宮からも調査が入っている。しかし、戦闘能力のない淫魔はすべからく平民で、しかもほとんどが人間界で暮らしている。父上と母上との結婚は、あまり歓迎されたものじゃなかったらしい。ただ、父上がいずれ因子を暴走させて刈り取られる存在なため、通常の貴族の婚姻と違い、大目に見られたようだ。理由は三つある。一つは、精気の供給源として母上が優秀だったこと。因子の暴走を抑えて安定させるのに適役だった。二つ目は、呪われたマガリッジに嫁ぎたがる女性がいなかったこと。そして三つ目は、そんなマガリッジでも子孫を残さなければならなかったことだ。

 真祖の因子は、真祖の直系に発現する。ならば当然、「ならば直系の子孫を残さなければいいのではないか」という考えが生まれ、かつてそれは試みられた。すると、傍系で最も力のある者が因子を発動させ、暴走した。その後、力を付けぬように幽閉されていた最後の直系に配偶者が宛てられ、直系の血だけは絶やさないように努められているという。そうでなければ、ヴァンパイアのうち誰に因子が暴走するか分からないからだ。

 話が逸れたが、そういうわけで伯爵の父上と平民の母上が結婚する運びになった、らしい。まあ、平民の愛人を第二夫人にするために貴族に養子に出してから迎え入れるっていうのはよくあることなんだけど、正妻っていうのは珍しいだろうな。

 王宮に残っている母上に関する資料は簡単なもの。いわく、不審な点や物騒なスキルはなさそうだってことと、養子の名義となった貴族のことくらい。実家に行けばもっと詳しい資料があるんだろうけど、俺は実家では鼻つまみ者だし、父上に今更母上のことなんて聞けない。肖像画が私邸に隠してあったくらいだし。

 というわけで、王宮の騎士になった俺が母上の面影を探してプライベートで聞きに来ました、っていうのが今回の趣旨だ。

 まったく記憶にない母上のことを今更恋しいと思ったりしないけれど、なんせ俺の周りには淫魔がいない。淫魔って、どんな感じなんだろう。好奇心はある。歓楽街までの短い馬車旅の中、俺は王太子殿下にちょっかいをかけられ、ナイジェルに白い目で見られながら、まだ見ぬ淫魔たちに思いを馳せていた。
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