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第32話 冒険者を目指して

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 日曜日。俺は王都の冒険者ギルドの門をくぐった。

 とりあえず、どうにかして強くならなくちゃならない。それは痛いほど理解した。そして通常、レベルを上げるなら魔物との戦闘に限る。

 一応俺も、魔物との戦闘の経験はある。とはいえそれは、貴族学園での演習のことだが。この国では、貴族とはすなわち強き者、強き者が貴族となる。貴族が強くあるのは義務であり、権威でもある。俺が学園時代に見くびられたのは、伯爵家の子息でありながら戦闘に向かない淫魔だったことと(だから貴族に淫魔はいないし、淫魔はみんな歓楽街か人間界で細々と暮らしている)、そして積極的に鍛え上げることをせず、低レベルのままでいたことだ。

 図らずも円卓に勧誘され、プレイステッド閣下やノースロップ侯爵と膝を付き合わせて分かった。俺が思う貴族像とは違い、彼らは自らの強さに誇りと責任を持っている。いざという時に弱き民衆を守れなければ、貴族として存在する意味がないって。それこそ、あのメレディスが何倍も強くなったラスボスと命を賭けて戦わなきゃいけないんだ。彼らも必死だし、彼らのような者を見て育ったナイジェルが俺をさげすんだのも分かる。こないだオッサンたちは、グラウンドで近衛このえたちをギタギタにしごいていたが、「お前らも貴族の端くれならちっとは強くなれ」という気持ちも分からなくもない。

 俺は甘えてた。戦闘を避け続け、人間界へ旅に出ることすら危ぶまれた最弱淫魔。たまたまエロいことでレベルアップする特殊体質に恵まれたから良かったものの、最近では自家発電でもめっきりレベルが上がらなくなってきたことだし、覚悟を決めて力を付けなければ。



「あのっ、冒険者登録したいんですが」

 異世界で読んだラノベと違って、ここのカウンターはお役所のようだ。美人の受付嬢ではなく、やる気のなさそうな役人が座っている。第一声が「は?」だった。

「冒険者に向いているとは到底お見受けできませんが。商会のお坊っちゃまなら、素直にご実家で護衛を雇われた方がよろしいかと」

 身分を隠すため、この間買った庶民の古着を着て来たのが間違いだったか。いやでも、普段の貴族丸分かりの服で来るのも、ましてや職場のサーコートで来るのも違うしな。「何があっても自己責任ですよ?」と嫌味っぽいセリフを浴びながら、俺は登録用紙をせっせと埋める。とはいえ、冒険者とならず者は紙一重。いろんな理由から、身分を隠して冒険者になる者は多い。登録名、種族、年齢、職業。記入するのはそれだけだ。俺は「メイ、淫魔、十九歳、ヒーラー」で登録した。メイっていうのは、昔マーサにメイ坊っちゃまと呼ばれていた名残だ。

「淫魔、ねぇ。歓楽街で働かれるのがいいかと思うんですが…」

 片眼鏡モノクルを指で押さえながら、下卑た視線を投げよこす。何だコイツは。しかも受付だけじゃない。俺を見てニヤついている者、呆れている者、心配そうな者。冒険者からは、よほど頼りなさそうに見えるんだろう。まあ、新人が舐められるのはよくあることだ。俺は構わずに冒険者証と小冊子を受け取り、クエスト掲示板に足を運んだ。

 クエストは、主に商人の護衛や賞金首の情報。魔物の討伐依頼はほとんどない。王都近辺には王宮騎士団に王都騎士団がいて戦力に事欠かないもんな。俺たちも、学園時代には討伐実習のためにわざわざ隣領の森までキャンプに出かけたものだ。

 後は、薬草採取に下水の清掃、いかにも駆け出しがやるような。水属性なら下水の清掃はあっという間なんだけど、レベルは上がらなさそうだ。とりあえず、様子見に薬草でも摘みに行ってみるか。実家のマガリッジ領なら、中級の魔物くらいは出没するだろう。



 領都の伯爵邸に転移して、その後は山岳地帯を目指してひたすら目視で転移。見通しが良い場所なら、結構な距離を稼げる。もちろん消費するMPはそれなりだけど、INTかしこさ特化の淫魔にとってそう負担になるコストではない。

 山を三つくらい超え、適当な森に降り立つ。森の中は薄暗く、鬱蒼としている。魔眼をオンにして周囲を見回すと、無数に生えている薬草たち。ふおおおお!

 勉強していてよかった、薬草学。伊達に薬学スキルは生えていない。薬草に視線を合わせると、流れてくる情報量が半端ない。一方、他にも役に立ちそうな素材———露出した岩肌に見える光る鉱石とか、蛇の抜け殻とか、魔物の骨とか、そういうものは簡単な説明しか読み取れない。魔眼の鑑定スキルも万能じゃない、得られる情報は本人の持つ知識に左右されるようだ。

 こんな山奥まで来る物好きはいないだろう。全滅するほど採取してはいけないが、いい感じのものを片っ端から摘んでいく。根から採取しないといけないもの、葉だけを使うもの、蕾を茎から切り取るもの。採取方法も完璧だ。ここ、採取ポイントとして座標登録しておかなくちゃ。もっといい場所があるかもしれないけど、ここに跳んで来ればメジャーな薬草は大体カバーできる。



 採取に夢中になって、うっかりしていた。一瞬生温かい風が背中を横切ったと思うと、「ギャン!」という獣の咆哮。ぎょっとして振り返ると、ドサ、という音とともに大きな熊の魔物が血まみれになって倒れていた。

「ヒッ」

 呆然と見守っていると、熊に覆い被さる人物が一人。ぐるる…という唸り声とともに、そのまま熊にかぶり付いているようだ。ぶちぶち、ぐちゃ、にちゃ、という音。ヤバい、熊を一撃で倒すほどの人型の魔物。怖っ…!

 恐怖心が先立って、魔力が上手く練られない。侯爵閣下と互角に戦えたのをいいことに慢心してた。ここに来ていることは、俺以外誰も知らない。俺、ここで死んじゃう?!

「———若」

 しかし、ガクブルする俺の耳に届いたのは、聞き覚えのある声。彼は父上の腹心、マガリッジの分家のヴァンパイアだった。しかし、シャツも口の周りも真っ赤だ。

「お見苦しいところをお見せしました。どうしてこちらに?」

 彼は事もなげに清浄クリーンで身を清め、俺に近寄ってきた。どうもこの辺りはうちの不死種たちのお食事処で、俺はたまたまお食事シーンに立ち会ったということらしい。彼らは魔物を討伐すると同時に精気をすすり、残った肉や素材は領民のために下げ渡すそうだ。

 薬草を摘みに来たというと、彼は「それなら山脈を二つほど超えたところに」と指差した。どうやらこの辺りは、ヴァンパイアの縄張りみたいだ。意気揚々と冒険者を目指して来たのに、実は家の裏庭だったみたいなガッカリ感。彼はもう引き上げるところだというので、ついでだから殺人熊マーダーベアと一緒に転移で伯爵邸まで送ってあげた。



 王都に戻ったのは、昼過ぎ。質の良い薬草をどっさり持ち帰ったことで、カウンターのオッサンの顔が引き攣っていた。王都周辺ではなかなか見られない薬草が多かったみたいで、朝とはうって変わって猫撫で声で擦り寄ってきたけど、継続依頼はお断りしてさっさと帰った。

 なお当然ながら、レベルは上がらなかった。
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